中部教区愛知東地区 推進座談会報告
二月十五日(日)午後、岡崎教会を会場に中部教区愛知東地区推進座談会が開催されました。
この会の開催について杉本誠地区会長(西尾教会牧師)に相談しましたところ快く引き受けてくださり、地区の集会などで諸教会・伝道所の出席が薦められました。また岡崎教会は会場を快く提供してくださいました。地区の配慮に支えられ、開催することができたことを、心より感謝いたします。
参加教会六教会。参加者数は二三名(推進委員二名を含む)でした。
讃美歌21五〇五を賛美、聖書テモテ一2章1~3節を朗読、大杉弘委員長が開会のお祈りを捧げました。
大杉委員長は、挨拶と「支える運動」の原点とこれまでの歩み、そして現在の運動方針等を説明、質疑応答へと進みました。
話し合われたことは概ね次のようなことでした。
既に参加している教会からは、①この献金が隠退された先生方に直接届けら……
「父が見ているもの」に気付かされ
飯塚拓也(竜ヶ崎教会牧師)
私の献身は、牧師であった父の死がきっかけです。
私が高校三年の終わりの頃に、父は直腸癌が見つかって手術を受けました。当時、告知はまだ一般的ではなく、父にも特に病名は知らせませんでした。けれど、父は知っていたようで、「僕は癌に勝った」と退院後親しい人に語っていました。二年後に癌が再発し再入院となりましたが、癌が全身に転移し手の施しようがなく、約 半年の病院生活の後に天に召されました。
この再入院の期間は、母が教会と付属幼稚園を守り(岐阜県の農村教会でした)、大学受験に失敗し名古屋で浪人中だった私が父の世話をすることとなりました。癌センターへの入院でしたので、昼過ぎに病院に行って、夜に下宿に帰る毎日でした。当時は病状が重くなると二人部屋に移ったのですが、夜に病院を後にして翌日行 くと、隣の方が変わって……
田中嘉雄氏(隠退教師)
一月二八日、逝去。八三歳。東京都に生まれる。一九六〇年日本聖書神学校卒業後、本所教会に赴任。その後六一年から教団総務局に教務教師として勤務し、六二年から九五年まで松代教会牧師を務め、隠退した。遺族は妻の弘子さん。
第36総会期第一回年金局理事会が一月三〇日(金)開催された。最初に髙橋豊理事長を選任、引き続き籔田安晴副理事長、池田浩二、中林克彦、疋田國磨呂の各常任理事を選任、内藤留幸総幹事を含め六名の常任理事会メンバーを選任、書記は池田常任理事が担当。また、常任理事会の下に設置されている資産運用と制度検討の各諮問委員会は夫々、籔田副理事長と中林常任理事が担当し 、外部の専門家を含む体制でひき続き行っていくことを承認した。教区代表理事のリストは、教団新報第四六六七号をご参照ください。
また、今年度から財政規模の大きい東京教区が五支区代表を指名し、支区の教団年金の活動を強化して行くことになった。五名の内、年金局理事・監事でない二人は陪席者として理事会に出席願うことを承認した。
新しい体制の下、祈り、知恵を絞りながら、教団年金を守りぬくよう一同認識を新たにした。
(櫻井淳子報)
互助は、伝道の武器 野村忠規
四国と言えば互助、互助と言えば四国。四国教区は四〇数年ただ
ひたすら、互助を教区の最重要課題として取り組んで来た。それは、現実に教区内に伝道の困難を抱える小教会が多いから、協力しなければ立ち行かないからだ。しかし、この四〇数年の歩みは簡単ではなかった。まさに「荒野の四〇年」、たびたび危機を体験した。
しかし、その度に皆で悩んだ。激しく議論をした。そして祈った。
そして、その度ごとに、不思議と新しい道が拓かれて来たのである。
先日も教区内の互助の意見をまとめる会があり、互助の課題について話し合った。互助を受けながら伝道に専念する教師が言われた。
『よく「伝道の最先端でのお働きを感謝します。伝道の実りは簡単には与えられないでしょう。しかし、そこに立ち続けて下さい」とこのような励ましは有り難い。しかし、その場に立ち続けると言っても、何の展望もな……
第36総会期第一回の部落解放センター運営委員会が一月二七日午後から二八日にかけて、教団四階会議室で開催された。
出席者は、陪席者をあわせて三一名。新しく選出された委員のもと、共に部落解放への熱意を確認し、二日間にわたっての協議を行った。
