【4855号】人ひととき 小泉 元生さん 洗礼は死装束

爺さんが、霊南坂教会に小崎弘道牧師を引っ張っちゃったの」、日本キリスト教史に特筆されるべき出来事を我が事のように語る小泉元生さん。熊本バンド35人の一人、岡田松生を祖父に持つ。
父が軍医で転勤が多かった家族は、1935年、元生さんが小学生の頃に鎌倉に移る。現在まで信仰生活を続ける鎌倉雪ノ下教会は、信徒が20~30名程であったそうだ。
戦時中の弾圧が激しい時代、敗戦一週間前に「教会堂強制疎開」の命令により会堂を取り壊さざるを得なくなった。長老だった母の涙が記憶に残っているという。
元生さんが洗礼を受けたのも戦禍が激しい1945年、兵学校に入る2週間前のことだった。「どうせ死ぬのだから、洗礼を受けて死ぬように」と母に言われたのだそうだ。「洗礼は死装束だった」と言う。
戦後、教会には多くの人々が集い、大学に入り直した元生さんは教会学校の教師となった。大学卒業後、やるべきことが見いだせない時を過ごすが、教会の交わりを通して出会った絵画の先生に弟子入りする。現在では役員にまでなった「一水会」に所属、画家として生計を立てた。
フランスの風景に心を打たれ、幾度となく訪れ、滞在もした。そのとき通った日本人キリスト者の集いは今も続いている。イタリアではキリスト教遺跡を歩いた。ドミネ・クォ・ヴァディス教会で、ローマを去るペトロに主イエスが「ローマへ再び十字架に架かりに行く」と語った場に立った時、自らも主イエスに出会ったような気持ちがしたという。
放浪の旅のような歩みの中で、教会において豊かな交わりが与えられて来たことを振り返り、教会が、益々、人格的な交わりを生み出す場となってほしいと語る。

1928年1月1日生まれ。洋画家。鎌倉雪ノ下教会員。

 

【4855号】第40回教団総会議案第42号「教憲9条を改正し、伴って関連教規条項を改正する件」(提案者 第66回九州教区定期総会)の取り扱いについて

第40回日本基督教団総会にて扱いに瑕疵がありました議案「教憲9条を改正し、併せて関連教規条項を変更する件」(第66回九州教区総会)の謝罪の掲載に不十分な点がありました。以下3点について改めて掲載いたします。
⑴ 議案の掲載については「理由」も含めて全文を以下のように掲載いたします。
⑵ 教憲12条の「三箇月前に公表する」の意味の確定については第40総会期常議員会の下に設置されました「教憲教規変更手続検討委員会」にて扱います。
⑶ 「二種教職制度」について協議する場を設けることについては第40総会期も設置が継続される「教職養成制度検討委員会」にて扱います。

