【4954・55】人ひととき 金井 弓子さん

にじのいえ信愛荘と私

東京駅から電車で海を見ながら遠足の距離の千葉県館山市にあった「にじのいえ」を、夏の繁忙期に手伝ったことがきっかけで、「にじのいえ信愛荘」(青梅市。以下、荘)との関わりが始まった。忘れがたい思い出は、恵泉女学園中学1年桃組同級生Y・Oさんとの「にじのいえ」厨房での50年ぶりの喜びの再会。今、「にじのいえ」と「信愛荘」の合併より10年たった。6年前より看護師として週二泊で勤務してきた。しかし新型コロナウイルス蔓延により緊急事態宣言が発令され、自宅待機が増えた。今は荘の顧問として電話で応対し、必要な時に行く形。

「入居者は、初めは自力で日常生活が可能ですが、長い年月に疾病、障がいを伴うようになります。しかし20余年たっても、自力で生活可能の方もいます。長い牧会生活で培われた習慣や向上心により、人生総仕上げの老年期を上手に迎えることができます」と語る。社会では独居者が増え、何らかの共同体に属すことが勧められている。荘は、尊い宣教に従事した方の「主にある共同体」。

現在は外部との関わりが制限され、不自由な面も多いが、青梅は都心から離れ、自然豊か。「荘周辺の散歩は、山から集められた水が、川の形や水の音を変えて、四季を通じて心地よいひとときを与えてくれます。春、多摩川に注ぐ中小の川にクレソンが白い小花をつけ、群生が見事で、小魚や沢蟹も身近です」と語る。

「老いの最期まで信仰をもって歩みたい」と願い、聖日礼拝は荘のホールで献げられ、毎朝の礼拝は荘の方々が担当して守っている。「公的支援のない施設なので、不足を数えればいくつもありますが、全国の主にある兄弟姉妹の祈り、支え、そして神の大きな守りの中にあることを感謝致します」と閉じた。

【4954・55】この時こそ

1年半に及ぶコロナ禍の試練が続くなかで、各教会の礼拝や諸集会、伝道や奉仕の働きはどのように展開されているか気になるところです。

6月末にオンラインで行われた宣教委員会主催の情報交換会において、各教区から、所属教会へのアンケート調査の結果が示されました。オンライン礼拝の開発などが急激に広がり、それによって家族の方の参加や受洗者が与えられるなど、この時もまた恵みの時として受け止め健闘している様子を伺うことができました。

同日に新任教師オリエンテーションが1年遅れでオンラインで開かれ、教団の教師になって2年目の教師47名が参加されました。世界的なパンデミックのただ中で伝道者としての生涯を歩み始められた人たちがズームを通してではありますが共に顔を合わせ、講演を聴き語り合いの時を持つ、生涯で忘れがたい二日間を過ごしました。それぞれに働きは違いますが、一様に、毎週説教をするという牧師の基本的な作業とどのように取り組んでいるか、その初々しい気持ち、苦闘とそれを突き抜けて与えられる喜びを聞く機会が与えられ、わたしもリフレッシュされる思いでした。

この時もまた、良きおとずれを告げる者の足を健脚にして、いつでもどこにでも行ける修練の時となるように願わずにはおれません。

(教団総幹事 秋山 徹)

【4954・55】新型コロナウイルス 感染拡大の渦中で社会での奉仕者の声に聞く-社会委員会が支援した活動の中から

トリック札幌司教区難民移住移動者委員会 《北海道》

日本経済を支えている外国人を支援

日本のカトリック教会は、外国人宣教者が多く活動しており、外国人が母語で、あるいは日本語でミサに集うことから司牧面だけではなく、日本社会での課題にも関わる機会が多い。

私が所属する「難民移住移動者委員会」は、今から20年前に「国際協力委員会」から改称され、宗教を問わず、日本にいる外国人の支援を目的として活動している。近年では日本国内で増加しているベトナム人技能実習生に関わる課題にも取り組んでおり、コロナ禍で妊娠・解雇の相談が増えている。北海道でも広い大地に点在するベトナム人の状況を知るきっかけは、主日のミサに集う教会であり、高齢化した教会にベトナムの若い人々が活気を与えてくれている。

