魂への配慮を大切にした再建を願う
能登半島地震から1年が経過いたしました。この1年、全国の皆さまから、多くのお祈りとご支援をいただき感謝いたします。
中部教区において、2025年1月1日、地震発生時16時10分に合わせてオンライン祈祷会を持ちました。聖書朗読、御言葉を受けての祈祷、そして、輪島教会、七尾教会、羽咋教会、新たに被害報告された魚津教会から祈りの課題を出していただきました。それを受けて祈祷の時を持ち、賛美をささげ、主の祈りを祈りました。オンラインではありましたが、共に課題を分かち、祈りをささげ、主による慰めと平安を心に刻むひとときが持てたことは感謝でした。
第43総会期に継続された能登半島地震被災教会会堂等再建支援委員会で新たに選任された宮本義弘委員長と一粒社ヴォーリズ建築事務所東京事務所所長の佐々木真所長と私の3名で、1月6、7日、羽咋白百合幼稚園・ゆりっこクラブ、……
「出来事が問う、その問いを石畳として」
1月17日の午後6時より、神戸教会において、兵庫県南部大地震記念の日追悼礼拝のときがもたれました。1995年1月17日の地震から30年の時を経て、なお癒えることのない痛みを抱えた多くの方たちと共にありたいと願いつつ、また、能登半島の地震や津波・豪雨の災害に至るまで、この間に起った様々な災害からその都度問われてきたことをもこころに留めつつ、祈りを合わせるときとなりました。
「被災教区の震災5年目の宣教にあたっての告白」を共に唱え、司式者の新堀真之さん(甲東教会)の祈りにこころを重ねました。そして、奏楽の瀬尾千絵さん(神戸教会)の奏でるパイプオルガンの音に合わせて讃美をともにささげました。
説教者は西澤他喜衛さん(曽根教会・須磨教会)でした。説教題は「出来事が問う、その問いを石畳として〜地域の再生なくして、教会の復興はありえない」。
震災……
今年、第47代アメリカ合衆国大統領にD・トランプ氏が就任した。8年ぶり2期目の就任となり、返り咲きの大統領としては132年ぶりだという。1期目の就任時も選挙期間中から過激な発言で物議を醸したトランプ氏だが、気づけば共和党の指名候補となり、本選挙ではまさかの圧勝。今回は更に鮮やかな圧勝ぶりであった。
世界に広がる「排除と自国第一主義」の空気は益々強まり、「合衆国」という建国時の精神さえ揺らぎ始めている。ある人々は「偉大な国を再び取り戻そう」と歓喜し、国を二分する溝が深まっている。かつては「格差社会の表面化」と説明されたが、今回のトランプ支持派は貧民層のみならず、IT企業のトップたち富裕層も名をつらね、世界情勢の変化をうかがわせるものであった。
「アメリカ・ファースト」がより声高に叫ばれる中、日本はどうなるか。特に敗戦から80年を迎える今年2月11日の「信教の自由を守る日」集会には多……
中川智夫(隠退教師)
22年2月15日逝去、86歳。大阪府生まれ。60年同志社大学大学院修了、同年より小阪、大阪北教会小阪教会、大阪北伝道所を牧会し、05年隠退。遺族は妻・中川恒子さん。
誤 小阪、大阪北教会
正 小阪教会、大阪北伝道所
お詫びして訂正いたします。
教師逝去
藤田房二(隠退教師)
24年11月22日逝去、92歳。栃木県生まれ。57年農村伝道神学校卒業、同年より越生、島村、串木野教会を牧会し、24年隠退。遺族は娘・藤田はつほさん。
大島 力(無任所教師)
24年12月9日逝去、71歳。東京都生まれ。81年東京神学大学大学院修了、同年より阿佐ヶ谷、石神井教会を牧会し、22年まで青山学院大学に務める。遺族は妻・大島一枝さん。
加藤久雄(隠退教師)
24年12月22日逝去、99歳。愛知県生まれ。56年東京神学大学大学院修了、同年より熱田教会、田原吉胡伝道所を牧会し、10年隠退。遺族は息・加藤渡さん。
正教師登録
村上有子(2024・11・25受按)
加藤 隆、菅根謙治(2024・12・2受按)
補教師登録
蓮沼 明(2024・12・15受允)
教師異動
富山二番町就(代)渡部信子……
神の御前で真実に
雲然俊美
次の言葉は真実です。「私たちは、この方と共に死んだのならこの方と共に生きるようになる。耐え忍ぶならこの方と共に支配するようになる。私たちが否むならこの方も私たちを否まれる。私たちが真実でなくてもこの方は常に真実であられる。この方にはご自身を否むことはできないからである。」(テモテへの手紙二2・11〜13/聖書協会共同訳)
