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混沌(カオス)の世界に生きる一年を
――光と闇/善と悪/秩序と混沌の二元論を超えて――
1初めに神は天と地を創造した。2地は荒れ果てて何もなく、闇が地下の海の表面を覆い、神の霊風が水の表面に吹き荒れていた。3神は言った、「光あれ」。すると、光があった。4神は光を見て満足した。神は光と闇の間を分けた。5神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけた。夕になり、朝になった。第一の日である。(創世記1章1−5節[私訳])
聖書(ヘブライ語聖書)の冒頭に置かれた天地創造の物語には古代世界の人たちが想像(創造)した世界観(宇宙観)が表されています。創世記の天地創造は古代西アジアの諸文明、とりわけメソポタミアやエジプトといった文明が生み出した天地創造の物語の影響を受けています。しかし、それは創世記の天地創造が単なる借り物や焼き直しであることを意味するわけではなく、そこには古代イスラエルの唯一神ヤハウェに対する信仰と生活に基づく独自の天地創造の壮大なパノラマが描き出されています(月本昭男)。
冒頭に引用した創世記1章1−5節は天地創造の初めを描いています。1節は神による天地開闢(かいびゃく)が語られており、2節は天地創造時には地上は荒野のように荒れ果てて何もなく、地下は暴風が吹き荒れ、地上と地下の双方の世界が混沌(カオス)であった様が描かれています。そして、3−5節は創造の実際の第一日目に当たり、神が光を創造し、混沌とした闇の世界に光が挿し込み、光と闇の間に仕切りが設けられたことで、混沌(chaos)から秩序(ordo)へと地上の世界が一新したこと伝えています。
2026年の新年を飾る聖書として、創世記1章1−5節が選ばれたのは、畏友でもある担当者がもうひとりの担当者に新年の聖書テクストを尋ねて決まったとのことですが、そこでは特に新共同訳聖書に基づいて、「混沌」に焦点を当てて欲しいとの要望が添えられていました。このように依頼されて困ったのが2節aの翻訳です。確かに、新共同訳では2節aは「地は混沌であって」と翻訳されています(協会共同訳も同様に「地は混沌として」と訳出)。しかし、聖書学では良く知られているのですが、2節aで「混沌」と訳されているのはתֹּהוּ וָבֹהוּ(トーフー・ワー・ボーフー)という表現であり、トーフーとボーフーというふたつの語から成っています(間のワーは「と/そして(英語のand)」を表す接続詞)。トーフーは荒野のように荒涼とした状態を、ボーフーは空虚や虚無の状態を表し、これら両語を重ね合わせることで、荒涼とした空虚な状態が強調されています(エレミヤ書4章23節、およびイザヤ書34章11節参照)。ですから、正確には口語訳の「地は形なく、むなしく」や新改訳2017の「地は茫漠として、何もなく」、あるいは私訳の「地は荒れ果てて何もなく」のように二語に分けて翻訳する必要があるのです。……続
全文はHPをご覧ください。
https://uccj.org/kobeya
#日本基督教団 #日本キリスト教団 #創世記 #新年 #混沌
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YouTube更新しました。
毎月お届けしている「今月のメッセージ」
2026年1月は広尾教会の川俣茂先生からのメッセージをお届けしています。
https://uccj.org/message/52837.html
https://youtu.be/2dnyKgXtbVY
YouTubeはストーリーもしくはプロフィールのリンクツリーからどうぞ。
#日本基督教団 #日本キリスト教団 #キリスト教 #説教 #広尾教会
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2026年1月1日(木)16:00~17:00
説教:輪島教会 新藤 豪牧師
Zoom & YouTube によるライブ配信
Zoom(中部教区内)
YouTube https://youtube.com/live/Z6nf8JYGV8s?feature=share
能登半島地震被災教会と関連施設をお覚え下さり、感謝申し上げます。
中部教区では「能登半島地震2年を覚えて」地震発生1月1日16時10分発災に合わせて、記念礼拝をいたします。
中部教区内諸教会・伝道所にはZoomによるオンラインで、全国の各教区、諸教会・伝道所の皆さまにはYouTubeでライブ配信させていただきます。
ご一緒に祈りに覚えて下されば幸いです。
2025年12月2日
中部教区総会議長 加藤幹夫
https://uccj.org/news/52809.html
#日本基督教団 #日本キリスト教団
#能登半島地震 #礼拝
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第43回日本基督教団総会議員の森なおさんからのメッセージを掲載します。
また、今年の日本基督教団職員クリスマス礼拝での森なおさんのクリスマスメッセージを音声でお届けします。
心に染みるクリスマスメッセージです。
メッセージはYouTubeからどうぞ。
https://youtu.be/Ta7uws-pA0Y?si=9QtJ8j3JMsPrY9ap
皆さん、良いクリスマスを!
