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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【5036号】▼︎宣教研究所委員会▲︎(3面)

2025年8月23日

「宣教の未来Ⅲ」執筆候補者を選定

 6月30日にオンラインで第2回宣教研究所委員会が行われた。

 主に話し合われたのは、「協働」をテーマにした『宣教の未来Ⅲ』の論文集に関することであった。今回は基調論文を芳賀力氏(東神大名誉教授)に依頼しており、各応答論文(4編を想定)では基調論文に言及してもらうことによって、論集全体での一体性を図りたいと願っている。

 すでに基調論文の骨子が委員会に届いており、感想を共有した上で、応答論文の執筆候補者の選定に入った。10名程度の候補者があがり、全体的なバランスを勘案しつつ、次回委員会(9月)までに交渉を進めることとなった。2026年10月の刊行を目指す。

 なお「教会の一体性」をテーマにした『宣教の未来Ⅱ』については、本年8月の刊行に向けて準備が進んでいる。各教会に配布されることになる。

 また、以前に出版された『信仰の手引き』が品切れとなっており、内容に手を加えない形での再版とするかどうかを含め、委員会で今後検討を行う。

(上田 彰報)

ミャンマー地震報告 複合的被害への支援、その継続を

 ミャンマー中部で起こった大地震に際し、日本基督教団諸教会からも、アトゥトゥミャンマー(アトゥトゥとは「共に」という意味を持つビルマ語です)への多額の献金が寄せられていますことに、心から感謝しています。
 ミャンマーの現状では、地震被害からの「復興」には軍事暴力の廃絶が必須です。空爆の停止、民主化に向けた大きな変更がなければ、市民が生活困窮から免れることは実現しません。
 2025年3月28日正午ごろにミャンマー中部、ザカイン市内を震源とする最大震度7の大地震が発生しました。2021年2月の軍事クーデター後、軍による壮絶な空爆と焼き討ち、マイノリティへの迫害、民主化運動に参加する人々への弾圧が続いています。15人に一人が移住、失職する状況下です。複合的に困窮する人々が、地震の「被災者になる」ために、「反軍」ではないこと、移住者ではないこと、「純粋な」地震被災者である証明を要求されます。恒常化する軍の攻撃と自然災害は絡み合って人々の生活を襲っています。
 地震では、3,700人以上が死亡、負傷者5,000人以上というのが、クーデター軍による発表です。しかし、支援活動をしている人たちは、この数字は信じられないと言っています。クーデター軍は古い住民票に基づき被害を調査、発表しているため、実質被害者数は数倍に及ぶと言われています。まだ収容されていないご遺体があるそうです。
 アトゥトゥミャンマーは2021年2月1日、ミャンマー軍事クーデター直後から続けられている「ミャンマーを覚える祈り会」を礎に形成されたキリスト者中心のミャンマー支援に特化したグループです。
 発災当日、パートナー団体や現地教育機関からすぐに連絡がありました。軍事クーデター後4年以上が経ち、毎月、日本の諸教会から託された献金を、最も困窮している人々への支援をと話し合いながら進めてきたその信頼とノウハウが生き、阿吽の呼吸での災害支援が当日からスタートしました。
 発災直後の緊急支援として、①物資配給への資金提供、②活動メンバーの移動費と活動にかかる費用、③倒壊した教会建物で再建を余儀なくされているところへの献金、④地震及びクーデター後の空爆など複合的な被害に遭っている人々の生活支援、⑤地震被害のために支援が止まっている北部地域のIDP(国内避難者)のための仮設住宅の建設費用を行うこととなりました。
 4月〜7月までのアトゥトゥミャンマーへの献金は合計7,392,344円、そのうち600万円はすでにミャンマーに届き、今後も送金が続きます。是非、継続支援にご参加ください。

