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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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大阪教区より:沖縄、琉球弧の軍事要塞化反対声明

2025年8月26日

【声明文】

内閣総理大臣 石破  茂 様
防衛大臣   中谷  元 様
沖縄防衛局長 伊藤 晋哉 様

70 回日本基督教団大阪教区総会


「暴力に依存するな。搾取を空しく誇るな。力が力を生むことに心を奪われるな。」
(聖書:詩編 62 編 11 節)

 

 現在、日米両政府が防衛計画に基づいて、沖縄、琉球弧の島々で基地建設を推し進めています。「台湾有事」を想定し、「南西地域の強化」を理由にしているものですが、そのため沖縄、琉球弧の基地負担は過重なものとなっています。
 辺野古の軟弱地盤工事が始まって1年が過ぎました。そもそも辺野古の新基地建設計画は普天間返還のためだったはずです。しかし今となっては辺野古に新しく基地が建設されたとしても、普天間が返還されるかは不透明な状況です。
 国際情勢に目を向けると、アメリカでは第2期トランプ政権が始まり、グリーンランド取得、カナダ併合、ガザ住民の強制移住など、大統領の発言が世界に混乱をもたらしています。20253月、アメリカの国防次官候補(当時)のコルビー氏は日本の防衛費をGDP3%にするよう主張したこともニュースとなり、国民の知るところとなりました。このように他国への干渉を強める国が、すでに不平等な日米地位協定を結んでいる日本に対して、要求やその支配を弱めるとは到底思えません。
 また目まぐるしく変わる情勢の中で、早くて2033年に完成すると言われている基地は必要ないでしょう。もとよりマヨネーズ並の軟弱地盤と言われている大浦湾の海底、水深約90mの深さを掘る技術は日本にはなく、完成は不可能だとも指摘されています。従って沖縄県はすでに2019年の県民投票で反対の意思を示しています。この民意を無視した工事の強行が自然を破壊し、人間関係を破壊し続けています。事実、国は公有水面埋め立て承認の権限を代執行という形で沖縄県から奪い、信頼関係を壊しました。この政府の強行によって損なわれたのは、沖縄県のみならず国内すべての地方自治体との信頼関係です。
 アメリカ政府が他国を力によって支配しようとするように、日本政府は主従関係ではないはずの地方自治体を力によって支配しています。
 この力の支配の肯定は、在日米軍が沖縄で起こす犯罪にも見ることができます。20231224日には嘉手納基地所属の米兵が少女を暴行しました。この事件は翌年327日付で起訴され、日本政府も把握していたはずなのに625日まで沖縄県に知らせませんでした。
 国が代執行を行ったのが1228日、岸田首相(当時)のアメリカ訪問が48日、沖縄県議選が616 日、沖縄慰霊の日が623日と、時系列で並べてみると隠蔽したい政治的思惑が見えてきます。
 このようにして少女は事件後も、一番怒りの声を上げて欲しい日本政府に半年もの間隠され続け、さらに深く傷つけられたのです。国民の生命と財産を守ることを規定している日本国憲法に違反しています。この政府が沖縄、琉球弧に自衛隊基地を増設して、ミサイル配備までして守りたいものとは一体何なのでしょうか。
 この軍事要塞化を進めるに当たり、国は近隣諸国の脅威を理由としていますが、そもそも近隣諸国を脅威に感じるのは、近隣諸国が日本、またその背後にあるアメリカを脅威に感じているからでしょう。2024年防衛白書には中国の抑止力の確保や、朝鮮民主主義人民共和国が米国を脅威に感じていることによる軍事強化、ロシアが米国とのバランスをとるための補強などの理由が脅威の要因として述べられていましたが、そうであるならばより一層の強化、軍事基地要塞化はいたずらに緊張を高めることになります。
 キリストの平和を求める私たちは、暴力に依存する虚構の平和は求めません。世界中が力による支配から解放されることを求め、平和を求める人々と祈りを合わせるとともに、沖縄、琉球弧の軍事要塞化に強く反対いたします。

第70回日本基督教団大阪教区総会 沖縄、琉球弧の軍事要塞化反対声明文(PDF)

沖縄、琉球弧の軍事要塞化反対声明
2025年56日 第70回日本基督教団大阪教区総会で可決

「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるために来たからである。
人をその父に、
娘を母に、
嫁をしゅうとめに。
こうして、自分の家族の者が敵となる。
わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」
「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」
イエスは十二人の弟子に指図を与え終わると、そこを去り、方々の町で教え、宣教された。
2025年8月25日
「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを、屋根の上で言い広めなさい。体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」
「だから、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す。しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、わたしも天の父の前で、その人を知らないと言う。」
2025年8月24日
パウロはミレトスからエフェソに人をやって、教会の長老たちを呼び寄せた。長老たちが集まって来たとき、パウロはこう話した。「アジア州に来た最初の日以来、わたしがあなたがたと共にどのように過ごしてきたかは、よくご存じです。すなわち、自分を全く取るに足りない者と思い、涙を流しながら、また、ユダヤ人の数々の陰謀によってこの身にふりかかってきた試練に遭いながらも、主にお仕えしてきました。役に立つことは一つ残らず、公衆の面前でも方々の家でも、あなたがたに伝え、また教えてきました。神に対する悔い改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰とを、ユダヤ人にもギリシア人にも力強く証ししてきたのです。そして今、わたしは、“霊”に促されてエルサレムに行きます。そこでどんなことがこの身に起こるか、何も分かりません。ただ、投獄と苦難とがわたしを待ち受けているということだけは、聖霊がどこの町でもはっきり告げてくださっています。しかし、自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。
そして今、あなたがたが皆もう二度とわたしの顔を見ることがないとわたしには分かっています。わたしは、あなたがたの間を巡回して御国を宣べ伝えたのです。だから、特に今日はっきり言います。だれの血についても、わたしには責任がありません。わたしは、神の御計画をすべて、ひるむことなくあなたがたに伝えたからです。どうか、あなたがた自身と群れ全体とに気を配ってください。聖霊は、神が御子の血によって御自分のものとなさった神の教会の世話をさせるために、あなたがたをこの群れの監督者に任命なさったのです。わたしが去った後に、残忍な狼どもがあなたがたのところへ入り込んで来て群れを荒らすことが、わたしには分かっています。また、あなたがた自身の中からも、邪説を唱えて弟子たちを従わせようとする者が現れます。だから、わたしが三年間、あなたがた一人一人に夜も昼も涙を流して教えてきたことを思い起こして、目を覚ましていなさい。そして今、神とその恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます。この言葉は、あなたがたを造り上げ、聖なる者とされたすべての人々と共に恵みを受け継がせることができるのです。わたしは、他人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。ご存じのとおり、わたしはこの手で、わたし自身の生活のためにも、共にいた人々のためにも働いたのです。あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。」
2025年8月23日
「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。人々を警戒しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。また、わたしのために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる。引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である。兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げて行きなさい。はっきり言っておく。あなたがたがイスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る。
弟子は師にまさるものではなく、僕は主人にまさるものではない。弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。家の主人がベルゼブルと言われるのなら、その家族の者はもっとひどく言われることだろう。」
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