#日本基督教団 #日本キリスト教団 #uccj #クリスマス #Christmas
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2025年クリスマスおめでとうございます。
神さまの愛によって造られたすべてのいのちが互いを尊重し、折り合い 救い主とともに 喜びの道を歩むことができますように。
日本基督教団 総幹事
網中彰子
#日本基督教団 #日本キリスト教団 #uccj #クリスマス
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クリスマスに歌い踊る
――荘厳なクリスマスと情熱のクリスマスを――
1ハレルヤ。
歌え、ヤハウェに向かって、新しい詩歌を、
彼〔=ヤハウェ〕の讃歌を、敬虔な者たちの集会において。
2喜べイスラエルは、自らの創造者(たち)において、
シオンの息子らは歓べ、自らの王において。
3彼らは彼の名を讃美せよ、輪舞で、
タンバリンとリラで、彼らは彼に向かって讃美を奏でよ。
(詩編149編1−3節[私訳])
11月30日(日)からアドヴェント(待降節)に入りました。アドヴェントとは、12月25日のクリスマスまでのおよそ4週の期間を指し、クリスマスに備えるシーズンです。日本のクリスチャン人口は1%に満たないとされますが、そのクリスマスの賑わいから、キリスト教国ではと錯覚する旅行者がいてもおかしくありません。日頃は肩身の狭い思いをしている日本のクリスチャンも、クリスマスシーズンにはスポットライトを浴びて主役になったかのように大手を振って闊歩したくなります。その反対に教会の帰りにイルミネーションで輝く街並みや家々を見て、後れを取ったような気分になり、本当のクリスマスの意味を知っているのは自分たちクリスチャンだけなのだと強がってしまう場面もあるかもしれません。
冒頭に引用した詩編149編1−3節は、詩編の信仰が静的(スタティック)に祈りに沈静するだけのものではなく、動的(ダイナミック)に神を讃美し、歓喜するものでもあることを示しています。ここで詩編が描く讃美し、歓喜する人間の姿は、「ジェンカ」さながら輪になって集団で歌い踊り、タンバリン(手鼓)とリラ(竪琴)を用いて、全身全霊で神を誉め称え、踊りに興じる情熱的なものです。
担当者が今月の聖書テクストとして詩編149編1−3節を選んだのは、クリスマスのシーズンを迎えても、この世界の惨状を見ていると、楽しくなくなってしまうのだけれども、何もかも忘れて集中できるのは、フラメンコを踊り、音楽を聴いているときだけであり、せめて歌って、踊って、辛いことを忘れたいとの理由からだそうです(クリスマスというより、忘年会のようですが……)。
詩編149編が描く情熱的に踊りに興じる信仰者の姿に触れると、すぐにダビデの姿が浮かんできます。ダビデの名が冠せられる詩編が数多く残されていることからも想像できるように、彼は歌とリラ(竪琴)の名手として知られていますが、名うてのダンサーでもありました。彼は神の箱をエルサレムに運び入れるさいに、全身全霊でヤハウェ(神)の前で踊りました(サムエル記下6章12−16節)。しかも、彼は裸に亜麻布の衣(エフォド)を纏っただけの姿で、角笛を吹き鳴らし、飛び跳ねて踊ったのです。その姿は熱狂的なものだったに違いありません。
このようにダビデや詩編149編の信仰者たちの姿からもうかがわれるように、古代イスラエルにおいて踊りは神を讃美し、歓喜する重要な役割を持っていました。しかし、時代が下り、ヘレニズム文化が支配的になると、「ダンサー」(ギリシャ語κίναιδος/ラテン語cinaedus)は専ら女性の職業になり、ミソジニー(女性嫌悪)によって男性が踊ることは「女々しい」(ギリシャ語μαλακός/ラテン語malacus)とされ(Iコリント書6章9節参照)、悪徳として忌避されるようになったことが知られています(拙著『同性愛と新約聖書――古代地中海世界の性文化と性の権力構造』風塵社、2021年、287−293頁)。この背後には「理性」(ロゴス)の重視と情動(パトス=情熱)の抑制というギリシャ哲学のエートスが横たわっており、この文化のなかで育まれたキリスト教では、理性的に言葉を操ることが重んじられ、情熱的に踊ることは脇に追いやられてしまったのです。