札幌では、委員会室で日本語教室を開いている。学習者は様々で、母語も違えば、学ぶ目的も違い、日本語レベルも違うという状況である。講師陣は、大学で日本語教員養成課程を学んだ学生がボランティアで関わっている。緊急事態宣言下で委員会室での教室は閉鎖されたが、コロナ禍において家に籠りがちにならないようにと、オンラインを駆使しながら、教室活動を続けている。学習者と講師陣のマッチングとクラス編成は、とても大変でそれぞれの力量をよく把握していないと難しいのだが、この面倒な作業を毎回担って下さっているのは、教団の女性である。彼女の献身的な働きは、この教室の要となって長く続いている。

また、教派を超えた活動として、指紋押捺拒否運動から始まった「外国人住民基本法の制定を求める全国キリスト教連絡協議会」がある。北海道では、2020年10月に教団北海教区平和部門委員会との共催で「コロナと外国人住民」というオンライン学習会を行った。政府によるひとり10万円の「特別定額給付金」の支給対象とならなかった非正規滞在等の人々への支援報告を主に、委員会からはコロナ禍でアルバイトを失った留学生や稼働時間が少なくなり、給与が減った技能実習生への支援について報告させていただいた。

コロナ禍の支援を通して見えてきたのは、不安定な生活をしながらも日本社会で働いている外国人が日本経済を支えているということだった。

(西 千津報/カトリック札幌司教区職員)

広島市での「炊き出し」 《広島県》

現実と向き合い、違いを超えて共に働く

国際平和都市として多くの人が国内外から訪れる広島市。あまり目立ちませんが、市内には50名余の人々が野宿をしています。広島流川教会では、カトリック幟町教会(世界平和記念聖堂)と広島学院と協力し、月1回、すぐ近くの公園で「炊き出し」を行っています。コロナ禍前は、カレーを作り、テーブルとイスを並べて、温かいカレーと手作りのデザートなどを食べていただいていました。時に、わたしたちもテーブルに共につき、カレーを食べながらいろいろなお話しをうかがうこともあります。

しかし、昨年度より感染予防のため、集っての食事が出来ず、食べ物(流川教会担当時はドライカレー)、飲み物、タオル等を個包装して一人一人に手渡しています。それと献品いただいた衣服や靴、衛生用品等を毎回並べて持ち帰っていただいています。

流川教会がこの炊き出しに参加しはじめたのは、2016年度からです。参加にあたり、前年度に教会全体で広島での野宿の実態等の学習会、そして臨時総会での参加決議をもってはじめました。教会全体の理解と祈り、具体的支えの中で続けられています。

わたしたちは、この働きを一教会で担うのではなく、常に広島西分区内諸教会、関係施設・学校に呼びかけています。分区内の様々な方々から、献金や献品、当日の奉仕等の協力をいただいています。各個教会で担うのが困難でも、協力して取り組める、日本基督教団としてのつながりの中での働きです。

また、広島市では「炊き出し」以外にも「8・6」に関わる平和運動、「2・11集会」などもカトリック、他教派との協力の中で行われています。社会における現実と誠実に向き合うときに、各個教会、教派の違いを超えて出会い、共に働く力を主イエスは備えてくださっていることを実感しています。

コロナ禍で様々な教会の集会等が休止されました。しかし、「炊き出し」だけは、最も困難の中にある人々に主イエスは寄り添っておられるとの信仰に立ち、その主に仕える働きとして休まず続けられています。

(向井希夫報/広島流川教会牧師)

ふれあいサークルレインボー 《兵庫県》

ボランティアによる傾聴ができない中で

路上生活者ふれあいサークルレインボー は2002年11月発足、姫路市内にホームレス状態の人が多いことから、公園や駅を回って、安否確認、生活相談、食事の提供を開始しました。

2008年頃のリーマンショックの影響は姫路の場合、約半年遅れてホームレスや生活相談の件数が急増するという形で現れ、しばらくの間炊き出しや夜回りの次の日に、ホームレスの方数名に付き添って役所に行き続けました。コロナ禍でも姫路は都市部から少し遅れてホームレスの人や相談が増えるかと思っていましたが、現在も極端な増加はありません。しかし住むところはあっても、生活に困る人は増えていて、フードバンク等は支援の依頼が増え続けています。

