日本伝道150周年を迎えて 藤掛順一 (伝道150年記念行事準備委員会書記)
教会は何によってこそ一致するのか
2009年は、プロテスタント日本伝道150年の記念の年です。「教団新報」4671号の記事にあるように、教団においてもいくつかの記念集会と出版が計画されています。今私たちが「日本伝道150年」を記念することの意味を考えたいと思います。
しかし本年を「伝道150年」とすることへの疑義も提起されています。1846年に沖縄にベッテルハイムが渡来し、聖書の琉球語への翻訳などを通して伝道活動をした、その年をこそ日本伝道開始の年とするべきではないか、という主張です。ベッテルハイムはイギリス海軍琉球伝道協会から派遣された医療宣教師で、イギリス国教会(聖公会)の信徒でした。私たちは日本伝道の歴史におけるこの人の働きを忘れてはならないでしょう。しかし日本基督教団はその「成立の沿革」において、「わが国における福音主義のキリスト教は、1859(安政6)年に渡来した外国宣教師の宣教にその端を発し」と述べています。そして過去、日本の教会はこの1859年を起点として「開教五〇年」「宣教百年」を記念してきました。ベッテルハイムのお膝元である日本聖公会も、彼の沖縄における伝道を日本伝道の「前史」と位置づけ、本年伝道開始150年を記念してカンタベリー大主教の来日を予定しています。これらのことからして、日本基督教団が本年「伝道150年」を記念するのはごく自然なことだと言えるのです。
さて年配の方々の中には、50年前の「宣教百年」の記念行事を覚えているという方もおられるでしょう。1959年(昭和34年)11月1日より、「宣教百年記念週間」として様々な式典や集会が行われました。一日の教会学校生徒大会には5000人が参加し、3日には東京都体育館でNCCの「宣教百年記念式典」に8000人、4日の「第四回日本基督教団宣教大会」にも7500人が参加しました。そこで採択された「宣言」にはこのように語られていました。「われらは宣教百年記念の年に立っている。初め、海外宣教師により、宣教の門戸が開かれ、先人たちの達見により、無教派主義による日本基督公会が創立された。この理想は永く覆われていたが、神の奇しき摂理により、一九四一年、日本基督教団の結成と共に当初の祈りが実現されるに至った。かくて、われらは一つの信仰告白の下に、未だ曾てなかった主キリストに在る一致を見ることとなった。(後略)」。
50年前の教団はこのような希望を語っていたのです。しかしその後の教団の歴史は、この宣言に語られている「一致」が幻想だったことを証明しています。この「宣言」に語られている自己理解が厳しく問われてきたとも言えます。今私たちの間には、教会とは何か、何を信じ、何を宣べ伝えるのかという根本問題をめぐる深刻な不一致、混乱があります。その中で教勢は伸びず、高齢化は進み、十年後の存続を危ぶまれる教会も多数あるのが現実です。
この現実の中で迎える「伝道150年」は、単なるお祝いやお祭りではあり得ません。今私たちは、教会は何によってこそ一致するのか、を問われているのです。真の一致は、人間の間の調停や妥協によって生まれるものではありません。「聖なる公同の教会」に連なる代々の教会が信じ、告白してきた信仰にしか、教会一致の土台はありません。日本基督教団は、常議員会の決議により、伝道150年記念行事の主題を「キリストこそ我が救い」と定め、コリントの信徒への手紙一第1章18〜25節を聖句として掲げました。「救われる者には神の力」である「十字架の言葉」に堅く立ち、「十字架につけられたキリスト」をこそ宣べ伝える、という原点に立ち返ること、言い換えれば、日本基督教団の信仰と教会のあり方を、公同教会に連なるものとして明確にすることこそ、伝道150年を迎えた私たちが今なすべきことなのではないでしょうか。
150年の歴史、また教団としてのこの50年の歩みには、感謝すべきことも多くあると同時に、反省すべきこと、欠けも沢山あります。それらをしっかりと反省し、他の諸教会とも一致協力しつつ、荒れ野のような今日の日本の現実の中に伝道の新たな道を切り開いていきたいと願います。
(横浜指路教会牧師)
与えられた仕事によって
