イエスはそこを去って故郷にお帰りになったが、弟子たちも従った。安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」このように、人々はイエスにつまずいた。イエスは、「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」と言われた。そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった。そして、人々の不信仰に驚かれた。
イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人々が来て言った。「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう。」
イエスはその話をそばで聞いて、「恐れることはない。ただ信じなさい」と会堂長に言われた。そして、ペトロ、ヤコブ、またヤコブの兄弟ヨハネのほかは、だれもついて来ることをお許しにならなかった。一行は会堂長の家に着いた。イエスは人々が大声で泣きわめいて騒いでいるのを見て、家の中に入り、人々に言われた。「なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ。」人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスは皆を外に出し、子供の両親と三人の弟子だけを連れて、子供のいる所へ入って行かれた。そして、子供の手を取って、「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」という意味である。少女はすぐに起き上がって、歩きだした。もう十二歳になっていたからである。それを見るや、人々は驚きのあまり我を忘れた。イエスはこのことをだれにも知らせないようにと厳しく命じ、また、食べ物を少女に与えるようにと言われた。
主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼が、「はい」と答えると、神が言われた。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」神は続けて言われた。「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った。
主は言われた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」
モーセは神に言った。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」神は言われた。「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたたちはこの山で神に仕える。」
モーセは神に尋ねた。
「わたしは、今、イスラエルの人々のところへ参ります。彼らに、『あなたたちの先祖の神が、わたしをここに遣わされたのです』と言えば、彼らは、『その名は一体何か』と問うにちがいありません。彼らに何と答えるべきでしょうか。」
神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」神は、更に続けてモーセに命じられた。
【4984号】三役抱負・祈り(1面)
【4985号】▼隠退教師を支える運動・全教区推進協議会▲(2面)
【4985号】▼EMS(連帯福音宣教会)▲(2面)
【4985号】 ▼教団教誨師会総会・教区代表者会・研修会▲(2面)
【4985号】 ▼部落解放ユースゼミナール▲(2面)
【4985号】教区議長コラム(2面)
【4985号】常議員(教職)プロフィール(3面)
【4985号】伝道報告 伝道のともしび(4面)
【4985号】事務局報、お詫び・訂正(4面)
【4985号】人ひととき(4面)
【4985号】源流を知り、 将来を望む(4面)
富士見町教会の案内リーフレットの略沿革の最初に、こう記されている。「1886年植村正久が麹町に『一番町基督教講義所』を開設。1887年J・P・モール宣教師の番町教会が合流し『番町教会』を設立」。この1887年を教会創立年とし、植村正久を創立者としているが、植村の集会と共にモール宣教師の教会も富士見町教会の源流だ。モール宣教師は仙台神学校(現東北学院)に転任となり、植村の集会と合同するが、植村牧師の集会よりもモール宣教師の教会の方が教勢的には大きかった。
モールは、アメリカのドイツ改革派教会が派遣した二人目の宣教師で、一人目が「ハイデルベルク信仰問答」を日本語に翻訳したアンブローズ・グリング。この二人は同じ改革派でありながら、両極端と言われるほどに、それぞれ違った伝道論を持っていた。思い切り単純化して言えば、グリング宣教師はいかにも改革派のガチガチ、モール宣教師はブロードで、神との生きた出会い・回心をした者にはすぐにでも洗礼を授けるべきと考えた。富士見町教会の源流はこのような宣教師の教会だということは興味深い。
日本のプロテスタント伝道は第二世紀半ばだが、まだまだこれからだ。回顧的・懐古的関心からでなく、将来を望むために源流を知ることは、希望と展望を新たにしてくれる。
(教団総会副議長 藤盛勇紀)
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