【4944・45号】オンラインの可能性

毎年行われる「信教の自由を守る2・11札幌集会」の責任を負っているが、今年はオンライン併用で開催することとした。主会場を設定するが、講師にはオンラインで話していただき、それは主会場以外でも直接オンライン視聴できるようにした。

北海道内各地で行われていた2・11集会のいくつかはやはりオンライン開催となった。それによって、参加する側も、複数の集会の中からどれに参加するかを選べる状況が生じている。

コロナ禍で、オンラインの利用が一気に普及した。企業でもリモートワークが日常化している。教団の多くの会合もオンラインで行われるようになった。

オンラインの会合にはもちろん限界もあるが、場所の制約から解放されることの影響は大きい。2・11の場合のように「各地域ごとに集会を行う」ことの意味が薄れてしまったのだ。「全国集会」はおろか世界規模のミーティングさえたやすく実現してしまう。さまざまな運動や活動の形態がこれから大きく様変わりしていくだろう。

まもなく10年目の3・11を迎える。北海教区では毎年東日本大震災記念礼拝を開催してきたが、今回は、協力関係を築いてきた奥羽教区・東北教区の記念礼拝に北海教区の諸教会からもオンラインでの参加をよびかけることとした。共働と連帯のひとつの新しい選択肢としての可能性を探りたい。

(教団総会副議長 久世そらち)

【4944・45号】人ひととき 荒井忠三郎さん

キリストに生きる

戦争が終わって「人生やり直し」との思いから夜学に通っていた荒井忠三郎さんは、年若いクラスメイトから渡された新約聖書を開いて読むようになった。誘われて伝道集会に出席し、キリストを信じる決心へと導かれた。

やがて、伝道チラシを受け取り、聖和教会の礼拝に出席するようになる。昭和29年のイースター、臼井義麿牧師より受洗した。

しばらくして長老に選ばれた荒井さんの自宅兼職場に、臼井牧師が訪ねて来た。工場の広い敷地と周囲の様子を見て言った。「君、ここは伝道に最適だよ。是非、開拓伝道をやり給え」。戸惑いつつも、促されるままに伝道計画書を作成。すぐさま臨時総会が開かれて、伝道所開設となった。

工場倉庫での礼拝。労苦はあったが、伝道の勢いは凄まじいものだった。教会学校も開かれた。ひたすらに福音を宣べ伝えた。

開拓伝道は10数年続いたが、工場の倒産により閉じられることとなった。その間、受洗者62名、転入者10名が与えられた。

伝道所のメンバーと共に聖和教会に復帰した荒井さんは、自宅を開放して聖書を読み祈る会を持つようになる。約20年の間に、7名の受洗者が与えられた。現在は、妻の和子さんと二人で、毎朝、聖書を読み、祈りをささげている。

教会は創立69周年を迎えたが、荒井さんは牧師を支え続け、兄弟姉妹を励ましてきた。80歳で長老を退いて、現在94歳。両手に一本ずつ杖をもって礼拝に集う荒井さんを支え続けているのは、「我は復活なり、生命なり、我を信ずる者は死ぬとも生きん」(ヨハネ11・25)との御言葉である。

そして、その礼拝者としての真摯な姿によって、キリストを証しし、今も兄弟姉妹を励ましている。

【4944・45号】第41総会期第11回常議員会

「日本基督教団の教師論」を可決

第41総会期第11回常議員会が2月8日、オンライン会議で、常議員30名中29名が出席して行われた。

総幹事報告において、秋山徹総幹事は、コロナ禍への対応について報告する中で、「延期した第42回教団総会は、21年10月26〜28日となったが、状況によっては検討の余地も残している。教区選出議員は、7月開催予定の常議員会で承認する」と述べた。また、「教団のメディア戦略」として、専門家に相談しつつ、カナダ合同教会からの伝道指定献金を用いて、スタジオ設置構想の検討を開始したことを報告した。教団三局については、「機構改定、コロナ以降の体制に鑑み、適正な職員の配置数を図って行きたい」と述べた。

質疑応答の中で、教団総会を開催しなかった場合にホテルに払う1千万円前後の違約金について問いがあった。道家紀一総務幹事は、これまでは違約金を決めることはなかったが、コロナ禍で、総会を1年後に延期する際、違約金について文書化したことを説明した。

