伝道所信徒投票権内規案を常置委員会に付託
沖縄教区
第74回沖縄教区総会は、5月24、25両日、沖縄キリスト教センターで、開会時、正議員44名中30名が出席して開催された。沖縄教区は03年以来、継続して教団問安使を拒否したが、長崎哲夫教団総幹事が総会を傍聴した。昨年の教区総会で、信徒戒規「除名」をめぐって紛糾したことが影響してか、近年の総会では、最少出席議員数だった。
教区総会が、議事日程議案承認前から論議の始まりとなるのは、12年以来の通例となっており、伊波美智子・推薦正議員(宜野湾伝道所)の「11年の教区総会で伝道所信徒議員を正議員とする議案が可決されたのに、教団に受け入れられなかった。伝道所信徒が表決出来るための内規を制定して欲しい」との発言から長い論議が始まった。
内規案は、「伝道所信徒は、正議員と同等の資格をもつ者として総会に参加する。総会では、内規による表……
5月連休明けの揺れ戻しがない新入園児たち。4月、新入園の子供たちは緊張の中で1ヶ月目を過ごす。朝、登園してお母さんとの別れを懸命に告げて幼稚園の1日をはじめる。それが5月連休明け揺れ戻しを起こす。今生の別れと言わんばかりの泣き声が再び聞こえるようになることが多い。しかし、今年は、ほとんど聞こえない。▼今年の子たちは、入園直後から活発に遊びを展開してきた。幼稚園が楽しくてたまらないようだ。プレスクールなどで母子分離を既に経験している子も多い。朝の「さよなら」がスムーズなのは、そのこともあるかもしれない。親として少し寂しい瞬間でもある。▼泣き叫びたい祈りがある。教団震災募金を閉じて直後、再びアジアで大きな震災が起こった。悲惨が止んだこと、涙が乾いたことは歴史上ひとときとしてない。東日本にも幾万の嘆きの涙が流され、この度も同じだ。すべての涙が拭われるときをひたすら祈る。▼わたしたちのどのような……
4月13日、14日、教団会議室において、第39総会期第1回宣教委員会が開催された。
今総会期の委員として招集されたのは宣教委員会のもとにある常設専門委員会委員長を含めて次の通り。米倉美佐男(招集者・札幌)、清藤淳(和歌山)、堀真知子(瀬戸キリスト)、釜土達雄(七尾)、古澤啓太(神戸東部)、北川善也(洛北)、吉澤永(愛知)、成田いうし(盤上・伝道)、具志堅篤(読谷・教育)、芳澤信(真和志・社会)。これら10名の委員に加えて、自主活動団体からの常時陪席者として、全国婦人会連合より渡辺多恵子(十貫坂・信徒)、全国教会幼稚園連絡会より古屋博規(軽井沢)、日本キリスト教保育所同盟より石井錦一(松戸)の3名、そして担当幹事の大三島義孝が加えられ、今総会期宣教委員会を構成する。
開会にあたり、招集者の米倉委員の導きにより礼拝が献げられ、み言葉のもとにある委員会として始められた。委員の互……
教規46条の2には世界宣教委員会の働きが規定され、⑷として、その下にある6つの委員会を定めている。
そのうちの3つは韓国、台湾、スイスの教会や宣教団体との協約のための委員会である。教団はその協約によって、それぞれの教会の教職を宣教師として迎え、教団の教師と同等の働きを委ねている。また、それぞれの教会に対して派遣する宣教師も同様である。これら3つの委員会は相手国の違いはあれ、扱う内容が等しいこともあり、委員会を合同で開催、委員もまた、それぞれを兼任するという提案が前総会期の世界宣教委員会からの申し送りに基づき決議された。
その第1回の合同委員会が、5月8日に開催された。
【組織】まず、合同委員会としての委員長(議事進行)を世界宣教委員である村山盛芳(南山)、書記に岸憲秀(千葉本町)を選任した。そのうえで3つの委員会の委員長をそれぞれ韓国=岸、台湾=ディヴァン・スクル……
稲葉信一氏(中標津伝道所主任担任教師)
15年2月27日逝去、62歳。静岡県に生まれる。89年農村伝道神学校卒業。同年より大台めぐみ、久居新生、福井神明、中標津伝道所を牧会。
遺族は息・稲葉義也さん。
松田一路氏(隠退教師)
15年4月2日逝去、92歳。福岡県に生まれる。45年日本基督教神学専門学校卒業。47年より世真留、羽犬塚、天草平安、日和佐、西伯法勝寺教会を経て、88年に隠退。
遺族は娘・松田みくにさん。
神のなさることはいつも「向こう側」からやって来ます。
