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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【5003・04号】記事一覧

2023年8月26日

【5003・04号】《宣教師からの声》多くの実を結ぶことを祈りつつ(1面)
【5003・04号】お知らせ、お詫び・訂正(1面・3面)
【5003・04号】▼部落解放センター運営委員会▲(2面)
【5003・04号】▼信仰職制委員会▲(2面)
【5003・04号】▼牧会者とその家族のための相談室委員会▲(2面)
【5003・04号】♦︎教師継続教育研修会♦(2面)
【5003・04号】日本国の軍拡に反対し、武力によらない平和構築を求める要望書(3面)
【5003・04号】教区議長コラム(3面)
【5003・04号】事務局報(3面)
【5003・04号】伝道のともしび(4面)
【5003・04号】キリスト教社会事業同盟 総会(4面)
【5003・04号】人ひととき(4面)
【5003・04号】四国全体の伝道を覚えて(4面)

 

 四国教区では、自立連帯献金の充実を願い、7月を「自立連帯献金推進月間」としている。この教区の呼びかけを受け、高知教会では毎年、二つの取り組みをしている。「自立連帯献金推進」を覚える祈祷会と「四国伝道を覚える日」礼拝である。
 まず「自立連帯献金推進月間」を覚える祈祷会では、自立連帯献金推進に関わる信徒の方に奨励をしていただいている。今年度は、財務部委員長にお願いした。改めて、自立連帯献金を用いて互助制度を運用することから見える今後の展望をお伝えくださり、感謝な時となった。
 そして、7月の1回の礼拝を「四国伝道を覚える日」とし、これまで主として教区互助を受けている教会の牧師に説教を担当していただき、礼拝後、教会の報告をしていただいている。このことが、それぞれの教会の実際の姿に触れ、四国全体の伝道の大切さを受け止めることに繋がっているように思う。また、今後高知教会がどのように歩んでいくのか、深く考える時となっていると感じさせられている。
 この取り組みが始まり、ある教会員が「最近の教会の取り組みで最もよいのは『四国伝道を覚える日』の取り組み」と言われた。やはり教会員は、共に伝道の幻を追っているそれぞれの教会の姿を深く知りたいと願っていると、私自身が受け止めさせられる、感謝な言葉であった。

(教団総会書記 黒田若雄)

主の支えを受け止めて

大和郡山教会員
大川桓史(たけし)さん

 教会付属幼稚園の教諭として働いていた母に育てられ、幼少期から教会に通っていた大川桓史さん。伝道熱心だった母に訪問伝道に連れられて行ったこともあった。自然と信仰を養われて行く一方で、心で信じていれば洗礼を受ける必要はないと思っていた。高校2年生の頃、イースター早天礼拝に向かう途上、母が語った「イエスさまも洗礼を受けたよ」との言葉に背中を押され、洗礼を受けた。
 野球少年として育ち、高校ではテニスに打ち込んでいたため、受洗後はなかなか礼拝に出席できなかったという。高校卒業後は、コンプレッサーの製造を行う町工場に就職。パソコンの表計算ソフトを独自で学びつつ、製造業務の事務を整えて行った。
 また、働きながら教師となるべく、大阪キリスト教短大の夜間に通った。教師になることはなかったが、この時期に最も勉強に励んだという。
 結婚後、3人の子どもを与えられ、家族と共に教会生活を再開。教会役員として、議事録や、会計帳簿の管理等をパソコンで行い、教会のデジタル化を進めた。また、牧師館、集会室の建設に携わった他、東日本大震災によって再生可能エネルギーに対する関心を持ったことをきっかけに、会堂の屋根に太陽光発電を導入することに取り組んだ。
 退職してからは、教会での奉仕の傍ら、趣味のテニス教室、マリンバの練習や推理小説の読書を楽しんでいる。愛唱聖句は、「わたしはふして眠り、また目をさます。主がわたしをささえられるからだ」(詩篇3篇5節)。日々生きて行くことの中にある主の支えを受け止める信仰を示される。
 また、高齢となった今、幼い頃、日々、伝道に励んでいた母の姿を思い起こし、神さまを伝えることを第一として歩めるよう祈っているという。

