インスタグラムアイコンツイッターアイコンyoutubeアイコンメールアイコン
日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
newaccount

【4637号】消息

2007年10月20日

中野草三郎氏(隠退教師)
六月三〇日、逝去。七八歳。東京都に生まれる。一九五八年東京神学大学大学院修了後、須坂教会に赴任。その後原宿教会を牧会し六八年から九四年まで聖跡桜ヶ丘教会の牧師を務め隠退した。遺族は妻の知子さん。

第二回国際関係委員会が、九月六日に教団会議室で行われた。委員五名中三名が出席した。
前回議案関係報告を承認した後、議事に入った。「宣教協力協議会留学生委員会の奨学金制度の引き継ぎ」の件を付託していた実務委員会が七月十九日に行われ、作成された「日本基督教団エキュメニカル協力奨学金規定」を承認した。二〇〇八年度募集要項一式を添えて世界宣教委員会に回付される。
「南西ドイツ宣教会(EMS)青年部ボランティアプログラム」がドイツで十月から翌年四月までホームステイ形式で開催される。早急に参加者を募るものの、開催期間に日本側にとっては問題があることを先方に申し送ることにした。また、九月からEMSとの協力関係で京都のNCC宗教研究所で開催されている宗教間対話研修プログラムに四名のドイツ人が参加することが報告された。研修プログラムの一環として日本基督教団の教会で実習が行われる。
後半はヨルダンのアンマンで開催された「EMSの青年ワークショップ」に参加されたお二人の報告会を行った。八月二六日から九月八日まで、戦争で両親を失ったこどもたちの施設であるシュネラースクールにおいて八カ国二〇名の参加者が共に作り上げるワークショップというスタンスで行われた。会期中、中間でのプログラム見直しや提案を活発に取り入れ、各国の教会事情、異文化理解、中心課題のプレゼン等や協議が行われた。各々の特徴の紹介に止まらず、ムスリムとクリスチャンの相互理解を課題としたり、紛争の原因は固まった偏見や思考であり信念や言葉の違いであることを理解したりしながらお互いの壁を低くしていく研修が行われた。人間の感情として空気の汚い所では平和はできない、という言葉が印象に残ったとのこと。小倉沙央里さんは自分の身近な紛争の解決から生かしたい、馬杉翠さんは平和の本質である信仰につないで歩みたいと結ばれた。公開したいと思わせられた報告会だった。
次回は十月二五日の予定。
(稲垣裕一報)

九月九日(日)、十日(月)西中国教区部落解放現場研修会(委員長東岡山治牧師)が、広島県北の三次教会(原野和雄牧師)と三次まちづくり交流センターで開かれた。参加者四二名。
九日夕方、柴田もゆる牧師(教区議長)による開会礼拝。夕食後、広島キリスト教社会館報告、設立五〇周年を迎え、建物改修工事を行ったこと。部落解放を願い、その使命が果たせるよう務めていると報告。
主題講演は、浄土真宗本願寺派西善寺住職小武正教さんがして下さった。
講師は、江戸時代に県北で起こった仏教寺院に対する厳しい差別政策と被差別部落民衆の抵抗についてのべ、「あきらめ」を強い、差別に加担してきた仏教教義にふれた。その中で浄土真宗には、差別を温存し、助長する面と、逆に差別に立ち向かう面の二つがあると言われた。最後に、「私は差別の現実に抵抗し、差別を支えているものを無くそうと、第一歩を踏み出している」と語られた。
翌十日は、三次まちづくり交流センターに行き、部落解放運動にとりくんでこられた大森俊和市会議員さん、市会議員竹原考剛さん、そして解放同盟支部書記長元国由美さんに迎えられ、一九七二年の水害事件から今日迄の闘いをきいた。
三つの川が流れ、山に囲まれた三次市、その市の中で立地条件の悪い処に住まわされた部落は、七二年の洪水で、一般地区より七倍強の損害をうけた。この時部落大衆は立ち上がった。
同和対策事業法の開始により、堤防がつくられ、改善がみられた。しかし〇二年の同対法事業が、打ち切られ、同和教育の破壊で差別は、再び起こった。センターを出て、地域を歩いたが、胸が痛んだ。再び、三次教会に戻り、全員が感想や、まとめを発表した。
原野牧師による閉会礼拝があり、東岡委員長の感謝の祈りで研修会は、終った。
「部落差別の現実に学ぶこと」と「第一歩を踏み出すこと」の大切さを心に刻んだ二日間でした。
(延広和子報)