吉田さんは幼少の頃、クリスチャンの母親に連れられて教会へ通った。青年時代は車で母親の送迎をしていただけであったが、ある時、牧師から教会学校のバスの運転手を頼まれ、教会に関わるようになった。その頃教会は大きな問題を抱えており、それが解決したら吉田さんは役割から逃れようと思っていた。しかし牧師 交代を機に受洗へと導かれた。
ちょうどその年、吉田さんは保育士を目指していた現在の妻と出会い、結婚した。新しく招聘された牧師は吉田さんと同い年で、腹話術をし、教会幼稚園も教会活動全体も活気が出て来た。吉田さんは牧師夫人に頼まれ、牧師館台所整備などをきっかけに、「腹をくくらなくては」と教会に関わるようになった。やがて気がつくと 、役員会書記、教会学校校長など、多くの働きを担うように導かれていた。
吉田さんの子どもたちも教会学校へ通うようになった。妻も受洗へと導かれた。それは三人目の子どもの死という苦難を通しての復活の主との出会いであり、結婚14年目のイースター礼拝での出来事であった。
教会はその後も何度かの牧師交代を経て現在に至っている。吉田さんは今、「与えられた仕事は断らない。神様が与えて下さった能力、力を出し惜しみせず、できることを精一杯やっていく中で成長させられる」と語る。実際、これまでも、教会学校の奉仕が保育園園長の仕事に生かされ、今の仕事のすべては、教会の奉仕とそこ で出会った人たちによって磨かれてきたという。園長としてのモットーは「子どもの視線に立って見ることを忘れない」である。
吉田さんは教区財務委員など、10年以上も教区の働きを担った。
現在は、教会役員、地区教会全体修養会委員など、多くの奉仕を通してキリストと教会に仕えつつ、保育園園長として、また埼玉県保育協議会会長として地域に貢献している。
二〇〇九年秋季教師検定試験を左記の要領で行います。
一、受験要綱と受験願書の提出期限
受験要綱と教団指定の願書用紙は一六〇円切手を同封し、正教師受験志願者か補教師(A、B、Cコースの別も)受験志願者かを明記した上、封書でお申し込みください。願書と必要書類を整えて、受験料とともに所属教区に提出してください。
教区締切 二〇〇九年六月五日(金)(教区により締切が異なりますので、教区事務所に確認してください。)
教団締切 二〇〇九年七月二日(木)(各教区から教師検定委員会に提出する際の締切です。)
* 受験料は正教師一万三千円、補教師一万円。
ニ、正教師「説教」「釈義」の課題テキスト
旧約 創世記 二二章一節~十四節
新約 ヨハネの黙示録 一章十七節~二十節
三、正教師の「神学論文」の課題
『今日における宣教の課題』「特に?をめぐって」という副題をつけ、ご自分の伝道・牧会をふまえて、単なる現場報告ではなく、神学的に論述してください。
四、正教師の「組織神学」の課題
『礼拝におけるキリストの現臨』を組織神学的に論述してください。
五、補教師「説教」「釈義」の課題テキスト
旧約 マラキ書 三章十九節~二四節
新約 ヨハネの手紙 一 四章七節~十二節
*コースによって「説教」「釈義」の提出内容が異なりますので、必ず受験要綱でご確認ください。
六、補教師(CⅢコース)の牧会学の課題
『牧会とは何か』について神学的に論述してください。
七、提出物締切について
当委員会への提出締切日は、「説教」「釈義」「神学論文」「組織神学」「牧会学」全て二〇〇九年七月三日(金)必着です。
八、学科試験面接について
学科試験は九月十五日(火)、面接は九月十六日(水)、十七日(木)に「大阪クリスチャンセンター」において一会場で実施します。詳細は受験志願者に通知いたします。
不明な点は直接、当委員会へお問い合せください。
二〇〇九年四月一〇日
日本基督教団教師検定委員会
〒169ー0051
東京都新宿区西早稲田2ー3ー18ー31
電話 (03)3202ー0546
豊かにいのちの伸びる場所「グリーンハウス」
ブラウネル・ネイサン、ブラウネル・のぞみ
(RCAとUMCからの派遣宣教師)
私たちは2007年の春に、息子3人(12、8、4歳)とともに米国から横浜に赴任して来ました。現在は、横浜山手にある青少年センター「グリーンハウス」の主事として青少年宣教に従事しています。同時にネイサンはフェリス女学院中高の英語講師を務めています。
