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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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コヘレトの言葉9・1~16

2026年10月14日
わたしは心を尽くして次のようなことを明らかにした。すなわち
善人、賢人、そして彼らの働きは
神の手の中にある。
愛も、憎しみも、人間は知らない。
人間の前にあるすべてのことは何事も同じで
同じひとつのことが善人にも悪人にも良い人にも
清い人にも不浄な人にも
いけにえをささげる人にもささげない人にも臨む。
良い人に起こることが罪を犯す人にも起こり
誓いを立てる人に起こることが
誓いを恐れる人にも起こる。
太陽の下に起こるすべてのことの中で最も悪いのは、だれにでも同じひとつのことが臨むこと、その上、生きている間、人の心は悪に満ち、思いは狂っていて、その後は死ぬだけだということ。
命あるもののうちに数えられてさえいれば
まだ安心だ。
犬でも、生きていれば、死んだ獅子よりましだ。
生きているものは、少なくとも知っている
自分はやがて死ぬ、ということを。
しかし、死者はもう何ひとつ知らない。
彼らはもう報いを受けることもなく
彼らの名は忘れられる。
その愛も憎しみも、情熱も、既に消えうせ
太陽の下に起こることのどれひとつにも
もう何のかかわりもない。
さあ、喜んであなたのパンを食べ
気持よくあなたの酒を飲むがよい。
あなたの業を神は受け入れていてくださる。
どのようなときも純白の衣を着て
頭には香油を絶やすな。
太陽の下、与えられた空しい人生の日々
愛する妻と共に楽しく生きるがよい。
それが、太陽の下で労苦するあなたへの
人生と労苦の報いなのだ。
何によらず手をつけたことは熱心にするがよい。
いつかは行かなければならないあの陰府には
仕事も企ても、知恵も知識も、もうないのだ。
太陽の下、再びわたしは見た。
足の速い者が競走に、強い者が戦いに
必ずしも勝つとは言えない。
知恵があるといってパンにありつくのでも
聡明だからといって富を得るのでも
知識があるといって好意をもたれるのでもない。
時と機会はだれにも臨むが
人間がその時を知らないだけだ。
魚が運悪く網にかかったり
鳥が罠にかかったりするように
人間も突然不運に見舞われ、罠にかかる。
わたしはまた太陽の下に、知恵について次のような実例を見て、強い印象を受けた。
ある小さな町に僅かの住民がいた。そこへ強大な王が攻めて来て包囲し、大きな攻城堡塁を築いた。その町に一人の貧しい賢人がいて、知恵によって町を救った。しかし、貧しいこの人のことは、だれの口にものぼらなかった。それで、わたしは言った。
知恵は力にまさるというが
この貧しい人の知恵は侮られ
その言葉は聞かれない。
2026年10月13日
わたしはこのようなことを見極め、太陽の下に起こるすべてのことを、熱心に考えた。今は、人間が人間を支配して苦しみをもたらすような時だ。
だから、わたしは悪人が葬儀をしてもらうのも、聖なる場所に出入りするのも、また、正しいことをした人が町で忘れ去られているのも見る。これまた、空しい。
悪事に対する条令が速やかに実施されないので
人は大胆に悪事をはたらく。
罪を犯し百度も悪事をはたらいている者が
なお、長生きしている。
にもかかわらず、わたしには分かっている。
神を畏れる人は、畏れるからこそ幸福になり
悪人は神を畏れないから、長生きできず
影のようなもので、決して幸福にはなれない。
この地上には空しいことが起こる。
善人でありながら
悪人の業の報いを受ける者があり
悪人でありながら
善人の業の報いを受ける者がある。
これまた空しいと、わたしは言う。
それゆえ、わたしは快楽をたたえる。
太陽の下、人間にとって
飲み食いし、楽しむ以上の幸福はない。
それは、太陽の下、神が彼に与える人生の
日々の労苦に添えられたものなのだ。
わたしは知恵を深めてこの地上に起こることを見極めようと心を尽くし、昼も夜も眠らずに努め、神のすべての業を観察した。まことに、太陽の下に起こるすべてのことを悟ることは、人間にはできない。人間がどんなに労苦し追求しても、悟ることはできず、賢者がそれを知ったと言おうとも、彼も悟ってはいない。
2026年10月12日
名声は香油にまさる。
死ぬ日は生まれる日にまさる。
弔いの家に行くのは
酒宴の家に行くのにまさる。
そこには人皆の終りがある。
命あるものよ、心せよ。
悩みは笑いにまさる。
顔が曇るにつれて心は安らぐ。
賢者の心は弔いの家に
愚者の心は快楽の家に。
賢者の叱責を聞くのは
愚者の賛美を聞くのにまさる。
