魂への配慮を大切にした再建を願う
能登半島地震から1年が経過いたしました。この1年、全国の皆さまから、多くのお祈りとご支援をいただき感謝いたします。
中部教区において、2025年1月1日、地震発生時16時10分に合わせてオンライン祈祷会を持ちました。聖書朗読、御言葉を受けての祈祷、そして、輪島教会、七尾教会、羽咋教会、新たに被害報告された魚津教会から祈りの課題を出していただきました。それを受けて祈祷の時を持ち、賛美をささげ、主の祈りを祈りました。オンラインではありましたが、共に課題を分かち、祈りをささげ、主による慰めと平安を心に刻むひとときが持てたことは感謝でした。
第43総会期に継続された能登半島地震被災教会会堂等再建支援委員会で新たに選任された宮本義弘委員長と一粒社ヴォーリズ建築事務所東京事務所所長の佐々木真所長と私の3名で、1月6、7日、羽咋白百合幼稚園・ゆりっこクラブ、七尾教会、七尾幼稚園、輪島教会、富来伝道所、羽咋教会を訪問しました。未だどの町も震災被害の痛みを抱えながら日々を過ごされていました。特に輪島の町は、解体が始まっていますが、人の往来はほとんどなく、ただ工事の音が響き渡っている印象でした。輪島教会教会堂は、訪問した日に公費解体が始まった時でした。礼拝の場が壊されて行く姿は心が痛みました。
中部教区としては、皆さまからいただいた募金を用いて、被災4教会への教会支援を行っています。具体的には、第1に今回の地震によって教会会計が厳しくなっている現状を受けとめ、それぞれの教会から会計状況報告と申請を出していただき、負担金援助、特別謝儀援助、特別伝道費援助を行っています。第2に教会活動支援に必要な援助を行っています。また、被災地域のボランティア活動については、教団能登半島地震災害窓口と現地被害状況を共有し合い、教団から災害ボランティアを募集、派遣してくださっています。
震災によって、建物の被害、人的な被害、精神的な疲労が増しています。その上で、キリストの体なる教会をどのように形作って行くのかが、これからの大きな課題と考えられます。特に輪島教会においては、教会で主力となっていた教会員の多くが、町に戻れない状況が続いています。会堂と牧師館を解体し、再建に向かって歩む中で、いろいろな判断が求められます。何よりも、輪島の地で、共にキリストの福音を宣べ伝えてゆく力が与えられるようにと願います。
ニュースなどの報道は、目に見える被害やそれに伴う苦難の状況は伝えられますが、教会にとっては、それだけでなく、壊れそうになっている魂への配慮が大切になると感じます。そのために、共に祈り、共に主をほめたたえ、何よりも主イエス・キリストが与えてくださる信仰と希望と愛、その福音に生きるために何ができるかを祈りつつ、再建を願っています。(加藤幹夫報)
![]() 輪島教会 |
![]() 魚津教会 |
![]() 七尾教会 |
![]() 羽咋教会 |
「出来事が問う、その問いを石畳として」
1月17日の午後6時より、神戸教会において、兵庫県南部大地震記念の日追悼礼拝のときがもたれました。1995年1月17日の地震から30年の時を経て、なお癒えることのない痛みを抱えた多くの方たちと共にありたいと願いつつ、また、能登半島の地震や津波・豪雨の災害に至るまで、この間に起った様々な災害からその都度問われてきたことをもこころに留めつつ、祈りを合わせるときとなりました。
「被災教区の震災5年目の宣教にあたっての告白」を共に唱え、司式者の新堀真之さん(甲東教会)の祈りにこころを重ねました。そして、奏楽の瀬尾千絵さん(神戸教会)の奏でるパイプオルガンの音に合わせて讃美をともにささげました。
説教者は西澤他喜衛さん(曽根教会・須磨教会)でした。説教題は「出来事が問う、その問いを石畳として〜地域の再生なくして、教会の復興はありえない」。
震災の年の兵庫教区定期総会で副議長となり、後に議長として、また兵庫教区震災対策特設委員会の責任者としても、そして被災者生活支援・長田センターの初代責任者としても、兵庫教区の震災への取り組みの中にあって長く重責を担ってこられた立場から、この間の兵庫教区の歩みを振り返りつつ、今またわたしたちは何を問われているのか、力強くメッセージが語られました。
