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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【5023号】能登半島地震報告《ボランティアから》(2面)

2024年9月28日

心が癒されるための継続的支援を

 8月5〜8日、教団が実施するボランティア(第一次日程)に参加しました。

 今回の作業内容は、牧師館の整理と信徒宅での貴重品の探索でした。ここに書けることは限界があります。この報告で端的にお知らせしたいことは「できれば行って、見て、力になってください」ということです。今後、この支援活動が継続し、意義あるものとなっていくことを願って報告します。

 現地の状況をざっくり言うと、大きな傷痕を残しつつも、生活に必要な物は整えられてきているという印象でした。地面は亀裂が入り、車で走ると凸凹です。全て補修したのであろう新しい道路、半分になってしまったのを補修した道路、階段のような隆起を埋めた道路を走るだけで、ここまで整えるのにどれだけの労苦があっただろうと思います。

 輪島の街は、崩れた家や建物が多く残っていました。電柱や信号機はどれも傾いていますし、朝市は文字通り焼野原です。作業のため、ある家に入らせて頂きましたが、家の中は足の踏み場もなく、一歩進むごとに、茶碗やら、木片やらが靴の下で割れました。それでも、飲食店やコンビニは開店しており、品物も整っていたと思います。そういう意味で、生活面での必要は回復してきているようでした。

 しかし、それだけでは、癒やされないものがあります。毎日、あの倒壊した建物と焼野原を目にする辛さを思えば、胸が潰れるようです。限界状況の中で暮らしている人々の心が癒やされるために、慎重で継続的な援助が必要だと思いました。

 輪島教会の庭にプランターで花を持って行きました。焼野原のただ中にも誰が植えたのか、赤いバラが花開いていました。そんな活動がわずかずつでも、癒やされるのに役立てばよいと願います。

 行かなければ感じることのできないものがあり、祈りに覚えたいことがいくつも与えられました。この支援活動が継続され、参加する人々の手を主が強めてくださり、現地の人々の励みとなるように祈っております。

(森本玄洋報)

I Love Taiwan Mission 2024年7月4日〜19日 

5名の青年をボランティアとして派遣

 台湾基督長老教会(PCT)青年委員会主催の I Love Taiwan Mission(ILT)が開催され、教団の台湾協約委員会から5名の青年を派遣した。日本以外に、カナダ、アメリカ、韓国、ニュージーランドとインドの教会から合わせて23名、PCT受入青年が37名、計60名が集った。

 今年のテーマは「目標を目指してひたすら走る」(フィリピ3・13)。初めの3日間は新北市崇光高校にて、オリエンテーションを行い、その後、10日間、青年たちはボランティアとして台湾各地の教会へ派遣された。派遣後、新竹聖書学院に集まり3日間の報告会を行った。

 教団から派遣した5名の青年は、台北中会の士林教会に1名、台中中会の復興教会へ2名、排湾中会のKazangiljan(佳義)教会に1名、Ciul-aku(長楽)教会とDr-akki(牡林)教会へ1名が派遣された。

 今回も出発前にオンラインでオリエンテーションを行い、台湾と日本の歴史、両教会の成り立ちや文化について参加者で分担して調べ発表した。また在日大韓基督教会(KCCJ)からの参加者も与えられたため、KCCJについても学んだ。他、出発前まで参加者同士で連絡を頻繁に取り合い、日本や教団の紹介、派遣教会でのサマーキャンプの準備をした。

 帰国後はオンラインで報告会を行い、台湾での出会いと学びを分かち合う時がもたれた。

 以下、参加者の報告書の抜粋を紹介する。(廣中佳実報)


西嶋莉里 《御影教会》

 私は排湾中会の佳義教会に台湾とニュージーランドの青年と一緒に派遣されました。

 私は中国語ができず、英語、ジェスチャーや翻訳機を駆使してコミュニケーションをとっていました。サマーキャンプでは子どもたちとダンス、ゲームなどを通して聖書の話を深めました。キャンプ期間中には毎日、ILTタイムという時間が設けられ、私は折り紙やけん玉を紹介しました。

 今回のILTで韓国参加者と出会い、本当に大切な友人になりました。お別れの前日には夜遅くまで一緒に過ごし、日本語で「ともだち!」と伝えてくれて、とても感動しました。


来島真衣 《東調布教会》

 私の派遣された士林教会は老若男女が集うパワフルで、誰でも優しく受け入れてくれる素敵な教会でした。

 サマーキャンプでは、支援が必要な子どもがいたり、言葉の壁があったりして、はじめは戸惑いました。しかし、諦めずにチームで協力したり、翻訳機を使ったり、何より笑顔とジェスチャーでコミュニケーションをとると、少しずつ信頼関係を築くことができました。キャンプ終了後に、教会青年たちと担当した子どもの成長を分かち合う時間や、自身の能登半島でのボランティア経験や、台湾花蓮地震の状況を共有する時間がとても有意義でした。

 帰国後すぐ、ホストファミリーと荻窪の東京台湾教会で再会することができ、台湾と日本の近さを実感しました。


李耕守 《上賀茂教会》

 ILTに参加する前、私は台湾の歴史的背景や文化、日本で生活する人々とどう違うのか、何も知りませんでした。しかし、ILTの存在を知り、参加を決めてから台湾を知っていく中で、関心を持つようになり、なぜ今まで何も知らなかったのだろうと不思議に感じるほどになりました。

 今回の滞在中、台湾のあらゆるところから日本が感じられました。歴史を振り返ると、台湾は、日本の植民地下にあった場所でした。台湾の主要な駅はどれも、東京駅に似た設計、建設がされていました。また、商店街、町に建つ建物も植民地当時から残るものがたくさんありました。日本の姿が沢山残る台湾と比べて、日本に住む者はどれほど台湾を感じて生活しているのだろうと思わされました。