続きは教団HPをご覧ください。
https://uccj.org/kobeya
#日本基督教団 #日本キリスト教団 #基督教 #キリスト教 #uccj #イエス #キリスト #キリスト教の小部屋
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YouTube更新しました。
毎月お届けしている「今月のメッセージ」
2025年12月はアジア学院のみなさんからのメッセージをお届けしています。
https://uccj.org/message/52668.html
https://youtu.be/gMTSHHA2tt4
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#日本基督教団 #日本キリスト教団 #基督教 #キリスト教 #uccj #イエス #キリスト #メッセージ #動画 #説教 #アジア学院
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『わたしはある』ということ
〜生きることの座標軸〜
望月修治さん (日本基督教団隠退教師)
2026年1月17日、30年を越えて31年の追悼の時を迎えます。
あの時から、教会は何を問われてきたのか。
教区の被災者支援の現場の方々は、何を願っていたか。
忘れてしまうことなく、次の時代に引継がねばならないことが、
まだまだたくさん埋もれているだろうことを感じます。
あの時、そしてそれからの場を歩まれた方のお話をうかがい、
多くの犠牲や苦難があったことに心を寄せつつ、
今私たちは何を問われているのか。これから何を願っていくのか。
それぞれの新たな始まりになればと思います。
今回も、追悼の礼拝にご参加をしていただきたく、ご案内を申し上げます。
日時:2026年1月17日(土)午後4時から
会場:日本基督教団 神戸栄光教会(神戸市中央区下山手通4-16-1) および オンライン・ライブ配信
※会場に駐車場はありません。公共の交通機関をご利用ください。
#日本基督教団 #日本キリスト教団 #uccj #兵庫 #兵庫教区 #兵庫南部大震災 #礼拝 #追悼礼拝 #神戸栄光教会
オンライン・ライブ映像配信
○ 礼拝のライブ配信は、 兵庫教区事務所のホームページからお入りください。
○ また礼拝の式次第も兵庫教区のホームページから、 礼拝の数日前よりダウンロードしていただけます。
「日本基督教団兵庫教区事務所」で検索、またはこちらから。
礼拝の動画はそのままアーカイブしますので、 この時間にご都合の合わない方も、あとからご視聴いただけます。
主催 日本基督教団 兵庫教区 (電話 078-856-4127)
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教団のなりすましアカウントが発見されました。
DMでグループLINEに入らないかと誘導してきます。
絶対にグループLINEに入らないでください。
教団のInstagramはuccj_publicです。
uccj_pubxicは教団と一切関係ありません。
なりすましアカウントの通報をお願いいたします。
#日本基督教団 #日本キリスト教団 #uccj
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※画像に誤りがありましたので再投稿します。
もっと、もっと
――現実を変えていくための貪欲さを肯定する――
15ヒルに二人の娘たち〔がいる〕。
もっと、もっと〔と求める〕。
満足しないのは三人〔の娘たち〕。
もう十分と言わないのは四人〔の娘たち〕。
(箴言30章15節a[私訳])
冒頭に引用した箴言30章15節aは「数え歌集」(箴言30章15−33節)の冒頭を飾るテクストです。このテクストは「貪欲」を戒めており、血を吸う「ヒル」と「娘」(女性)が二重に「貪欲」の隠喩メタファーとして描かれています。ここには古代世界と現代世界に通底する女性嫌悪・女性蔑視ミソジニーがダダ漏れになっています。
