【4866・67号】御言葉を示す栞

いつも用いている聖書に、私はたくさんの栞を挟んでいる。長く使えるので革製のものが多い。自分で買ったものではなく、記念に頂いたものがほとんどである。結婚記念、就任記念、献堂記念など嬉しい思い出もあるが、召天や召天一周年記念など寂しさの込み上げるものもある。説教や聖書研究などの際、必要な御言葉を示す度に栞を使う。そして常に挟んでいる栞の数は、20枚を超える。聖書の厚みが一倍半くらいになっている。中には数十年も使っている栞もあるが、まったく古びていない。栞そのものに記された御言葉もくっきりと鮮やかである。時々、探している御言葉が栞そのものに書いてあったりして苦笑することもある。
大切な人や教会の名前を見ながら聖書に栞を挟む。その名前と今示される御言葉を重ねて、しばらく祈ることもある。神の守りと祝福、そして慰めを深く思い、それぞれの歩みが神の国へと向かうことを感謝する。御言葉を聴き続ける生活、御言葉と共にある交わり、そして共に将来に向かう喜び、そこに生かされる幸いを受け取っている。
御言葉を共に聴く交わりは素晴らしい。離れていても、時が過ぎても、互いを御言葉に位置づける恵みと平安がそこにはある。互いの確かさを主から示されるのである。いわんや礼拝で御言葉を共に聴く群れの喜びは如何に大きなことであろうか。
(教団総会副議長 佐々木美知夫)

【4866・67号】人ひととき 柿崎 孝久さん 神さまが育て  用いてくださる

堺の地で創立112年を迎えた堺川尻教会を、初期から支えてきたいくつもの家族がある。代を重ねて教会に連なり続けている者は少なくなっているが、それでも教会と共に生きてきた家族の歴史をもつ人々がいる。柿崎孝久さんもその一人だ。
妻の恵美さんと毎週礼拝を守る柿崎さんは、父方、母方どちらからみても4代目キリスト者であり、祖父の代から堺川尻教会の長老として仕えてきた。幼い頃の記憶は、戦争で焼失した会堂のかわりに祖父母が自宅を開放して守り続けた礼拝の風景だ。祖父母や母の熱心な信仰生活の中で柿崎さんは育った。「だから日曜日の礼拝は当たり前、自分にできることで教会に仕えるのは当たり前という感覚です」と柿崎さんは言う。高校生で信仰告白して教会員となるとすぐに、ガリ版で週報を作ることが役目となり、それは大学卒業後就職のために堺を離れるまで毎週続いた。
しかし一人でがむしゃらに仕えてきた思いはない。いつも教会で共に歩む信仰の友がいた。教会学校で奉仕する仲間、のちに伝道者として献身していった友人たちと共に礼拝を守り続けながら、柿崎さんはガリ版を刷り、また大工道具片手に会堂の整備、付属幼稚園の本棚作りと頼まれるまま、気がつくまま力を尽くす働き手となっていった。
堺に戻って30歳を前に長老に選ばれてからは、営繕に加えて会計やバザーなどの奉仕に惜しみなく力をささげ、今日に至っている。
今は若い世代が育つことを祈り願い、神さまが自分をこのように育て用いてくださったことを思えば、きっとよき働き手を神さまは育ててくださると思う。「自分にできることで主の教会に仕える」。礼拝に押し出されて奉仕に向かう後ろ姿で、そのことを若い人々に伝えている。

