宣教師会議2012が、7月14日(土)より16日(月)まで、湯の杜ホテル志戸平(岩手県花巻市)を会場に開催された。出席者は36名、そのうち、宣教師は家族を含めて30名であった。
1日目は、開会礼拝が横山良樹宣教師支援委員長の説教によって行われた。
その後、奥羽教区総会議長邑原宗男牧師より震災の被害の大きかった教会についての説明があり、引き続いて、加藤誠幹事より翌日の被災地訪問についてのオリエンテーションがなされた。
2日目、参加者を乗せたバスは宿舎を午前7時45分に出発し、新生釜石教会に向かった。バスの中では交わりのときが持たれ、お互いの顔と名前を覚えた。
到着後、教会堂に入り、応急処置がされている教会堂の壁を目の当たりにし、津波被害の大きさを改めて思わされた。
主日礼拝の後、新生釜石教会の柳谷雄介牧師より、大地震発生後の様子や教会が受けた被害、復興の様子について説明を聞いた。津……
第37総会期第4回宣教師人事委員会が7月4日教団会議室において開催された。
前回まで宣教協力学校協議会の運営委員長として当委員会の委員であった田中弘志教師に代わり、新たに運営委員長に就任した青山学院大学の嶋田順好教師が、今回から当委員会に加えられた。宣教協力学校協議会の代表者が宣教師人事に関わってもらうことにより、キリスト教主義の学校における宣教師の働きがさらに有意義に実り多いものとなるよう連携を保っていきたいと願う。
まず、世界宣教に関連する諸委員会からの報告を受けた。世界宣教委員会からは、日本基督教団から派遣される宣教師の動向について、東日本大震災2周年国際会議が2013年3月12日(火)から15日(金)にかけて仙台市において開催される予定であること、宣教師支援委員会からは、宣教師会議が7月14日(土)から16日(月)に岩手県花巻市において開催されるという報告があった。
また、当……
7月17日、第6回予算決算委員会が開催された。前月開催されたばかりであったが、今総会期の取扱い事項が増えたことと将来に向かっての財政規模適正化の準備のために臨時委員会が必要となったためである。
通常のように、前回議事録の確認を行い、その後、総幹事と財務幹事から、予算関係の承認の件、能登地震会計監査の件、東日本大震災募金の報告、人事の件等の報告を受け、確認した。 また、常議員会に提案した事柄の経緯について委員長より報告を受けた。
その後、教団の人件費関係に関しての報告と、それに基づく検討と討議を行った。その結果、様々な意見と指摘があり、規則の整備などの必要性もうかがわれたが、当委員会としては、将来に向かっての、健全にして安定した財務状況を構築するために、何が必要かを検討し、そのために必要な規則整備などを提言していく方向で検討に入った。
まず、主たる収入は負担金であるが、各教会の……
第37総会期第5回宣教委員会が、7月2~3日教団会議室にて開催された。白戸清委員司式による開会礼拝ではじめられた。
最初に、常議員会の要請に基づき、「改訂宣教基礎理論」について関係委員会の意見を聞くために、宣教研究所から上田光正委員、長谷川洋介委員が陪席した。
「(現)改訂宣教基礎理論」(1960年代初期)は「神との関係」と「礼拝」に弱さがある。改訂作業は不十分な部分を補うために行われているとの説明を受け、自由な懇談の時を持った。その中で、「宣教基礎理論」は教団の中での位置づけが必ずしも明確ではない、「まえがき」にその旨を記すこと、「宣教」のガイドラインとなるように、信徒に分かる言葉で記すことなどの意見が交された。
その後、キリスト教主義学校、社会事業の重要性について、次のように活発な議論が行われた。議論は、教会の業としての「教育」をどう捉えるかにまで展開された。
教会が……
7月18日、伝道方策検討委員会の主催により、教団4階会議室で伝道研修会が開かれた。
テーマは「『子ども子育て新システム』とどう向き合うか …教会幼稚園・保育園のこれからを考える…」。全国の教会幼稚園・教会保育園から、59名が集まった。
講師は、独立行政法人国立特別支援教育総合研究所の小田豊理事長。パネリストとして、保育所の立場から日本キリスト教保育所同盟の石井錦一牧師(松戸教会)、幼稚園の立場から羔幼稚園園長の岸憲秀牧師(千葉本町教会)、そして認定こども園の立場から認定こども園七尾幼稚園園長の釜土達雄牧師(七尾教会)が担当した。
