キリスト教教育主事 五名誕生
第34総会期第四回教育委員会が二月七日、八日教団会議室で全委員が出席してもたれた。
主な報告と協議事項は、①委員会直前まで行われていた「教区担当者会」の反省と課題の確認。
②三月七日実施予定のキリスト教教育主事認定試験に関する件。五名の志願者の受験を承認し、論文審査、面接等のスケジュールを確認した。キリスト教教育主事養成機関でもある聖和大学より認定試験後に懇談の申し入れがあった。
③「ユースミッション2006」に関する件。教育委員会が呼びかけ二〇〇六年一月三一日に実行委員会が組織された経緯が報告された。八月三日からの日程等の話し合いがなされ、次回実行委員会に教育委員会案として提出することを決定した(下記に主な日程)。
なお真壁巌委員を実行委員として選任し岸憲秀委員長と共に派遣することが承認された。
④「教師の友」編集委員会、全国幼稚園連絡会等の……
去る二月二一日から二二日にかけて教団会議室において第三回委員会が開催された。
◎諸報告においてNCC靖国委員会より「靖国神社と国立追悼施設」に関するパンフレットを四ヶ国語に翻訳中との報告があった。
◎北海教区靖国神社問題特別委員会よりの「靖国・天皇制問題小委員会の活動についての質問」について協議した。
質問の趣旨は、当委員会が「小泉純一郎首相が意図している靖国神社参拝を阻止するなど、現実の課題に正対して取り組む直接活動をせず、具体的活動から離れた議論(信仰告白共同体としての教団の形成に寄与する働きを目指す)をしているだけでよいのか」「教団の委員会として各教区の関連委員会に対して、この運動の方向性を打ち出し、的確な情報を発信し、運動を組織することをしないでいるのはなぜか」というものであった。
協議において、当委員会が方向性や情報の発信、小泉首相の靖国神社参拝反対声明などは出しているが……
二月二二・二三の両日、第34総会期の第三回宣教研究所委員会が教団会議室において開催された。
今回の委員会の主な内容は、①「教憲教規」及び「教団年鑑」の保守について、②「万博・東神大・教師検定試験問題年表」の改訂について、③宣教研究所発足当時の理念について、④聖餐問題についてである。
①については、「教団新報」や「宣研だより」などで寄付のお願いをしたが、依然として傷みが激しいものが多数ある。そこで、コピー製本をすることによって資料として整理保存することとした。
②については、万博、東神大、教師検定、それぞれについて、改訂の検討が必要であることが確認された。まず、東神大に関しての改訂を進め、宣研の下に「年表(東神大)改訂に関する研究会」を設置し、担当責任者として山口隆康委員を委嘱した。次回委員会までに同氏より研究員の候補を挙げてもらうこととした。
③については、前回、加藤幹夫委員より「……
▼幼稚園から大学まで、残念ながら優等生だったためしはない。三〇代も終わる頃、最後と思って通った自動車学校でも、二度三度と試験に落ちた。優等生にはなれなかったが、模範生ではあった。遅刻なし、予習復習怠らず、授業は常に最前列で聴いた。事故防止のビデオまでも真面目に観た。▼ハンドルを握ると目が冴える。多少の眠気は吹き飛ぶ。未だに運転は非日常のことで、自然なことではないのだ。何時まで経っても初心者だ。多分そのおかげで無事故、違反切符を切られたことは一度もない。違反する程運転に慣れていないのだ。▼今春も多くの人が教師として巣立つ(?)、厳しい現況を見れば、無事故無違反だけでは務まらないだろう。運転も伝道牧会も応用問題の連続、決断も無理も必要な局面があるだろう。▼だからこそ、名人・達人になることよりも、基本に忠実であること、規則を遵守すること、マナーを重んじ、相手には譲ること。慣れなければプロにはなれ……
「聖書から聴く」姿勢を
二〇〇六年春季教師検定試験は、二月二八日~三月二日、東京・京都の両会場で行われた。今回の受験者総数は一一〇名、内訳は補教師九二名(Aコース三九名、Bコース二九名、Cコース二四名)、正教師一五名、転入・復帰三名であった。
試験直後に行われた委員会での学科試験の判定によると、補教師試験では受験した九二名の内、合格者は五六名、保留者一五名、不合格者五名であった。Cコース受験者は二四名の内一六名が継続となった。正教師試験では受験者一五名の内、四名が合格、八名が保留、三名が不合格となった。保留者については改めてレポートが課され、後日、再判定することになっている。また転入志願者二名、教師復帰者一名について審査し、補教師転入一名、正教師転入一名を常議員会に推薦、教師復帰については保留とすることとした。