《ミャンマーを覚える祈り会》
◎毎週金曜日 午後9時(Zoom)
◎ミーティング ID: 835 4339 0368
◎パスコード: 540189
(活動の報告、現状報告もこちらで行っています)。
(渡邊さゆり報/アトゥトゥミャンマー共同代表・日本バプテスト同盟駒込平和教会牧師)

綱嶋敏光(無任所教師)

 24年9月12日逝去、84歳。岡山県生まれ。79年農村伝道神学校卒業、83年より87年まで油木教会を牧会後、アメリカのザ・レムナント・ミッション・チャーチの協力牧師。遺族は子・綱嶋直美さん。

植西光雄(隠退教師)

 25年6月22日逝去、88歳。北海道生まれ。64年農村伝道神学校卒業、同年より北見クリスチャン生活学園に務め、北立川伝道所、袖ケ浦ともしび教会、志津伝道所(ユーカリが丘教会)、八街西伝道所を牧会し、22年隠退。遺族は妻・植西京子さん。

山内 眞(無任所教師)

 25年7月6日逝去、84歳。大阪府生まれ。67年東京神学大学大学院修了、同年より吉祥寺、鎌倉雪ノ下教会を牧会し、東京神学大学に09年まで務める。遺族は妻・Anna Yamauchiさん。


補教師登録

久保彩奈、大森意索、堀尾 隆、石島織恵(2025・6・29受允)

教師異動

早稲田 就(担)久保彩奈

千代田 就(担)大森意索

巣鴨ときわ 就(担)堀尾 隆

エパタ 就(担)石島織恵

桜美林 辞(担)今村愛喜

和泉短期大学 辞(教)和寺悠佳

 〃  就(教)今村愛喜

青山学院大学 就(教)和寺悠佳

活水中学高校  辞(教)三河悠希子

 〃 就(教)北見さとみ

フェリス女学院中学高校  就(教)三河悠希子

木更津 辞(主)倉橋康夫

 〃 就(代)池田多実男

与勝  辞(主)林 利行

平良川 辞(代)林 利行

 〃  就(主)林 利行

江別  辞(代)小林克哉

 〃  就(主)田村敏紀

瀬戸キリスト 辞(担)竹村眞知子

徳之島 辞(担)山口政隆

教師隠退

倉橋康夫  竹村眞知子


詫び・訂正

 教団新報5035号3面「宣教委員会報告」本文中、「委員長を須賀工委員とする」を「委員長を堀川樹委員とする」に、お詫びして訂正いたします。

 毎年7月第2日曜を「部落解放祈りの日」とし各教会・伝道所で覚えていただいている。それに先立ち、部落解放センターは2025年6月30日(月)名古屋新生教会において部落解放センター主催「部落解放祈りの日」礼拝を開催した。例年、教団HP・Instagram等でも「部落解放祈りの日」礼拝を呼びかけている。そこへ部落差別や特定の県を揶揄する差別書き込みがあった。怒りと悲しみに耐えない。この現実を見据えなければならない。部落差別は現存する。わたしたちが部落差別の完全撤廃を願い祈り続けて44年、水平社宣言から100年以上経った今も、部落差別が再生産されている。私たちはこれからも祈りと行動を続けていく。これ以上、差別を生まないためにも日本基督教団は差別を許さない。皆で共に祈り、声を上げていこう。

部落解放センター常任運営委員会

 確認された「差別書き込み」は事務局によって直ちに削除されました。Instagramは差別者を特定することは難しいため、書き込んだ人が教団Instagramをフォローしていることを確認した上で、引き続き教団のInstagramを見ると考え「許さない」とのメッセージを掲載しています。今後、必要に応じて管理者(Meta社)にも通報の可能性もあります。

 差別書き込みや投稿は犯罪です。法務省など公的相談窓口もあります。礼拝・牧会の現場やインターネットを活用した宣教において、差別の可能性に気づかれた時は部落解放センターに相談してください。また教会や学校等で、このような書き込みによる差別事件が発生した場合は、スクリーンショットを撮るなど画像を証拠として残し、即座に部落解放センターへ連絡をお願いいたします。