冒頭で「ヒル」と訳したヘブライ語のעֲלוּקָה(アルーカー)は旧約聖書(ヘブライ語聖書)ではここにしか用いられておらず、その意味は不明とされます。岩波訳(勝村弘也訳)はアラビア語から類推して「情欲」と翻訳していますが、日本で最も流通してきた聖書(文語訳、口語訳、新共同訳、新改訳2017、協会共同訳)では「蛭」と訳されています。岩波訳(勝村訳)も、そしてヘブライ語辞書や注解書も、通説としては「ヒル」の意だと説明しています。また、「ヒル」を比喩的に捉えて、「吸血鬼のような悪霊」がイメージされているとの説やその吸血鬼の名前ないし箴言と関係する賢者の名前だとの説もあります。
新約聖書のギリシャ語を専門とする者としては、不案内なヘブライ語の探究は諦めて、古代にヘブライ語から訳されたギリシャ語七十人訳聖書のβδέλλα(ブデッラ)に従い、通説通りに「ヒル」と訳しました。また、4世紀のラテン語訳聖書のウルガータでも「ヒル」を意味するsanguisugaと訳されています。
このヒルの種類ですが、パレスティナを含む中東に広く生息する「馬ヒル」(haemopsis sanguisuga)だと推定されます。体躯が10〜15cmという巨大な――という表現が合っているかは分かりませんが――ヒルです。なお、ストラボン(前64/63年〜後24年頃)『地理誌』17:3:4にβδέλλα(ブデッラ)が登場するのですが、そこでは「八目鰻」の意味で使われていますので、その大きさから類推すると、やはり「馬ヒル」という推定が当たっているように思えます。そして、馬ヒルに限らず、ヒルには体の前後の両端にひとつずつ吸盤がありますので、「ヒルに二人の娘たち〔がいる〕」というのは、ヒルが二つの吸盤で張りつき、それらの吸盤内にある口器で皮膚に傷をつけて血を吸い出す姿をイメージしているようです(七十人訳聖書では「三人の娘たち」になっています)。
それに続く「もっと、もっと」ですが、この表現は直訳すると「与えろ、与えろ」となります。原文のヘブライ語はהַב הַב(ハブ・ハブ)ですが、同じ命令法の動詞が繰り返されています。岩波訳(勝村訳)は両語を一語と見て、アラビア語やエチオピア語から推定し、直前の「二人の娘たち」を主語に解し、「二人の娘が愛欲に燃え上がる」と訳出しています。わたしにはアラビア語やエチオピア語の知識はありませんし、肝心の七十人訳では「ヒルに三人の愛に愛されていた娘たちがいた」――「ヒルに三人の最愛の娘がいた」の意か?――という意味不鮮明の文章になっていることもあり、通常の解釈に従って、「もっと、もっと」と訳しました。……続
全文はホームページをご覧ください。
https://uccj.org/kobeya
#日本基督教団 #日本キリスト教団 #uccj #キリスト教の小部屋 #箴言 #聖書 #馬ヒル #貪欲 #小林昭博 #宗利淳一 #宗利淳一デザイン
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毎月お届けしている「今月のメッセージ」
2025年11月は『寒くなると思い出す』のタイトルで、早稲田教会の久保彩奈先生からのメッセージをお届けしています。
YouTubeはストーリーもしくはプロフィールのリンクツリーからどうぞ。
https://uccj.org/message/52536.html
https://youtu.be/bxlFBZTxW1E
#日本基督教団 #日本キリスト教団 #基督教 #キリスト教 #uccj #イエス #キリスト #メッセージ #動画 #説教 #ルカによる福音書 #スコットホール #早稲田教会 #lemon
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ウェスレー財団より
「キリスト教アーティスト ―渡辺禎雄版画展―」開催
実施日(期間):2025年11月13日〜2025年11月15日
ウェスレー財団では、2025年11月13日(木)~15(土)まで「キリスト教アーティスト―渡辺禎雄版画展―」を開催いたします。
渡辺禎雄氏(1913-1996)は、聖書を題材とした日本では稀有な芸術家です。その版画20点(公益財団法人早稲田奉仕園所蔵)を展示いたします。また、11月14日と15日には、キリスト教美術史がご専門の吉松純教授(金城学院大学)による特別講演も開催予定です。
