インスタグラムアイコンツイッターアイコンyoutubeアイコンメールアイコン
日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
calendar

ルツ記2・1~13

2026年8月26日
ナオミの夫エリメレクの一族には一人の有力な親戚がいて、その名をボアズといった。モアブの女ルツがナオミに、「畑に行ってみます。だれか厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」と言うと、ナオミは、「わたしの娘よ、行っておいで」と言った。ルツは出かけて行き、刈り入れをする農夫たちの後について畑で落ち穂を拾ったが、そこはたまたまエリメレクの一族のボアズが所有する畑地であった。
ボアズがベツレヘムからやって来て、農夫たちに、「主があなたたちと共におられますように」と言うと、彼らも、「主があなたを祝福してくださいますように」と言った。ボアズが農夫を監督している召し使いの一人に、そこの若い女は誰の娘かと聞いた。召し使いは答えた。
「あの人は、モアブの野からナオミと一緒に戻ったモアブの娘です。『刈り入れをする人たちの後について麦束の間で落ち穂を拾い集めさせてください』と願い出て、朝から今までずっと立ち通しで働いておりましたが、今、小屋で一息入れているところです。」
ボアズはルツに言った。
「わたしの娘よ、よく聞きなさい。よその畑に落ち穂を拾いに行くことはない。ここから離れることなく、わたしのところの女たちと一緒にここにいなさい。刈り入れをする畑を確かめておいて、女たちについて行きなさい。若い者には邪魔をしないように命じておこう。喉が渇いたら、水がめの所へ行って、若い者がくんでおいた水を飲みなさい。」
ルツは、顔を地につけ、ひれ伏して言った。「よそ者のわたしにこれほど目をかけてくださるとは。厚意を示してくださるのは、なぜですか。」
ボアズは答えた。「主人が亡くなった後も、しゅうとめに尽くしたこと、両親と生まれ故郷を捨てて、全く見も知らぬ国に来たことなど、何もかも伝え聞いていました。
どうか、主があなたの行いに豊かに報いてくださるように。イスラエルの神、主がその御翼のもとに逃れて来たあなたに十分に報いてくださるように。」
ルツは言った。「わたしの主よ。どうぞこれからも厚意を示してくださいますように。あなたのはしための一人にも及ばぬこのわたしですのに、心に触れる言葉をかけていただいて、本当に慰められました。」
2026年8月25日
ナオミは言った。
「あのとおり、あなたの相嫁は自分の民、自分の神のもとへ帰って行こうとしている。あなたも後を追って行きなさい。」
ルツは言った。
「あなたを見捨て、あなたに背を向けて帰れなどと、そんなひどいことを強いないでください。
わたしは、あなたの行かれる所に行き
お泊まりになる所に泊まります。
あなたの民はわたしの民
あなたの神はわたしの神。
あなたの亡くなる所でわたしも死に
そこに葬られたいのです。
死んでお別れするのならともかく、そのほかのことであなたを離れるようなことをしたなら、主よ、どうかわたしを幾重にも罰してください。」
同行の決意が固いのを見て、ナオミはルツを説き伏せることをやめた。二人は旅を続け、ついにベツレヘムに着いた。
うつろな帰国
ベツレヘムに着いてみると、町中が二人のことでどよめき、女たちが、ナオミさんではありませんかと声をかけてくると、ナオミは言った。
「どうか、ナオミ(快い)などと呼ばないで、マラ(苦い)と呼んでください。全能者がわたしをひどい目に遭わせたのです。出て行くときは、満たされていたわたしを
主はうつろにして帰らせたのです。
なぜ、快い(ナオミ)などと呼ぶのですか。
主がわたしを悩ませ
全能者がわたしを不幸に落とされたのに。」
ナオミはこうして、モアブ生まれの嫁ルツを連れてモアブの野を去り、帰って来た。二人がベツレヘムに着いたのは、大麦の刈り入れの始まるころであった。
2026年8月24日
士師が世を治めていたころ、飢饉が国を襲ったので、ある人が妻と二人の息子を連れて、ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住んだ。その人は名をエリメレク、妻はナオミ、二人の息子はマフロンとキルヨンといい、ユダのベツレヘム出身のエフラタ族の者であった。彼らはモアブの野に着き、そこに住んだ。夫エリメレクは、ナオミと二人の息子を残して死んだ。
息子たちはその後、モアブの女を妻とした。一人はオルパ、もう一人はルツといった。十年ほどそこに暮らしたが、マフロンとキルヨンの二人も死に、ナオミは夫と二人の息子に先立たれ、一人残された。ナオミは、モアブの野を去って国に帰ることにし、嫁たちも従った。主がその民を顧み、食べ物をお与えになったということを彼女はモアブの野で聞いたのである。ナオミは住み慣れた場所を後にし、二人の嫁もついて行った。
故国ユダに帰る道すがら、ナオミは二人の嫁に言った。
「自分の里に帰りなさい。あなたたちは死んだ息子にもわたしにもよく尽くしてくれた。どうか主がそれに報い、あなたたちに慈しみを垂れてくださいますように。どうか主がそれぞれに新しい嫁ぎ先を与え、あなたたちが安らぎを得られますように。」ナオミが二人に別れの口づけをすると、二人は声をあげて泣いて、言った。「いいえ、御一緒にあなたの民のもとへ帰ります。」
ナオミは言った。
「わたしの娘たちよ、帰りなさい。どうしてついて来るのですか。あなたたちの夫になるような子供がわたしの胎内にまだいるとでも思っているのですか。わたしの娘たちよ、帰りなさい。わたしはもう年をとって、再婚などできはしません。たとえ、まだ望みがあると考えて、今夜にでもだれかのもとに嫁ぎ、子供を産んだとしても、その子たちが大きくなるまであなたたちは待つつもりですか。それまで嫁がずに過ごすつもりですか。わたしの娘たちよ、それはいけません。あなたたちよりもわたしの方がはるかにつらいのです。主の御手がわたしに下されたのですから。」
二人はまた声をあげて泣いた。オルパはやがて、しゅうとめに別れの口づけをしたが、ルツはすがりついて離れなかった。
2026年8月23日
次の安息日になると、ほとんど町中の人が主の言葉を聞こうとして集まって来た。しかし、ユダヤ人はこの群衆を見てひどくねたみ、口汚くののしって、パウロの話すことに反対した。そこで、パウロとバルナバは勇敢に語った。「神の言葉は、まずあなたがたに語られるはずでした。だがあなたがたはそれを拒み、自分自身を永遠の命を得るに値しない者にしている。見なさい、わたしたちは異邦人の方に行く。主はわたしたちにこう命じておられるからです。
『わたしは、あなたを異邦人の光と定めた、
あなたが、地の果てにまでも
救いをもたらすために。』」
異邦人たちはこれを聞いて喜び、主の言葉を賛美した。そして、永遠の命を得るように定められている人は皆、信仰に入った。こうして、主の言葉はその地方全体に広まった。ところが、ユダヤ人は、神をあがめる貴婦人たちや町のおもだった人々を扇動して、パウロとバルナバを迫害させ、その地方から二人を追い出した。それで、二人は彼らに対して足の塵を払い落とし、イコニオンに行った。他方、弟子たちは喜びと聖霊に満たされていた。
2026年8月22日

