【4920号】メッセージ 先頭を歩まれるイエス-舟旅とガダラ人地方- マタイによる福音書8章23〜34節

イエスが舟に乗り込まれると、弟子たちも従った。そのとき、湖に激しい嵐が起こり、舟は波にのまれそうになった。(マタイ8・23〜24a節)

 

イエスが向こう岸のガダラ人の地方に着かれると、悪霊に取りつかれた者が二人、墓場から出てイエスのところにやって来た。二人は非常に狂暴で、だれもその辺りの道を通れないほどであった。(マタイ8・28)

新しい一歩へ

 春、新年度に向けて、各教会はそれぞれの準備の時を迎えていることでしょう。一年を振り返り、主の恵みを数えつつも課題をピックアップして、次に何に取り組むべきなのか、わたしたちは検討を積み重ねます。それらは必要な作業であり大切なことではありますが、少しばかり勇気を出してそれらを横に置いておき、御言葉から、舟に乗って異邦人の地に向かわれる主イエスと弟子たちに目を向けてみたいと思います。

 この主イエスと弟子たちの舟による移動と、墓場で暮らす者にとりついていた悪霊が豚に移り、その豚が湖で溺死するという一連の話は、共観福音書すべてに記されています。しかし細かいところでは微妙に異なっています。マタイは、マルコ、ルカと異なり主イエスが弟子たちに先立って舟に乗り込まれ、上陸したことを強調しているのです。

 未だ出会ったことのない人々の住む地に主イエス自ら先立って進みゆかれたということは、わたしたちにとって大きな励ましです。

 それぞれの教会の新年度においても、わたしたちの思いに先立って、主イエスご自身が大切な一歩を踏み出してくださろうとしているのです。

 

激しい嵐と狂暴な二人

 その舟は追い風を受けてスムーズに目的地に着いたとは記されていません。まもなく「激しい嵐」によって揺さぶられました。「なぜこのようなタイミングで出発するように命じたのか? 本当にこの方を信じていいのだろうか?」、「もう嫌だ。引き返そう!」等々。口にこそしなかったものの、弟子たちの感情は爆発しそうになっていたかもしれません。

 また、舟が到着した地で彼らを待ち構えていたのは、笑顔の住民ではなく、悪霊に取りつかれた狂暴な二人の者たちでした。「だれもその辺りの道を通れないほど」とあります。弟子たちも関わり合いになることを避け、一刻も早く無難にそこを通り過ぎたいと思ったかもしれません。

 教会が新しい歩みを踏み出した時、このような「大きな揺さぶり」、「避けて通りたくなる問題」が降りかかってくることが起こりえます。主イエスの御声に従って歩み出したにもかかわらず…です。

 

神の御業のあらわれ

 そのような「大きな揺さぶり」に遭遇した時、わたしたちが取るべき態度とは「風と湖を叱る」ことではありません。時にわたしたちは、問題の源と思われるところに敵意を集中させ、憎しみをぶつけることによって問題が解決するかのように思い込み、そうしたいという衝動に駆られます。しかしそこには解決はありません。わたしたちには、主イエスを差し置いて「神」のように振る舞うことは許されていないのです。

 主イエスこそ、風や湖さえも従わせることのお出来になる唯一のお方です。そして、主イエスは、わたしたちが湖(引きずり込もうとする深淵・闇)に飲み込まれるのを決してお許しになりません。わたしたちがすべきこととは、そのお方が、そばに(同じ舟に)いてくださることが想像をはるかに超えたすばらしいことだと深く認識することです。

 かつてわたしは、主イエスに逆らい、「舟」から湖に自ら飛び込み、自分の力でどこでも泳いでたどり着けると思い込んでいました。次第に体が重くなっていることにも気づきませんでした。気づいた時には、湖の底のように光の届かない闇の中でした。しかし、そのようなわたしをも、主イエスは引きずり出して救ってくださったのです。主イエスにできないことはありません。

 また主イエスこそ、誰もが関わり合いになりたくないと、避けて足早に遠ざかって行くような課題に対して、唯一、立ち止まって、正面から向き合ってくださるお方です。

 悪霊は、自らの力が主イエスにまったくかなわないことを知っています。悪霊の勝利はどんなに強がっても一時的であり、主イエスの永遠の勝利の前に立ち向かうことはできないのです。

 この場面でも主イエスは、悪霊の支配からの解放と救いをもたらしました。

 

知らないということ

 嵐が静まって凪となった様子を見て弟子たちは「いったい、この方はどういう方なのだろう」と驚いて言いました。それは「あなたこそ神の子です」のような力強い信仰告白ではありません。むしろ、自分の理解をはるかに超えたお方を前にした正直な告白です。自分には知らないことがたくさんある、それを認めることは実は大切です。

