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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan

教団新報:一覧

【4630号】主の召しに応えて 伝道のともしび

2007年7月7日
万事が益となる 武山教会牧師 小堀 新平 私には三人の子供がいた。長女を「日の子」という。自閉症だった。「日の子」は二八歳で、母親の運転する自動車事故で主の御許に召されてしまった。一九八四年のことである。驚異的な記憶力と、あらゆるジャンルの音楽への造詣の深さは驚くものがあったが、健常者にみられる社会性には欠けていた。教会生活では何よりも主日礼拝を忠実に献げ、教会挙げて愛され慈しまれていた。中でも阿部志郎氏の親友であった。 一九七六年の春に腎不全となり、以来透析を受けることになる。週三回の透析は主として夕方から始まる。その送り迎えは私たち夫婦の欠かすことのできない日課となった。健常者には見られない純真さと、嘘を言わない「日の子」は神さまが託してくださった私たちの宝であった。その「日の子」を召された御心は、今以て知ることは出来ない。 「日の子」の召天により、私たちは透析のための……

【4630号】消息

三田 和芳氏(隠退教師) 三月三一日、逝去。六八歳。北海道に生まれる。一九六三年青山学院大学大学院修了後東奥義塾高校に教務教師として赴任。その後静岡英和女学院に奉職し、七〇年から七八年まで桜木教会牧師を務め、二〇〇三年隠退した。遺族は妻の照美さん。 岡本加都夫氏(隠退教師) 五月六日、逝去。七五歳。京都市に生まれる。一九五六年同志社大学大学院修了後浜坂教会に赴任。その後倉敷南、琴浦教会牧師を務め、六四年から六八年まで松山学院に教務教師として奉職。松山、曽根教会を経て八九年から河内天美教会を牧会し二〇〇一年隠退した。遺族は妻の和子さん。  

【4630号】教区コラム 中部教区

能登半島地震と被災教会の再建 高橋 潤 三月二五日(日)の教会学校が終わる頃、能登半島地震が発生した。被災した教会施設は、能登にある輪島教会、羽咋教会、富来伝道所、七尾教会と富山地区の魚津教会だった。 この地震の特徴は、余震による被害の拡大であった。当初の現地からの情報で安心してしまった所に、無数の亀裂被害があることが後から分かってきた。また、観光地ゆえに、被害状況をありのままに報道することは、現地の死活問題につながる。そのために、大きな被害にもかかわらず、報道規制 がかけられたため、被災状況が十分伝わらないまま時間が過ぎてしまった。そのような中で、被害状況を把握するために力を発揮したのは、電話や携帯電話よりも電子メールであった。特に、通常のメーリングリストによる被災教会の牧師 からの生の情報が、電話が回復する前に入ってきたし、被災教会のホームページに掲載された写真によって被……

【4630号】第1回国際関係委員会開催 世界宣教枠組の改組により発足

第35回総会期国際関係委員会が、五月二二日に教団会議室で行われた。 互選で、委員長に中道基夫(関西学院大学教師)、書記に稲垣裕一(久我山教会教師)を選出した。委員は野崎威三男(アジア学院校長)、藤田義哉(玉川平安教会教師)、渡辺多恵子(十貫坂教会信徒)で全員で五名である。 国際関係委員会はその名の通り、世界宣教委員会の下で、教団と全世界の関係教会(スイス、台湾、韓国協約委員会と宣教師関係分を除く)の宣教協力に関して協議し取り扱う。教団が加入していたJNAC(日北米宣教協力会)が二〇〇五年に解散したのを受けて、先の総会で教団内の世界宣教の枠組みの改組が決議され、本年五月末のCoC(宣教協力協議会)の解消を控えて新設された経緯があり、教団内ですでに継承すべき課題が生じている。それを明確にし、引き継ぐのが本委員会の目的である。 現在教団は、フィリピン合同教会、南西ドイツ宣教会、米国長老教会……

【4630号】前身委員会以来の数多い課題を担う 第1回在日韓国朝鮮人連帯特設委員会

五月十七日~十八日、教団会議室で昨年の教団総会決議に基づき常議員会のもとに設置された「在日韓国朝鮮人連帯特設委員会」の第一回会合が招集された。 委員は西田直樹(招)、長山信夫、向井希夫、土井桂子、尾崎風伍の五人。野村和正宣教部幹事が担当幹事。 当委員会設置の経緯、前身にあたる「在日韓国朝鮮人・日韓連帯特別委員会」の活動と昨年発行されたブックレット在日・日韓連帯シリーズXV「在日・日韓連帯の30年-私たちの歩んだ道-」、その中から当委員会が継承すべきもの、尾崎風伍委員がその委員会に提出されていた意見書、世界宣教委員会の韓国協約委員会との関係、外登法問題と取り組む全国キリスト教連絡協議会(外キ協)との関わりなどについて意見交換をした。 二日目、委員長に西田委員、書記に土井委員を選任し、これまで当教団が中心的な役割を担ってきた外キ協との関係で、外キ協事務局を担う人に協力委員として陪席を要請……

