インスタグラムアイコンツイッターアイコンyoutubeアイコンメールアイコン
日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
calendar

出エジプト記32・15~29

2026年6月5日
モーセが身を翻して山を下るとき、二枚の掟の板が彼の手にあり、板には文字が書かれていた。その両面に、表にも裏にも文字が書かれていた。 その板は神御自身が作られ、筆跡も神御自身のものであり、板に彫り刻まれていた。 ヨシュアが民のどよめく声を聞いて、モーセに、「宿営で戦いの声がします」と言うと、 モーセは言った。
「これは勝利の叫び声でも
敗戦の叫び声でもない。
わたしが聞くのは歌をうたう声だ。」
宿営に近づくと、彼は若い雄牛の像と踊りを見た。モーセは激しく怒って、手に持っていた板を投げつけ、山のふもとで砕いた。 そして、彼らが造った若い雄牛の像を取って火で焼き、それを粉々に砕いて水の上にまき散らし、イスラエルの人々に飲ませた。 モーセはアロンに、「この民があなたに一体何をしたというので、あなたはこの民にこんな大きな罪を犯させたのか」と言うと、 アロンは言った。「わたしの主よ、どうか怒らないでください。この民が悪いことはあなたもご存じです。 彼らはわたしに、『我々に先立って進む神々を造ってください。我々をエジプトの国から導き上った人、あのモーセがどうなってしまったのか分からないからです』と言いましたので、 わたしが彼らに、『だれでも金を持っている者は、それをはずしなさい』と言うと、彼らはわたしに差し出しました。わたしがそれを火に投げ入れると、この若い雄牛ができたのです。」
モーセはこの民が勝手なふるまいをしたこと、アロンが彼らに勝手なふるまいをさせて、敵対する者の嘲りの種となったことを見ると、 宿営の入り口に立ち、「だれでも主につく者は、わたしのもとに集まれ」と言った。レビの子らが全員彼のもとに集まると、 彼らに、「イスラエルの神、主がこう言われる。『おのおの、剣を帯び、宿営を入り口から入り口まで行き巡って、おのおの自分の兄弟、友、隣人を殺せ』」と命じた。 レビの子らは、モーセの命じたとおりに行った。その日、民のうちで倒れた者はおよそ三千人であった。 モーセは言った。「おのおの自分の子や兄弟に逆らったから、今日、あなたたちは主の祭司職に任命された。あなたたちは今日、祝福を受ける。」
2026年6月4日
モーセが山からなかなか下りて来ないのを見て、民がアロンのもとに集まって来て、「さあ、我々に先立って進む神々を造ってください。エジプトの国から我々を導き上った人、あのモーセがどうなってしまったのか分からないからです」と言うと、 アロンは彼らに言った。「あなたたちの妻、息子、娘らが着けている金の耳輪をはずし、わたしのところに持って来なさい。」 民は全員、着けていた金の耳輪をはずし、アロンのところに持って来た。 彼はそれを受け取ると、のみで型を作り、若い雄牛の鋳像を造った。すると彼らは、「イスラエルよ、これこそあなたをエジプトの国から導き上ったあなたの神々だ」と言った。 アロンはこれを見て、その前に祭壇を築き、「明日、主の祭りを行う」と宣言した。 彼らは次の朝早く起き、焼き尽くす献げ物をささげ、和解の献げ物を供えた。民は座って飲み食いし、立っては戯れた。
主はモーセに仰せになった。「直ちに下山せよ。あなたがエジプトの国から導き上った民は堕落し、 早くもわたしが命じた道からそれて、若い雄牛の鋳像を造り、それにひれ伏し、いけにえをささげて、『イスラエルよ、これこそあなたをエジプトの国から導き上った神々だ』と叫んでいる。」 主は更に、モーセに言われた。「わたしはこの民を見てきたが、実にかたくなな民である。 今は、わたしを引き止めるな。わたしの怒りは彼らに対して燃え上がっている。わたしは彼らを滅ぼし尽くし、あなたを大いなる民とする。」 モーセは主なる神をなだめて言った。「主よ、どうして御自分の民に向かって怒りを燃やされるのですか。あなたが大いなる御力と強い御手をもってエジプトの国から導き出された民ではありませんか。 どうしてエジプト人に、『あの神は、悪意をもって彼らを山で殺し、地上から滅ぼし尽くすために導き出した』と言わせてよいでしょうか。どうか、燃える怒りをやめ、御自分の民にくだす災いを思い直してください。 どうか、あなたの僕であるアブラハム、イサク、イスラエルを思い起こしてください。あなたは彼らに自ら誓って、『わたしはあなたたちの子孫を天の星のように増やし、わたしが与えると約束したこの土地をことごとくあなたたちの子孫に授け、永久にそれを継がせる』と言われたではありませんか。」 主は御自身の民にくだす、と告げられた災いを思い直された。
2026年6月3日
モーセはアロン、ナダブ、アビフおよびイスラエルの七十人の長老と一緒に登って行った。 彼らがイスラエルの神を見ると、その御足の下にはサファイアの敷石のような物があり、それはまさに大空のように澄んでいた。 神はイスラエルの民の代表者たちに向かって手を伸ばされなかったので、彼らは神を見て、食べ、また飲んだ。
主が、「わたしのもとに登りなさい。山に来て、そこにいなさい。わたしは、彼らを教えるために、教えと戒めを記した石の板をあなたに授ける」とモーセに言われると、 モーセは従者ヨシュアと共に立ち上がった。モーセは、神の山へ登って行くとき、 長老たちに言った。「わたしたちがあなたたちのもとに帰って来るまで、ここにとどまっていなさい。見よ、アロンとフルとがあなたたちと共にいる。何か訴えのある者は、彼らのところに行きなさい。」
モーセが山に登って行くと、雲は山を覆った。 主の栄光がシナイ山の上にとどまり、雲は六日の間、山を覆っていた。七日目に、主は雲の中からモーセに呼びかけられた。 主の栄光はイスラエルの人々の目には、山の頂で燃える火のように見えた。 モーセは雲の中に入って行き、山に登った。モーセは四十日四十夜山にいた。
2026年6月2日
主はモーセに言われた。
「あなたは、アロン、ナダブ、アビフ、およびイスラエルの七十人の長老と一緒に主のもとに登りなさい。あなたたちは遠く離れて、ひれ伏さねばならない。 しかし、モーセだけは主に近づくことができる。その他の者は近づいてはならない。民は彼と共に登ることはできない。」
モーセは戻って、主のすべての言葉とすべての法を民に読み聞かせると、民は皆、声を一つにして答え、「わたしたちは、主が語られた言葉をすべて行います」と言った。 モーセは主の言葉をすべて書き記し、朝早く起きて、山のふもとに祭壇を築き、十二の石の柱をイスラエルの十二部族のために建てた。 彼はイスラエルの人々の若者を遣わし、焼き尽くす献げ物をささげさせ、更に和解の献げ物として主に雄牛をささげさせた。 モーセは血の半分を取って鉢に入れて、残りの半分を祭壇に振りかけると、 契約の書を取り、民に読んで聞かせた。彼らが、「わたしたちは主が語られたことをすべて行い、守ります」と言うと、 モーセは血を取り、民に振りかけて言った。「見よ、これは主がこれらの言葉に基づいてあなたたちと結ばれた契約の血である。」
2026年6月1日

