ここ数年、キリスト教会にかぎらず、宗教法人格のある宗教団体に厚生労働省の所管である「日本年金機構」から「厚生年金加入」の実態調査が実施されていると、日本宗教連盟を通じて報告されています。しかしその調査は、いささか実態に即したものではなく、半ば強制的な方法が用いられていることが問題化しました。
本問題の発端は、「厚生年金法」第6条第2と「健康保険法」第3条第3項2号に記載されている「法人の事業所であって常時従業員を使用するもの」が、強制適用事業所に当るか否かの判断に因ります。しかしながら、まさにこの点が一般企業と相いれないところです。宗教法人教会の教師は、(主任教師は法人の代表役員となります)教会の指導者としての報酬(謝儀)は受けますが、給与として、法人事業所としての宗教団体から支払われるわけではありません。また、企業のような定年制度をもっていません。したがって、厚生年金に加入しても、年金を受給する期間が極めて限られます。最近では、一般の企業を定年停職してから献身して教師になる人も少なくありません。こういった宗教団体特有の実態についての理解がないままに、機械的に厚生年金(ひいては健康保険とセットになった社会保険への)加入促進が半ば強制的に実施されています。
今春には、厚生年金に加入していないと機械的に導き出した「宗教法人格のある宗教団体」への実態調査(アンケート)が実施される予定です。各宗教法人教会においては、慎重にお答え願いたいと思います。今回の調査は強制調査ではありません。任意調査です。不明な点があれば、教団事務局にご連絡ください。
教団の法人教会の多くは教区が「事業所」となって、社会保険に加入しています。法人教会単独で加入しているところもあります。どの程度実態を理解して調査が実施されるか分かりませんが、厚生年金に何らかの仕方で加入している場合は「加入している」とお答えください。
(道家紀一報/日本基督教団総務幹事)
逝去
大村綾子(無任所教師)
21年10月2日逝去、87歳。61年同志社大学卒業、98年より04年まで筑後小郡教会を牧会。遺族は息・大村道生さん。
教師異動
ベウラ 就(代)竹内成子
伝道所廃止
徳島南
伝道所所在地変更
なか 〒231−0026 横浜市中区寿町3−10−13 金岡ビル205
コロナ禍でつながる
石田 求 《アメリカ合同教会 シカモア組合教会日語牧師》
私が仕えるシカモア組合教会は、昨年の5月から対面とズームを使ったハイブリッド礼拝を守っているが、周辺地域の教会では一度も対面礼拝を再開せず未だにオンライン礼拝を続けているところが多くある。また昨今の状況から一度は再開したものの再びオンライン礼拝に戻る教会も多い。正解のない状況の中で、どのようなスタンスを取るかは各個教会に委ねられている。
私はコロナ禍のため約1年の間、日本で待機をした末に昨年の2月にようやく着任した。アメリカはその頃からワクチン接種が進んでいたため、私が来てすぐに対面礼拝再開のために動き出した。時期尚早という声もあったが、説得を重ね、対面とズームのハイブリッド礼拝の再開に踏み切った。日語メンバーの方が英語メンバーよりも年齢層が若いことから日語礼拝から試験的に再開した。その後、日語礼拝には順調に人が戻り、先のクリスマスには2名の転入者が与えられたが、英語メンバーは高齢化が進み、対面礼拝の参加者は少ない。
教会から足が遠のく中、なんとか来てもらえないかと事前予約のドライブスルー方式で、当日は車内で弁当の受け渡しができる弁当セールを何度か行った。バザーも同じように弁当のみの販売で行った。すると普段来ない人たちが大勢集まった。
コロナ禍で外出しないようになり、足腰が弱った方もいる。運転もしなくなり、ドライブに不安を覚える方もいる。礼拝は危険だと家族に止められている方もいる。そのような方々が家族や近所の人にお願いして、弁当を受け取りに来た。その方々は教会に行く理由を探していたのではないかと感じた。
現在、いくら感染拡大防止策を講じても100%安全とは言い切れないため「教会に来てください」と言いにくい。教会に行くかどうかは個人の意思に委ねられている。その中で教会に行きたくても行くことができない方がいることを忘れてはならない。その方々が教会に来ることができる機会を、状況を注視しながら絶えず探し求めていきたい。この長いトンネルを抜けた時に、教会が理由なしに行きたいと思える場所になるために。
神さまと人から離れず生きる
秋葉睦子 《ベルリン日本語教会牧師》
コロナ禍で小さな群れにも多くの変化がありました。昨年春以降は、現地ドイツ教会の墓地や軒下で屋外礼拝を守り、秋からはホールの片隅で換気しつつ対面礼拝を続けています。ロックダウン中はメールでの説教配信でしたが、逆に新たな視点も与えられました。牧師も信徒も電話やメールでこれまで以上に頻繁にやり取りし、絆が深められました。ただでさえ海外生活はストレスも多く、母国語で祈りを合わせ、御言葉を聴く重要さを改めて痛感しました。マスク越しでも対面礼拝を分かち合えることは本当に大きな恵みと励ましです。讃美もマスク着用で、聖餐にもあずかれず、愛餐会や集会も中止で牧会訪問も控え、もどかしさが募りますが、主にある希望を忘れず感謝をもって歩もう、と小さな群れも頑張っています。