以前に比べて、相談窓口が増えたり、理解が深まることにより、住む場所を失う前に福祉につながっていれば良いのですが、劣悪な住み込みに行ったり、ホームレス状態にある人をこちらが見つけられていない可能性もあるので心配をしています。

これまで20年近く、一度も炊き出しと夜回りを中止することなく続けて来ましたが、活動の拠点としていたカトリック教会のキッチンが感染予防のため使用できなくなり、2020年3月初めて中止の案内を出しました。中止とは言っても、来られる人に中止を確実に伝える手段もなく、カトリック教会の前で食料を手渡して、直ぐに帰ってもらう形でしばらく行いました。少し前からは、近くの教団の教会や、コミュニティースペースのキッチンを借りてカトリック教会の駐車場でお弁当や食料を配布しています。他にもコロナの影響で、学生のボランティアが参加できなかったり、集まって雑談をする中で細々とした相談を聞くなどの大切な活動ができなくなっています。

この間、特に問題を感じたのは、ホームレスにも行き渡ると言われていた「特別定額給付金」です。早くから役所と連絡を取り、路上にいる方に声をかけて周りましたが、ホームレス状態のまま給付金を受け取れたのは一人だけ、他に相談のあった十数人は住民票、通帳、身元を証明するものがない等の理由で、受け取ることはできませんでした。

同じようにワクチンについても、ホームレスの方が希望しても路上生活を続ける中では、接種することは不可能な現実があります。

(車田誠治報/龍野教会牧師)

LETS仙台 《宮城県》

若年女性の社会復帰を支援

「LETS(レッツ)」という名称は、「Liber-ation(解放), Emp-owerment(回復), and Treatment(手当)for Survivor(カルト脱会者のために)」という運動理念を表す言葉の頭文字を組み合わせたものです。故川崎経子牧師がカルト脱会支援を展開していた「小諸いずみ会 いのちの家」の活動を、福島を中心とした東北地方のカルト脱会者やその家族らが中心になって受け継ぎ、「いのちの家LETS」という滞在型のカウンセリング施設を十数年前に始めました。

間もなく課題として浮上してきたのは、カルト諸団体から生まれてくる「2世」たちの急増という実態です。「2世」たちの主な課題は、外部からは手を差し伸べにくい「機能不全家族」の問題です。

併せて顕在化していたのは、「援助交際」や「JKビジネス」などと呼ばれる、十代の少女たちを取り巻く人身取引被害の激化という状況でした。そこに家族との不和を背景とする家出少女たちがなだれ込み、その頃流行し始めたSNSによって売買春を含む人身取引が一気に大衆化する時代を迎えました。「2世」たちを直接救援したい思いは山々でしたが、それ以前に貧困女性たちを取り巻く環境の劇的な悪化が始まっていたのです。

とりあえずわたしたちは、カルト問題とは無関係に家庭不和を抱えた生活困窮者を無差別に受け入れ始めましたが、瞬く間に施設が満杯になってしまいました。経済的な困窮だけでも深刻なのに、そこにカルト由来の問題が加わっては太刀打ちができません。「いのちの家LETS」のある福島県の田舎町では、社会復帰のための就職環境も十全ではないという問題もありました。

そこで、もっと都市として規模の大きな仙台を拠点とする姉妹施設の「LETS仙台」を2019年に発足させました。とりあえずは若年女性限定で、一時的な住環境を提供して社会復帰を促すケアハウスです。教団の社会委員会からのお支えも頂き、現在までに10名近くの人々の社会復帰を実現しましたが、まだ直接には「2世」への支援にまで到達していません。更にコロナ禍にあって、日々何件もの相談が寄せられています。(竹迫之報/白川教会牧師)

【4953号】東日本大震災から10年を迎えて

「さあ、共に生きよう」との思いを抱いて

奥羽教区書記、下ノ橋教会牧師 松浦 裕介

東日本大震災、メルトダウン・爆発事故を引き起こした東京電力福島第一原子力発電所事故から10年の時が経ちました。

奥羽教区において毎年守られてきた東日本大震災を覚えての礼拝は、コロナ禍の中でオンライン配信の形となり、10年の時を覚えて一同が会することは叶いませんでしたが、各教会・伝道所において、またそれぞれの方々の生活の場において映像を通して祈りが合わせられました。