753そして、人々はそれぞれ自分の家に帰って行った。81さて、イエスはオリーヴ山に行った。2だが、夜が明けると、再び彼は神殿に行った。すると、全ての民が彼のもとに来た。そこで、彼は座って、彼らを〔いつものように〕教えた。3だが、律法学者たちとファリサイ派の者たちが姦通の現場で取り押さえられたひとりの女を連れて来て、彼女を真中に立たせ、 4彼らは彼に言う、「先生,この女は姦通をしているときに現行犯で取り押さえられました。5さて、律法ではわたしたちにモーセはこのような女たちは石打ちにするよう命じました。では、あなたでしたら、何とおっしゃいますか」。6だが、このことを彼らが言ったのは、彼を告発することができるよう、彼を罠にはめるためだったのである。だが、イエスは屈んで指で地面に落書きをしていた。7さて、彼らは彼に問い続けた。彼は顔を上げて、彼らに言った、「あなたたちのなかで罪のない者が真っ先にこの女の人に石を投げたらいいよ」。8そして、再び彼は屈んで地面に書き始めた。9だが。〔このやり取りを〕聞いていた者たちは、ひとり、またひとりと、年長の者たちから始めて、〔次々と〕立ち去って行った。すると、彼だけが残され、そして真中にその女も〔残されて〕いた。10そこで、イエスは顔を上げて彼女に言った、「女よ、あの人たちはどこにいるのですか。あなたを断罪する人は誰もいないのですか」。11そこで、その女は言った、「誰もいないのです、主よ」。すると、イエスは言った、「わたしだってあなたを断罪なんてしませんよ。行っていいですよ。[そして]今からはもう二度と罪を犯してはいけませんよ」。

(ヨハネによる福音書7章53節−8章11節[私訳])