【4630号】「島の教会を語る」をテーマに 第40回伊豆諸島連合修養会

五月二二日(火)から二三日(水)にかけて、第40回伊豆諸島連合修養会が八丈島教会を会場に行われた。第40回を記念して七〇名を超す参加者が与えられ、交わりと分かち合いの時を持った。 八丈島教会は、「八丈島教会」と「八丈島シャローム教会」が二〇〇三年に合同して誕生した。これまでに、信徒数の減少、無牧、主任牧師の急死と、多くの困難を味わってきた教会である。現在も二つの会堂が離れた場所にあり、礼拝する会堂を一つに絞ると、教会に通えない信徒が出ることもあり、月に三回は大賀郷会堂(旧八丈島教会)で、月一回はシャローム会堂(旧八丈島シャローム教会)で礼拝を行っている。今回の修養会に際しては、多くの教会員が奉仕に加わり、そのパワーを見せつけた。昼食として振る舞われた「島寿司」と、教会員の手作りの「明日葉の胡麻和え」は絶品。中にはシャローム会堂の庭に出て日差しと景色を楽しみながら舌鼓を打つ参加者もいた。 ……

【4630号】第1回 宣教師支援委員会開催 JNACの解散に伴い組織

第35総会期第一回宣教師支援委員会が、五月十一日(金)十四時~十七時、教団会議室において開催された。当委員会は、教会から今橋朗(委員長、蒔田教会)・橋爪志津代(洗足教会)、宣教協力学校協議会から永嶺雄三(女子学院)・立花慎一(青山学院)、宣教師からトーマス・ヴァンデバーグ(清瀬みぎわ教会)が委員となり、世界宣教部の上田博子幹事が担当幹事を務める。 宣教師支援委員会は、JNAC(日・北米宣教協力会)の解散に伴い、教会やキリスト教学校に働く宣教師の個人的な問題を受け止め、側面からサポートし、日本での活動が円滑にいくように支援することを使命として、CoC(宣教協力協議会)において二〇〇五年度に組織されたことに始まる。そして、この度のCoCの発展的解消によって、今総会期より、教団の世界宣教委員会の下の委員会として位置づけられることとなったものである。 本委員会が担当している事項は次の四項目であ……

【4630号】宣教協力協議会、六〇年の歴史に幕 CoC最終全体会議、正式解散

五月三〇日、宣教協力協議会(Council on Coop-erative Mission:CoC)が、教団、宣教協力学校協議会、日本キリスト教社会事業同盟の三構成団体の代議員の出席を得て、第85回全体会議を最終全体会議として教団会議室で開催し、正式に解散した。 教団と歴史的関係の深かった北米八教派の外国伝道部が、戦後の日本のキリスト教界の復興のために組織した、基督教事業連合委員会(Interboard Com-mittee on Christian Work in Japan:IBC)に対応する日本側の組織として日本基督教団、日本基督教教育同盟(現在のキリスト教学校教育同盟、後にIBC関係学校協議会が組織され、現在の宣教協力学校協議会となる)とIBCで内外協力会(Council on Cooperation)を一九四八年二月に設立した。これがCoCの出発点である。 一九五二年には、日……

【4630号】荒野の声

▼旅行雑誌のコーナーで立ち止まった。「源泉掛け流しの温泉宿」、先ず、この辺りに目が行った。パラパラとめくり、頭の中で日程を勘定し、「日帰り温泉」の前に移る。ついに鞄から手帳を取り出す。「ウーン」と唸って、本屋の天井を見上げたら、鏡に別のコーナーが映っている。江戸の古地図。▼数年来のブームのことは聞いてはいたが、何とも多様な江戸の地図が並んでいるとは、驚いた。明治大正昭和の東京もある。比較的コンパクトな江戸地図と下町食べ歩きの類の本を買った。▼早稲田周辺も取り上げられている。見れば、教団から歩いて数分の所に、「堀部安兵衛記念碑」がある。七年通っていて初めて知った。教団から、高田馬場までの帰り道を三倍くらい遠回りして歩き、小旅行ならぬ豆旅行を終えた。なかなか味わいがある。▼牧師は出張が多くて羨ましいと妻が言う。金沢には六度行った。兼六園を見たのは五度目の時。日光は二度、東照宮も華厳の滝も未だ。……

【4630号】メッセージ

詩編62編1~9節、使徒言行録3章13~21節 神の前での沈黙 勇 文人 ・ダビデの沈黙 語ることにおいて優れた才能を持っていながら、雄弁であることを捨てた男がいます。人並みはずれた才能を持ちながら、自らの無力さを思い知っていた男がいます。イスラエルの第二代目の王ダビデ。彼はたぐいまれな能力を持っていました。ダビデに出会ったサウルの従者がダビデのことをこう評しているほどです。「竪琴を巧みに奏でるうえに、勇敢な戦士で、戦術の心得もあり、しかも、言葉に分別があって外見も良い」。そんな秀でた才能を持ちながら、ダビデは自分には何の希望も見いだしません。ダビデはただ神だけに信頼を寄せ歌います。 「神にわたしの救いはある」「神こそわたしの救い」と、神だけに頼って歌います。他の何者でもなく、ただ神だけが、神こそがです。だからダビデは救いの源である神に向かうのです。 神に向かうときに……
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