震災発生後間もない3月14日に開催された常置委員会において、奥羽教区の基本姿勢の一つとして「被災教会への支援は、教会の判断を尊重する。救援物資、ボランティアの受け入れは教会の要請に応えて教区として募集する」との確認をしました。この背景には奥羽教区の歴史の中で度々起きてきた地震・津波被害への教区としての対応の積み重ねがあります。また、同じ岩手県内でも沿岸の被災地から約100キロ離れた盛岡に教区事務所がある地理的状況も関係していると言えます。各被災教区それぞれの状況の違いがある中で、奥羽教区においても三陸沿岸の津波被害、内陸の地震被害への支援活動が進められました。

支援活動を続ける中で、力や思いの至らなさを痛感もしましたが、それ以上に多くの方々が覚え、祈り、支えてくださっていることを強く感じました。すべての方々のお名前は書き記せませんが、在日大韓基督教会関東地方会、大韓イエス教長老会、東京教区北支区をはじめとする国内外の諸教会・伝道所の方々、チャイルド・ファンド・ジャパンをはじめとする諸団体の方々、そして教区内の諸教会・伝道所の方々、お一人お一人がそれぞれの形で多様な被災の現実にある人々に連帯し、共に生き、共に歩もうとしてくださいました。車に支援物資を積み込んで各被災教会へ向けて出発される方々を毎日見送った時の光景を忘れることが出来ません。また、奥羽教区として、北日本三教区による親子短期保養プログラムの実施に連なることができました。

奥羽教区では10年ごとの長期宣教基本方針が策定されます。2003年から始まった第五期の主題は「さあ、共に生きよう」でありましたが、この10年は三陸南地震(2003年)、岩手宮城内陸地震(2008年)と、数年ごとに大きな災害に見舞われ、最終年が近づいた2011年に東日本大震災を経験することとなりました。規模的には決して大きくない教会が繰り返し傷つき苦しみを負っていく現実の中で、「さあ、共に生きよう」との言葉を実質化しようとする営みが奥羽教区で続けてこられたことを、今、想い起こしています。

「共に生きる」という言葉は多くの場面で用いられるものですが、その言葉の背後に様々な課題や難しさを感じるものでもあります。しかし、共に生きようとする思いを抱いて歩む時、困難の中にあっても喜びや希望を分かち合うことが出来ることを知らされます。「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです」(一コリント12・26)との言葉が改めて心に響くものです。

大震災から10年。あの出来事を経験した中から、隣人と共に生きることの意味を思い、共に生き続けていく志を新たにしながら、20年に向けた歩みを進めていきます。

共に苦しみ、共に喜ぶ、助け合える教区として

関東教区副議長、大宮教会牧師 熊江 秀一

東日本大震災から10年の2021年3月11日、教区四役の福島純雄議長、小池正造書記、飯塚拓也宣教部委員長と私で、伊勢崎教会、宇都宮上町教会、宇都宮教会を問安しました。この3教会は東日本大震災で被災し、会堂再建を終えた後、今も教団借入金を返済し続けている教会です。震災直後に訪問した時の会堂や教職・教会員の姿を思い起こしつつ、この10年の歩みを思いました。そして再建された会堂で、力強く宣教が行われている姿を、迎えてくださった教職・教会員から伺い、感謝であふれました。

また宇都宮教会で行われた、関東教区「東日本大震災から10年を覚える礼拝」では、同時配信で参加した教区の諸教会・伝道所と共に、御言葉を聞き、賛美をささげ、午後2時46分に合わせて祈りをささげました。

震災では震度6強を経験した栃木地区、茨城地区、群馬地区。震度6弱を経験した埼玉地区、新潟地区(翌日の新潟・長野県境地震において)と関東教区のすべての地区が大きな揺れを経験し、31の教会・伝道所、11の教会付属幼稚園・保育園が重大な被害を受けました。しかし全国の教会、さらには世界各地の教会からの祈りと支えにより再建を果たすことができました。一つ一つの被災した教会が深い戸惑いと困難の中から、再建するまでに、どれほどの祈りと支えがあったことでしょう。「涙とともに種を蒔く人は、喜びの声とともに刈り入れる」(詩編125・5)、「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです」(一コリント12・26)を経験する時でした。

