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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan

キリスト教の小部屋:一覧

シスターフッドの物語

2025年4月1日
シスターフッドの物語 ――女たちの経験と歴史――     16すると、ルツは言った、「わたしに無理強いしないでください。あなた〔=ナオミ〕を棄て去ったり、あなたに背を向けて帰ったりするのを。あなたが赴くところにわたしは赴き、あなたが宿るところにわたしは宿るからです。あなたの民はわたしの民、あなたの神はわたしの神だからです。17あなたが亡くなるところでわたしは亡くなり、そこにわたしは葬られたいのです」。 (ルツ記1章16−17節a[私訳])  ルツ記は異邦の地モアブで夫とふたりの息子を亡くしたユダヤ人ナオミが、亡き息子の妻であったモアブ人ルツを伴って郷里のベツレヘムに赴き、そこで苦労しつつも、やがてルツが――ナオミの遠縁である――町の有力者ボアズと結ばれて幸せになるシンデレラストーリーとして理解されます。ナオミとルツは夫を失った寡婦(やもめ)であり、家父長制社会において貧困の底に……

仕事にあぶれた労働者の譬

2025年3月1日
仕事にあぶれた労働者の譬 ――レントに「ぶどう園の労働者の譬」を再読する――     「1なぜなら、天の王国はある家の主人のようなものである。その人は夜が明けると同時に自分のぶどう園に労働者たちを雇うために出て行った。2彼は労働者たちと1日1デナリオンで合意し、自分のぶどう園に派遣した。3また、第3の刻〔=午前9時〕頃に出て行くと、彼は別の者たちが仕事にあぶれて広場に立っているのを見て、4そしてその者たちに言った、『あなたたちもぶどう園に行きなよ。そうすれば、正当なもの〔=報酬〕をわたしはあなたたちに支払うよ』。5[さて]再び彼は第6の刻〔=正午〕頃と第9の刻〔=午後3時〕頃に出て行き、同じようにした。6さて、第11の刻〔=午後5時〕頃に出て行くと、彼は別の者たちが立っているのを見つけて、そして彼らに言う、『どうしてここであなたたちは日がな一日仕事をしないで立っているんだい』。7彼……

小さな命に寄り添う

2025年2月1日
小さな命に寄り添う ――イエスの傷と痛みと死を覚える――  19さて、夕方になると、週の初めの日だったのだが、弟子たちがいた場所は、ユダヤ人たちへの恐れのゆえに、その〔場所に複数ある〕扉は閉じられていたのだが、イエスが来て、その中央に立ち、そして彼らに言う、「あなたたちに平安があるように」。20aそして、このように言うと、彼は彼らに〔両方の〕手と脇を見せた。 (ヨハネによる福音書20章19−20節a[私訳])  冒頭に引用したヨハネ福音書20章19−20節前半は復活したイエスが弟子たちに顕現する場面です(私訳の前半はたどたどしい日本語訳になっていますが、19節の前半には独立属格という構文が繰り返し使われていたりもしているため、なんとも歪なギリシャ語の文章なので、その風合いを出したつもりです)。弟子たちはイエスが十字架刑で処刑されたために、自分たちも捕まってしまうことを恐れて……

祈るほかない現実を前にして

2025年1月1日
祈るほかない現実を前にして ――楽に祈るな、汗を流して祈れ―― 41「目を覚ませ。そして祈れ。誘惑に入らないために。霊は熱望しても、肉は弱い」。 (マタイによる福音書26章41節[私訳])  冒頭に引用したマタイ福音書26章41節は、有名な「ゲツセマネの祈り」(マタイ26章36−46節)の場面において、イエスが弟子たちに向かって発した言葉の一節です。「ゲツセマネの祈り」は自らの死が避けられないことを悟ったイエスが神に祈りを捧げる場面を描いています。マタイ福音書によれば、イエスはガリラヤという周縁からユダヤのエルサレムという中央に弟子たちを伴って乗り込み、群衆からの人気を後ろ盾にして、ユダヤの支配者たちと渡り合い、エルサレム神殿で一悶着起こします(マタイ21章12−17節)。しかし、この事件を境として風向きが変わります。イエスは危険因子としてユダヤ当局に命を狙われます。さらに……

誰かが平伏させられることのない世界を願って

2024年12月1日
誰かが平伏させられることのない世界を願って ――2024年のクリスマスに寄せて―― 1さて、イエスがヘロデ王の日々にユダヤのベツレヘムで生まれたとき、見よ、東方からの占星術の神官たちがエルサレムに到着し、2言った、「お生まれになったユダヤ人たちの王はどこにおられるのですか。わたしたちは東方でその星を見たので、その方に平伏してキスするためにやって来たのです」。 (マタイによる福音書2章1−2節[私訳])  マタイ福音書2章1−2節は東方の占星術の神官たち――いわゆる東方の博士たち――の来訪の物語の冒頭を飾るテクストです。クリスマス物語を解釈するうえでの最近の潮流のひとつはポストコロニアル批評による読解です。ポストコロニアル批評とは、西洋の植民地主義と帝国主義を批判的に省察する学問的営みであり、同様の視点から古代ローマ帝国支配下に著された新約聖書テクストの読解が試みられています……