なお、総会議長・石橋秀雄の謝罪文は 既に教団新報4851号に掲載されております。ご確認ください。
総幹事事務取扱 道家紀一

提案理由
日本基督教団は、敗戦前の国家統制の厳しい時代に採ることを余儀なくされた二種教職制度を、教会に相応しい制度であると捉えてきた訳ではありません。
1954年の教団信仰告白制定後の1956年の教憲改正、それに続く再度の教憲改正作業(1958年)がなされた頃、“教師とは按手礼を領した者ではないか”との意見が盛んに主張され、その正当性を認める形で“准允を受けた者を「教師補」とする”内容の教憲第9条改正案がまとめられたのでしたが、第12回教団総会(1962年)では二種教職制の解消に至らないままの教憲改正となりました。しかし、議論は止むことなく更に続き、第15総会期信仰職制委員会(1968年)は“教師を二種とせず、一種のみとすべき”と結論し、同時に教師に至るまでの「教師補」的制度を置くことが望ましいという方向性を打ち出しました。これをうけた第16総会期常議員会(1969年)は教憲第9条改正の必要を認める決議をなしました。その後、常任常議員会の下に設置された作業委員会が提出した報告を基に常議員会は、1970年7月、第17回教団総会に二種教職制廃止を目的とする教憲第9条改正を正式に提案することを決定したのでした。その内容は、教憲第9条の条文を「本教団の教師は,神に召され正規の手続きを経て献身し,按手礼を領した者とする」というものであり、これに伴う教規、関連規則の変更を第18回教団総会に提案できるように常議員会に準備させるというものでした。
この改正案は、いわゆる「教団紛争」の激化に伴う第17回教団総会延期などの事情の中で、以後の教団総会で毎回継続審議扱いとされざるを得ず、第25回教団総会(1988年)において、全教区の議員が揃う教団総会開催まで審議を凍結するとの決議がなされ、教団総会議案からは消えることとなりました。しかし、私たちが忘れてならないのは、この間30余年の長きにわたって信仰の先達が日本基督教団にとっての、あるべき教職制度を形にしようと真剣な努力を続けて下さったという事実であり、教団全体にも、まことの教会となるために二種教職制度の問題を等閑視することはできないとの認識が保持し続けられていたということです。
1982年からは「三委員会連絡会」(教師委員会・信仰職制委員会・教師検定委員会)が、教師制度や教師検定制度のあり方について検討を重ねるという努力があり、第27回教団総会(1992年)は全教区の議員が出揃う総会となりましたが、残念ながら、以後の教団総会で二種教職制廃止をめぐる本格的な議論がなされる機会は多くはありませんでした。本質議論は出尽くしているであろうとの認識と共に、膨大な議論の集積という事実が、その時点での議員たちをして積極的発言をためらわせたものでしょう。そしてまた、時の経過の中で事実上、継続されてきた二種教職制度ですから、これに無頓着な世代が現れてきたことも事実であったと思われます。
直近、最後の教団的取り組みは、第30総会期第5回常議員会(1998年7月)が提案し、第32回総会(2000年)で可決された「教憲9条を検討する件」でした。
これは実に3総会期をかけての検討でしたが、検討作業委員会は2006年2月の第34総会期第4回常議員会に、これ以上の検討作業継続は困難であるとの最終報告を提出、常議員会がこれを承認したことによって、二種教職制度は教団の議題とされることなく今日に至ることとなったのでした。この時点で課題克服を阻んだ要因のひとつは、温存された二種教職制度と共存する内に、補教師という制度の中に訓練期間としての「有用性」を見出す層が現れてきたことであったと考えられます。
以上のように、教憲第9条に定められた二種教職制度に対する問題意識が、時の経過と共に退行してきたことは否めません。しかし、そうであるからと云って、教会の根幹に関わるこの問題を捨て置くことはできません。先の敗戦後にいち早くこの問題を指摘した先輩方やその後に改正努力を積み上げて下さった方々は、“正教師・補教師の別によって御言の宣教と聖礼典執行が分離されることはプロテスタントの神学から承認されないこと”であり、“二種教職制度とは国の圧力の下に採ってしまった便法”であり、“神の主権よりも国権を上位に置いた過ち” の痕(しるし)であることを明確に見抜いておられたのです。この認識は正当です。便法の上に主の教会が建て上げられるはずはなく、“神の主権よりも国権を上位に置いた過ち”の痕を帯びたまま、まことの教会となり得る道理もないことです。補教師制度に訓練期間としての「有用性」を見出すことも本末顛倒というほかありません。
長い年月にわたる議論の膨大な集積に惧れを抱いているとしても、これより生起するであろう法規相互の整合作業や制度整備にたじろぐ思いに囚われているとしても、私たちは「教憲9条を改正し、伴って関連教規条項を改正する」ことを決断すべきです。私たちは主にのみ従う教会であらねばならず、従ってそれを体現せねばならないからです。よって、本件を提案致します。

【4855号】2・11メッセージ

1967年以来、私たち日本基督教団は、この日を「信教の自由を守る日」として、各地で2・11集会を開催し、「建国記念の日」の祝日に対して異議を訴え続けてきました。(教団HPより)
であるから、そもそも「対立」がこの日の設定の根拠である。国の姿勢・天皇制・それの押しつけ、それへの抵抗、レジスト、プロテストを中心として各地集会も実施されてきた。
しかし、抵抗・反対とは「怒り・憎しみ」による声で満ちて終わりかねない。「自由の霊」(詩編51・14)により支えられ、満たされるべき我らの信仰の歩みは本当にそれで良いのか。
まだ神学生の頃、夏期実習で四国に派遣された。そこでお世話になった伝道所の先生と共に海に行く機会があった。海は綺麗で、特にそこに自由に泳ぐ魚たちはまばゆい輝きを見せていた。その時、真っ青に光る魚、「コバルトルリスズメ」を見つけ、網で数匹を捕獲して伝道所に持ち帰った。子供たちや他の方にも綺麗な魚の姿を見せたかったからである。
ところが、水槽に入れると、あのブルーの輝きが失せていた。青は青だが、少しくすんだ色になってしまっていた。 「弱ってしまったのかな」と心配になり、翌日、元の海に帰すことにした。
そして海に魚を放つと驚いた。ルリスズメたちは、あのブルーの輝きを一瞬にして取り戻したのだ!
水族館の専門家によれば、「海に戻った緊張感から色を取り戻す」ようだが、幼子のような思いで見れば、明らかに魚たちが喜んでいるように見えた。緊張感はあるが、あるべき場所に戻って自由に活き活きしていた。本当の「自由」とはそのようなものではないか。
ただ縛りが無いとか、好き放題やれるとかではなく、どんな状況にあっても、いや緊張感があるからこそ、「信仰」においては何者にも束縛されない歩みがある。
真実に自由なお方、主イエスが共におられることに「感謝しながら歩む」人生には、果てしない自由な未来が広がっている。
(社会委員会 芳澤 信)