愚者の笑いは鍋の下にはぜる柴の音。
これまた空しい。
賢者さえも、虐げられれば狂い
賄賂をもらえば理性を失う。
事の終りは始めにまさる。
気位が高いよりも気が長いのがよい。
気短に怒るな。
怒りは愚者の胸に宿るもの。
昔の方がよかったのはなぜだろうかと言うな。
それは賢い問いではない。
知恵は遺産に劣らず良いもの。
日の光を見る者の役に立つ。
知恵の陰に宿れば銀の陰に宿る、というが
知っておくがよい
知恵はその持ち主に命を与える、と。
神の御業を見よ。
神が曲げたものを、誰が直しえようか。
順境には楽しめ、逆境にはこう考えよ
人が未来について無知であるようにと
神はこの両者を併せ造られた、と。
2026年10月11日
彼らが使徒たちを引いて来て最高法院の中に立たせると、大祭司が尋問した。「あの名によって教えてはならないと、厳しく命じておいたではないか。それなのに、お前たちはエルサレム中に自分の教えを広め、あの男の血を流した責任を我々に負わせようとしている。」ペトロとほかの使徒たちは答えた。「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません。 30わたしたちの先祖の神は、あなたがたが木につけて殺したイエスを復活させられました。神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を赦すために、この方を導き手とし、救い主として、御自分の右に上げられました。わたしたちはこの事実の証人であり、また、神が御自分に従う人々にお与えになった聖霊も、このことを証ししておられます。」
これを聞いた者たちは激しく怒り、使徒たちを殺そうと考えた。ところが、民衆全体から尊敬されている律法の教師で、ファリサイ派に属するガマリエルという人が、議場に立って、使徒たちをしばらく外に出すように命じ、それから、議員たちにこう言った。「イスラエルの人たち、あの者たちの取り扱いは慎重にしなさい。以前にもテウダが、自分を何か偉い者のように言って立ち上がり、その数四百人くらいの男が彼に従ったことがあった。彼は殺され、従っていた者は皆散らされて、跡形もなくなった。その後、住民登録の時、ガリラヤのユダが立ち上がり、民衆を率いて反乱を起こしたが、彼も滅び、つき従った者も皆、ちりぢりにさせられた。そこで今、申し上げたい。あの者たちから手を引きなさい。ほうっておくがよい。あの計画や行動が人間から出たものなら、自滅するだろうし、神から出たものであれば、彼らを滅ぼすことはできない。もしかしたら、諸君は神に逆らう者となるかもしれないのだ。」一同はこの意見に従い、使徒たちを呼び入れて鞭で打ち、イエスの名によって話してはならないと命じたうえ、釈放した。それで使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜び、最高法院から出て行き、毎日、神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音を告げ知らせていた。
2026年10月10日
太陽の下に、次のような不幸があって、人間を大きく支配しているのをわたしは見た。 2ある人に神は富、財宝、名誉を与え、この人の望むところは何ひとつ欠けていなかった。しかし神は、彼がそれを自ら享受することを許されなかったので、他人がそれを得ることになった。これまた空しく、大いに不幸なことだ。
人が百人の子を持ち、長寿を全うしたとする。
しかし、長生きしながら、財産に満足もせず
死んで葬儀もしてもらえなかったなら
流産の子の方が好運だとわたしは言おう。
その子は空しく生まれ、闇の中に去り
その名は闇に隠される。
太陽の光を見ることも知ることもない。
しかし、その子の方が安らかだ。
たとえ、千年の長寿を二度繰り返したとしても、幸福でなかったなら、何になろう。すべてのものは同じひとつの所に行くのだから。
人の労苦はすべて口のためだが
それでも食欲は満たされない。
賢者は愚者にまさる益を得ようか。
人生の歩き方を知っていることが
貧しい人に何かの益となろうか。
欲望が行きすぎるよりも
目の前に見えているものが良い。
これまた空しく、風を追うようなことだ。
これまでに存在したものは
すべて、名前を与えられている。
人間とは何ものなのかも知られている。
自分より強いものを訴えることはできない。
言葉が多ければ空しさも増すものだ。
人間にとって、それが何になろう。
短く空しい人生の日々を、影のように過ごす人間にとって、幸福とは何かを誰が知ろう。人間、その一生の後はどうなるのかを教えてくれるものは、太陽の下にはいない。
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