教会とのあるべき姿を模索し

 教会がキリスト教社会福祉施設とどのような関係を築けるのかという点は、多くの教会が考えていることと思うが、教団と同じ信仰に立つ社会福祉事業団体及び同分野のキリスト者の組織が日本キリスト教社会事業同盟(以下「社事同」と略)であり、教会との相互理解と協力を推進する活動がなされてきた。また教団も社事同と協力するよう「教団社会活動基本方針」(1966年)に掲げて以来、踏襲してきた。
 社事同は1949年に設立され、現在、団体会員62法人・160施設、協力会員10名、個人会員10名。
 社事同総会が7月7日、レンブラントホテル東京町田にて開かれた。
 開会礼拝では雲然俊美教団議長が「あなたがたが与えなさい」と題してマタイ18章13〜21節の説教をされ、主よりの励ましを頂いた。
 総会に先立つ研修会では、源流である教会とのあるべき姿を探るため、2講演が行われた。
 「キリスト教社会福祉を支える神学」については李善惠氏(関西学院大学教授)が聖書を数多く引用して話された。
 「教会と社会福祉」については潮谷義子氏(前慈愛園理事長)が信仰を基に施設職員として働かれまた県知事として県政に関わられた体験を踏まえ、講演された。
 総会では、理事長挨拶にて、教団との連携と共に教区・地区での交流、協力を模索したい旨が語られ、報告・計画が承認された。新体制となった理事14名には、網中彰子総幹事と教団社会委員会1名(今回は秋間文子)が含まれる。
 総会には30団体、55名が出席し、各団体の熱意と同時に課題にも触れることができた。懇親会では、諸団体の紹介もあり、交わりの中で互いを覚えつつ奉仕されている様子がうかがわれた。信仰をもって事業をなす諸団体および労する方々のために祈り、よりよい関係を築いていきたいと思う。

(秋間文子報)

祈り合う一つの体として

荒尾教会牧師・荒尾めぐみ幼稚園園長
佐藤 真史

 荒尾教会は、一人の女性信徒・宮崎貞子が、1946年秋に自宅を開放し家庭集会を始めたことに端を発する。専従牧師がいない中で、宮崎の祈りと尽力は並々ならぬものだった(柚木麻子著『らんたん』では宮崎の人柄が垣間見える)。宮崎のヴィジョンは教会創立に留まらず、400坪の土地を取得し、1952年の荒尾めぐみ幼稚園創立にまで至った。
 けれども、それからの道のりは順風満帆ではなかった。礼拝出席10名の地方教会で3年から5年で牧師は入れ替わり、炭鉱町であった荒尾自体も斜陽化していく中で、園児が集まらず苦労した。無牧の期間は特に苦しく、園児20名にも届かない時期もあった。閉園までも話し合ったというが、大切な宣教の業として幼稚園を文字通り死守していったのだ。
 1970年代に入り、幼稚園は安定していったが、2000年代に入ると少子高齢化の波に、共働き世帯の増加が加わり、再び園児数が減少していく。そのような中で、2015年に幼稚園を幼保連携型認定こども園に移行し、園舎も新築した。一時は30数名だった園児数も、いまは約60名で推移している。その内、幼稚園型園児は10名で保育園型園児は50名。つまり、幼稚園のままだったら立ち行かなくなっていたのだ。けれども、荒尾市の人口もこの春にはいよいよ4万人台に減少し、共働き世帯増加による待機児童も解消し、「需要と供給」が逆転した。当園を含め市内の各園は定員を埋めることができなくなりつつある…。
 牧師園長として日々直面する課題はこれに尽きず多岐にわたる。2017年春に遣わされた際、幼児教育に関してはまったくのド素人であり、最初は「大嵐」となってしまった。課題にぶつかる度に、教会役員会で話し合い祈った。ここ数年は、毎月第1主日礼拝後すぐに学法理事会そして教会役員会を開催している。これらの積み重ねが、荒尾教会と荒尾めぐみ幼稚園が一つのキリストの体として歩むための「命綱」だと実感している。
 また、他園を訪問し、出会い、研修を通して学び、教職員とtry and learnを繰り返す中で、キーワードが浮かび上がってきた。「陽だまりのような温かいキリスト教保育」、「遊びを中心とした子ども主体の保育」、「インクルーシブ保育」、「異年齢保育」。実はどれもこれまでの歴史の中で挑戦してきたことであり、それをいま再び着目し深めようとしていることに、神の不思議な導きを感じている。
 いま教会と園に必要なのはまず「祈り」だと信じ、週報の祈りの課題に必ず園のことを加えている。さらに園でも毎週最初の朝の祈りで、教会員の方たちを覚えている。信徒数よりも職員数の方が多い現実の中で、園生活において課題や苦難は、組織的にも個人的にも尽きない。そんな時、教会の〇〇さんが自分のことを祈ってくれていることを知り、どれだけ励まされるだろうか。そして、子どもたちと喜びあふれる出会いが与えられた時に、この出会いのために、祈ってくれている人がいることに気付かされる時ほど、神の愛を実感することはない。

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