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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【4673・74号】「さらに西へ」を標語に 西東京教区挙げての開拓伝道

2009年4月25日

昨年5月25日~26日、阿佐ヶ谷教会を会場に開催された、第19回西東京教区総会において、「教区開拓伝道実行委員会設置ならびに委員選任に関する件」が、審議された。注文や付加的な要望はあったが、全員が原案に賛成する意見を述べ、かくして、立川駅にほど近いレンタルスペースで、主日夕礼拝を持ち、「さらに西へ」(開拓伝道準備委員会活動報告書の表題)の伝道を推進し、教区全体で取り組む方針が可決された。
教区のホームページには、今、次のように掲載されている。
…「西東京」に属する牧師・信徒たちは今の日本の状況を心と魂の危機と感じ、3 年ほどの準備の後、昨年9月から立川駅南口の一角で「立川夕礼拝」を立ち上げることと致しました。日曜の夕べ、讃美と祈りの中で、この地域の牧師たちが聖書の告げるメッセージをお届けします。…
以来、既に半年以上、毎週欠かさず、日曜夕礼拝が捧げられている。司式・説教・奏楽等の奉仕は、積極的に参画する諸教会の回り持ち。写真にあるように、説教者を送り出す教会から、応援団?が大挙して礼拝を共にすることが多い。聖歌隊などが奉仕することも。これにより、初めて夕礼拝を訪れた者も、普通の教会と同じような雰囲気のもとに集会を体験出来る。出席者がごく少なく、讃美歌の声も小さく、初心者が所在ない思いをすることを避けられる。
一方で、応援に駆け付けた者は、自分たちの讃美や祈りが集会を作り上げるという実感を持つことが出来る。
信徒の委員である小中乃芙子さん(永福町教会)、宮下和子さん(玉川教会)、川原正言さんは、目下皆勤とのこと。それぞれに教会の日曜諸集会の責任を負っているのは勿論、夕礼拝も守っている教職にも、精勤の委員が多い。吉岡光人教区議長も。何か新しいことを始め、これを継続するにはどうしても、犠牲的とも言える奉仕が必要なのだろう。
さて、集会案内には、「立川駅の南口より徒歩5分」と記されているその一方で、「南口から高架歩道を南へ、モノレール立川南駅の先で右へ曲がる。都民銀行といなげやの間を左に曲がって、うなぎやの隣、地下1階ホールです」…ちょっとややこしい。特に、大きな看板を上げることもできないから、目立たない。会場を借りている3時間以外は、教会の者は誰もいない。
会場は音楽、特に録音のためのホール、音響抜群という利点もあるが、いろんな点で、教会の機能を果たすことは難しいこともある。実行委員会の大村栄委員長(阿佐ヶ谷教会)始め、委員たちの抱える課題は大きい。
全教区を挙げての、祈り、具体的な支えなしにはとても叶わない業だ。そして、この開拓伝道の到達点は、「さらに西へ」
(新報編集部報)