 この聖書箇所に続いていたに違いないある出来事を、マタイは読者に知らせないという選択をしています。マルコ、ルカは、悪霊を追い出してもらった者がその出来事をその地でさかんに人々に伝えたことを記していますが、マタイはそれを記していないのです。主イエスのもたらす救いがどのように実を結び、伝えられ広がってゆくのか、その全容を到底知ることのできないわたしたちです。そのすべてを知ることができるのは、主が再び来られる「その時」なのでしょう。

 わたしたちが知らないことはたくさんあります。なぜ豚二千頭の命が犠牲にならなければならなかったのか、それもわからないことです。今年に入ってからも、地球温暖化の影響からオーストラリアで森林火災が発生し、多くのカンガルーやコアラが犠牲になりました。確かに言えることは、その命の犠牲は、創造主にとって大きな激しい痛みだということです。

 主イエスは、その犠牲と比べものにならないほどの大きな痛みを一身に背負ってくださいました。責任を取ろうとしない人々を責められるのではなく、ただお一人で全責任を担われたのです。

 このお方が、わたしたちの先頭に立って歩んでくださるのです。わたしたちは何も恐れる必要などありません。(調布教会牧師)

【4920号】▼伝道対策検討委員会▲ 機構改定に関する教規変更案を提案へ

 1月10日、教団会議室で、第6回教団伝道対策検討委員会を開催した。

 前回記録承認後、岸俊彦教団伝道推進基本方針展開検討小委員長は、『信徒の友』に「日本伝道の推進を祈る日」の連載が始まっていること、全国伝道推進献金が寄せられていることを報告した後、各教区に「伝道推進委員会」の設置を呼びかけること、「日本伝道の推進を祈る日」に関わる教会や教区の取り組みを紹介すること、全国伝道推進献金運用指針を定めることを常議員会に提案したいと述べた。

 これに対して、献金の使途についての質問が出されたほか、教区によっては教師謝儀互助制度などを持っていることから、「伝道推進委員会」の設置については慎重にすべきといった意見が出され、協議の後、本委員会から常議員会に対して、上記の提案をすることを承認した。

 続いて久世そらち教団機構改定検討小委員長は、「教団機構改定に関する教規変更案(教団機構改定検討小委員会試案)」により、機構改定に関して変更する教規の条項とその内容について説明した。その主なものは、教規第1条・第2条教団総会議員数、第30条常議員数、第37条常任常議員数、第40条教団伝道局設置、第41条伝道局委員会設置、第42条伝道局取扱事項・運営に関する規定、第43条教団教務局設置、第44条教務局内常設委員会設置、第45条教務局取扱事項・運営に関する規定、第46条審査機関としての常設委員会設置、第56条総幹事による教務局統括等、第57条幹事の配置、第58条幹事の教務等であった。

 これに対して、現行教規との対照表を作成してほしい、各教区から選出される教団総会議員数を示してほしい、世界宣教委員会の名称を残してほしい等々の意見が出され、今後さらに小委員会において検討した上で、常議員会に提案することとした。(雲然俊美報)

【4920号】♦伝道資金を用いた取り組み(東中国教区)♦ 祈りの群れの礼拝を支援

 東中国教区にある47教会のうち約3割にあたる14教会は代務及び兼務体制での宣教活動が執り行われている。現役の教職は38名だが、その多くの主任教職は複数の教会に関わりをもっている。

 従来より東中国教区は教職の生活を支え、教職が教区に留まり続けることがキリスト教宣教を進めていくことであるとの理解をしていた。

 しかし、2009年度より5ヵ年計画で策定した「中期宣教プロジェクト」が2014年の教区総会以降、様々な課題の問題点を整理し、東中国教区のキーワードである「宣教強化」の内容の再検討を促していき、やがて教区は、「礼拝の群れである教会や祈りの集まりの活動こそがキリスト教宣教を推し進めるうえで支援を必要とする」という理解にいたった。

 おりしも教団伝道資金制度が発足したので、ここで申請した資金の一部を「教会支援教師派遣事業」として活用することとした。隠退教師など条件を理解いただける教職に事業担当者として登録して貰い、礼拝の群れが教区に申請すれば、登録教師を派遣する制度である。教区は登録教師への奉仕謝礼、交通費、宿泊費を資金から支出する。申請者はお招きする教職を送迎することのみを役割として担う。

 教区では祈りの群れの礼拝を支援することこそキリスト教宣教に資すると認識し、教職の派遣によって宣教を応援すると考えている。この事業について申請者はいつでも何度でも利用することができる。

