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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan

キリスト教の小部屋:一覧

求めよ、さらば與へられん
――イースターに平和を願う――

2026年4月1日
   9そして、わたしはあなたたちに言う、「求めなさい。そうすればそれはあなたたちに与えられるだろう。探しなさい。そうすればあなたたちは見つけるだろう。〔門を〕叩きなさい。そうすればそれはあなたたちに開かれるだろう。10なぜなら、誰でも求める者は受け、探す者は見つけ、〔門を〕叩く者にはそれが開かれる[だろう]からである」。 (ルカによる福音書11章9−10節[私訳])  ルカ福音書11章9−10節は、「求めよ、さらば與へられん」から始まる文語訳聖書の名訳によって誰しもが一度は聞いたことのある言葉ではないでしょうか。並行する内容がマタイ福音書の山上の説教(5−7章)にもありますので(7章7−8節)、多くの人はマタイからの引用でこの有名な言葉に接しているのだろうと思います。  このテクストに用いられている「求める」「探す」「〔門を〕叩く」という三種類の動詞は、それぞれが何……

ひとりひとりが輝く社会の闇
――レント(受難節)に寄せて――

2026年3月1日
     33灯し火を点して隠れた場所[や枡の下]に置く人はいない。そうではなく、燭台の上に〔置く〕。入って来る人たちがその光を見るためである。34身体の灯し火はあなたの目である。あなたの目が澄んでいれば、あなたの全身も明るい。だが、それが悪ければ、あなたの身体も暗い。35だから、あなたの内にある光が闇ではないように注意しなさい。36だから、もしあなたの全身が明るく、暗い部分が少しもないのであれば、灯し火がその輝きであなたを照らすように、全てが明るいであろう。 (ルカによる福音書11章33−36節[私訳])    ルカ福音書11章33−36節はイエスの語録を集めたQ資料に遡源する「光の譬」が重ねて綴られています。元来は33節と34−35節は別々の譬(語録)であり(マタイ福音書5章15節、6章22−23節参照)、そこに36節が結びとして付け加えられています。で……

冷静に自分自身で考える
――日常性を持った活動を――

2026年2月1日
 13それゆえ、あなたたちの思考の腰に帯を締め、冷静さを保ち、イエス・キリストの顕現においてあなたたちにもたらされる恵みを完全に希望しなさい。14。従順の子どもたちとして、かつてあなたたちの無知のうちにあった欲望と同じ姿にならずに、15むしろあなたたちを招かれた聖なる方に従って、あなたたち自身も暮らしぶりのあらゆる点において聖なる者になりなさい。16なぜなら、「このわたしが聖なる者なのだから、あなたたちは聖なる者であるがよい」と書かれているからである。 (ペトロの手紙一1章13−16節[私訳])    Ⅰペトロ書1:13−16は、理知的に物事を考え、冷静にその本質を見極め、思慮のない欲望にまみれたこの世界に迎合することなく、神に召された者に相応しい生き方をするように勧めています。これはかなりハードルの高い要求です。その行き着く先は、清貧のような敬虔で遜った生き方にな……

混沌(カオス)の世界に生きる一年を
――光と闇/善と悪/秩序と混沌の二元論を超えて――

2026年1月1日
 1初めに神は天と地を創造した。2地は荒れ果てて何もなく、闇が地下の海の表面を覆い、神の霊風が水の表面に吹き荒れていた。3神は言った、「光あれ」。すると、光があった。4神は光を見て満足した。神は光と闇の間を分けた。5神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけた。夕になり、朝になった。第一の日である。(創世記1章1−5節[私訳])  聖書(ヘブライ語聖書)の冒頭に置かれた天地創造の物語には古代世界の人たちが想像(創造)した世界観(宇宙観)が表されています。創世記の天地創造は古代西アジアの諸文明、とりわけメソポタミアやエジプトといった文明が生み出した天地創造の物語の影響を受けています。しかし、それは創世記の天地創造が単なる借り物や焼き直しであることを意味するわけではなく、そこには古代イスラエルの唯一神ヤハウェに対する信仰と生活に基づく独自の天地創造の壮大なパノラマが描き出されています(月本昭男)……

クリスマスに歌い踊る
――荘厳なクリスマスと情熱のクリスマスを――

2025年12月1日
  1ハレルヤ。 歌え、ヤハウェに向かって、新しい詩歌を、 彼〔=ヤハウェ〕の讃歌を、敬虔な者たちの集会において。 2喜べイスラエルは、自らの創造者(たち)において、 シオンの息子らは歓べ、自らの王において。 3彼らは彼の名を讃美せよ、輪舞で、 タンバリンとリラで、彼らは彼に向かって讃美を奏でよ。 (詩編149編1−3節[私訳])    11月30日(日)からアドヴェント(待降節)に入りました。アドヴェントとは、12月25日のクリスマスまでのおよそ4週の期間を指し、クリスマスに備えるシーズンです。日本のクリスチャン人口は1%に満たないとされますが、そのクリスマスの賑わいから、キリスト教国ではと錯覚する旅行者がいてもおかしくありません。日頃は肩身の狭い思いをしている日本のクリスチャンも、クリスマスシーズンにはスポットライトを浴びて主役になったかのよ……

