インスタグラムアイコンツイッターアイコンyoutubeアイコンメールアイコン
日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
calendar

ルカによる福音書11・14〜28

2022年1月31日
イエスは悪霊を追い出しておられたが、それは口を利けなくする悪霊であった。悪霊が出て行くと、口の利けない人がものを言い始めたので、群衆は驚嘆した。 しかし、中には、「あの男は悪霊の頭ベルゼブルの力で悪霊を追い出している」と言う者や、 イエスを試そうとして、天からのしるしを求める者がいた。 しかし、イエスは彼らの心を見抜いて言われた。「内輪で争えば、どんな国でも荒れ果て、家は重なり合って倒れてしまう。 あなたたちは、わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出していると言うけれども、サタンが内輪もめすれば、どうしてその国は成り立って行くだろうか。 わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出すのなら、あなたたちの仲間は何の力で追い出すのか。だから、彼ら自身があなたたちを裁く者となる。 しかし、わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。 強い人が武装して自分の屋敷を守っているときには、その持ち物は安全である。 しかし、もっと強い者が襲って来てこの人に勝つと、頼みの武具をすべて奪い取り、分捕り品を分配する。 わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている。」
「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで、『出て来たわが家に戻ろう』と言う。 そして、戻ってみると、家は掃除をして、整えられていた。 そこで、出かけて行き、自分よりも悪いほかの七つの霊を連れて来て、中に入り込んで、住み着く。そうなると、その人の後の状態は前よりも悪くなる。」
イエスがこれらのことを話しておられると、ある女が群衆の中から声高らかに言った。「なんと幸いなことでしょう、あなたを宿した胎、あなたが吸った乳房は。」 しかし、イエスは言われた。「むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。」
2022年1月30日
さて、重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。 イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、 たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった。 イエスはすぐにその人を立ち去らせようとし、厳しく注意して、 言われた。「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」 しかし、彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた。それで、イエスはもはや公然と町に入ることができず、町の外の人のいない所におられた。それでも、人々は四方からイエスのところに集まって来た。
2022年1月29日

PDF版

 2021年12月7、8日、台湾キリスト長老教会主催による「正義と平和のための台湾エキュメニカルフォーラム」がズームで開催され、パネラーとして参加した。

 参加は各国から約80名。主題は「新しい冷戦の時代:地政学的観点によるアジアにおけるグローバルな帝国の復活」。背景には国際社会における台湾の孤立化がある。そこに加えて近年では中国の台湾への軍事的侵攻の緊張感が高まっている。台湾の識者は2028年までに中国は台湾に軍事的侵攻を開始すると予測している。もしそうなれば単に台湾・中国の二国間の問題ではなく、アメリカ、日本、韓国、更にはロシアを巻き込む地球規模の争いに発展する可能性があることは容易に想定できる。

 7日は台湾プロスペクトファウンデーション代表のLai, I-Chung博士による主題講演が行われた。

 8日はニュージーランド、香港、韓国、日本、フィリピンからパネラーが立てられ、それぞれの地域における中国との関係を紹介しつつ教会的な解決を模索した。特に香港のChung Chi大学のKung Lap-Yan教授の発題は、ここ数年の香港の実情を反映し生命の危機を覚えながらのもので緊張感に溢れていた。

 日本側のパネラーとして主に2点に絞って発題した。第一に何故台湾を中国の一部ではなく独立した国と考えるのかである。国際政治大学の台湾人の意識調査によれば、台湾人の意識が中国人ではなく台湾人であることを紹介した。東京オリンピックにおけるアナウンサーの「台湾」チーム紹介にも触れ、日本人の意識にも言及した。第二はどのような手段で紛争の解決にあたるかである。「教会」として武力による解決は断固反対であることを中国、アメリカ、台湾、日本に発信することを主張した。

 フロアーからの応答としては、「コロナ禍の影響もあり教会の『平和』活動が弱まってきた。その点を反省し国を超えた祈りを大切にして行きたい」等の発言があった。

(加藤 誠報)

PDF版

今この時だからこそ開かれる扉

 安心できる場所を捜し、次々と宿屋の扉を叩くマリアとヨセフの姿を想いながら、今年度もコロナ禍に向き合い、宣教の扉を叩き続けるクリスマスを過ごしました。感染症対策のためにいくつもの扉が閉ざされましたが、ため息を祈りに変え、「お言葉どおり、この身に成りますように」と、主が開かれる扉を捜し求める日々が続きます。

 多くの教会でも行われたように、高槻日吉台教会でもオンラインを併用し、会堂に集う人数を制限して、クリスマスイヴの礼拝を守りました。寒い中、換気のために窓を開けていましたが、外から風が吹き込む度に、蝋燭の火が大きく揺れ動きます。その光景は、オンラインを通して礼拝を守っている人々にも印象深く映ったようで、ある人は「主のご降誕を告げる聖霊の臨在を感じた」と感想を伝えてくださいました。