 ILTプログラムの閉会礼拝で、John McC-all牧師から “We love because God first lo-ves us”というメッセージが与えられました。生まれる前から神様が私たちをずっと愛してくださり、だからこそ他者をも愛すことのできるのだというメッセージから台湾と日本の共生の姿勢を教えられました。


榎本光太 《甲西教会》

 私が派遣されたのは、台中にある復興教会で、私を含め日本、韓国、インドからの4名の参加者を迎えてくださいました。そこで10日間滞在し、3日間のサマーキャンプの奉仕をしました。

 サマーキャンプの参加者はクリスチャンでない子どもがほとんどでした。ある保護者にきくと、この教会には子どもが安心して集える場があり、台湾語も教えてくれるから信頼していて、友達も誘って来ていると教えてくださいました。ここは普段からクリスチャンではない親子との関わりがあり、地域に開かれた教会でした。また、教会が台湾のアイデンティティを語り継いでいることに意味深さと主の偉大な業を感じました。

 私たちが台湾に到着する前から、PCTや復興教会のみなさんが長い時間をかけてプログラムを用意し、時間を割いてくださったことに、非常に感動しました。それは、台湾人が日本を好きだからとか台湾がおもてなしの国だからではなく、彼らが主から愛されているからだと信じます。私にできたのはそれをただ受け取ることだけでした。まさに主からの無限の愛を受けているように。彼らには感謝の言葉しかありません。彼らと同じようにその愛を隣人と分かち合うことができるようにと祈ります。

【5023号】I Love Taiwan Mission「目標を目指してひたすら走る」(1面)

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【5023号】人ひととき(4面)

【5023号】沖へ漕ぎだして、網を打て(4面)

 コロナで落ち込んだ礼拝出席者数がなかなか戻らない、という教会は少なくない。高齢者が戻りにくいのは分かるが、礼拝堂に集まることに必然性や必要性を感じなくなっている人々が若い世代にも広がっている。

 他教会員や求道者から、「ふだんはオンラインで礼拝に参加しています」とか「ネットで聖書を学んでいます」という話を聞く。同じ感覚で、どこかの教会の集会にも出てみる。そうした信仰生活に問題を感じているわけではなく、むしろそれは「ふつう」なのだという。

 富士見町教会では2020年4月から、主日礼拝のオンライン配信を開始した。その時点では、今のような状況も想定はしたが、これほど早く「ふつう」になるとは思わなかった。おそらく他の教会でもそうだろう。

 ネット上ではすでにインターネット教会、オンライン礼拝や聖研の類いが溢れていて、内容の充実したものもある。「教会に所属する必要があるのか」、「礼拝堂での礼拝に出席しなければいけないのか」といった議論もあり、「所属や出席は必ずしも必要はない」という勧めもある。これまで経験したことのないチャレンジを教会は受けている。

 「沖へ漕ぎ出し、網を降ろして漁をしなさい」。主よ、お言葉ですから、ネットを降ろしてみましょう。沖へ漕ぎ出します。

(教団総会副議長 藤盛勇紀)

数日の後、フェリクスはユダヤ人である妻のドルシラと一緒に来て、パウロを呼び出し、キリスト・イエスへの信仰について話を聞いた。しかし、パウロが正義や節制や来るべき裁きについて話すと、フェリクスは恐ろしくなり、「今回はこれで帰ってよろしい。また適当な機会に呼び出すことにする」と言った。 だが、パウロから金をもらおうとする下心もあったので、度々呼び出しては話し合っていた。
さて、二年たって、フェリクスの後任者としてポルキウス・フェストゥスが赴任したが、フェリクスは、ユダヤ人に気に入られようとして、パウロを監禁したままにしておいた。
フェストゥスは、総督として着任して三日たってから、カイサリアからエルサレムへ上った。祭司長たちやユダヤ人のおもだった人々は、パウロを訴え出て、彼をエルサレムへ送り返すよう計らっていただきたいと、フェストゥスに頼んだ。途中で殺そうと陰謀をたくらんでいたのである。ところがフェストゥスは、パウロはカイサリアで監禁されており、自分も間もなくそこへ帰るつもりであると答え、「だから、その男に不都合なところがあるというのなら、あなたたちのうちの有力者が、わたしと一緒に下って行って、告発すればよいではないか」と言った。
フェストゥスは、八日か十日ほど彼らの間で過ごしてから、カイサリアへ下り、翌日、裁判の席に着いて、パウロを引き出すように命令した。パウロが出廷すると、エルサレムから下って来たユダヤ人たちが彼を取り囲んで、重い罪状をあれこれ言い立てたが、それを立証することはできなかった。パウロは、「私は、ユダヤ人の律法に対しても、神殿に対しても、皇帝に対しても何も罪を犯したことはありません」と弁明した。しかし、フェストゥスはユダヤ人に気に入られようとして、パウロに言った。「お前は、エルサレムに上って、そこでこれらのことについて、わたしの前で裁判を受けたいと思うか。」 パウロは言った。「私は、皇帝の法廷に出頭しているのですから、ここで裁判を受けるのが当然です。よくご存じのとおり、私はユダヤ人に対して何も悪いことをしていません。 もし、悪いことをし、何か死罪に当たることをしたのであれば、決して死を免れようとは思いません。しかし、この人たちの訴えが事実無根なら、だれも私を彼らに引き渡すような取り計らいはできません。私は皇帝に上訴します。」 そこで、フェストゥスは陪審の人々と協議してから、「皇帝に上訴したのだから、皇帝のもとに出頭するように」と答えた。
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