【4855号】消息

西川博彬氏(隠退教師)
16年12月12日逝去、78歳。山梨県生まれ。60年東京聖書学校卒業、同年より上諏訪教会を牧会し08年隠退。遺族は、妻・西川一三さん。
原  登氏(隠退教師)
16年12月17日逝去、95歳。神奈川県生まれ。48年ホーリネス聖書学校卒業、翌年より聖都、聖心、小松川教会を経て98年隠退。遺族は、息・原護さん。
宮﨑 創氏(隠退教師)
17年1月13日逝去、84歳。静岡県生まれ。59年東京神学大学大学院卒業。同年より松代、吾嬬、本庄、成田、薬円台教会を経て97年隠退。遺族は、妻・宮﨑博子さん。
山村英幸氏(隠退教師)
17年1月26日逝去、83歳。78年東京聖書学校卒業。80年より北九州復興、如鷲教会を牧会し98年隠退、00年復帰し北九州復興、小倉徳力教会を経て07年隠退。遺族は、義息・貞国克己さん。

【4855号】第40総会期常設委員会等委員選考結果

《常任常議員会》
石橋秀雄(越谷)、佐々木美知夫(静岡)、雲然俊美(秋田桜)、保科隆(福島)、藤掛順一(横浜指路)、真壁巌(相愛)、宮本義弘(沼津)、○望月克仁(鎌倉雪ノ下)、○鈴木功男(目白)、○中嶌曉彦(八王子)
《責任役員会》
石橋秀雄、佐々木美知夫、雲然俊美、高橋潤(中京)、藤掛順一、○奥山盾夫(千葉本町)、○佐久間文雄(志木)
《監査委員会》
服部能幸(兼務・宗教法人、伊勢原)、○辻康(兼務・宗教法人、四日市)、○宮下重康(玉川)
《協約に基づく委員会》
〔在日大韓基督教会と日本基督教団との宣教協力委員会〕
石橋秀雄、佐々木美知夫、雲然俊美、宣教・在日韓国朝鮮人連帯特設委員長
《常議員会の下にある特設委員会》
〔在日韓国朝鮮人連帯特設委員会〕
★小橋孝一(新島)、宮本義弘、大友英樹(赤羽)、○中嶌曉彦、○豊川昭夫(越谷)
〔東日本大震災救援対策本部〕
石橋秀雄(本部長)、佐々木美知夫、雲然俊美、保科隆、藤掛順一、真壁巌、○佐久間文雄、○八嶋由里子(沼津)、日本キリスト教社会事業同盟・宣教協力学校協議会より各1名
*2017年3月31日の東日本大震災対策本部活動終了時までの任期とする。
〔熊本・大分地震被災教会会堂等再建支援委員会〕
★高橋潤、横山良樹(半田)、田中かおる(安行)、○望月克仁、○稲松義人(遠州栄光)
〔伝道資金小委員会〕
★佐々木美知夫、高橋潤、宣教・伝道委員長、東北・東京・四国教区議長
〔宗教改革500周年記念事業準備委員会〕
★石橋秀雄、岡村恒(大阪)、小橋孝一、○中嶌曉彦、○物井惠一(小松川)
〔教師養成制度検討委員会〕
★石橋秀雄、佐々木美知夫、東野尚志(聖学院)、小宮山剛(逗子)、教師委員長
〔教憲・教規変更手続検討委員会〕
★雲然俊美、東野尚志、○井田昌之(狛江)
〔東日本大震災救援対策継続事業委員会〕
★佐々木美知夫、保科隆、真壁巌、○佐久間文雄
〔教団伝道対策検討委員会〕
★石橋秀雄、佐々木美知夫、雲然俊美、東野尚志、○望月克仁、○佐久間文雄、○遠藤道雄(福島伊達)、○中嶌曉彦、北海・東北・関東・東京・中部・大阪・四国・九州教区議長
《常設委員会》
〔宣教委員会〕
★米倉美佐男(札幌)、岸憲秀(千葉本町)、堀眞知子(瀬戸キリスト)、古澤啓太(神戸東部)、栗原清(武蔵豊岡)、吉澤永(愛知)、願念望(国分寺)、伝道・教育・社会委員会より各1名
〔教師委員会〕
★菅原力(新生)、宮川経宣(仙台五橋)、古旗誠(目白)、上原智加子(須磨月見山)、金澤正善(小郡)、福島純雄(筑波学園)、指方信平(札幌北光)
