格差が大きい中で豊かな交わりを持つ
中村征一郎
千葉支区では一月十二日(月・成人の日)信徒大会を持つ予定(と言っても拙文が掲載される頃には終えているが...)である。今年は教団総会議長の山北宣久先生にご奉仕を願っての信徒大会であるが、一九七七年に第一回が持たれ、隔年毎の開催で、今回で十七回を数える。今回のプログラムは、▼礼拝形式による山北先 生の「それ行け!伝道」と題する説教、午後は、▼日本宣教150年を覚え、千葉支区でお働きいただいた宣教師の方々への記念品贈呈▼信仰五〇年を経た方々を覚えての感謝祈祷会▼支区内諸教会の交わりの時▼幼稚園児による聖誕劇の上演、と盛り沢山である。千葉支区は東京都の二・五倍の面積に六三の教会を数えるが、東京教 区の他の四区と比すならば均質性が薄いと思う。都市教会と農漁村に在る教会とが混在している。教会規模、礼拝人数、財政等その格差は大きい。概して言うなら……
第8回宣教師人事委員会
去る一月九日(金)、第八回宣教師人事委員会が開催された。
世界宣教委員会関連委員会の中でも、前総会期(第35総会期)の最後の委員会となった。当委員会の主な議題は、人事に関連するものが大半であることから、多くは次期総会期委員会へ継続的に申し送ることになる。
前総会期を振り返ると、JNAC(日・北米宣教協力会)及びCoC(宣教協力協議会)の解散に伴って、北米諸教会からの受入れ宣教師に対しても教団が直接責任を負うことになり、それまでの世界宣教協力委員会を改めて、「世界宣教委員会」と名称変更し、その組織のあり方や機能的役割も大きく変更された。
当然のことながら、新設された当人事委員会においても、取り扱うべき宣教師の人事事項は決して少なくはない。北米宣教師とそれ以外の海外からの宣教師の受入れ手続き及び評価手続きの統一や、日本基督教団からの派遣宣教師の派遣手続きの見……
「キリストこそ我が救い」
日本伝道150年記念初週祈祷会
二〇〇九年一月五日(月)~十日(土)、銀座教会を初日として、日本伝道150年記念初週祈祷会が一週間連続してもたれた。六教会に延べ五〇〇名、十二教派の信徒が祈りを一つにした。
一五〇年前、キリシタン禁制の日本に宣教師が渡来、御言葉の種が播かれた。
神奈川に上陸した宣教師たちが共に祈った最初の初週祈祷会を覚え、二〇〇年の祈祷会に繋ぐべく一五〇年目の信徒たちが準備した。
東京信徒会の呼びかけで各教会の信徒により、「プロテスタント日本伝道150年初週祈祷会実行委員会」(委員長岩澤嵩・銀座)を組織、各教会の教師、信徒一体となって進められた。
東京・西東京三五〇教会を始め、ミッション系学校、教団以外の教派にも呼びかけた。初期の日本宣教が超教派でなされたことに倣うものである。
祈祷会は各教会に備えられた賜物を活かしながら、共同主……
日本キリスト教海外医療協力会 大江 浩(JOCS総主事)
パキスタン サラーム(平安を)
『守れるはずの命』を守る
二〇〇八年のクリスマスはパキスタン・ファイザラバードで過ごしました。二〇〇七年一〇月に現地赴任をした青木盛ワーカー(新生児・小児科医)の活動現場を訪れるためです。
派遣先である聖ラファエル病院(一九四八年設立)は、パキスタン独立時の難民救済を契機にできたカトリック系の産科を中心とした病院で、助産婦学校(一九五七年設立)も運営しています。
設立当初から、長年にわたり無私の働きをされたSr./Dr.Elizabeth(ベルギー人)というクリスチャンドクターは「パキスタンのマザーテレサ」と称され、イスラム教徒からも尊敬を集めました(二年前に召天されました)。
同病院では年間約一八〇〇件の出産がありますが、常勤の小児科医がいない状態で……
▼突然の腰痛で、三日程は身動ぎもならなかった。十数年前の肝臓、五年前の心臓に続いて今度は腰、「これで肝心要、全部そろった」と冗談を言ったら、ビリビリと激痛が走った。▼立ち上がるにも座るにも、支えが要(!)る。障子の桟でも良い。親指と人差し指で桟をつまむだけで、全然違う。桟を支えに立ち上がって も、桟は壊れたりしない。支えは僅かであっても十分に役立つのだ。▼「さん」の漢字が書けなくて、広辞苑を引いたら、一番最初に「かけはし」と、その意味が記されていた。小さな支えでも、決定的なかけはしの役割を果たすことが出来るかも知れない。病そして痛みが、教えてくれた。▼『聖書の絵師...新潮社』に登場する「 ノリッジのマザー・ジュリアン...幻視体験を綴った『神の愛の啓示』で知られる一四世紀イギリスの修道女」は、主の十字架の苦しみを体現するために、「病を与え給え」と祈る。▼聖ジュリアンに倣うことなどはできな……
