教会の根幹に関わる課題が前面に
大阪教区では、いわゆるフリー聖餐をめぐって激しい議論が交わされた。京都教区では、按手礼の執行に関連して教師の制度が根本から問われ、司式者一人だけによる按手が行われた。一方、四国教区では、「信徒が展望する伝道の明日」の主題で力強い証がなされた。九州教区・北海教区では、それぞれ「共生・連帯・平和」 「革新・連帯・平和」と似通った宣教方策、宣教計画が掲げられた。何れの地でも、教会の根幹に関わるような重大な事柄が取り上げられ、活発な議論がなされている。
卒業式のシーズンも終え、新しい伝道者が各地に遣わされていった。送り出した教会、迎える教会の恵みともども卒業生の健闘を主にあって祈りつづけたい。
今年から一つの教団立神学校、五つの認可神学校に教団三役、幹事らが教団代表として卒業式参列を申し出て、みなお迎えいただいた。「なにを今頃」と言われそうだがそれすらも出来ていなかった。ということは、ようやくそこまで教団も本来あるべき姿に戻りつつあると言えなくもない。
私は農村伝道神学校と東京神学大学の卒業式に出席することができた。各々の特徴があって、歴史的経過と共に味わい深さを感じさせられたものである。
特に東神大機動隊導入、35年目当日にあっての卒業式に、教団総会議長が「励ましの辞」を述べさせていただいたことは感慨深さと同時に、今後の東神大と教団の関係正常化への決意を与えられた。
農村伝道神学校の経済的苦労の一端をも知らされ、いろいろな面で認……
信仰と「本物」にふれて描き続ける
日本が太平洋戦争に突入する一九四一年の春、一四歳の福島さんは家業の理髪を継ぐため信州飯田から東京へ修行に出た。「三笠館」の若主人、後藤三男さんが迎えに来てくれた。車中で師匠は終始、一冊の本を読んでいる。主人がトイレに立ったすきに、福島少年は座席に置かれた本を開けてみた。聖書との初めての出会いだった。
三笠館に入店してすぐに渡されたのは聖書と讃美歌。「今度の日曜日の朝から日曜学校へ行きなさい」。師匠から言われて行った東京・芝教会。これが教会生活の始まりだった。
しかし、その師匠も先輩達も間もなく応召。昭和一九年戦時体制により、理髪のような平和的職業に携わる男子の就業も禁止。業を離れざるを得なくなり、主人の長兄の書生となった。夜間中学から明治学院専門学校を卒業、茅ヶ崎市にある平和学園に七年間奉職した。
終戦後、軍隊から帰った師匠は理容学校の創設に関……
四五七六号三頁「宣教委員会報告」欄、「鈴木恭子氏」を「鈴木優子氏」に、お詫びして、訂正いたします。
★新刊から
『日本の農村社会とキリスト教』〈星野正興〉明治以来の近・現代日本で、プロテスタント農村伝道が果たした役割とは。日本教会史・伝道史を農村教会・伝道の視点から問い直す。四六判・二九〇頁・二九四〇円
『やさしい礼拝用オルガン曲集Ⅰ-コラールによる奏楽曲Ⅰ』〈岡井 晃・川端純四郎=編〉やさしく、しかも格調高い、手鍵盤だけで弾ける奏楽曲集。第1巻には『讃美歌21』所収の「礼拝」から「受難・レント」までのコラールによる奏楽曲他、三九曲を収録。A5判・七八頁・二五二〇円
★日本基督教団年鑑二〇〇五年版の追録及び教勢一覧差し替え版を発行いたしました/教団年鑑二〇〇五年版において、統計表などにミスが多かったことについてお詫び申し上げます。そこで当年鑑の正誤表・常議員会及び教務機関欄を内容とする追録、及び教勢一覧差し替え版を、当年鑑をご購入された方々に差し上げます。年鑑を購入された書店、もしくは教団事務局総務部年鑑係(☎03-3202-0541)に直接お申し込みください。
★2005年5・3憲法集会-9条を守る大きなうねりを!とめよう憲法改悪/時=5月3日(火)12時半開場、13時半開会/所=日比谷公会堂、集会後銀座パレード/プログラム=スピーチ、各界からの発言他/参加費=無料/主催=2005年5・3憲法集会実行委員会(平和を実現するキリスト者ネット他)/☎03-3203-0374
★キリスト教学校人権教育・関東セミナー/講師=坪井節子さん/テーマ=……
大切なひとり
生嶌 陽子
(福岡女学院中高聖書科常勤講師)
「牧師であり教師でもある」と言われる教務教師の仕事は、朝八時から始まります。週一五クラスの授業、所属学年の仕事、生徒たちは、中学一年生から大学受験を控えている高校三年生までの成長期真っ只中にいる生徒たち。毎日終わることのない生活指導、そして放課後のクラブ指導(時には日曜の遠征も)と、毎日生徒と共に時間が過ぎていきます。
日曜日、生徒たちは年八回以上の教会出席をします。その後の教会出席はレポート提出という形で聖書の成績に入ります。そのレポート一枚一枚をチェックしながら思うことは、生徒たちが教会で大切にされ、受け入れられ、霊的成長を遂げていることです。
私が働く福岡女学院は、長崎にある活水女学院の創立に貢献された宣教師ミス・ギールによって、一八八五年、福岡美以美教会(現在の福岡中部教会)より出発しました。多くのミッション……
中冨眞一氏(隠退牧師)
二月十日、 逝去。八一歳。福岡県に生まれる。一九五〇年、東京聖書神学院卒業後、広島平和教会に就任。その後、八丈島中之郷教会、津久見教会、平戸教会、和田山地の塩伝道所を経て、八七年から九九年まで鷹取教会牧師を務め、隠退した。遺族は長男の聖召さん。
奥田さかゑ氏(隠退牧師)
二月二一日、逝去。九三歳。京都府に生まれる。一九四一年、神戸基督伝道館活水学院卒業後、山手教会に赴任。その後、六九年から九三年まで二五年間、深谷西島教会担任を務め、隠退した。遺族は長男の和信さん。
鶏が鳴いた
後藤正敏
イースターを迎えた。今年はいつになく早いイースターだった。京都は寒い。受難週の早天礼拝の寒さは身にしみた。陽が上る前の冷えきった礼拝堂に聖書を開き、参加者の熱心な祈りに支えられた。今年のレントは、ペトロの転びが自らのことのように思われた。カヤパの屋敷の中庭でお前はイエスの仲間ではないかと問い詰められ、ペトロは「そんな人は知らない」と三度も否定した。そして、鶏が鳴いた。あの場面である。
敗戦から六〇年。戦争体験の風化が取りざたされている。日本基督教団は一体どこへいくのだろう。私たち京都教区は、教団の風見鶏であるのかも知れない。京都教区の総会報告書を開くと、表紙の見開きには「京都教区宣教方針・方策」が印刷され、裏表紙の内側には「第二次大戦下における日本基督教団の戦争責任についての告白」が印刷されている。私たちは、あの戦争にこだわっている。
昨年十月の教団総会に……
ANNOUNCEMENT(通知)
March 31, 2005
To whom it may concern,
We are writing to inform you of the official dissolution of the Japan-North American Commission on Cooperative Mission.
JNAC has served both the Japanese and North American churches well for 33 years. However, with the recent decrease in the number of missionaries serving in Japan, the rising cost of maintaining staff, the limited f……