1941年生まれ。堺川尻教会長老。教会と共に歩む開花幼稚園の理事長を務める。

【4866・67号】部落解放全国会議

6月26日から28日にかけて、「第13回日本基督教団部落解放全国会議in北海道」が、「今、アイヌモシリで差別を考える」という主題のもとに、千歳栄光教会にて開催され、97名の参加者があった。
1日目。部落解放センター活動委員長の斎藤成二さんによる基調報告では、部落差別事件が頻発している現状が分析された。部落解放への思いを新たにし、あらゆる差別と闘うための連帯へのアピールがなされ、参加者全員で「全国水平社宣言」を唱和した。北海教区アイヌ民族情報センター主事の三浦忠雄さんによる講演では、アイヌ民族の文化や歴史に関する概論的な知識が紹介された。和人によるアイヌ民族への収奪の歴史を見逃してはならない。現在も存在するアイヌ民族への差別、北海道大学などによるアイヌ民族の遺骨盗掘、アイヌを先住民族として認めた日本政府の政策不履行なども説明された。カナダ合同教会隠退教師のロバート・ウィットマーさんによる聖書研究では、カナダ先住民族との出会いによりご自身の聖書の読み方が深くなったと語られた。弱さに招かれるということは、自分を否定するのではなく、神の力を知ることであるというメッセージから深い示唆を与えられた。
2日目。全人口の7割がアイヌ民族である二風谷にてフィールドワークが行われ、二風谷ダム裁判について学んだ。また、アイヌ民族党の代表である萱野志朗さんからは、過去を踏まえ未来を切り拓くためにアイヌ民族が行っておられる活動が紹介された。部落解放同盟栃木県連合会執行委員長の和田献一さんからの講演では、マイノリティの人権を国際人権基準から考えることの重要性が明快に示された。この学びを私たちは実践に生かさなければならない。
3日目。今後の実践への展望について皆で話し合った。豊かな出会い、学び、祈りの時が持てたことに感謝したい。
(韓 守賢報)

【4866・67号】2017年平和メッセージ  2017年平和聖日

日本基督教団 総会議長 石橋秀雄
在日大韓基督教会総会長 金 性済

「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」    (イザヤ書2章4節)

わたしたちは、主イエス・キリストを救い主として、世にあって教会に呼び集められ、そして主イエス・キリストの名によってこの世に、「地の塩」そして「世の光」(マタイ5:13-16)として「平和を実現する」(マタイ5:9)使命を帯びて遣わされている教会であります。この信仰的自覚に立ちつつ、わたしたちは、今遣わされているこの時代の世にあって、国家の政治の道が聖書の指し示す平和の道に反すると判断した時、黙認することなく、預言者の心をもって警鐘の声を挙げずにはおれないのです。日本基督教団と在日大韓基督教会は、以上のような信仰的立場を共有しながら、1984年2月に和解と協力の宣教協約を締結し、今日に至るまで、福音伝道に協力し合いながら世の平和に仕え歩んでまいりました。

しかしながら、過去四半世紀の日本の政治の流れを振り返るとき、わたしたちは大きな危惧を抱かずにおれません。旧日本軍「慰安婦」問題への日本の国家的関与を認めた、1993年の河野談話、また日本の戦争責任に関する1995年の村山談話以降、第一次安倍政権が2006年に誕生しました。そして2012年以降、第二次、第三次安倍政権のもとで、特定秘密保護法制定(2013年12月6日)、集団自衛権容認の閣議決定(2014年7月1日)、安保法制の確立(2015年9月19日)に至り、今日では憲法第9条をはじめとする改憲の動きを一層強めています。さらに、戦前に国民の内心の自由、表現の自由、集会結社の自由を脅かす弾圧装置として機能した治安維持法と酷似する「テロ等準備罪」(共謀罪)法案を成立(6月15日)させ、それは施行(7月11日)されることになりました。これら一連の政治の動きを通して、基本的人権と平和主義の理念に立つ現行憲法に支えられてきたこの日本は今、自由と人権を尊重する民主主義と平和主義、そして国家権力の暴走を防ぐ立憲主義を崩壊させつつあると、わたしたちは認識し、強い危機意識を覚えると共に、そのような動きに断固反対します。

今日本が自公連立政権の、多数議席の横暴によって歯止めがかからないまま突き進む危険な政治に対して、わたしたちは聖書の指し示す愛と平和の福音に立脚しつつ、断固として反対を表明します。さらに、自由と人権を保障する平和憲法に基づく民主主義国家と戦争を放棄する平和外交の道を強く訴えずにおれません。なぜなら、わたしたちキリスト者は、聖書のみ言葉に促され、この世界にあって、「見張り」(エゼキエル書3:17、33:2)の使命を帯びて、正義と平和を証しする証人として平和の主イエス・キリストに遣わされているからです。