496人の参加で初の信徒大会
東京・西南支区「教会フェスティバル」
東京教区西南支区の信徒大会「教会フェスティバル」が一月十二日、青山学院大学ガウチャー記念礼拝堂で開催された。支区としては初の信徒大会に、支区四四教会中四一教会から四九六人が出席した。
開会礼拝で説教に立った岸俊彦支区長(経堂北)は、「結ばれている私たち」と題する説教で、「この礼拝堂での大学礼拝で説教した時、礼拝後、一人の見知らぬ女子大生が話しかけてくれた。ある中学で聖書を教えた生徒の一人だった」というエピソードから切り出し、「福音の種はいつ、いかなる形で実を結ぶかわからない」 。
「日本のキリスト教人口は1%だから、キリスト教世界は狭い、といわれるが、主の御名によって結ばれている私たちが、出会い、スタートする時、思いがけない広さを持つ」と励まし、「私たちは、『主にある兄弟姉妹のネットワーク』によって結ばれている……
新しい試みのもと、第17回千葉県信徒大会
一月十二日、西千葉教会において、東京教区千葉支区主催による第十七回千葉県信徒大会が開催された。大会が「千葉県」と銘打つのは、信徒大会の目的が謳うように、「千葉支区内諸教会の信徒が一堂に会し」て伝道地である千葉県全体を覚えるためである。
今回は、「それ行け! 伝道」との主題を掲げて、プロテスタント教会日本伝道150周年を記念する大会として開催された。山北宣久教団議長を説教者として迎えて礼拝が献げられ、その後、それぞれのプログラムが進められた。
「それ行け! 伝道」は著書名であるだけでなく、山北議長が一貫して訴えてきた伝道する教会論を象徴する合言葉でもある。説教者紹介の中で岸憲秀副支区長(千葉本町)は、「プロテスタント教会日本伝道150年について教団内に様々な理解があるのは承知しているが、大会実行委員会は150年記念の年をしっかりと受け止めた……
大晦日の夜、午後十一時半から教会の除夜元旦礼拝が始まった。賛美があり、祈りがあり、ちょうど説教の途中で新年を迎えるのである。誰も時計を見ていないし、年が移る瞬間を気にしてもいない。ただ語られる神の言葉に聴き入っている。普段の主日礼拝では決められた時の中に御言葉が語られている感覚を持つのだが、ここ には御言葉が語られる中で時が過ぎているという感覚があった。これは幸いな経験である。
信仰生活に於いて自分の生きる時と場に御言葉を聴くことは私共にとって大きな恵みである。そして神の言葉が語られる中に自分の人生が過ぎているという事実は本当に素晴らしい恵みである。今頃そんなことを言っているのかと思われるかもしれない。しかし天に帰られた多くの先達の信仰の言葉、その病床で聞かされた信仰の 喜びが自分の中にも染み込むようで嬉しいのである。
新しい年が与えられた。この年も教会は命の御言葉を語り続けるの……
主にまかせよ
主にまかせよ 汝が身を
主はよろこび 助けまさん
大学四年になる時、学びに意欲を失い、一年間休学し、大学のあった北海道から帰省して京都の実家で過ごした。
生きる目的が見いだせなかった『自分病』のただなかにいる時、信仰の先輩が、この讃美歌を歌い祈ってくれた。自分中心の思いと甘えを諭され、神様に心を向ける必要を教えられた。
家業を手伝う中で復学への思いを固めていったが、心の闇は消えることがなかった。
そんな中出席した無教会の聖書研究会の中で、自分の罪深い歩みを告白し、主の十字架の贖いと赦し無しに歩めないことに気付かされた。その経験を通し、信仰を持つ両親と祈りを合わせ、礼拝にも出席するようになった。
復学、卒業後も無教会の集会や教団の教会の礼拝に出席していたが、職場は日曜日も交代で日直があり、自分の趣味にも心奪われ徐々に神様から遠のいてしまっ……
二〇〇八年十月三一日(金)十一時三〇分から一四時三〇分まで、「隠退教師を支える運動・一〇〇円献金」の東海教区・西静分区推進座談会を遠州教会で開催しました。
開会礼拝で中遠教会・兵藤辰也牧師からテモテへの手紙一6章13?19節を通して「私たちに福音を宣べ伝え、信仰に導き、指導して下さって、隠退された先生方に感謝し、すべてのことが神様の御恵みの内に行われていることを信じます」とのメッセージを受けました。
昼食を共にしながら、各出席者の自己紹介があり推進座談会に入りました。
「隠退教師を支える運動」多田信一委員長から日頃の「一〇〇円献金」に協力下さっていることの感謝の意をこめて挨拶を、櫻井淳子年金局業務室長からも挨拶がありました。
折りしも、十一月二三日(日)が「謝恩日」であることから謝恩日献金のことも説明をいたしました。
質疑応答の中では、年金制度の具体的な事柄、例えば給付に関して……