出席者は会場で105名、YouTubeでの参加者は、同時最大で115名でした。礼拝の様子はYouTubeで今もご視聴いただけます。「日本基督教団兵庫教区」のYouTubeチャンネルを検索してくださるか、「日本基督教団兵庫教区事務所」で検索し、そこからリンクを辿ってくださると簡便です。
お寄せいただいた礼拝献金は、オンライン参加者の分もありますので、後日兵庫教区の発行する「震災ニュース」にて合計額をお知らせいたしますが、全額を東日本大地震・津波・原発事故被災者、能登半島大地震・津波・豪雨災害被災者、「アハリー・アラブ病院を支える会」によるパレスチナ・ガザの人々の支援等に用いさせていただきます。(森 なお報)
今年、第47代アメリカ合衆国大統領にD・トランプ氏が就任した。8年ぶり2期目の就任となり、返り咲きの大統領としては132年ぶりだという。1期目の就任時も選挙期間中から過激な発言で物議を醸したトランプ氏だが、気づけば共和党の指名候補となり、本選挙ではまさかの圧勝。今回は更に鮮やかな圧勝ぶりであった。
世界に広がる「排除と自国第一主義」の空気は益々強まり、「合衆国」という建国時の精神さえ揺らぎ始めている。ある人々は「偉大な国を再び取り戻そう」と歓喜し、国を二分する溝が深まっている。かつては「格差社会の表面化」と説明されたが、今回のトランプ支持派は貧民層のみならず、IT企業のトップたち富裕層も名をつらね、世界情勢の変化をうかがわせるものであった。
「アメリカ・ファースト」がより声高に叫ばれる中、日本はどうなるか。特に敗戦から80年を迎える今年2月11日の「信教の自由を守る日」集会には多くの方々の参加を切望している。国家がこの日を「建国記念の日」として祝わせようとする背景を知り、憲法20条の「信教の自由と政教分離」の精神が空洞化されないためにも、教会の意識が重要になる。「おまえも日本人だろう」との縛りは戦時中だけではなく、今も続いているのだから。
ウクライナとパレスチナにおける戦争終結と人々の平安を祈ることは教会の大切な使命である。同時にこの国が再び同じ過ちを繰り返すことがないよう真剣に祈り求める使命もある。その際に忘れてならないことは、日本基督教団も戦時下において正しい判断ができなかった歴史的事実である。信教の自由を守るためになすべきは、国に要請することだけでなく、自らを律し、教会が教会であるために保持すべきものを見失ってはならないことだと思えてならない。
トランプ政権を選択したアメリカをはじめ、自国第一主義が強まる世界情勢は、決して対岸のことではない。
2025年1月29日
第42総会期日本基督教団社会委員 真壁 巌
安息日のことだった。イエスは食事のためにファリサイ派のある議員の家にお入りになったが、人々はイエスの様子をうかがっていた。そのとき、イエスの前に水腫を患っている人がいた。そこで、イエスは律法の専門家たちやファリサイ派の人々に言われた。「安息日に病気を治すことは律法で許されているか、いないか。」彼らは黙っていた。すると、イエスは病人の手を取り、病気をいやしてお帰しになった。そして、言われた。「あなたたちの中に、自分の息子か牛が井戸に落ちたら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか。」彼らは、これに対して答えることができなかった。
イエスは、招待を受けた客が上席を選ぶ様子に気づいて、彼らにたとえを話された。「婚宴に招待されたら、上席に着いてはならない。あなたよりも身分の高い人が招かれており、あなたやその人を招いた人が来て、『この方に席を譲ってください』と言うかもしれない。そのとき、あなたは恥をかいて末席に着くことになる。 招待を受けたら、むしろ末席に行って座りなさい。そうすると、あなたを招いた人が来て、『さあ、もっと上席に進んでください』と言うだろう。そのときは、同席の人みんなの前で面目を施すことになる。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」
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