分断という名の二項対立図式を脱構築する未来を求めて

2024年11月1日
分断という名の二項対立図式を脱構築する未来を求めて ――コリント教会の分派争いに寄せて―― 4というのも、一方である者は「わたしはパウロ系の者だ」と言い、他方で別の者は「わたしはアポロ系の者だ」などと言っているのだから、あなたたちは人間で〔しかないで〕はないか。5では、アポロとは何なのか。また、パウロとは何なのか。この者たちを通して、あなたたちが信じるに至った奉仕者である〔にすぎない〕。6しかも、それぞれに主が与えてくださった仕方に応じている〔奉仕者でしかない〕のである。7わたしは植えた〔だけであり〕、アポロは水やりをした〔にすぎない〕が、〔ほかならぬ〕神が成長さてくださったのである。したがって、植える者も水やりをする者も何ら重要ではなく、成長させてくださる神だけが重要である。8もっとも、植える者と水やりをする者はひとつではあるが、それぞれが自らの報酬を自らの労苦に応じて受け取……

困窮するひとりの命を

2024年10月1日
困窮するひとりの命を ――古の預言者はガザに遣わされる―― 24 すると、彼〔=イエス〕は言った、「アーメン、わたしはあなたたちに 言う、自分の故郷で受け入れられる預言者はひとりもいない 25 そこで、ま ことにわたしはあなたたちに言う、多くのやもめたちがエリヤの日々にイ スラエルにいた。そのとき、天が 3 年 6 ヶ月のあいだ閉じられ、大飢饉が 全地に起こった。26 すると、彼女らの誰のもとにもエリヤは遣わされるこ とはなく、シドン地方のサレプタのひとりのやもめの女性のもとにだけ 〔遣わされた〕。27 また、多くの〔律法に規定された〕皮膚病の者たちが預 言者エリシャの頃にイスラエルにいた。すると、彼らの誰も清められるこ とはなく、シリア人ナアマンだけが〔清められた〕」。28 すると、これらの ことを聞いていた会堂内の全ての者たちは怒りに満たされ、29……

現代のヘイト問題から歴史認識の問題へ

2024年9月1日
現代のヘイト問題から歴史認識の問題へ ――長血の女と朝鮮人虐殺―― 25さて、12年もの間、血の流出を病んでいるひとりの女がいた。26大勢の医者たちによって散々苦しめられ、自分の持ち物すべてを費やしたが、何の甲斐もないどころか、よりいっそう悪くなってしまったのだが、27彼女はイエスのことを聞いて、群衆に紛れ込み、後ろからその衣に触った。28というのも、「せめてあの男(ひと)の衣にでも触ることができれば、自分は救われる〔=癒される〕だろう」と彼女は〔何度も〕言っていたからである。29するとすぐに、彼女の血の源流が乾き、彼女は悪疾から癒されていることをその身に感じた。30するとすぐに、イエスは自分から力が流れ出たことに気づき、群衆のなかを振り返って〔何度も〕言った、「誰だ、わたしに触ったのは」。31すると、彼の弟子たちが彼に〔何度も〕言った、「あなたは群衆があなたに押し迫っているの……

復讐の連鎖を断ち切る

2024年8月1日
復讐の連鎖を断ち切る ――詩編の詩人から広島・長崎へ―― 22なぜなら、わたしは貧しく、乏しく、 わたしの心はわたしの内奥で刺し貫かれている。 23影が傾くように、わたしは過ぎ去り、 バッタのように、わたしは振り払われる。 24わたしの両膝は断食のゆえによろめき、 わたしの肉体は脂肪を失くして痩せ衰える。 25わたしは彼らの嘲笑の的になり、 彼らはわたしを見て、その頭を振る。 26わたしを助けてください、ヤハウェ、わたしの神よ、 わたしを救ってください、あなたの慈しみにふさわしく。 (詩編109編22−26節[私訳])  詩編109編は6−19節に呪詛の言葉が連ねられていることから、長らく「呪いの詩編」と呼ばれてきました。そこでは腐敗した権力者たちによって法廷に引き摺り出された詩人が呪詛の咆哮を浴びせられています。  冒頭に引用した22−26節は呪詛……

無力さに打ちひしがれながらも

2024年7月1日
無力さに打ちひしがれながらも ――しつこく何度でもガザに拘り続ける―― 6また、彼はわたしに言った、「成就した。わたしはアルファ[であり]、そしてオメガ[である]。初め[であり]、そして終わり[である]。わたしは渇いている者に生命の水の泉からただで与えよう。 (ヨハネの黙示録21章6節[私訳])  ヨハネの黙示録は世の終わりの出来事を預言する文書として書かれています。しかし、その内容は実際には未来の予知ではなく、紀元1世紀後半のローマ帝国支配下において民衆が飢えと渇きに瀕し、命を落としていた現実を炙り出そうとしているのです。  冒頭に引用した黙示録21章6節は終末の出来事が全て成就した後に、天地の創造(アルファ=初め)から世界の終末(オメガ=終わり)までの全てを司る神が、渇く者をひとりも取り残すことなく、尽きることのない「生命の水の泉」を「ただで」与えてくれるとの約束……
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