勿来教会の「東日本大震災4周年記念」礼拝も、向こう側からやって来ました。2015年3月8日その朝、礼拝の開始を告げるオルガンの音が小さな会堂に流れました。被災地の教会のために、祈りをこめて準備された「奉唱」が捧げられ、そして神の言葉が告げられました。「しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカ22・32)。
説教者・松本周牧師ご自身、あの原発事故直後20日目にして現地に入り最初に訪れたのが、この勿来教会であったこと告げ、傷ついた会堂の前で祈る言葉さえ失い立ち尽くしたことを証しされました。
震災以来毎年、いわき市にある日本基督教団の3教会(勿来、常磐、磐城)のために説教奉仕、そして音楽奉仕が続けられて来ました。
勿来教……
5月28日、日本キリスト教会館耐震・改修工事起工式が会館玄関ロビーで行なわれた。関係団体から37名の出席があった。
式辞において長崎哲夫総幹事は「東日本大震災発生時、会館5階の東京教区事務所にいて建物強度に強い危機感を覚えた。この地震が今回の会館耐震・改修工事を発起するきっかけとなった」と語り、1950年、教団事務所を銀座・教文館一室に移転し、1970年10月に現会館が完成するまでの歴史から、会館設立の精神が日本におけるエキュメニカルセンター建設にあったことを語った。
「当初25団体が権利を分有してはじまり、現在は10団体と減ったものの、なお各団体がオーナーとして権利を有する。今回の改修工事決定に至るまで、企てゆえ必然として負わなくてはならない試練があった。また今後もあるであろう」と語った。
イエス・キリストにおける同志の人々が再びここに帰り、日本のエキュメニカル……
藤崎令子さんは北海道函館市出身。若い頃から園芸に興味を持ち、農薬問題など食の安全への関心から、農家に嫁ぎたいという願いを持つようになった。恩師の紹介によって香川県の豊島に嫁いで約40年になる。
両親はクリスチャンでなかったが、姉二人はカトリック信徒である。中学からミッション系の学校に通ったため、キリスト教の下地はあった。本格的に園芸を学ぶために上京して入学した大学もミッション系だったため、聖書研究にも出る機会があった。
豊島で農民福音学校を開いた藤崎盛一氏の息子である盛清さんと結婚し、クリスチャンの藤崎一族に囲まれたため、多少反発した時期もあったようだが、自然な流れで1年後のペンテコステに受洗した。
現在は島キッチンのお手伝いをしている。島キッチンは、2010年から3年に一度行われる瀬戸内国際芸術祭にあわせて作られたレストランである。地元の魚や野菜を使った料理を食……
このペンテコステにも小学生の信仰告白式が行われた。教会と信仰の家庭に育まれ、聖霊に導かれて、年若い兄弟が教会の信仰をしっかりと告白した。本人がその意志を明らかにしてからこの日まで、多くの人々の祈りに支えられ、牧師と一対一で行う毎週の学びを一年以上続け、幹事会の面接も緊張の中で受けて、喜びの日を迎えたのである。唯々聖霊の導きに感謝し、教会は成長を祈っている。牧師との勉強会はなお半年続く。
彼が初めての聖餐に与る時、恵みの座に跪く人々の中に膝や足の痛みを堪えて聖餐に与っている方が数人おられた。周りが椅子席を勧めても、どうしても聞き入れず、跪く方々である。その方の信仰の現れとして受けとめ、聖餐に与ることの恵みを私たちは更に深く味わってゆく。それらの方々に混じって跪く年若い兄弟姉妹、彼らは共に一つの信仰を告白し、世代や状況を超えて神の国の一員であることを喜ぶ。そして将来に亘る聖霊の導きを……
予算原案・修正案とも否決
大坂教区
第60回大阪教区総会は、5月4日、5日、大阪女学院ヘールチャペルで、開会時271名中210名が出席して開催された。
総会審議で最も時間が割かれたのが、教区予算案についてである。予算案では、教団伝道資金の交付金と負担金を収入と支出に計上し、支出の「互助積立」を積み増し、教会負担金の増加を抑えるために、特別会計から210万円を繰り入れている。小笠原純議長は、教区が伝道資金についての「抗議と要望」を出した経緯に触れつつ、教団総会で負担金として決められたこと、他教区を支えるべきであることを踏まえた上での、「苦渋」の決断であったことを説明した。
予算案に対して、伝道資金負担金はそのままにして、交付金を受け取らず、互助積立の増額分を減額し、特別会計からの繰入を増やす修正案が出された。提案理由として、「他教区を支えることは大切であるが、教区が具体……