困難を耐え忍ぶ
主の年2025年の歩みが始まりました。私たちは、日々、能登半島地震等の災害によって労苦を担っている方たちを覚えて祈っております。その生活の再建と地域の復興の道のりが険しいことを思い、その地に住む方たちと、その地に立てられている教会の困難な歩みを覚えて祈っております。
また、長く続くウクライナやガザ地域等における戦闘の終結を心から願い、その嘆きや苦しみを覚えて、平和の実現を祈っております。
さらに、私たちは、福音……
聖霊にとらえられて
芳賀よし子さん
クリスチャンの友人の誘いで、初めて石巻山城町教会の礼拝に出席したのは13歳の頃。その後上京し、お姉さんの誘いで銀座教会の礼拝や祈祷会、讃美歌練習会に出席するようになった。しばらくして、三井勇牧師より受洗を勧められた。神さまのことも信仰もよく分からなかったが、三井牧師は「受洗は卒業ではなく入学ですよ。これからみ言葉を学ぶことですよ」と微笑みながら優しく語りかけてくれた。この言葉に後押しされて、1954年のクリスマスに受洗した。
その後石巻に戻り、結婚を機に夫も信仰を与えられた。夫は病身で59歳の時に天に召された。24年間の結婚生活のうち23年間は闘病生活だった。夫の介護、子育て、仕事に明け暮れる毎日だったが、不思議と今はそのすべては神さまのご計画であり、神さまのなさることに無駄はないと思える。
東日本大震災の時には、自宅の1階が浸水し、食料も……
あれから30年。当時私は大阪・北摂地区にある茨木教会の担任教師2年目。最初の子が生まれてまだ2ヶ月。あの日、突然の強震に見舞われた。
夜明け前でもあり、瞬間何が起こったのか分からなかった。タンスが倒れるかと思って、片手でタンスを押さえながら、もう片方の手を、隣に寝ていた長女の脇について、揺れが収まるのを待った。階下では、玄関に置いてあった金属バットが大暴れして、もの凄い音を立てていた。大阪で大地震に遭うなど、全く想定外だったので混乱したが、何が起こったのか理解するのに時間はかからなかった。震災を巡る当時の教団の混乱に、若かった私は正直、絶望しかけた。
それから16年。東日本大震災の時は、教団の総務幹事。震災初期に仙台に入ってから、岩手から千葉までほとんどの被災地を訪ねたが、阪神・淡路大震災と全く違ったのは、被災地の途轍もない広さと、初めて経験するレベルの原発事故。最終的な処理のゴ……
伝道推進室より応援した教会・伝道所
不思議な形で働く神様
黒石教会牧師 伊丹 秀子
黒石の町に最初に福音を伝えてくれたのは東奥義塾の学生たちでした。時は1878年。津軽藩の藩校だった東奥義塾で「新しい教え・キリストの福音」を聞いて信じた若き学生たちが驚きと共に黒石の町での伝道を開始したのでした。
しかし52年の間、黒石の町には「教会」が与えられませんでした。義塾の学生と共に弘前教会の牧師たちが熱心に伝道をしてくださり、町の歴史にさえ「公会堂でヤソの集会が行われ二百名もが集まった」と記録されたにもかかわらず、長い間、黒石の町には教会が与えられませんでした。
1930年。佐藤又男さんという一人のクリスチャンが「わぁが本家から分けてもらった土地を献げるハンで、ここサ教会を建てケ」と申し出てくださり、大工の相澤さんという方が弘前教会をモデルに最初の小さな教会を建ててくださいました。……
みんなのトイトイ子ども食堂 《千葉県》
ゆったり無理せず、息ながく
日頃のご支援ありがとうございます。千葉県市原市辰巳台の京葉中部教会の礼拝堂やキッチンを使って「みんなのトイトイ食堂」の活動を始めて早8年になります。ほんの少しでも孤食になる子の息抜きの場になればと始めた輪が広がって、現在は、毎月第1土曜日と第3土曜日に教会のキッチンで調理し、多目的室、椅子をどけた礼拝堂で、賑やかに遊びや会食を楽しんでいます。会食は大体毎回80食。また担当の方が準備してくださる遊びのグッズは次々工夫され、その道具で遊ぶ子どもたちの反応とエネルギーは私たちにとっても大きな喜びです。
また予約制ですが月1回のフードパントリーでお米(5キロ)や野菜などを提供する活動も続けています。現在は約50世帯の方が申し込んでいます。活動に共感した方から食材やご寄付を頂くこともあり感謝しつつ、使わせていただいています……