日時:11月13日(木)11:00〜18:00(最終入場 17:30)
11月14日(金)11:00〜19:00(最終入場 18:30)
【吉松純氏による特別講演予定】17:00~18:30 各回20名まで
特別講演「狭い門から世界へ―キリスト教アーティスト渡辺禎雄の信仰と聖書観―」
11月15日(土)10:00〜14:30(最終入場 14:00)
【吉松純氏による特別講演予定】 11:00~12:30 各回20名まで
特別講演「狭い門から世界へ―キリスト教アーティスト渡辺禎雄の信仰と聖書観―」
入場料:無料
場所:ウェスレーセンター1階 101
主催:公益財団法人ウェスレー財団
https://uccj.org/news/52398.html
#日本キリスト教団 #日本基督教団 #uccj #ウェスレー財団 #渡辺禎雄 #版画 #キリスト教 #アーティスト #展示会 #版画展 #講演会 #金城学院 #金城学院大学 #吉松純
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死に取り残された世界に寄り添う
――ヨブの苦難に寄せて――
24なぜなら、わたしのパンの前にわたしの呻きが迫り来て、
水のようにわたしの唸りが吐き出されるのだから。
25なぜなら、わたしが恐れていた恐れがわたしに臨み、
わたしが怖がっていたものがわたしに迫って来たのだから。
26わたしは安らぐことなく、穏やかにいることもなく、
憩うこともない。ただ混乱だけが迫り来る。
(ヨブ記3章24−26節[私訳])
ヨブ記の主題のひとつは神義論であり、神はなぜ悪や苦悩を放っておくのか、また悪人(罪人)が栄え、善人(義人)が苦難に遭うといった不条理を神はどうして見過ごしにするのかが問われています。義人ヨブは自らの命と妻以外の家族と財産を失い、自らも病に冒されます。彼は神に訴えかけ、また自らを詰る友人たちと議論を繰り広げます。
ヨブ記3章はサタンの試みによって全てを失ったヨブが独白をする場面です。冒頭に引用した3章24−26節には、絶え間なく襲う不安や恐怖に苛まれるヨブの心情が明かされています。24節が描くのは、朝目覚めて食事をするよりも前に――あるいは食事の代わりに――呻きに襲われ、水のように絶え間なく注ぎ出されるように呻吟するヨブの姿です。25節はヨブにとって最も恐怖していたことが現実のものとして迫って来たことに触れています。ヨブ記においてそれは幸福の絶頂から不幸のどん底に自らを沈めた禍いそのものに置かれているのではなく、自らを不幸に陥れることを許す神の不条理や自らの祈りに応えることのない神の不在に直面したヨブの実存の危機として立ち現れています。それゆえ、26節においてヨブは一瞬の平安すら感じることなく、ただひたすら不安と恐怖に苛まれ続けるのです。
今回の聖書テクストは担当者が身近な人たちの死を看取ってきたここ10年ほどの時間を振り返り、しかも牧師として葬儀の説教をしつつその人たちを見送ってきたことで、大切な人の「死」そのものに向き合うこともできず、まるで自らが蝕まれているような漠とした不安に襲われているといった心情から選んだとのことです。その文面には以下のように記されています。
わたしの中の「死」は、いつも置き去りになっているのです。そうやって、わたしは、わたしの中に「死」をため込んでいって、重たいと思うこともあります。いつかひとは死ぬのですが、それに想起される悲しみとか、そういうことではなく、単体の死、みたいな、漠然とした死という、なにか黒光りするようなものが、詰め込まれていく感じですね。
……続
全文はHPをご覧ください。
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#日本基督教団 #日本キリスト教団 #uccj #ヨブ記 #死 #苦難
#宗利淳一 #宗利淳一デザイン
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毎月お届けしている「今月のメッセージ」