「守られるはずの命」が

JOCSは、今年度青木盛(しげる)ワーカー(小児科医)を新たにパキスタンへ派遣します。青木さんの任地である聖ラファエル病院は一九四八年にカトリックの修道会で始められた産科中心の病院で、現在、日本人のシスター岡野(内科医)が既に活動を行っており、彼は新生児・小児医療を中心にサポートを行います。青木さんは、パキスタン赴任前に、インドのクリスチャンフェローシップ病院(CFH)-JOCSの活動にも多大なる影響を与えたミッション病院で、毎年スタディツアーでお世話になっています-で二ヶ月半の実地研修を行いました。青木さんの現地体験をご紹介したいと思います。
「8月29日、3人の新生児が呼吸障害の治療のため他院から搬送された。Aちゃんは入院時呼吸が苦しそうであったが、満期で体重もしっかりあり、数日で元気になった。Bちゃんは31週、1370gの、早産児、極低出生体重児。多呼吸、陥没呼吸は著明で胸と背中がくっついてしまいそうなほどの苦しい呼吸。明日までもたないかも、そんな状態だった。Cちゃんは35週、体重2000gくらい。
翌8月30日医師達は人工呼吸管理を行うことを決めた。しかし新生児室には人工呼吸器が1台しかない。どちらの子に使うのだろうか?(中略)Bちゃんに人工呼吸器が使われた。(中略)幸いBちゃんはその後経過良く、9月1日に呼吸器から離脱し、10日ほどして退院できた。この2ヶ月で初めて人工呼吸器を使って赤ちゃんが助かり、若い医師と一緒に喜び合えた。CFHに来て一番嬉しい出来事だった。しかしCちゃんの具合は良くなかった。“はあはあ”、と苦しい息づかいが3m離れていても聞こえた。自分の医師の経験の中で、こんなふうに赤ちゃんの息づかいが聴こえるのは初めてだった。30日の夜には低酸素のためか、けいれんも時々みられた。目をしっかり見開いて自分の方を向いてくる。助けを求めているかのように。そして31日の夜Cちゃんは息をひきとった。
『もう1台人工呼吸器があれば助かったかもしれないのに』と思わざるを得なかった。悔しさ、悲しみ、複雑な思いが錯綜した。ヨハネ福音書の「私があなたがたを愛したように、あなた方もたがいに愛し合いなさい。友のために自分の命を捨てること、それ以上に大きな愛はない」の聖句が頭をよぎった。生まれたばかりの赤ちゃんにそのような意思があるのかとも思うが、Bちゃんが助かった背景にはCちゃんの犠牲があった。」(青木ワーカーの研修体験記より(抜粋))
世界中で、約一一〇〇万人の子どもたちが五歳の誕生日を迎えることなく亡くなっています。三秒に一人、一日三万人です。それらの多くは、「守られるはずの命」であり、世界各地で毎日ひっそり起きている「静かなる緊急事態」です。私たちの日常からは見えない世界と現実。今この瞬間にも苦しみあえぐ子どもたちが、日々「生きるため」に生き、SOSを発しています。青木ワーカーは、任地パキスタンでも多くの命の叫びに接するでしょう。打ちのめされるほどの現実、深い挫折や無力感と困難にも直面するでしょう。私たちの未来であり、命である幼子のための地の塩の働きを、祈り支えたいと思います。
(大江 浩報・JOCS総主事)

第35総会期第二回靖国・天皇制問題小委員会が、九月十三日(木)〜十四日(金)、教団会議室で開催された。
開会礼拝(説教/須賀誠二委員)の後、報告・協議が行われた。
NCC報告では、NCC靖国神社問題委員会が石原慎太郎東京都知事の靖国神社参拝に対する反対声明を出したこと、「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」諸問題に関するQ&Aを現在作成中であること、中谷裁判の原告、中谷康子氏を講師に迎え開催された「8・15東京集会」(八月十五日、会場・市ヶ谷ルーテルセンター)を後援したこと等が報告された。
当初、一日目夕方は講演会を行う予定だったが、講師をお願いしようと考えていた井門富士夫氏(宗教学者、筑波大学名誉教授、桜美林大学名誉教授)が体調不良を理由に辞退されたため、井門氏が送って下さった論文「日本型『政教分離論』-宗教学的分析の試み-」に関する学習会を委員会内で行った。
井門氏は、「国民国家」が誕生した明治憲法制定後の社会の経過を、「『日本型』の基盤-維新より敗戦まで」、「一九四四年から一九六八年(維新後百年)」、「成熟社会化と宗教-一九七二年以降」の三期に分類し、その変動をたどりつつ、日本における宗教と政治の関係、「政教分離」の問題を分析する。詳細は、後日「社会委員会通信」の小委員会報告で紹介するので、そちらをご参照いただきたい。
二日目は、国家追悼施設問題、靖国神社について、また次回委員会の講演内容について協議を行った。教会にとって、我々キリスト者にとって「靖国・天皇制」とは何なのか、何が問題なのか等を明確な言葉で語れない問題点(課題)が指摘された。
また、日本人とアメリカ人の気質の違いも視野に入れつつ、アメリカでは国家追悼施設をどう位置づけ、教会はそれをどう受け止めているか、軍隊所属チャプレンの信仰理解(自己認識)等について、講師を通し、理解を深めたいと考えている。
次回委員会は、二〇〇八年二月二五日(月)〜二六日(火)に開催、委員会の中で、古屋安雄氏(聖学院大学教授)を講師に招き、「教会と国家」を主題に講演会を行う予定である。
(西之園路子報)

PageTOP
日本基督教団 
〒169-0051 東京都新宿区西早稲田2-3-18-31
Copyright (c) 2007-2025
The United Church of Christ in Japan