 また、この事業は、いかなる理由であっても申請することができる。これは教会に専従する主任教職に休んでもらいたかったからだ。教区では、この事業を立ち上げるときに、「安心して教職が病気になれる、早期に検査に行ける、本来的な回復のための休みを得られる制度にしたい」という希望が述べられてきた。これまで病気になってはならないとの脅迫的な緊張感のあった現場に、継続的な宣教ビジョンを示す制度として活用していけるのではないかと考えている。

 東中国教区ではこの事業の実施実態にさらなる検討を加えて制度を育てていきたいと願っている。(中井大介報)

【4920号】♦伝道資金を用いた取り組み(東海教区)♦ 共に主の召しに応える者の信頼関係を育む

 今年度、東海教区は「愛のわざに励む教会」を主題として活動している。これは、日本基督教団信仰告白の教会の項について学ぶ五カ年計画の第4年目にあたる。この年間主題を深めるために、そして「み言葉が響きわたる教区・教会」を意識して、教区では様々な集会を計画した。すなわち、婦人研修会(婦人部)、ユースキャンプ(教育部と青年部の共催)、伝道協議会(伝道部)、キリスト教社会福祉フォーラム(社会部)、教職ゼミナール(教師部)、農村伝道協議会(農伝部)、信徒修養会(伝道部)である。

 教団からの伝道方策交付金を、これらの集会への参加費補助にあてて、参加を促している。

 今年度は、既に婦人研修会、ユースキャンプ、伝道協議会、キリスト教社会福祉フォーラム、教職ゼミナールが開催された。婦人研修会、伝道協議会やキリスト教社会福祉フォーラム、教職ゼミナールでは宿泊参加者に対して一人当たり1000円の補助を行うことができた。

 一方、ユースキャンプの中高生の参加者並びにその引率者には他の集会よりも手厚く参加費や交通費の補助をすることができた。おかげで、中高生11名、青年18名の参加者が与えられた。

 そして、これらの集会は、参加者個々人の信仰を養い、教会の伝道に役立てることを願って持たれるが、それだけにとどまらない。宿泊を伴い寝食を共にすることによって、信徒や教職がより一層、顔が見える関係を深めることができ、それが共に主の召しに応える者同士の信頼関係を育むことにつながる。

 それは教会や教職を孤立化させないことにも役立ち、このような教会間、教職間の信頼関係が連帯を生み、さらに伝道の働きに力を与えるものになっていると信じている。(柳谷知之報)

【4920号】2・11メッセージ

 日本基督教団では、毎年2月11日を「信教の自由を守る日」と定めている。

 コリントの信徒への手紙一10章14節には、パウロの言葉で「わたしの愛する人たち、こういうわけですから、偶像礼拝を避けなさい」とある。出エジプト記32章には、モーセが神より授かる十戒を待てずに金の仔牛の像を造り、それを神と祭り上げ、その前で飲み食いし戯れる人々の姿がある。神ならぬものを神と祭り上げ、自らの欲望の赴くままのあり方を自己肯定していく人々のありようは、やがて争いへと発展し、破滅へと向かうのではないか。

 パウロは同章のメッセージで、「偶像が何か意味を持つということでしょうか。いや、わたしが言おうとしているのは、偶像に献げる供え物は、神ではなく悪霊に献げている、という点なのです。わたしは、あなたがたに悪霊の仲間になってほしくありません。主の杯と悪霊の杯の両方を飲むことはできないし、主の食卓と悪霊の食卓の両方に着くことはできません。…わたしたちは、主より強い者でしょうか」と訴えている。

 パウロが人々に願っているのは、平和の主であるキリストへの信仰をぶれなく持ち続けてほしいとの願いである。それは私どもの信仰の質を問われる言葉としてある。要するに、あなたがたの信仰は誰に対するものか、という問いである。

 戦前の教団は当時の宗教団体法のもとに一つにまとめ上げられ、挙国一致体制に組み込まれていった。その結果、礼拝の最後に皇居遥拝をするという、あり得ないようなことを強いられた。天皇を現人神として拝んだわけで、それが皇国臣民たる国民の義務だとして宗教も国家の強烈な干渉を受けたのである。信教の自由を損なわれたのである。

 仏教では仏に祈るし、キリスト教ではキリストを通し神に祈る。相互に干渉はできない。これが信教の自由である。しかし当時の政府は国家神道としてまず現人神たる天皇を崇拝することを求めた。そこで天皇を拝むのは宗教的に言って間違っている。御真影に最敬礼をしなかった内村鑑三の不敬事件で、彼はそれを神のように祭り上げることは違うと感じたのであろう。

 パウロの言う偶像崇拝は私たちが信仰の対象をはっきりとさせないこと、時に人間を祭り上げることをも含み、さらに人間の考えや感情に左右される信仰のありかたをも問題にしている。ぶれない信仰による平和への祈りを私どもは心にしっかりと育んでいこう。

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