2025年10月は『降りてみて!取り戻してくれるよ』のタイトルで、深川教会の友野富美子先生からのメッセージをお届けしています。
https://youtu.be/Ll8wB2TZ3-I
https://uccj.org/message/52298.html
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#日本基督教団 #日本キリスト教団 #基督教 #キリスト教 #uccj #イエス #キリスト #メッセージ #動画 #説教
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能登半島災害支援ボランティア、引き続き募集しています。10月7日出発の締め切りは明日、27日です。ぜひご参加いただけますと幸いです。
【10月】
10月7日(火)~10日(金)
10月23日(木)~26日(日)
【11月】
11月4日(火)~7日(金)
11月27日(木)~30日(日)
【12月】
12月11日(木)~14日(日)
※以後、冬季休止
【場所】
活動:輪島市(町野町)・珠洲市・能登町
宿泊:日本基督教団羽咋教会、富来伝道所(出張伝道地)、古民家、民泊宿舎、テント泊(1人用)等
詳細は教団ホームページをご覧ください。
https://uccj.org/news/51128.html
#日本基督教団 #日本キリスト教団 #uccj #能登半島 #能登 #ボランティア
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スィンティジャズ、スィンティ・ロマの歴史を学ぶ会のお知らせです。日本基督教団部落解放センターが企画しています。入場無料です。
DIE DRAHTZIEHER/MADELEINE KEHRER
【公演スケジュール】
2025年
■10月7日(火)16時 開場 16時50分 開演
【青森】松丘保養園 青森県青森市大字石江平山19
■10月11日(土)13時 開場 13時30分 開演
【東京】信濃町教会 東京都新宿区信濃町30
■10月14日(火)15時 開場 16時 開演
【神戸】神戸聖愛教会 神戸市中央区生田町1丁目1-27
いずれも入場無料
主催:日本基督教団部落解放センター
#日本基督教団 #日本キリスト教団 #uccj #部落解放センター #sinti #sintijazz #jazz #ドイツ
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8/29と9/1に夏の全国発送を行いました。
9/3〜5くらいまでに全国の教会・伝道所にお届けできる見込みです。
今回は恒例の神学校日献金ポスターや共に仕えるために、献金報告、署名用紙等の他に2冊の本が同封されています。
教憲教規の解釈に関する答申集 増補版と宣教の未来Ⅱです。
この2冊は追加で購入も可能ですので、ご希望の方は教団事務局までご連絡ください。
教憲教規の解釈に関する答申集 増補版 550円
宣教の未来Ⅱ 1,650円
#日本基督教団 #日本キリスト教団 #uccj #宣教の未来 #宣教の未来Ⅱ #教憲教規の解釈に関する答申集増補版 #チラシ #ポスター #本
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失敗を悔いてやり直す
――愛すべきイエスの一番弟子ペトロの失敗――
26さて、彼ら〔=イエスと弟子たち〕は讃美歌を歌いながら、オリーヴの山に出かけて行った。27すると、イエスは彼ら〔=弟子たち〕に言う、「あなたたちはひとり残らず罠にかかるだろう。なぜなら、次のように書いてあるからである。
わたしは羊飼いを打つだろう。
そして、羊たちは散らされるだろう。
28しかし、わたしは甦らせられた後に、あなたたちを先導してガリラヤに行くだろう。29だが、ペトロが彼〔=イエス〕に言った、「もし彼ら〔=弟子たち〕がひとり残らず罠にかかったとしても、わたしだけは罠にかかったりはしません」。30すると、イエスは彼〔=ペトロ〕に言う、「アーメン、わたしはあなたに言う、そのあなたが、今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしを拒絶するだろう」。31だが、彼〔=ペトロ〕はさらに啖呵を切って続けた、「もしわたしがあなたと心中することになったとしても、あなたを拒絶したりはしません」。すると、〔ペトロと〕同じように彼ら〔=ほかの弟子たち〕もひとり残らず啖呵を切った。