熊本・大分地震被災教会会堂等再建支援委員会の報告では、服部能幸監査委員が、委員会会計が適切に処理されていることを報告した。日下部遣志九州教区議長が、全ての支援が終了したことを受けて感謝を述べ、教区から教団の救援基金に1千万円感謝献金する旨を告げた。

伝道対策検討委員会報告と伝道推進室報告では、教団が『信徒の友』を買い取り、小規模教会への支援として配布すること、また、出版局の書籍を教師検定試験受験者に配布すること、そのための献金を募ることが検討されているとの報告があった。

「日本基督教団の教師論」承認に関する件では、教師養成制度検討委員会がまとめ、前常議員会で報告承認された「教師論」を「確定し、公けにする」ことが提案された。

「何故、コロナ禍の中で決めるのか。これを決めて何に使うのか」との問いがあり、菅原力教師養成制度検討委員長は、「2011年からの繋がりの中で出て来たことであり、教団が神学校と教師養成について話し合う際、教師論を言葉として提示することが重要」と説明した。「信仰告白・教憲の解釈が入り込む故、教団総会で扱うべき」、「教師論が常議員会に出されたのは2019年度であり、この件についての論議は充分ではない」などの意見がある一方で、「解釈ではなく、教憲が述べていることを整理して提示した。総会から委ねられた委員会が報告をしつつ進めている」との意見があった。

継続審議の動議が出されたが、動議は28名中賛成3名で否決、議案を24名の賛成で可決した。

教団機構改定に関する件では、第42回教団総会に提案する教団機構改定案を作成するため、2021年度の各教区総会に「教団機構改定に関する検討資料」及び、資料についてのQ&Aを配布し、意見を集約することを可決した。

伝道資金運用に関する件では、西東京教区から申請の修正があったことを受け、交付額を各教区、申請額の89%だったものを92%とすることを可決した。

財務に関することとして、第3次補正予算(案)を可決した。経常会計、事業活動収支の部では、収入の「献金」の款が、会堂共済組合から120万円、解散が承認されている神愛教会から198万9057円の献金があったことにより増加。一方、支出では、「常議員会費」が出版局についてのコンサルト料などで増える他、「渉外費」がコロナ禍や災害の見舞金で増えることにより、収支が320万6243円の赤字となる。投資活動収支の150万円の黒字を加えて、経常会計全体で170万6243万円の赤字となる。ただし、コロナ禍による活動の減少により、委員会費の執行率が低いことから、決算では黒字となる可能性がある。(新報編集部報)

出版局

検討チームの報告を聞き、協議

常議員会後半のセッション冒頭、出版局に関する協議会が開催された。これは、出版局の現状に関し、経営改善検討チームの報告をもとに協議をするものであった。

まず、検討チームの報告が加藤真澄氏からされた。加藤氏は自身について「中小企業再生支援協議会という国の組織において、これまで50社以上の中小企業の事業再生計画の立案に関わった経験がある」と紹介した。

用意された報告書の内容は、大きく分けると⑴「事業全般の分析」、⑵「収益性分析」、⑶「窮境要因とその可能性」、⑷「売上/営業利益予想」の4項目。

⑴の報告の中で加藤氏は、出版局の組織体の中で、経営責任を取る組織体、会議体が明確でないという点を指摘した。それは、誰も数値を見て責任を取るということがなされていないということでもあると続けた。

⑵の中では、前提としてのデータ管理について、データの集約がされていないという大きな問題があるとの指摘があった。そこから、『信徒の友』と一般書籍の売り上げの低下率が大きく、神学書、注解書や讃美歌、また、学校の教材の売り上げは比較的安定している点を報告した。そして全体でいうと、出版数が増えれば売り上げも上がる傾向があるとした。

⑶の中では、人員の確保、育成、保持の必要性が語られた。専門知識が必要になる出版局の特性を踏まえ、できる限り傷病休業者を出さないような環境づくりや配慮の必要性があるとした。そのために、セーフティネットの構築があっても良いのではないかと加えた。

⑷では、価格改定、特に多少の値上げがあっても良いのではないかという指摘と、出版局に販売促進を丸投げするのではなく、教会の現場での積極的なアピールの必要性を説いた。全教職、全教会の7割が一冊書籍を購入するだけで大きく売り上げは上がると指摘した。

今後の課題として、組織として意思決定の明確化、業務内容の効率化、経営モニタリング機能の必要性という3点について強調した。また、常議員会の課題として、出版局の働きが伝道なのか、収益事業なのか、その中間なのか、その明確な判断が必要だとした。