組織会が行われ、東谷誠運営委員長(いずみ教会)、多田玲一書記(福岡女学院教会)が選任された。さらに、活動委員会の候補者が紹介され、活動委員会のメンバー二〇名が選任された。
また、今期も引き続き常任運営委員会を設置することが決まり、委員長、書記、活動委員長の他、宮田誉夫委員(草津教会)、柴田もゆる委員(廿日市教会)、片岡謁也委員(若松栄町教会)が選出された。
議事の中で特に時間を取り、次年度の同宗連議長に就任する小林眞教師、事務局長に就任する丹波二三夫教団職員から挨拶を受けた。出席者より、センターは同宗連に思いを寄せてきたこと、『解放のはばたき』の記……
統一原理問題東京地区学習会を開催
統一原理問題東京地区(東京教区、西東京教区)連絡会学習会が二〇〇九年一月三〇日(金)、教団会議室に於いて開催された。今回は、東京地区だけでなく他教区他教派にも呼び掛けたため、東北教区、カトリック中央協議会、聖公会、日本ルーテル教会、日本バプテスト連盟からの参加者も得て、出席者二九名を数え盛会であった。
最初に吉田好里牧師(世話人代表)より挨拶と集会の趣旨説明が以下のようにあった。連絡会による二ヶ月に一度の定期的な相談活動も既に二〇数年が経過したが、その間、相談者が来なかった日は一度もなく、むしろ最近は増加傾向にあり、カルトの被害は終息せず、益々深刻になっている現状である。その間、連絡会構成メンバーの高齢化もあり、改めて、今日の統一協会の活動による被害状況を多くの人に知ってもらい、救出の取り組みと相談者の裾野を広げていきたいというのが今連絡会の趣旨で……
*世界宣教のもとに六委員会 世界宣教
第36総会期第一回世界宣教委員会が二月六日に教団会議室において開催された。今期の委員は木下宣世(招集者)、秋山徹、岡村恒、藤吉求理子、村山盛芳、久世了(宣教協力学校協議会)、稲松義人(日本キリスト教社会事業同盟)の七名である。
まず委員会の組織がなされ、委員長に木下、書記に村山、実務委員に秋山が選ばれ、この三人が常任委員会を組織することが承認された。
前総会期に大幅に委員会組織が改定され、世界宣教委員会のもとに韓国協約・スイス協約・台湾協約・国際関係・宣教師人事・宣教師支援に関する六委員会が設置された。それぞれの委員会が具体的な働きをなすことと同時に、今後の働きのために必要な規則などの整備に多くの時間が費やされた。これからは、委員会の活動ひいては教団の世界宣教に関する見解を見直すためにどのように進めて行くのかについて昼食をはさんで懇談の時を……
▼お笑い芸を、観客の中から無作為に選ばれた五人が審査する番組がある。五人中三人が笑えば、ステージクリア。五人は自分が選ばれたことを知らない。▼なかなか笑わない。絶対に笑うまいと決めているかのように。▼見ている内に納得した。人間やはり笑顔が可愛い。美しい。いろいろと美形の審査基準があるだろうが 、そんなことよりも、笑顔が美しい。仏頂面ではなかなか美しいとは見えない。全身で笑っている顔は、決して醜くはない。▼ふと考えた。聖書には笑いと言う表現はあまり無いようだ。嘲るとか小馬鹿にするというような用例ばかりだ。▼笑うという意味の言葉は他に何があるか考えた。あった。喜ぶ。似たような表現に、喜ばせ る、喜び、喜び愛す、喜び歌う、等々、合わせて七~八百はありそうだ。ちょっと数え切れない。▼喜ぶは、日本語のニュアンスでも、単なる笑いではなく、心からの喜び、本当の満足、幸福、そんな印象がする。▼とすれば、喜……
出雲・松江、諸教会訪問記② ▼松江 ▼松江北堀
迫害・火災、試練を乗り越え 松江教会
松江教会は、松江城の内堀から直線距離なら二〇〇メートルと離れていない閑静な住宅地のなかにある。図書館、県庁は目の前、市役所、宍道湖傍の松江温泉街も遠くない。立地条件は悪くはないのだが、しかし狭い。この界隈では普通の民家程度の敷地で、駐車場がない。勿論、礼拝堂、集会室、牧師館と全て窮屈 だ。しかも、土地は借地。
訪問した週の週報に、会計報告が載っていた。土地購入会計繰越金の項を見ると、約四〇〇万円が積み立てられている。土地の入手は、何十年来の懸案と聞く。
この狭い会堂に、かつては五〇名の礼拝出席があった。最新の教団年鑑では、平均二四名。会員数も四〇名と記載されている。
松江教会はその名前から分かるように、松江市内の教団諸教会中最も古い歴史を持つ。しかし、戦時中、弾圧によって礼拝休止とな……