 2024年1月1日16時10分に発生した能登半島地震。マグニチュード7.6、最大震度7を観測する大きな地震は、能登半島全域はじめ、甚大な被害をもたらした。第42総会期教師委員会は問安の計画を立てたが実現できず、第43総会期教師委員会へと申し送りされた。震災から2年半のときを経て、去る7月13〜15日の日程で能登半島にある3つの教会と1つの伝道所への訪問がかなった。

 13日はまず羽咋教会を訪れた。教師委員の一人である内城恵牧師に迎えられた。そこでは現地委員委員長を担う松島保真牧師(小松)よりこれまでの震災対応の経緯を聞いた。震災発生前に中部教区としての災害時対応マニュアルが整備されたこと、これに基づき「能登半島地震現地委員会」が設立された。特に被災教会の牧師を守るため、被災状況を把握し教区に報告することがこの委員会の務めである。そこで情報共有の課題や、平時の信頼関係が重要であることが報告された。

 その後、現地委員の内城愛長老(羽咋)、石井和典牧師(白銀)に案内され、羽咋白百合幼稚園、またボランティアスタッフの宿泊所としても用いられている富来伝道所を問安、鳴き砂の浜と呼ばれる琴ヶ浜の岸壁が崩落しているところにも案内された。

 二日目は七尾教会、七尾幼稚園を訪ねた。釜土達雄牧師より、この町に住む人たち一人一人の名前を覚えながら地域に仕えてきたことを聞いた。体感的には七尾の町だけで3割の人口減、祈りの対象を被災によって失ったのだとも語られた。そのような中、教会だけが立ち直ったら良いのではなく、町全体の復興が求められる、とその町を愛して仕えてきた牧師の言葉は重い。

 その後、和倉温泉を経て、能登島を抜け、能登地震キリスト災害支援会(能登ヘルプ)の拠点となる穴水クリスチャンセンターも訪ねることができた。

 三日目は輪島教会を訪問した。仮設住宅の広がる輪島の町では、道路の修復もままならないところが多々ある。教会前の通りの電信柱も未だ傾いたまま。火事が広がった朝市跡には未だ焼け焦げた痕が見えた。そのような中、輪島教会の仮礼拝堂にあって新藤豪牧師に迎えられた。先に再建された牧師館も案内してもらった。

 その後近くのショッピングモール内で行われている「復興朝市」も訪れた。新藤牧師が「しんぷさん!」と町の人たちから次々と声をかけられているところに、地域と共に歩んでいる伝道者の姿を見させられた。

 2年半を経て能登のことが忘れられた心地がするのが辛いという声も聞いた。未だ震災の渦中にあり、いっそうの祈りの必要を知る問安とされた。(清藤 淳報)

PageTOP
日本基督教団 
〒169-0051 東京都新宿区西早稲田2-3-18-31
Copyright (c) 2007-2026
The United Church of Christ in Japan