ここにきてドイツでは感染が増え、特に子どもへの感染が急増中です。息子たちの学校でも多くの陽性反応が出ています。ロックダウンによる学校閉鎖で、学業と精神面での子どもへの影響は深刻です(保護者も)。子どもたちへのワクチン接種も開始されましたが議論は尽きません。各人のコロナに対する意見や対応の温度差は大きく、ベルリンでもコロナ規制反対デモが頻繁に行われ、分断を憂えています。ドイツ教会でも対面礼拝中止の所もあれば、マスクなしで屋内で讃美する所もあり、各教会によってかなり異なります。
礼拝や集会の在り方は各教会の判断次第ですが、そのアプローチは様々です。近所の現地教会では野外礼拝を何度も守り、4回のクリスマス礼拝は駐車場で持たれました。音楽家が代表で独唱や演奏することも増えました。ベルリン日本語教会も長く関わる東アジア合同礼拝やエキュメニカル礼拝などは全てオンライン配信となりましたが、不安を超え実に鮮やかに喜びの礼拝を備えてくださった主の恵み深さに、ただ感謝でした。
ユーチューブやポドキャストでの礼拝配信やラジオ、テレビでの礼拝中継も定着し、礼拝も神様との出会いもグッと幅が広がりました。主の恵みの可能性と多様性を実感する良い機会となりました。困難な時代ですが、どのような方法でもどのような時でも、神さまと人から離れず寄り添って生きることの大切さを日々示されています。
2・11メッセージ
もし、善いことに熱心であるなら、だれがあなたがたに害を加えるでしょう。しかし、義のために苦しみを受けるのであれば、幸いです。人々を恐れたり、心を乱したりしてはいけません。心の中でキリストを主とあがめなさい。あなたがたの抱いている希望について説明を要求する人には、いつでも弁明できるように備えていなさい。」 (一ペトロ3・13〜15)
自分の生まれた年の1966年に「建国記念の日」が制定されました。
個人のあらゆる思想信条や信仰を抑圧し、もともと日本神話に由来する天皇制を強要するために、明治憲法下の1873年に2月11日を日本国が成立した日として「紀元節」という祝日に定められました。第二次世界大戦中、天皇を「神」として崇拝することが強要され、国民がその監視下に置かれ、キリスト教をはじめ他の宗教にも迫害と弾圧がなされていました。日本では自分の信じる神さまを自由に信じて生きていく自由が侵されました。
戦後廃止されたものの、最終的には天皇制存続を意識した「建国記念の日」として復活させたのです。天皇制によって信仰が弾圧されてきた日本のキリスト教界(宗教界)は、諸教派の枠を超えて2月11日を「信教の自由を守る日」としました。
日本におけるキリスト教人口は少数ですが、少数であったとしても日本国憲法に保障されている基本的人権の中にある「信教の自由」に立ち、毎年この時に確認することが求められているのではないでしょうか。「これしかダメ」という枠付の社会ではなく、「これもある」という様々な情報の中で自由な出会いの場が与えられ、そこから神さまとの出会いという他者が強要することのできない招きに導かれていくのだと思います。
今、世界を見ると、多様性を受けとめ、声として挙げることのできる自由の中にあります。他方、まだまだ苦しみ呻きの中にあって声を出すことさえも抑圧されている政治的迫害の中、大きな監視統制によって個人の自由が踏みにじられていく姿がアジア、中近東、アフリカを含めた世界各地にあることを知らされています。日本が戦前・戦中に行ってきた姿が再現されるかのような形で、個人の自由が国の支配によって束縛・強要されてはなりません。
「信教の自由を守る」ことを考えるとき、世界、国、社会、そして基本となる私たち一人ひとりの自由(互いの意見を尊重し合う中で排除ではなく対話と祈り)に思いを寄せることが大切だと思います。与えられている信教の自由を通して自分の知りえる範囲の情報を吟味し、身近なところにある課題を見つめ、世界の中で苦難の中にある人々のために祈りを合わせることができますように。
2022年2月11日
第41総会期日本基督教団
社会委員 庄司宜充
日本宗教連盟から推薦されて、昨年12月14日、文化庁長官賞表彰式に妻と共に出席した。21年度は74名の受賞者がいて、妻はその名簿に市川海老蔵さんの名を発見、目が輝いた。妻は海老蔵さんの大ファンで「サインをもらう」と心弾ませて式に出席。「サインを求めてはいけない、サインをしてくれないから」と話していたが、馬耳東風、式後、集合写真を撮るまでの時間にサインをもらいに海老蔵さんのところに飛んで行った。手をふって断られたが、「わたしの顔を見てくれた」と大喜び。帰宅してからも海老蔵さんの話ばかり、妻にとって最高に嬉しい日になった。
都倉俊一長官の挨拶は「人はパンだけで生きずと言われていますが」と始まり「文化が第一にされる社会を」、「文化で世界をリードする国に」と述べた。「文化が第一になる社会において人間は豊かに生きることができる」との長官の言葉が心に響いた。
「『命』は『つながり』において『生きる』ことが出来る」(生命誌研究者、中村桂子)。「パン」や「経済」が第一にされたら「つながり」が崩れ、生きることが難しくなる。今、コロナ禍でつながりが脅かされて、生きることが難しくなり病んでいる社会だ。「文化」が第一となり「つながり」が強くなり生きることが出来る社会になることが切実に求められている。(教団総会議長 石橋秀雄)
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