10月10日~12日、東京教区東支区青年部のワークキャンプが、大島波浮教会において行われた。10日に東京竹芝桟橋から船に乗り、11日早朝に大島到着という強行軍。大島を初めて訪問する参加者から「こんなに大変だと思わなかった」と「島の子」たちが支区のキャンプや集会に出席することに、自分たち以上の努力が必要なことをおもんぱかる声も聞かれた。インフルエンザの流行で、欠席者の相次ぐ中、それでも19名の青年が波浮教会に集った。
到着後、青年たちは波浮教会で聖日礼拝を守った。神学校日ということもあり、参加者の一人である久保哲哉神学生(東神大M2・西新井教会員)が講壇を担当した。教会員からは「神学校日に神学生が来るのは20年ぶり」との声も聞かれたという。
礼拝後の懇談会では波浮教会の会員手作りの昼食を取りながら、交わりの時を持った。「島の教会は青年を育てても、進学や就職で出……
献身・伝道の思い掻き立てられる幸いな時
内藤留幸(総幹事)
日本伝道150年記念諸集会を終えた今、静かに実施された一つ一つの集いに想いを馳せ、感謝の念を新たにしています。
世界と歴史を支配したもう主キリストが宣教師たちを日本に派遣されて福音の種を播き、それが確実に育って教会形成となり、ミッションスクールや福祉施設を誕生させ、多くの先達たちを召し出して日本の救いのためにお用いになられました。
このたびは、こうした恵みの事実を数えて献身の思いと更なる伝道の意欲を掻き立てられる幸いな時でした。
◎6月24日(水) 富士見町教会で教団創立68周年記念礼拝を行ない、在任50年以上の現任教師を感謝をこめて表彰できたこと。
◎11月22日(日)夜 東京山手教会に集った超満員の信徒大会で『共に福音にあずかる』(山北宣久教団議長によ……
広い会堂も400人の会衆でぎっしり
プロテスタント日本伝道150年記念、能登半島地震被災教会堂再建のためのチャリティーコンサートが、アドベント前夜、11月28日午後5時から銀座教会で開催された。
ヘンデル作曲「メサイア」を上演、ソリストに五十嵐郁子(ソプラノ)、佐々木まり子(アルト)、川瀬幹比虎(テノール)、清水宏樹(バス)の声楽家を迎え、合唱は銀座教会聖歌隊、弦楽合奏はメサイア・アンサンブル、オルガン筒井淳子、草間美也子(銀座教会音楽主任)が指揮した。
開場前から教会前に長い列が出来て、開場と同時に会堂は400人の会衆で埋め尽くされた。メサイア全曲53曲中37曲を演奏する本格的なもので、合唱を受け持った聖歌隊は、この日のために主日ごとの訓練、合宿などの特別訓練を積み重ねて来た。総勢33人、一部に賛助出演もあったが、日頃の訓練を忍ばせる整った……
▼「良心なんてものは、お説教に集まった信者たちをおどすために牧師が発明したものにすぎないのよ。たいていの人には、良心は臆病の別名にすぎないのよ。それに、私は臆病じゃないわ」。病弱な夫を殺して遺産を手にしようとした女は、疑心暗鬼に捕らわれて次々と無用な殺人を重ねる。『探偵を捜せ!...パット・マガー、創元推理文庫』▼格別意味の深いセリフでもないが、辛い出来事が重なった時には、こんな言葉も棘のように心を刺してくる。「信仰とは弱者の倫理だ」とか、陳腐な言葉にも、心が弱っている者には、グサリと来る。▼そんな時、心臓バイパス手術を受けたばかりの85歳になる婦人を見舞った。手術痕も痛々しいのに、表情は至って明るい。「お医者さんにも看護婦さんにも恵まれて幸せです」。▼四方山話の流れで、「聖書を読むと直ぐに眠くなって、私の睡眠薬です。御言葉が一緒だと思うとすっかり安心してしまいます」。……
「教団新報」次号4690・91号を合併号として、1月30日に発行します。なお教団三局は12月24日、25日、クリスマス休暇、29日から1月4日は休業します。1月5日より通常業務となります。
総幹事 内藤留幸
マタイによる福音書1章18~25節
その時、インマヌエルを見た 若月健悟
洗礼... 会津若松市に生まれ育ったわたしの生活が一変したのは、高校3年生の夏に友人二人と共に教会の門をくぐった時からです。恐る恐る訪れた教会で応対された牧師夫妻は年若く、気さくに話しかけてくださいました。米国人宣教師夫妻が一月間、町に滞在しているので、集会に出てみなさい、と誘われるままに参席したことが、教会生活の始まりでした。わたしが呼びかけ人となり、高校生たちが集まり、小さな礼拝堂が活気にあふれるようになって行きました。