【部落解放センター blc@nyc.odn.ne.jp|T 072-875-8470|F 072-875-8471】

【日本基督教団 instagram https://www.instagram.com/uccj_public/

能登半島地震報告《ボランティアから》

祈りと共になされる小さな作業

 「能登半島の被災地復興は遅れている」、地震発生以来、しばしば耳にします。でも、現地で生活している私たちには、少し違和感のある言葉でもあります。山面が道路ごと崩落した場所では、地震前は砂浜であった場所に数キロにわたって仮設の道路が通されました。一方で地震が起きた2024年1月1日のまま、まるで時間が止まったように全く手がつけられていない場所、家屋が解体され、更地のまま草に覆われている場所が今も至るところに残されている。目に見える光景だけではありません。生活の基盤と生業そのものが失われ、心の置き所が大きく変わってしまった。能登半島に暮らし、里山での生活を大切に思い受け継いでこられた方々にとって、受け入れがたいコントラストが、日々、打ち寄せる波のように寂しさと不安をかき立てる。言葉にすることは難しい複雑な感情が今も被災地には残されています。

 1年半の時をさかのぼりますと、日本基督教団は、1月の5日には現地に使節を遣わしてくださいました。実際に被災地支援を経験された方が、個別に教会を訪問し、現地の状況とニーズを丁寧に確認し共に祈ってくださったのです。その際、牧師と共に私たちが2007年に起きた能登半島地震の後、全国の諸教会、兄妹姉妹方、教友、団体からご支援を受けたこと、いつか私たちが神様から与えられた、くすしき恵みに、信仰と感謝をもってお返しが出来るように、時間をかけて備え、祈ってきたことをお伝えしました。

 折しも3月には、有事の防災拠点になるように設計され、災害備蓄もあった富来(とぎ)伝道所(羽咋教会の礼拝所)の断水が解消し、北陸学院とその支援活動に合流する学生方の宿泊、休憩施設として用いられていたこともあり、4月からは、わたしがボランティア支援のための現地ガイド(コーディネーター)を引き受けることになりました。現地での準備、調整、安全確認を経て、8月以降、冬期をのぞく月2回の派遣(3泊4日)を基本に、日本基督教団派遣ボランティアが実施され、今日に至ります。

 毎回の参加者は少数で、一応の定員である8名をこえることはほとんどありません。何回かは、ひとりの参加者に現地ガイドが同行、また羽咋教会の教会員や石川地区の牧師、教会員が加わって行われることもありました。毎回3泊4日のプログラム中、前後2日は移動日に設定し、実質2日間がワークになります。

 2024年度は、主に建物が裂けるように全壊してしまった輪島教会でのワークと、避難、入院のために地震発生以来、ご自宅に戻ることが出来ないでいる教会員ご夫妻宅の清掃と片付けを行いました。毎週の礼拝に用いられていたオルガンや長椅子、什器を運び出し、瓦礫や建材が散乱した解体前の建物内を清掃し、礼拝堂を整えるお手伝いが出来たことは幸いでした。冬があけ、新しい年度を迎えてからは、主に奥能登の珠洲市で発震当初から継続的な支援活動を担ってきた〝ボラキャンすず〟に参加し、地震と豪雨の被害を受けた地域、住民の方々のお手伝いをしています。

 大がかりなことは出来ません。それでも、地震でご家族を失った方が家族で親しんでいたお庭を大切に整え、生まれ育ったご自宅から汚泥をかき出し、清掃する、小さなひとつひとつの作業が、困難の中にあってもなお、希望をもって歩んで頂きたいとの祈りと共に行われています。

 能登半島地震で被災した教会、また地域を覚えてのお祈りとご支援に深く感謝をいたします。主の御心がなされますように。主にありて。

(内城 愛報)

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