これらの諸報告に対し「最後に挙げた今後の課題は実現可能なのか」という問いが議場から出され、加藤氏は「可能である」と答え、「人件費の削減についてどう考えるかという」問いに対し、「労使の問題もあろうが、本来であれば業績に応じた給与が支払われるべきだが、今後の課題だ」と応じた。

最後に、石橋秀雄議長が加藤氏に謝意を表し、継続的な助言の必要性を請うた。また、常議員会として報告を重く受け止め、第三者協議会と経営改善検討チームと協働しつつ議論を重ねていきたいとコメントした。

(小林信人報)

【4944・45号】社会委員会

行政支援が行き届かない人々を支援

第7回社会委員会は、1月26日にズームによるオンライン会議として開催した。森下耕委員長による聖書朗読と開会祈祷の後、前回議事録を承認。担当委員、担当幹事、秋山徹総幹事からの諸報告の中で、特に災害募金について、「2018年諸災害救援対策献金」と「台風19号豪雨緊急救援募金」を2021年3月末で閉じて双方の繰越金を「救援対策基金」に繰り入れることが報告された。

協議では、クリスマス献金をもとに実施している社会福祉施設への援助について取扱い、各教区より推薦された4施設について提出された申請書類を審査し、それぞれの運営状況や支援の必要性などに鑑み、各10万円を送ることを可決した。

また、秋山総幹事からの提案で、コロナ禍の中で社会委員会として教会のみならず社会の課題に対してなし得る働きについて協議し、各教区社会委員会を通して行政支援が行き届かない外国人労働者や生活困窮者に対する給食・生活支援活動をしている団体を紹介してもらい、その働きを支援することを可決した。今回は2月中に各教区に文書発送して3月半ばまでに回答を受け、次回委員会で支援を決定する。この活動は単発に終わらせず継続性のある働きとしたいことから、次期への申し送り事項に加えることも確認した。

次回委員会は、上記活動の支援決定、教団機構改定、全国社会委員長会議開催などについて協議するため、3月18日に開催する。

(髙橋真人報)

【4944・45号】東日本大震災から10年を迎えて

「あのことがあって今がある」

教団総会議長、越谷教会牧師 石橋 秀雄

2011年3月14日、石巻に入った。凄まじい津波に破壊され、ヘドロで埋まった地に立ち、衝撃を受け言葉を失ってトボトボ歩く心に「わたしたちの助けは、天地を造られた主の御名にある」(詩編124・8)との御言葉が示された。この御言葉を掲げて、直ちに「東日本大震災」の議長メッセージを書き、さらに、この御言葉を掲げて東日本大震災災害救援基本方針を定めて活動して来た。

大震災発生後の最初のイースターを迎えることになるが、その前の日の23日のことは忘れられない。23日は「土曜日のキリスト」だ。死んで墓に納められた主イエスを見つめる日だ。この日の朝日新聞の天声人語に被災者を思ってと島田陽子氏の詩「滝」が掲載されていた。

「滝は滝になりたくてなったのではない/…まっさかさまに/落ちて落ちて落ちて/たたきつけられた奈落に/思いがけない平安が待っていた/新しい旅も用意されていた/…」と詠われる。

仙台エマオが救援活動をする笹屋敷の東側は荒浜地区だ。綺麗な海岸がある、しかし、津波の凄まじい破壊で192名が犠牲になった地だ。「滝になって、まっさかさまに落ちて、たたきつけられた奈落」だ。

東日本大震災救援対策をまず祈ることから始めたいと「11日2時46分」被災した方々が「月命日」と呼ぶ日を「11日2時46分祈りの日」として全国の教会に呼びかけた。仙台エマオは「11日2時46分」この日のボランティア全員が荒浜の海岸で輪になって祈り続けてきた。わたしもボランティアで汗を流し、この祈りの輪に加わった。

この地域で残っている家屋はない。全て流されて土台だけになっている。わたしはこの「絶望の土台」の場にしばしば行き、祈った。この奈落の底に「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」(マタイ27・46)と叫んで十字架に死んだ主イエスが横たわっている。この「土曜日のキリスト」を見つめながら「思いがけない平安」を求める祈りを祈り続けた。

