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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan

犠牲を喜ばない神 ――誰かを犠牲や生贄にすることを必要としない世界――

2025年6月1日

犠牲を喜ばない神

――誰かを犠牲や生贄にすることを必要としない世界――

19神の犠牲は砕かれた霊。
砕かれ、悔いた心を、
神よ、あなたは見下さない。

(詩編51編19節[私訳])

 詩編51編は自らの罪を悔いる詩人の祈りが詠われています。引用した詩編51編19節はその祈りの中心とされる言葉であり、詩人の切なる願いが綴られています。
 19節冒頭の「神の犠牲」(神の生贄/神の供犠)は「神に対して捧げる犠牲」の意ですが、直前の18節を考慮に入れると、「神が喜ぶ犠牲」を意味すると考えられます。古代ユダヤ教は神殿において動物を犠牲として神に捧げる祭儀を中心に置く宗教でした。にもかかわらず、この詩編の詩人は「神が喜ぶ犠牲」は動物を犠牲として捧げることではないというのです。これは神殿祭儀に対する明らかな批判であり、その批判の先に詩人は「神が喜ぶ犠牲」とは「砕かれた霊」や「砕かれ、悔いた心」であるとの理解を示しています。そして、神が「砕かれた霊」や「砕かれ、悔いた心」を「見下さない」と述べることによって、この詩人は真に大切なのは個々の人間が罪を自覚し、その罪を悔い、神に赦されることだと訴えているのです。
 詩編51編を読み、特にそのクライマックスである19節の意味を再読すると、ここには罪意識の内面化と個人化という新たな事態が生じているように感じられます。ここで問題となっている神殿祭儀の儀礼とは、一定の集団の罪を犠牲の動物に代償させることで、その集団の贖罪とする供犠を表します。そこにある罪意識はあくまでも集団の罪意識であり、しかもそこで代償となる動物に罪を背負わせるゆえに、個々人の罪意識は曖昧になり、動物犠牲の祭儀そのものが形骸化してしまう危険性を孕んでいます。しかし、詩編の詩人は罪意識を内面化することによって、動物犠牲という代償による儀礼的・集団的な贖罪信仰から罪の悔い改めによる内面的・個人的な救済信仰という新たな次元に踏み出しているのです。
 伝統的な解釈に従えば、詩編51編が示す信仰は贖宥券(免罪符)に象徴されるローマ・カトリックの形骸化を批判するなかから生まれたプロテスタントの信仰と通底すると説明することができます。典型的な悔い改めの詩と言われる詩編51編がプロテスタント教会において大切にされてきたのもどこか頷けると言えるでしょうか。今月の聖書テクストは担当者が若い人に「好きな聖書箇所はどこか」と尋ねてみて決まったとのことですが、そこで詩編51編があげられるというのは、プロテスタンティズムが継承されている証しと言えるのかもしれません。もっとも、担当者が今月の聖書テクストとして詩編51編19節を選んだのは、プロテスタンティズムの継承を目論んでのことではなく、そこに刻まれている「犠牲=生贄」という「生々しい言葉」や「打ち砕かれる」という「痛々しさ」に引き裂かれるような思いに駆られたからのようです。
 しばしばわたしたちは戦争の被害者を犠牲者と呼ぶことがあります。どこかでわたしたちは犠牲者という表現を用いることで、戦争によって殺された人たちの死を平和の代償や平和のための犠牲(生贄)でもあるかのようにしてしまってはいないでしょうか。しかし、詩編51編19節は誰かの死を代償とするような犠牲の祭儀(供犠)をはっきりと否定しています(それに続く20−21節は後代の付加)。しかも、直前の詩編51編18節からも明らかなように、そこで否定されているのは「犠牲」および「焼き尽くす献げ物/燔祭」なのです。
 ご存知の方も多いとは思いますが、ヘブライ語聖書の「焼き尽くす献げ物/燔祭」がギリシャ語七十人訳聖書を経由して現代の西洋語になったのが「ホロコースト」です。ですから、詩編51編の神は「ホロコースト」を含めたあらゆる「犠牲を喜ばない神」なのです。むろん、それはナチ・ドイツによるユダヤ人の「ホロコースト」を神は喜ばないということを想起し続けると同時に、現在イスラエルがガザで行っている虐殺もまた「ホロコースト」として、同じ神が喜ばないということを突きつけ続けていくことでもあります。
 そして、詩編51編の神は――「ホロコースト」のみならず――あらゆる「犠牲を喜ばない神」でもあるのですから、過去・現在・未来へと続いている戦争による「犠牲」をも喜ばないのです。詩編51編の詩人が求めた犠牲を必要としない世界は、現代世界を生きるわたしたちにとっても重要なものであり、「戦争」をはじめとする誰かを「犠牲」や「生贄」とすることを必要としない世界を求めていきたいとの思いを新たにします。(小林昭博/酪農学園大学教授・宗教主任、デザイン:宗利淳一)

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