「背負われ、刻まれて」
聖書箇所:「わたしに聞け、ヤコブの家よ。イスラエルの家の残りの者よ、共に。あなたたちは生まれた時から負われ 胎を出た時から担われてきた。同じように、わたしはあなたたちの老いる日まで、白髪になるまで、背負って行こう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。」
イザヤ書46章3〜4節
「女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうかたとえ、女たちが忘れようとも わたしがあなたを忘れることは決してない。見よ、わたしはあなたを わたしの手のひらに刻みつける。」
イザヤ書49章15〜16a節
動画はこちらからYoutubeページにとびます。
大阪城北教会
東島美穂 牧師
新年最初の月のメッセージを担当いたします、大阪城北教会の東島美穂と申します。
隣りに映し出した写真は、昨年、こどもの日・花の日礼……
「神に栄光、地には平和あれ」
聖書箇所:「その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。 すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。 天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」 すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。 「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」 天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。 そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に……
「沈む者に伸びる御手」
聖書箇所:「 それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。 群衆を解散させてから、祈るためにひとり山にお登りになった。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。 ところが、舟は既に陸から何スタディオンか離れており、逆風のために波に悩まされていた。 夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。 弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、「幽霊だ」と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた。 イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」 すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」 イエスが「来なさい」と言われたので、ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。 しかし、強い……
「それぞれの役目」
聖書箇所:「 アロンの姉である女預言者ミリアムが小太鼓を手に取ると、他の女たちも小太鼓を手に持ち、踊りながら彼女の後に続いた。ミリアムは彼らの音頭を取って歌った。主に向かって歌え。主は大いなる威光を現わし 馬と乗り手を海に投げ込まれた。」
出エジプト記15章20-21節
うふざと伝道所
島しづ子 牧師
イスラエルの民をエジプトから救い出したのはモーセでした。モーセが生まれた頃、エジプトの王ファラオは「生まれた男の子は一人残らずナイル川に投げ込め、女の子は生かしておけ」(出エジプト記1章15~22節)と命じました。ファラオはイスラエル人の男性が多くなって、エジプトに敵対したりすることを恐れたからでした。
そんな時期にモーセは密かに育てられました。(出エジプト記2章1~10節)モーセの親はモーセが生後三ヶ月経……
「誰がための私たちか」
聖書箇所:「 そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』」
マタイによる福音書25章40節
共愛学園前橋国際大学
古澤健太郎 牧師
さて、ここ何回かの、このYoutubeチャンネルのメッセージを拝見していますと、お話される皆様、ご自身が務めておられる教会、礼拝堂で動画を収録しておられて、いろんな教会の様子を拝見できてとても楽しいですね。
今回は9月公開開始ということで現在8月下旬にこれを収録しております。夏休み真っ盛り、大学の授業開始もまだまだ先ということで、自宅から、家族が寝静まった後のダイニングからお送りしておりますことをどうぞご容赦ください。
せめて、写真くらいはご覧いただきたいと思いますので、少し、共愛学園前橋国際大学についてお……
「慰めの約束」
聖書箇所:「 悲しむ人々は、幸いである、 その人たちは慰められる。」
マタイによる福音書5章4節
芦屋西教会
若林一義 牧師
日本基督教団のYouTubeチャンネルをご覧の皆さん、こんにちは。わたしは、兵庫県芦屋市にある芦屋西教会の牧師、若林一義です。
皆さん暑い日が続きますがいかがお過ごしでしょうか?
7月から日本各地で10年に一度と言われるほどの猛暑が続いています。8月もこの猛暑は続きそうですね。
またこの猛暑の中、日本各地で水害が発生しています。その中に今生活をしておられる一人一人の苦しみの中に神さまが共にいてくださることを覚えます。
私たちの生きている日本、世界は様々に困難な課題をもって歩んでいます。またそれは、国だけでなく、私たち一人一人もそれぞれに困難さを覚えるものをもって歩んでいます。
自分自身のこと、家族のこと、……
「新しく創造された人」
聖書箇所:「わたしたちが正気でないとするなら、それは神のためであったし、正気であるなら、それはあなたがたのためです。 なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。わたしたちはこう考えます。すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。 その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。 それで、わたしたちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません。 だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。 これらはすべて神から出るこ……
「人間だった」
聖書箇所:「主なる神は言われた。「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ、永遠に生きる者となる恐れがある。」主なる神は、彼をエデンの園から追い出し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた。」
創世記3章22-24節
佐世保教会
深澤 奨 牧師
創世記にある第二の創造物語から読んでみました。色々問題もあり、突っ込みどころの多い箇所ですが、いろんな気づきを与えたり、現代の僕らに強くひびいてくるものもあったりします。
神様はエデンの園の中央に「善悪を知る木」と「命の木」という2本の木を生え出でさせ、その二つの木からは決して実を取って食べてはならないと言うのですが、ご存じの通りエバもアダムも食べてしまいます。「善悪を知る」って言うのはいいことじゃないの?と思いがちで……
「できることを数えてみる」
聖書箇所:「あなたの御計らいはわたしにとっていかに貴いことか。神よ、いかにそれは数多いことか。」
詩編139編17節
千歳栄光教会
杉岡ひとみ 牧師
5月の説教を担当いたします。杉岡ひとみです。私は北海道の千歳市にあります、千歳栄光教会の牧師をしております。
春は新しいことがいろいろ始まる季節です。新しい場所、新しい出会い、さまざまな出来事が起こります。その出来事の中で私たちの心は揺さぶられます。いいことがあれば喜び、心は軽やかになるものです。しかし、いつもいいことばかりではないでしょう。さまざまな出来事がある中でうまくいかないこと、悲しいこと、なぜ、どうしてと問いたくなることも私たちの日常には本当にたくさんあります。美しい新緑のすがすがしさのように心が晴れ晴れとする日もあるのでしょうけれども、それとはうらはらに気持ちがうかないこ……
「一緒にいる」
聖書箇所:「ほかにも、二人の犯罪人が、イエスと一緒に死刑にされるために、引かれて行った。 「されこうべ」と呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。犯罪人も、一人は右に一人は左に、十字架につけた。 〔そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」〕人々はくじを引いて、イエスの服を分け合った。 民衆は立って見つめていた。議員たちも、あざ笑って言った。「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。」 兵士たちもイエスに近寄り、酸いぶどう酒を突きつけながら侮辱して、 言った。「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。」 イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札も掲げてあった。十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスをののしった。「お前はメシアではないか。自分自身……