〔信仰職制委員会〕
★藤盛勇紀(富士見町)、須田拓(東京神学大学)、田邊由紀夫(茨木)、武田真治(広島)、田村博(調布)、宍戸俊介(愛宕町)、○河田直子(蕃山町)
〔教師検定委員会〕
★服部修(蕃山町)、井ノ川勝(金沢)、潮義男(仙台青葉荘)、古屋治雄(福岡中部)、秋間文子(茅ヶ崎南湖)、成田いうし(磐上)、左近豊(美竹)
〔予算決算委員会〕
★愛澤豊重(横浜菊名)、宇田真(岩村田)、○遠矢良男(富士見町)、○折原威男(八王子ベテル)、田口博之(名古屋)、○長島恵子(鴨島兄弟)、金附正夫(佐賀)
〔世界宣教委員会〕
★秋山徹(上尾合同)、西之園路子(滝野川)、小海光(ウェスレー財団)、近藤誠(神戸多聞)、朴憲郁(東京神学大学)、日本キリスト教社会事業同盟・宣教協力学校協議会より各1名
《常設専門委員会》
〔伝道委員会〕
★小宮山剛、小池正造(東新潟)、飯田敏勝(大曲)、木村太郎(宇都宮)、兼清啓司(静岡一番町)、村上恵理也(松戸)、○水沼昭子(船橋)
〔教育委員会〕
★具志堅篤(読谷)、○筧伸子(茨城東)、有澤慎一(八尾東)、荒井偉作(名取)、横山ゆずり(半田)、野口幸生(高知東)、宣教協力学校協議会より1名
〔社会委員会〕
★森下耕(洛陽)、加藤孔二(金沢長町)、松本敏之(鹿児島加治屋町)、高承和(聖和)、石井佑二(遠州)、原和人(手稲はこぶね)、日本キリスト教社会事業同盟より1名
《宣教研究所委員会》
★小堀康彦(富山鹿島町)、小泉健(東京神学大学)、野村稔(鳥居坂)、村上義治(舘坂橋)、岡本知之(西宮)、熊江秀一(新津)、小林光(熱田)
《伝道推進室》
★石橋秀雄、山畑謙(小金井緑町)、網中彰子(NCC)、齋藤篤(深沢)
《出版局理事・監事》
理事・山北宣久(隠退)、竹澤知代志(玉川)、○岡田義信(田園調布)、○望月克仁、○飯光(霊南坂)、○秋岡陽(フェリス)、長崎哲夫(無任所)、○新藤敦(出版局長)、道家紀一(総幹事事務取扱)
監事・小林眞(岩槻)、野村忠規(東松山)
《年金局理事・監事》
理事・○籔田安晴(西片町)、○高橋豊(白鷺)、○中川義幸(阿佐ヶ谷)、○稲垣正策(函館千歳)、邑原宗男(江刺)、○遠藤道雄、○金刺英雄(上尾合同)、木下宣世(西千葉)、○川原正言(南三鷹)、○中林克彦(鎌倉雪ノ下)、松木田博(甲府)、○野村敏彦(名古屋桜山)、○奧野カネコ(膳所)、○筧正彦(茨木東)、○津村正敏(明石)、○佐藤孝志(琴浦)、○野口菊義(大島)、○近藤康夫(新居浜西部)、○川畑馨(佐世保)、道家紀一
監事・○勝田正佳(横浜指路)、○岩澤嵩(銀座)
《部落解放センター運営委員・監事》
委員・韓守賢(旭川豊岡)、江戸清(奥中山)、加藤恵(東北教区)、○丹波二三夫(東所沢)、亀岡顕(エパタ)、秋永好晴(鶴川北)、井殿準(翠ヶ丘)、本城仰太(松本東)、平井克也(刈谷)、宮田誉夫(草津)、○東谷誠(いずみ)、塩見和樹(甲東)、笹井健匡(児島)、後藤慧(神辺)、成田信義(土佐)、藤原仰(延岡三ツ瀬)、活動委員長
監事・森なお(兵庫教区)、○駒木和男(河内長野)
《「隠退教師を支える運動」推進委員》
委員・○森啓一(梅が丘)、○池田浩二(霊南坂)、○井上昌保(野幌)、○奥野カネコ、○鈴木秀信(船橋)、○滝川英子(七里)、○田口千恵子(東久留米)、○須田静代(名古屋中央)
監事・計良祐時(財務幹事)、○高橋豊

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