 ヨハネ福音書7章53−8章11節は元々はヨハネ福音書には含まれてはいませんでした。後代の写本を通してヨハネ福音書に入れられるようになったものです。みなさんの読んでいる聖書(口語訳、新共同訳、新改訳2017、協会共同訳など)がこの箇所を〔 〕括弧に入れているのはそのためです。この物語が聖書正典には含まれていなかったにもかかわらず、〔 〕括弧つきであるとはいえ、ヨハネ福音書のこの場所に置かれてきたのは、この物語の内容が教会でとても好まれてきたからです。つまり、罪の女がイエスに赦され、もう二度と罪を犯してはならないと命じたイエスの言葉に従って生きるようになった改心(悔い改め)の物語として重宝されてきたということです。
 しかし、さすがにこの物語が改心(悔い改め)を主題にしているとするのには無理があります。というのは、6節で「だが、このことを彼らが言ったのは、彼を告発することができるよう、彼を罠にはめるためだったのである」とわざわざ注釈が入れられていることからも明らかなように、この物語は権力者たちがイエスを罠にはめるために仕組んだものとして描かれているからです。したがって、この物語を「罪の赦し」や「改心」(悔い改め)の物語として理解したりすることは適切ではありませんし、この物語に「姦通の女」(共同訳,新共同訳)や「姦淫の女とイエス」(協会共同訳)といった表題をつけるのも誤りです。このテクストに表題をつけるとするならば、「姦通告発の罠」の物語とでもするのが相応しいからです。
 この「姦通告発の罠」の物語において、イエスは権力者たちのあまりのやり方の汚さに嫌気が差しつつも、自分を陥れる策略のために、この女性をこんな目に遭わせてしまって申し訳ないと思いながらこの女性を助けます。ここで言う権力者たちのやり口のあまりの汚さとは、とりわけこの女性がひとりだけ捕まえられているところに露わになっています。というのは、3節の「姦通の現場で」と4節の「姦通しているときに現行犯で」と繰り返されているように、この女性は姦通の真最中に取り押さえられていますので、当然のことながら相手となる男性も現行犯で一緒に取り押さえられていたはずなのです。しかしながら、ここに相手の男はいません。一緒に連れて来られてはいないのです。また、それと同様の権力者たちの手口の汚さが露呈しているのは、5節の「さて、律法ではわたしたちにモーセはこのような女たちは石打ちにするよう命じました」という聖書引用の仕方です。なぜなら、権力者たちが引き合いに出すモーセ律法はレビ記20章10節と申命記22章22−27節であり、双方のテクストは姦通をした男性と女性の双方を一緒に死刑にするよう命じていますので、女性のみを断罪の対象としているかのような聖書の引用と解説はご都合主義の誹りを免れません。
 この物語に登場する権力者たちのご都合主義と狡猾さは、クィア神学者のロバート・E・ゴスによって、「この物語はセクシュアリティ〔=性に関することや性行動など〕を非難の対象とする態度、そして女を処罰の標的にしているにもかかわらず、男性の側の当事者を処罰の標的にしないダブルスタンダードな家父長制文化に関する強烈な告発を提供する」と批判されています。
 このゴスの意見に示唆を受けて考えると、7節の「あなたたちのなかで罪のない者が真っ先にこの女の人に石を投げたらいいよ」(7節)というイエスの言葉は、この女性に罪があるか否かについてその場にいる人たちに問うているのではなく、女性の側にだけ一方的に罪を押しつけ、男性の側の問題は等閑に付すダブルスタンダードな家父長制が抱えるご都合主義とそのズルさを暴いていると言えるのではないでしょうか。
 わたしたちが生きる社会もまた、同様のダブルスタンダードな家父長制がはびこっています。それは日本基督教団でも同様であり、ダブルスタンダードな家父長制が跋扈していると言えるのではないでしょうか。それが顕在化することもありますが、意識的・自覚的と無意識的・無自覚的とを問わず、多くの場合は不可視なものとして、あるいは気づきたくもないものとして、社会や教会のそこかしこに隠されているのです。ダブルスタンダードな家父長制は女性嫌悪(ミソジニー)と表裏一体ですので、問題や課題が表立つと、それがいかに非道なことであったとしても、「姦通告発の罠」の物語のように、女性が人身御供にされることがさも当然でもあるかのように身過ごしにされてしまうのです。歴代の教会において、そして現代の教会において、「姦通告発の罠」の物語が「罪の赦し」や「改心」(悔い改め)の物語として理解されてきたことが、そしてこの物語が「姦通の女」や「姦淫の女とイエス」といった表題をつけられてきたことがその証左とは言えないでしょうか。今一度、自分自身で「姦通告発の罠」の物語を再読することを通して、自分自身の聖書の読み方を省察し、社会や教会に隠されているダブルスタンダードな家父長制とそのズルさへの気づきを得る機会を持っていただきたいと願っています。
(小林昭博/酪農学園大学教授・宗教主任、デザイン/宗利淳一)

※今回はわたしの時間的な制約もあり,同時期に執筆していた論文の聖書テクストを取り上げるという配慮をしていただきました。同論文は「姦通告発の罠――ジェンダー・セクシュアリティの視点によるヨハネ7:53−8:11の読解」(『酪農学園大学紀要 人文』社会科学編』51巻1号、2026年10月)として発行される予定です。発行されましたら、大学等のサイトから無料でダウンロードできますので、併せてお読みいただければ幸いです。

PageTOP
日本基督教団 
〒169-0051 東京都新宿区西早稲田2-3-18-31
Copyright (c) 2007-2026
The United Church of Christ in Japan