被害が大きく、会堂や施設を取り壊して新会堂建築に取り組んだ教会は、伊勢崎教会(2014年3月23日献堂)、下館教会(2014年5月11日献堂)、宇都宮教会(2014年6月15日献堂)、宇都宮上町教会(2015年7月19日献堂)の順に再建し、水戸中央教会の2016年7月17日の献堂式をもって終了しました。また付属施設も2020年4月の宇都宮上町教会・みふみ認定こども園新園舎完成によって終了しました。また7教会が教団の支援を受けて補修し、9教会・伝道所、4施設が教団の支援を受けずに自己補修をしました(お見舞いを差し上げました)。その間、教区東日本大震災支援委員会を45回開催し、再建・補修の支援、ボランティア派遣、被災地・被災教会で祈りを合わせる旅等を行いました。加えて41教会・施設への簡易診断派遣を行いました。その働きは2017年度より教区災害支援委員会として引き継がれています。

栃木地区のアジア学院への支援協力も大切な取り組みでした。世界に広がる支援もあり、コイノニア棟、オイコス・チャペルを建築しました。また地域のセンターとして一帯の土壌と農作物の放射能値の検出に取り組み、見事に再建されたことは教区の喜びでした。また教区として脱原発の声明や学習会にも取り組んできました。

震災後も教区内で「関東・東北豪雨」被災、また日本中で災害が起こっています。中越地震・中越沖地震、そして東日本大震災によって結ばれた主にある連帯を大切にし、キリストのからだとして、宣教協力と今後予想される災害の時にも備え、助け合える教区として歩んで行きたいと思いを新たにしています。

【4953号】新型コロナウイルス 感染拡大の渦中で社会事業従事者の声に聞く

小羊学園 《静岡県》

イエスに倣い、苦難に寄り添う

私の勤める小羊学園は重い知的ハンディをもった方たちを対象として創業した福祉施設である。50余年を経て、幼児から高齢の者までを対象に入所施設やグループホーム、通園施設、通所施設が与えられ、短期入所や相談支援での関わりを含めると利用者は千人を超えるのではないだろうか。

利用者のすべてということではないが、多くの方たちは新型コロナウイルス感染のリスクを理解することができない。さらにその方の特性として日常生活で様々な変化に適応するのが苦手な人も少なくない。職員たちが良かれと思ってする介護・支援が拒否されることはしばしばで、なかには頑固に拒否して不穏になる方もおられる。新型コロナウイルス対策の基本とされるマスク着用も入念な手洗いも思うように徹底できない。それでも逃げ出すことなく、利用者を直接支援する職員たちは日常的な濃厚接触を避けることはできない。そのような状況下、利用者や職員の誰かが陽性になったときの不安と常に向き合って過ごしている。

今回の感染症によって多くの人たちの生活基盤が揺るがされ、亡くなられた方もおられる。生活困難に陥る人たちも少なくない。生死を左右するような苦境に立たされる人たちを支えるために待ったなしの対策が求められているのだと思う。

しかし、考えてみると、社会福祉の働きの原点はそのようなところにあるのではないだろうか。

重い障がいのある子を与えられ途方にくれている親たちの苦悩、家族に恵まれず愛される経験をもてなかった子どもたちの悲しみ、さまざまな事情によって生活の基盤を奪われた人たちの絶望。病の人あり、失業した人あり、人権が侵害されている人あり、弱さのために過ちを犯してしまった人もいる。これらの人たちはすべて社会福祉の対象者である。

聖書は主イエスがこのような人たちのためにこの世にこられたのだと伝えている。私たちにはイエスのような「奇蹟」を起こすことはできないかも知れない。しかし、キリストとの出会いによって希望を与えられた者として、イエスに倣って苦難の中で生きる人たちに寄り添うことはできるのではないだろうか。

(稲松義人報/遠州栄光教会員)

第二平和保育園 《千葉県》

御業があらわされていることに感謝

昨年、新年度開始まもなく新型コロナウイルス感染拡大による第1回目の緊急事態宣言が発令され、千葉県内にある当保育園も登園自粛期間を経て休園措置となりました。

経験のない混乱と緊張が続く中で、保護者の就労によって保育を必要とする一部の子どもが登園するなか、見えないウイルスを相手に子どもの安心・安全の確保をどのようにおこなっていくか、生命を預かる現場の責任と保育者としての使命感で、毎日が無我夢中だったことを思い出します。