もっと、もっと
――現実を変えていくための貪欲さを肯定する――

2025年11月1日
15ヒルに二人の娘たち〔がいる〕。 もっと、もっと〔と求める〕。 満足しないのは三人〔の娘たち〕。 もう十分と言わないのは四人〔の娘たち〕。 (箴言30章15節a[私訳])    冒頭に引用した箴言30章15節aは「数え歌集」(箴言30章15−33節)の冒頭を飾るテクストです。このテクストは「貪欲」を戒めており、血を吸う「ヒル」と「娘」(女性)が二重に「貪欲」の隠喩(メタファー)として描かれています。ここには古代世界と現代世界に通底する女性嫌悪・女性蔑視(ミソジニー)がダダ漏れになっています。  冒頭で「ヒル」と訳したヘブライ語のעֲלוּקָה(アルーカー)は旧約聖書(ヘブライ語聖書)ではここにしか用いられておらず、その意味は不明とされます。岩波訳(勝村弘也訳)はアラビア語から類推して「情欲」と翻訳していますが、日本で最も流通してきた聖書(文語訳、口語訳、新共……

死に取り残された世界に寄り添う――ヨブの苦難に寄せて――

2025年10月1日
  死に取り残された世界に寄り添う ――ヨブの苦難に寄せて――   24なぜなら、わたしのパンの前にわたしの呻きが迫り来て、 水のようにわたしの唸りが吐き出されるのだから。 25なぜなら、わたしが恐れていた恐れがわたしに臨み、 わたしが怖がっていたものがわたしに迫って来たのだから。 26わたしは安らぐことなく、穏やかにいることもなく、 憩うこともない。ただ混乱だけが迫り来る。 (ヨブ記3章24−26節[私訳])    ヨブ記の主題のひとつは神義論であり、神はなぜ悪や苦悩を放っておくのか、また悪人(罪人)が栄え、善人(義人)が苦難に遭うといった不条理を神はどうして見過ごしにするのかが問われています。義人ヨブは自らの命と妻以外の家族と財産を失い、自らも病に冒されます。彼は神に訴えかけ、また自らを詰る友人たちと議論を繰り広げます。  ヨ……

失敗を悔いてやり直す

2025年9月1日
失敗を悔いてやり直す ――愛すべきイエスの一番弟子ペトロの失敗――    26さて、彼ら〔=イエスと弟子たち〕は讃美歌を歌いながら、オリーヴの山に出かけて行った。27すると、イエスは彼ら〔=弟子たち〕に言う、「あなたたちはひとり残らず罠にかかるだろう。なぜなら、次のように書いてあるからである。     わたしは羊飼いを打つだろう。     そして、羊たちは散らされるだろう。   28しかし、わたしは甦らせられた後に、あなたたちを先導してガリラヤに行くだろう。29だが、ペトロが彼〔=イエス〕に言った、「もし彼ら〔=弟子たち〕がひとり残らず罠にかかったとしても、わたしだけは罠にかかったりはしません」。30すると、イエスは彼〔=ペトロ〕に言う、「アーメン、わたしはあなたに言う、そのあなたが、今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしを拒絶するだろう」。31だが、彼〔=ペトロ〕はさらに……

時代を飲み込む「空気」に背を向ける

2025年8月1日
時代を飲み込む「空気」に背を向ける ――「嵐を黙らせるイエス」に寄せて―― 35そして、その日に、夕方になると、彼〔=イエス〕は彼ら〔=弟子たち〕に言う、「向こう岸に渡ろうじゃないか」。36すると、彼らは群衆を残して、彼が舟のなかにいるのをそのままに、彼を連れ出す。ほかの舟〔々〕もそれ〔=その舟〕と一緒にいた。37すると、風の大きな嵐〔=大暴風〕が生じ、そして波〔々〕が〔次から次へと〕舟のなかに打ち寄せ、そのためすでに舟を満たすほどであった。38さて、彼〔=イエス〕自身は〔舟の〕後ろ側にいて、枕の上で居眠りをしていた。そこで、彼ら〔=弟子たち〕は彼を起き上がらせ、そして彼に言う、「先生、わたしたちが滅んでしまいそうだっていうのに、あなたは気にならないのですか」。39すると、彼は目を開け、風を叱りつけ、そして海に言った、「黙れ、口を塞いでいろ」。すると、風が止み、そして大きな凪が……

やっぱり「愛」でしょ ――「愛の讃歌」(Ⅰコリント書13章)――

2025年7月1日
やっぱり「愛」でしょ ――「愛の讃歌」(Ⅰコリント書13章)―― 13だが、今や信仰と希望と愛、これら三つが残る。 だが、これらのうちで最も大いなるものは愛である。 (コリントの信徒への手紙一 13章13節[私訳])  Ⅰコリント書13章(1−13節)は「愛の讃歌」と呼ばれる有名な聖書箇所です。このテクストにおいて、パウロは愛とはどういうものであるのかを説き、愛こそが永遠に存続する最も大いなるものであると声高らかに謳っています。  1−3節は異言、天使の言葉、預言、神秘、知識などのカリスマ(賜物)よりも愛が大切であり、山を動かすほどの信仰、全財産の喜捨、そして殉教の死さえも、愛がなければ無に等しいと述べるほどに愛を讃美しています。  4−7節は愛の属性を列挙しています。愛とは寛容であり、慈悲深く、妬まず、自慢せず、高ぶらず、見苦しくなく(礼を失せず)、自己満足せず……
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