(マルコによる福音書14章26−31節[私訳])
マルコ福音書14章26−31節は、イエスが弟子たちの背信とペトロの三度の拒絶を予示する物語です。イエスが予示したように、この後に弟子たちはイエスを棄てて逃げ去りますし(14:43−50)、ペトロはイエスを三度拒絶します(マルコ14:66−72)。この物語で中心をなすペトロはイエスの一番弟子であり、初代教会の代表者――そしてローマ・カトリックでは初代ローマ教皇――でもありますので、その「聖ペトロ」がイエスを拒絶したという不名誉な物語を敢えて創作するとは思えませんから、ペトロがイエスを拒絶したことは史実だと考えられます。そして、私見では本日の聖書テクストが伝えるイエスがペトロの拒絶を予示したことも、その核となる部分は史実に遡るように思えるのです。というのも、死が現実に迫りつつあることを察知したイエスが、弟子たちに「どうせオレが捕まったら、ひとり残らず逃げちゃうんだろう」と漏らすといったことくらいはあったと思うからです。もしかすると、次のようなやりとりがあったのかもしれません。
イエス「もしオレが捕まったらどうする」
ペトロ「オレは死んでもイエス様についていきます」
イエス「どうせあんな奴なんて仲間じゃないって言っちゃうんじゃないの」
もちろん、これはどれもわたしの妄想――格好よく言えば歴史的想像――でしかないのですが・・・。
今回担当者がこのテクストを選んだのは、ペトロは人間味のある良い人に違いないと感じたからだといいます。イエスを裏切るところが人間らしいというのです。でも、ペトロはイエスを裏切ってしまったことを悔い、裏切りを心に刻んだからこそ、イエスと同じ十字架に磔にされる資格はないと考え、敢えて逆さ十字架に磔になって処刑されたのではないだろうかという歴史的想像力を働かせたということです。
このようなペトロに対する温かな眼差しは新鮮です。なぜなら、――先日、今年2月の逝去が公表された――田川建三先生が一貫して主張していたように、マルコ福音書はペトロを中心とするイエスの直弟子たちを強烈に批判しているからです。ペトロを筆頭とするイエスの直弟子たちはイエスを真に理解しておらず、それゆえ原始エルサレム教会はイエスとは真逆の方向に進んでしまっていたために、マルコは舌鋒鋭く弟子批判を展開したというのです。その意味では、「ペトロの三度の拒絶の予示」の物語が史実に遡るとしても、あるいは「ペトロの三度の拒絶」を際立たせるためにこの伝承を知ったマルコがここに予示の逸話を置いたのだとしても、それともマルコがこの物語を一から創作したのだとしても、この物語にペトロに対する辛辣な批判が込められていることは否定できません。
続きはホームページをご覧ください。
https://uccj.org/kobeya
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日本基督教団公式Instagramのフォロワーが1000を超えました。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
これからも教団内外の情報を更新していきますので、よろしくお願いいたします。
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※一部誤りがありましたので、再投稿します。
YouTube更新しました。
毎月お届けしている「今月のメッセージ」
2025年9月は『神は、あなたの近くにいます 』のタイトルで、秋田高陽教会の田中真先生からのメッセージをお届けしています。
https://uccj.org/message/52234.html
https://youtu.be/puTBFXodLi8
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