2009年よりこの日本に広がり始めたヘイトスピーチに対して、わたしたちは2015年11月に「マイノリティ問題と宣教」国際会議を東京で開催しました。その結果、去る4月8日に、東京新宿西早稲田に「マイノリティ宣教センター」を、世界の諸教会に支援されながら、日本のキリスト教諸教団・諸団体と共に開設するに至りました。わたしたちは今後、このセンターを通して、日本の諸教会と共に、そしてさらに欧米諸国において人種差別と難民排斥と闘うキリスト教会とつながりあって、和解と共生平和の天幕を広げるような宣教的取組を推進していく所存であります。

さらに、わたしたちは、不安定化した朝鮮半島を中心とする北東アジアにおいて、いたずらに緊張を煽る政治主張やメディアに踊らされることなく、冷静な目をもった対話的な平和外交の道を切望します。そのためにまず、日韓のキリスト教会の間において、和解と平和をめざす誠実な歴史認識の共有と相互交流と宣教協力の道を、いっそう力強く推進してゆく所存であります。

和解と協力の宣教協約に結ばれた日本基督教団と在日大韓基督教会に、「向こう岸に渡ろう」(マルコ4:35)と呼びかけられた主イエス・キリストが、この嵐の時代の世に宣教の船出をする両教会を守り、導き、そして貴くお用いくださることを信じつつ、平和の向こう岸に向かって帆を広げ進み続けていくことを、わたしたちはここに決意するものであります。

「主よ、われらを守り、導き、お用いくださり、あなたと共に平和のために働くものとなさしめたまえ。アーメン」

【4866・67号】消息

東 道男氏(千里ニュータウン教会主任担任教師)
17年6月24日逝去、96歳。兵庫県生まれ。45年日本基督教神学専門学校卒業。47年より日本力行、長崎銀屋町、交野、千里ニュータウン教会を牧会。
遺族は、妹・中林正子さん。
浅見文博氏(隠退教師)
17年6月24日逝去、80歳。滋賀県生まれ。60年日本農村神学校卒業。同年より室戸、坂出一粒、今津教会を牧会し、09年隠退。
遺族は、息・浅見覚さん。
小林辰三氏(隠退教師)
17年4月7日逝去、88歳。長野県生まれ。55年東京神学大学大学院卒業。同年より新得、藤枝教会を牧会し、98年隠退。
遺族は、妻・小林絢子さん。

追 悼

内藤留幸先生を送る
石橋秀雄(教団総会議長)

内藤留幸牧師が召され、衝撃を受けました。内藤先生は2007年から2012年まで日本基督教団総幹事の重責を担って下さいました。私が最初に教団議長に選出された時、先生が2年間総幹事としてお支え下さいました。直観で動く私を「石橋君のやりたいようにしたらいい」と言って下さりながら、シッカリと教団の業として整えて下さいました。内藤先生のお支えなしには、議長の重責は担えなかったと感謝しています。
北紀吉牧師(松沢教会)から「内藤先生が入院、病状深刻」との電話をいただき、ただちに病院に見舞いました。「石橋君、キリストが生きているなら教団は大丈夫だよ」と繰り返しお話し下さいました。先生の記憶力は驚異的です。6つの教会で牧会された信徒の名前を全員記憶されておられました。このことは同時に、信徒のためにどれほど祈られたかということを示すものです。
「石橋君、総幹事は教団1722の教会の牧師なんだよ」と語っておられた先生は、大宮教会、越谷教会のことなど話して下さいました。祈られていたことを強く感じさせるものでした。1722の教団教会のために祈り、電話で、手紙で励まして下さいました。
「石橋君、もうここで天国に行ってもいいんだけど、もう少し信徒の友の執筆をしたいな」と話されました。最後まで教団のために働き尽くして下さいました。主が内藤牧師を教団の教師としてお遣わし下さったことを感謝しています。内藤先生と共に歩まれた美智子夫人、お子様たちの上に主の慰めを祈ります。

内藤留幸氏(隠退教師)
17年6月30日逝去、87歳。神奈川県生まれ。58年東京神学大学大学院卒業。同年より高知、善通寺赤門、善通寺、蕃山町、金沢、野方町、高井戸教会を牧会し、日本基督教団事務局に務め、14年隠退。
遺族は、妻・内藤美智子さん。

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