楽しい夏も過ぎ、気がつけば、教会に残ったのは数人の仲間だけでした。同人誌をガリ版印刷して発行するようになり、夜遅く家に帰る日もありました。牧師さんから「教会学校を手伝ってくれ」と頼まれ、深い考えもなく引き受けました。次には、子どもたちに聖書の話を……
「エミちゃんも、今度から礼拝当番、やってね」と言うと、いつものように笑顔で頷いてくれた。
知的障害があるエミちゃんは、3年前に受洗した。毎週の礼拝に出席しており、教会の一員になってもらいましょうと役員会で承認したのである。教会に出席する前は、教会員が運営するグループホームに入居していた。教会から離れており、礼拝に出席できなかったが、牧師が何かと訪問していたので、神様にお祈りする姿勢は持っていた。そのグループホームが閉鎖されたので、教会の近くにある妹夫婦の家に住むようになった。教会が近いので、毎週礼拝に出席するようになったのである。妹さんに書いてもらった自分の名前を、その紙を見ながら一生懸命に、礼拝出席記名簿に記名している。
「お祈りするの」というので、「短くていいんだよ」と言っておいた。礼拝当番は4人が一組になって、受付と席上献金を担当する。順次担当するので……
神の子と呼ばれる道
私の第2の人生に神は2つのことを備えて下さった。一つは教会生活に戻る道、もう一つは平和へのささやかな貢献である。
私は3代目のクリスチャンとして、高校2年の時、親友の牧師のご子息と一緒に受洗した。しかし、社会人となってからは教会生活から足が遠のき、パキスタンをはじめ海外生活の合間に一時帰国で帰郷の際、「教会に行きなさいよ」と優しく諭す母への親孝行として、母の背を押して教会に行く程度であった。
1989年、母が召天した時、私はシカゴに赴任していた。たまたま当地で開催されたギデオンの国際大会に、父は母の遺影を持って参加した。母の死はいわば突然であったのに、父は「神のなされることは皆その時にかなって美しい」と言って神を賛美した。この時の私は父の気持を理解することができなかったが、今は漸く両親の信仰を継承しているとの自覚を持ててい……
http://www.bp.uccj.or.jp
★新刊から
『キリストこそ我が救い-日本伝道150年の歩み』日本基督教団日本伝道一五〇年記念行事準備委員会=編 1959年の宣教100年から50年間を教団はどう歩んだのか。日本伝道に大きな足跡を刻むキリスト教学校と社会福祉事業の歩みとは。歴史を振り返り、日本伝道200年に向かって進むべき道を探る。
*2730円
『ハガルとサラ、その子どもたち-ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の対話への道』Ph・トリブル/L・M・ラッセル=編著 絹川久子=訳 ハガルとサラ、そしてイサクとイシュマエルの物語を、聖書学、ユダヤ教、イスラム教、教父学などの立場から考察。フェミニストの視点で、三宗教間の相互理解と調和への道を模索。*6300円
CD『ガリラヤの風かおる丘で-菅英三子「讃美歌21」を歌う』ソプラノ=菅英……
執り成しの祈りと献身
白正煥(ぺく じょん ふぁん) (用賀教会牧師)
牧師になって間もなくのことであった。夏休みを利用して韓国に一時帰省していたとき、姉からこういう話を聞いた。
1970年代前半、私が幼児期を過ごしていた故郷はまだ電気が入っていない山村であった。父は、末娘がまだ生まれて間もない時、病で亡くなり、母一人で農業をしながら5人の子どもたちを育てていた。その家に一人の女性の親戚が泊まりに来た。彼女はキリスト者であった。翌朝、姉が目を覚ましたら、その親戚は一つの部屋で雑魚寝していた子どもたちを見ながら涙声で執り成しの祈りを祈っていたそうだ。この家族に日用の糧を与えてください、またこの子どもたちの中から主の僕が生まれますように、と。
姉は牧師になった私の姿を見て、長年忘れていたあの時の情景がふっと浮かんで来たのであろう。
私……