今回、補教師試験の不合格者は少ないが、保留者はなお多く見られる。特に……
デンマークの新聞が、ムハンマドの風刺画を掲載したことから、世界中のイスラム教徒が反発し多くの国で暴動などが起き、この騒動が収まる気配はない。
幕末に来日したアメリカのブラウン宣教師は、神奈川宿にある成仏寺に居を構えて、その伝道を開始したが、同宣教師が驚いたのは、成仏寺がその使用をあっさりと認め、さらに仏壇や仏像を片付けたことであった、と伝えられている。
同宣教師は、隣家に転居した住職に、相場以上の家賃を支払ったようだが、これらのことを、住職は、檀家の人々にどのように説明したのだろうか。
異教徒に、お寺を明け渡し、古歌にも「わけ登る ふもとの道は多けれど 同じ高嶺の月を見るかな」と歌う中庸好みの日本人には、冒頭のイスラム教徒の怒りは理解できないのかも知れない。
確かに「言論・表現の自由」は、尊重されねばならないが、こと「信仰」に関しては「言論・表現の自由」では包みきれないだろ……
神の愛をマリンバにのせて
チャンさんは一九九八年「世界マリンバフェスティバル」で韓国初のマリンバ専門演奏者として国際舞台にデビューした。
彼女は六代目クリスチャン、生まれた時から教会に通い、音楽の仕事に携わっていた両親のもとで育ち、高校時代にマリンバの魅力にひかれ演奏家を志した。韓国の音楽大学に進学、さらに世界的マリンビストに師事するため、日本へ留学した。
日本でも教会生活を守りたいと願っていた彼女は、ある日通りすがりに見かけた大宮教会に入って、暖かく迎えられ、教会員となった。韓国の教会と比べ、日本のクリスチャンの少なさを実感し、「自分の国だけでなく、日本の伝道も祈らなくてはならない」との使命を与えられた。さらに同じ大宮教会員で、キリスト教学校教師である日本人青年と出会い、結婚へ導かれたことで一層、日本伝道への思いは強められた。実際多くの人々が彼女を通して教会に導かれている。
……
二〇〇六年二月六日(月)~七日(火)にかけて、厚生年金ハートピア熱海において、日本基督教団全国教会婦人会連合婦人教職のつどいが開催された。
今年度、婦人会連合はヘブライ人への手紙をテーマに掲げて学んでいる。婦人教職のつどいでは、その事に対して、教職は何ができるのか、どう語っていくのか、信徒とどう学びと問題を共有してゆくかが課題となった。
そのための学びを深めるために、川村輝典氏(弦巻教会牧師・元東京女子大学教授)を講師とし、「ヘブライ人への手紙と旧約聖書-特に礼拝問題を中心に-」と題して講演が行われた。
講演の内容は非常に濃厚なものであり、参加者の中からは「神学校の授業に戻ったようだ」との声も聞かれた程。一同、普段なかなか持つことのできない聖書の深い学びと分かち合いの時を喜んで過ごし、講演の後持たれた分団でも、温泉に入るのも忘れて、活発な意見交換や質問、疑問が交わされた。
ヘブライ……
新礼拝堂の夢が広がり
名瀬教会牧師 江連 実
奄美大島がどこにあるのか、知らない人も多いことと思います。私もここに赴任して来るまでは、正直なところ知りませんでした。
奄美大島は、鹿児島と沖縄のちょうど中間にあります。多くの島々からなる奄美諸島の一つです。沖縄も含めての島々を、琉球孤とも言います。
どこの地方でも言える事でしょうが、奄美には高校までしか学校がありません。若者が働く場もあまり無いので、ほとんどが島から出て行かなければなりません。島に居たくても居られないのです。卒業しても帰ってこられません。
自然と高齢化が進みます。私(四二歳)より若い人はあまりいません。
名瀬教会は、去年の秋、車で一五分ほどの郊外に、およそ九〇〇坪の土地を購入しました。
以前から、礼拝堂の問題が指摘されていました。
街中の四〇坪の土地に三階建てのビル。一階部分は駐車場。二階が礼拝堂。三階……
山本菊子氏(隠退教師)
一二月一五日、逝去。七六歳。京都府に生まれる。一九五三年日本基督教神学専門学校卒業後、名古屋北教会に赴任。七三年から二〇〇一年まで仙台広瀬河畔教会担任教師を務め隠退。〇二年復職し、〇五年まで芝教会担任として務め隠退した。遺族は夫の尚忠さん。
半澤光雄氏(無任所教師)
一月三〇日、逝去。六六歳。宮城県に生まれる。一九六九年日本聖書神学校卒業後、七一年から七二年まで田園江田教会担任教師とした務めた。遺族は妻の美恵子さん。