特に小田氏は文部科学省の元視学官で、幼稚園教育要領や保育所保育指針の策定に直接関わり、「幼保一体化ワーキングチーム」のメンバーとして、「子ども子育て新システム」策定の議論にも、直接関わった人である。
おりしもこの会が開かれた7月18日は「税と社会……
心の和(なご)きもの その人は地を嗣(つ)がむ
《マタイによる福音書11章28~30節》
心和得天真
以前会津若松で暮らしていた時に、会津の方にとって「この間の戦争」がイラク戦争でも太平洋戦争でもなく、未だに1868年の戊辰戦争を指すことが多いことに驚かされた。戊辰戦争時、会津藩は一か月の厳しい籠城戦の末に敗れた。白虎隊の悲劇が生まれたのもこの時だ。争いや対立がいかに大きな傷跡を残すかということを思う。
さて、かつてこの会津若松に「心和得天真(こころわすればてんしんをう)」と「心の和きものその人は地を嗣がむ」の2つの書を残した女性がいた。この地が生まれ故郷の新島八重(1845〜1932)である。彼女は会津藩砲術師範の山本家の娘として生まれ、戊辰戦争時には断髪男装で銃を持ち勇ましく戦った。
その後同志社を設立した新島襄と結婚しクリスチャンとなり男女平等の新しい夫……
東日本大震災救援募金(国内分)が10億円の目標のところ、4億円に達しようとしています。教団事務局の壁に、毎週初め掲示される募金累計額を見ながら、祈りをこめて献げて下さる方々への感謝の思いを新たにしています。この献金が大地震や津波や原発事故による放射能汚染で苦しんでいる被災者の支援に活用され、立ち上がる勇気や希望を与えるために役立つことを切に望んでおります。
わたしたちは献金を「ささげる」と表現しますし、礼拝も「ささげる」といいます。両者は共に生ける神に「ささげる」のです。ローマの信徒への手紙12章1節には「自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です」と記されています。献身こそ礼拝だというわけです。わたしたちは、自分の人生全体を生ける神に献げ、神の救いのみ業のために用いていただくことこそ信仰者の喜びだと信じているのです。
東日……
母から受けたものを、更に新しく生きる恵み
80歳を過ぎ、長い年月、主の恵みに支えられ生かされてきたことを心から感謝している。その間、いつも教会の交わりに生かされ、支えられてきた。
父を早くに亡くし、幼い頃から母と二人きりの生活だった。明治生まれの女性ながら、献身し、神学科で学んだ大変信仰深い人で、婦人伝道師として日本メソヂスト教会に仕えた。母が天に召されるまで、離れることなくその後姿を見て生きてきた。母の祈りによって、私がキリスト者として生きるべき道が備えられたことを思う。
3歳で日本メソヂスト高町教会(現在の浜松教会)で幼児洗礼を受けた。第二次大戦の時代を挟んで15年、浜松で教会生活を送った。共励会(青年会)の一員として戦後の教会を支えた。母と共に上京してからは、九段教会で信徒として過ごしてきた。もうすぐ60年になる。
母は、九段教会で幹事(役員)として、また、東京……
日本基督教団東日本大震災救援対策本部主催による北海道報告会が、7月14日(土)、札幌北光教会(後宮敬爾牧師)を会場に開催された。
開会礼拝では、北紀吉救援対策本部委員が、マルコ福音書5章の「ヤイロの娘とイエスの服に触れる女」の箇所に基づいて、次のように説教した。
35節、「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう」。亡くなったから全ては終わった、後のことは無駄だ。人生は死の支配によって終わる。「先生を煩わすには及ばないでしょう」とは死の支配の前にはイエス様も無力だということだ。誰もがそう思った。しかし36節、「恐れることはない。ただ信じなさい」と、イエス様は言われた。人の望みが尽きた時にこそ、信仰が問われる。人の望みが尽きた所に、主はともにいて下さる。
39節、「子供は死んだのではない。眠っているのだ」。死の支配で全てが終わるのではない。今、この時、十……
作道至示氏(隠退教師)
12年6月9日逝去、84歳。東京都に生まれる。'56年東京神学大学を卒業、同年三崎町教会に赴任、姫路教会、再び三崎町教会を経て、日本医療伝道会に01年まで勤め、同年隠退した。
遺族は、妻・作道エイさん。
長橋晴子氏(日野原記念上尾栄光教会主任担任教師)
12年6月23日逝去、62歳。東京都に生まれる。11年東京聖書学校を卒業、同年日野原記念上尾栄光教会に赴任し、牧会した。
遺族は、夫・長橋和彦さん。