 昨年度来閉ざされた扉の一つは、教会員の家や街をめぐり歩くキャロリングです。そこで私たちに示された新しい扉は、「回らないキャロリング」と名付けた、聖歌隊の賛美を収録した動画配信でした。マスクを着用し、間隔を広く空けて立つ聖歌隊がクリスマスキャロルを歌います。その賛美の歌声を収録し、クリスマスを象徴する映像と共に編集をして、クリスマスイヴの日に教会ユーチューブチャンネルにおいて公開しました。その賛美がインターネットを通じて、これまで以上に広く世界中を歩き回ったことを思えば、これもまた主の驚くべき恵みだと感じられます。動画配信の良いところは、その場限りではなく、時も場所も超えて、何度でも繰り返し視聴できることです。やがて、コロナ禍の貴重な記録としても、この動画の意味は深められていくことでしょう。

 一日も早くコロナ禍から解放されることを願いながら、今この時だからこそ備えられ、開かれる扉に目を注いでいたいと思います。光は暗闇の中でこそ輝いているのだということを、今こそ共に想い起こしましょう。

(吉岡恵生報)

PDF版

底知れぬ闇から輝く光

ルカによる福音書4章1節〜13節

石橋秀雄(越谷教会)

「もし神の子なら」

 昨年の11月末、小説家川村元気が「神曲」を出版した。この小説をめぐって対談がテレビで放映された。  川村元気がカトリック教会で上智大学の聖歌隊が歌うのを聞き「涙が止まらなかった。クリスチャンではないけど神を信じる人の気持ちが分かるような気がする」と語り、「コロナ禍で不信と憎悪が広がり誰も信じない、自分も信じない。ワクチンをめぐるデマが広がり、信じる力が弱くなり、疑う力が強くなっている」と語る。  信じる力が弱くなり疑う力が強くなる社会は、病んでいく社会だ。  コロナ禍の中で、疑う力が強くなり、自分も信じることが出来ず、絶望して他者を道づれに死ぬという凄惨な事件が多発している。社会全体が病んでいることを思い知らされている。  コロナ禍で病んでいく社会の痛みを痛烈に感じさせる状況の中で、荒れ野で悪魔と闘う主イエスが指示される。  「神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ」(ルカ4・3)。「もし神の子なら」と訳せる。「主イエス」が「神の子であるかどうか」が問われている。さらに「もし救い主なら」とその救いについても問われている。  世界は夥しい人々が飢餓に苦しんでいる。「石をパンに変える」ことができればどれほどの人が救われるだろうか。これほどの夥しい人々が飢餓で苦しみ死んで行っているのに神は救えないのかと神の存在も疑われる事態だ。  主イエスは「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」(ルカ4・4)と申命記8章3節の御言葉で悪魔と闘われる。  「神への無限の信頼によって、ご自身が神の子であることを証明された」(レングストルフ)。  天地を創造されたのは神だ。すべての命あるものを創造されたのは神だ。御言葉で創造された。神が創造された命を神が育て養われないはずがないと、「無限の信頼」、「絶対的信頼」を示すことによって主イエスが「神の子」であることを証明され、悪魔の誘惑を退けられた。  「無限の信頼」、「絶対的信頼」が賛美の歌となる。

悪魔は御言葉をもって主イエスを誘惑する

 悪魔はイエスをエルサレムに連れて行き、神殿の屋根の端に立たせ、「神の子なら、ここから飛び降りたらどうだ。というのは、こう書いてあるからだ。『神はあなたのために天使たちに命じて、あなたをしっかり守らせる。』また、『あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちは手であなたを支える』」(ルカ4・9〜11)と語る。悪魔は、詩編91編11節の御言をもって誘惑する。

 「神殿の屋根の端から飛び降りても天使が支えてくださる」、この奇跡を行なえば、主イエスが神の子であることを疑うものはいないと主イエスに悪魔は迫る。

 主イエスは、「あなたの神である主を試してはならない」と申命記6章16節の御言葉をもって悪魔と闘われる。無限の信頼、絶対的信頼を父なる神に寄せる神の子イエスは、神を試みる業を行うことなどありえない。

御言葉の力

 悪魔が御言葉を口にして主イエスを攻撃する。しかし、悪魔が口にした御言葉が力を失うことなどありえない。悪魔が口にしたこの御言葉が、私たちを救う希望の言葉として響きわたる。

 まさに主イエスの十字架は、神殿の屋根から飛び降り石に打ちつけられて肉を裂き、血を流してくださったに等しい。私たちの罪の底に、私たちの悲惨の深みに十字架が立っている。コロナ禍で信じる力が弱くなり、疑う力が強くなり、病んでいく社会、この暗闇の深みに主イエスの十字架が立っている。

 この底知れぬ闇の深みに復活の主イエスの光が輝き始める。まさに。私たちが、主イエスに対して「無限の信頼」、「絶対的信頼」を得るものとなり、賛美の歌が沸き起こる。

 主イエスを信じる喜びにあふれて歌う讃美歌は、信じる心が弱くなり、疑う心が強くなって苦しむ人々を包み込み、その病を癒す力だ。

PageTOP
日本基督教団 
〒169-0051 東京都新宿区西早稲田2-3-18-31
Copyright (c) 2007-2026
The United Church of Christ in Japan