「グリーンハウス」は、隣接の横浜ユニオン教会の旧礼拝堂で、ユニオン教会移転後、アメリカ改革派教会が「青少年のための施設を」という目的で備えた場所です。日本の社会で青少年を囲む諸問題が深刻化して行く中、プロテスタント教会では、信徒の高齢化に伴い、次世代への信仰の継承、そして青少年への宣教の重要性が 強く認識されています。その中で、私たちは「青少年が安心して集まり、キリストにある信仰を育んで行くことのできる場所」を目指して、活動を行っています。
日本人は「散り行く桜の美しさ」に代表されるような、物事の移り変わり、そのはかなさに目を留めて、それを大事にしてきました。けれども、それと同時に私たちは「永遠に続くもの」に目を留めて行く必要があるのです。私たちは若い人たちに、周囲の流れや流行に左右されるのではなく、時を超えたものにこそ価値があるの だということを伝えて行きたく願っています。それは、
1 あなたには価値がある。なぜなら、神様があなたをつくられたのだから。
2 主イエスがおられるから、ゆるしと癒しがある。
3 神様はあなたに将来と希望を与えている。
という語りかけです。
今を生きる青少年は、物質的な富と社会的な成功や快楽を与え、要求してくる世界の中で生きています。けれどもそれらはただの幻影、嘘の約束にすぎないのです。より深く、ずっと続く、そして本当の価値のあるもの、キリストにあるいのちを、失望している若い人たちに、若い人たちにわかる方法で示して行くことが教会に求められています。
「盗人が来るのは、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。」(ヨハネ10・10)
「グリーンハウス」では、幼い子どもたちから、中高生、青年層、若い親たちへのプログラムがそれぞれ行われています。
幼い子どもたちのためには、現在米国を中心に世界各地で広く用いられている「子どもと礼拝」プログラムの日本初のセンターとしての働きがあります。
また、近隣のミッションスクールに通う中高生たちが、毎週一度放課後に集まり、各校で英語を教えている短期宣教師たちとの交わりを持ち、信仰の証に触れています。青年たちのためには、海外でキリスト教に触れ、日本に帰国した人たちの「帰国者の会」が行われています。そして、週日の昼間は、誰もが気楽に集うことので きる「コーヒーアワー」として、横浜ユニオン教会のプレスクール(英語幼稚園)の保護者を中心に解放しています。
「グリーンハウス」の働きはまだまだ始まったばかりですが、これからさらに地域の諸教会と協力しつつ、日本キリスト教団の青少年宣教に共に従事して行くことができることを願っています。
実った祈り 疋田國磨呂
関東教区は、2004年7月13日(火)の「新潟水害」、10月23日(土)の「新潟県中越地震」、その年度及び2005年度の冬と二年続けての「豪雪」、2007年7月16日(月)の「新潟県中越沖地震」と、四年間立て続けに自然災害に遭遇しました。この間、関東教区143教会・伝道所は、海外や国内の諸教会の祈りと支援をいただ きながら見附教会、栃尾教会、長岡教会、十日町教会、小出教会、柏崎伝道所の被災教会と3つの関係幼児施設の再建のために、実によく祈り、献げ、奉仕をして共に苦しみ共に喜ぶ連帯の恵み(Ⅰコリント12・26)をいただきました。
教団の「新潟県中越地震」被災教会会堂等再建支援委員会の支援献金が1億8千万円を超えて満たされ感謝でした。2009年1月12日(月)に小出教会の会堂・牧師館の献堂式を終え、6教会及び関係幼児施設のすべての再建計画が完了したことを報告します。
再建計画に当たっての所感は①どの教会も地域の拠点教会で、独自での再建が困難でしたが、全国諸教会の支援献金を通しての祈りは、被災教会の修復・新築を実現させ、地域の人々を喜ばせ、キリスト教の力と存在を証しさせ、新たな福音宣教の手掛かりとして実りました。②被災教会は激しい倒壊はなかったが、古い建物なの で土台が壊れて新築が求められました。おそらく教団の諸教会で、戦後の古い建物は震度七の地震が起きると同じような被害を受ける可能性があり、耐震診断が必要です。
(関東教区総会議長)
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