仙台エマオは荒浜地区の人々が住む仮設住宅で活動をしてきた。この方々が「エマオ同窓会」を松島の温泉で開くということで、わたしも招かれた。食事会の後、二次会がわたしの部屋で開かれた。「あのことがあって今がある」と語られ、この言葉に頷いていることに驚いた。お互いに悲惨な経験を知り尽くしている。そこから生まれた「新しい人間関係」に生かされてきた。「思いがけない平安」を知り、経験してきた被災者の「あのことがあって今がある」の言葉を聞いて感動した。

1万人を超えるボランティアの青年が、被災者との出会いの中で、悲惨を知る中で、自分の生き方を問い、自分の生き方を変えている姿に日本の未来に希望を持つことが出来た。海外の教会から多額の献金と祈りが捧げられた。

14年に日本基督教団初の「東日本大震災国際会議」を開催し、さらに17年に「エネルギー持続可能社会の実現を目指して」を主題として「国際青年会議」が開催された。

このつながりをどのように深め、「東北教区放射能問題支援対策室いずみ」の働きをいかに支援して行くか、教団の大きな課題だ。

分かち合い続けてきた10年

 

東北教区総会議長、福島教会牧師 保科  隆

東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故から10年を迎えます。被災した時は仙台におり今は福島におりますが、この10年間はずっと東北教区内の教会におりました。震災で被災した地域の東北教区で10年を歩んだものとして思いつくことを記します。

一つは福島の原発事故のことです。東北の受けた四重苦という言葉が使われました。地震、津波、風評被害、原発事故です。しかし、自然の災害としての地震や津波と人災である原発事故を並べて考えることは出来ません。東北教区は、2012年と2013年どちらも5月に高橋和人議長名で2度にわたり「原子力発電所の廃止を求める声明」を出しています。その思いは東北教区に継続されていると受け止めています。原発には反対です。宮城県における女川原発二号機の再稼働の動きや、福島の事故を起こした原発の廃炉作業の中で原子炉建屋の中に予想もしない高レベルの放射能が付着している物が最近になって見つかりました。そのことを一つ考えても廃炉作業は汚染水の処理も含めて安心できる状況ではありません。「安心・安全」未来の明るいエネルギーといわれ、日本各地に続々と造られた原発でしたが工程表のように進まない廃炉作業を見ると、「安心・安全」とはほど遠い現実があることを知ります。

東北教区には福島県浜通りにある二つの伝道所が事故後に帰還困難区域に国から指定されました。そのためすべての活動ができなくなりました。小高伝道所の礼拝は最近になって再開されていますが浪江伝道所については礼拝再開のめどは10年過ぎた今も立っておりません。

もう一つのことは震災後に生まれた教区の教会救援復興委員会の働きです。地震により建物に被害を受けた教会に対する支援の働きが、教団の東日本大震災救援対策本部との協力によってなされました。支援申請額の半額支援、半額貸付けの制度にはいろいろな意見がありましたが現在も教区内に借入金の残額を返済している教会があることを覚えていただきたいと思います。

さらに被災者支援センターと放射能問題支援対策室「いずみ」の働きもなされました。この働きは日本国内のみならず海外からの支援と祈りによって続けられました。津波被災地支援を中心とした被災者支援センターはすでにその活動を終了していますが、その活動にボランティアとして参加された方は1万名近くです。海外からのボランティアもおられました。教団派遣の専従者としてまたスタッフとしてかかわってくださった方々もおられます。その働きに感謝です。

「いずみ」の働きは現在も継続中です。2013年に活動を始めるときにはアメリカ合同メソジスト教会の災害支援の組織(アムコール)やCGMBからの財政支援を受けました。また北日本3教区(北海・奥羽・東北)で夏と春の年2回の福島の子どもたちの親子保養プログラムを14回まで継続しました。3教区間の協力があってなされたプログラムです。北海教区からは「いずみ」を立ち上げる時のスタッフの協力も受けました。

コヘレトの言葉11章2節に「七人と、八人とすら、分かち合っておけ 国にどのような災いが起こるか 分かったものではない」とあります。震災から10年が過ぎ、またコロナ禍の中にある今、このコヘレトの言葉をかみしめたいものです。

  • 日本伝道の推進を祈る日

    「2021 日本基督教団教会・伝道所一覧」発行

    10

    新型コロナウイルス対策資料

    共に仕えるためにPDF

    牧会者とその家族のための相談電話

    International Youth Conference in Kyoto

    日本基督教団2019年度宣教方策会議

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