感染症対策について日々の生活を細かく見直し、子どもの活動が必要以上に制約されないようにしつつも密な状態を回避する工夫など、保育者間で多くの意見が交わされました。また長期間、家庭に留まる子どもの心身の状態や家庭での様子を電話で把握しながら、保育者の賜物を生かしたメッセージを動画配信するなど意欲的な取り組みにより笑顔と励ましを伝えることに努めました。子どものために今できることを模索し実践する保育者の姿勢に神さまの導きを感じます。

緊急事態宣言解除後、少し遅めの新年度保育が始まった6月。イースターを一緒に祝うことが叶わなかった子どもたちも共に花の日礼拝を捧げることができました。年中クラスの子どもが、「病院でコロナのことをみているお医者さんにありがとうの手紙をかきたい」と覚えたばかりの文字で書いたメッセージカードを見た時には、「神様、ありがとうございます」と祈らずにはいられませんでした。

あれから1年以上の月日が経ち、コロナウイルスは様々な変異を続けています。あの時感じた緊張と保育者としての責任感や使命感は今も変わりません。

しかし、コロナと向き合い続ける日々の中で、子どもたちが変わらず希望をもち続け、感謝し、誰かを思って祈る姿を通して、神様の御業があらわされていることに感謝し、この苦難の時だからこそ「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」(一テサロニケ5・16〜18)とのみ言葉に常に立ち返りたいと思います。そして、神様から頂いた知恵と力をもって子どもたちに仕えるものでありたいと願っています。

(星野 牧報/松戸教会員)

さんまクラブ 《滋賀県》

子どもたちと毎日をエンジョイ

NPO法人さんまクラブは、滋賀県甲賀市で水口教会の青年が子どもたちの居場所づくりとして2013年に活動を開始し、現在は主に放課後児童クラブと障害児通所支援事業の放課後等デイサービスを全国的にも珍しいインクルーシブに同じ場所で一体的に運営しています。

ワクチン接種が進んできているとはいえ、まだまだ状況がよくなっていない中でコロナ禍を振り返るのもどうかとは思いますが、この「騒動」のなかで、一番大変だったのはなんといっても、2020年2月27日夕方に突如として発表された、「全国一斉休校要請」。安倍首相が思いつきでぶち上げたこれのインパクトが一番でした。木曜日夕方に報道され、週明け月曜日から3か月休校となったのです。それまで、感染対策の政策が後手後手になっていた政権のあせりなのか何なのか知らないけれど、一番先に行動制限をかけられたのが子どもでした。この愚策によって子どもたちの大人に対する決定的な不信を植え付けてしまったと思います。

市からは結局ドタバタで月曜日の3月1日13時ごろになって、3月1日から市内の児童クラブは閉所とする決定の連絡がありました。一方、放課後等デイサービスは国からの通達でできるだけ開けるよう県を通じ連絡がありました。私たちが大切にしていたインクルーシブな居場所は、「健常児」の児童クラブは休みで、「障害児」の放課後等デイサービスは朝から開所という私たちが目指しているものとは逆のセパレートした結果となってしまいました。

とはいえ、子どもの感染伝播の力が弱いことや、重症化の確率が低いことが当初から言われていましたので、急に訪れた「大型連休」を思い切り楽しんでやれ!ということで、「スポーツの森」、「鹿深夢の森公園」、「余野公園」、「野洲川」や駄菓子屋さんやたけのこほりなどへ毎日のように遊びに行きました。

安息日に麦の穂をつまみ食いしたのをやんや言ってくるファリサイ派のような人はこの時代にもたくさんいますが、子どもたちにだけ厳しい大人にならないよう自戒して、のらりくらりファリサイ派をかわして子どもたちと毎日をエンジョイしていきたいと思っています。

(谷村耕太報/水口教会員)

  • 日本伝道の推進を祈る日

    「2021 日本基督教団教会・伝道所一覧」発行

    10

    新型コロナウイルス対策資料

    共に仕えるためにPDF

    牧会者とその家族のための相談電話

    International Youth Conference in Kyoto

    日本基督教団2019年度宣教方策会議

    公募・公告

    エキメニュカル協力奨学金 申込書類一式

    日本基督教団年鑑2020年版

    よろこび

    日本基督教団 伝道推進室

    東日本大震災救援対策本部ニュース

    にじのいえ信愛荘

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