「多くの肢体、ひとつの体」

機構改革に伴う不安を払拭

教団の宣教を共に担うために、全国のミッションスクールや教区に派遣されている宣教師たちが年に一度家族を伴って一堂に会す宣教師会議。自主企画でプログラムを準備し、お互いの情報交換や母国語で心おきなく交わる中で心身共にリフレッシュできるこの会議は長年、宣教協力協議会(CoC)の下で開かれてきました。
今年はプロテスタント宣教150年記念の年、多くの先達の宣教師たちが日本人のために注いだ愛の労苦に対して感謝の念ひとしおのこの頃です。
今年は3月26日(木)~28日(土)に箱根のスコーレプラザ・ホテルを会場に「多くの肢体、ひとつの体」のテーマで約60名が参加して開催されました。
かつては300〜400人ほどが集まったそうですが、近年世界の教会の変化と共に日本へ派遣される宣教師数が激減し、2005年1月に日北米宣教協力会(JNAC)が解散。続いて一昨年にはCoCが解散し、教団がその業務を継承したため、同会議が世界宣教委員会主催となってから、第2回目の開催でした。
今回のプログラムはネイサン・ブラウネル宣教師(教団及びフェリス女学院)をリーダーとする横浜の宣教師たち(デヴォラ・ウミピグフリアン、ジョゼフィーン・キムラ)が企画にあたりました。
26日の夕食に合わせて北は北海道、南は九州から、宣教師たちが集まりました。
今回特筆すべきことは、アジア学院で奉仕するアジアやアフリカの宣教師たちの参加により、今までの欧米一色から、多様でエキュメニカルな宣教師の集いへと変化していることです。
またアメリカ改革派教会から多数派遣されて、地方のミッションスクールで英語を教えている青年宣教師たちの爽やかな姿が印象的でした。
夕食後は開会礼拝に続き、ケヴィン・タイゼン宣教師(鎮西学院)のスピーチがあり、ご自身の学校での取組みが報告されました。終戦当時、長崎の爆心地近くに学校があり、多くの生徒たちが被爆し、亡くなった学院の歴史と共に、学院の現在の状況や平和への取り組み(平和宣言)について知ることが出来て感謝でした。
二日目も礼拝から始まり、午前中のほとんどの時間を使って教団の現状(内藤留幸総幹事)、世界宣教委員会での機構改革と役割(木下宣世世界宣教委員会委員長、秋山徹常任委員)、教育委員会から宣教師への青年伝道協力要請(黒田若雄教育委員会委員長)、宣教師支援について(杉森耀子宣教師支援委員会委員、本田和子西東京教区世界宣教協力委員会委員)説明し懇談の時を持ちました。
機構改革に伴う変化に直面し、不安を払拭し切れなかった方々に対しても時間をかけて教団の組織や働きを説明出来たことで、宣教師たちも安堵している様子が伺えました。「昨年の宣教師会議ではとても不安を感じたが、今年は教団の委員も初めから終わりまで全プログラムに一緒に参加して支援してくれていることがうれしい」との声が聞こえてきました。
続いて任期を終え退任するグレイ恵子、トーマス・ヴァンデバーグ、ニコラス・ボーイズ各宣教師に内藤総幹事より感謝状と記念品が手渡され、また2008年度に着任した新任宣教師方の紹介がありました。
更に昨年4月以降に逝去されたドーナン、エルマー、スキルマン、タンブリッジ各退任宣教師を偲び感謝の祈りがささげられました。
昨年4月の教団の退任宣教師感謝ツアーでお目にかかった直後に天に召されたドーナン宣教師が、車椅子で点滴片手にクレアモントでの感謝会に出席してくださったお姿が目に焼きついています。宣教師の皆様の日本への強い愛によって支えられてきた日本の伝道を思うと感謝の思いひとしおです。
午後のフリータイムは箱根の関所やロープウェイへご案内し、お互いの交わりを更に深める機会となりました。夜はポール・シュー土戸宣教師(青山学院)のスピーチで日常生活の中で直面する課題の中で一つとなることについて語られました。
最終日は子どもたちも一緒に輪になって閉会礼拝を捧げ、また聖餐にも与り一つとなった恵みを感謝しました。それぞれが心の内にいただいた宝をそれぞれの現場に持ち帰ろうと約束し、箱根の山を後にしました。
(杉森耀子報/宣教師支援委員会)

▼山形県の酒田教会は、1898年6月15日が創立記念日。年齢早見表を見たら、1908年が最古で、既に表からはみ出していた。今年110歳を迎えることになる。何か110年の記念行事を挙行するのだろうか、二昔前に一度訪ねただけの教会なのに、妙に気になって、多年の無沙汰を顧みず、突然電話した。▼酒田教会・佐々木茂牧師は、かつて88周年の記念誌を発行した。酒田と言えば庄内米、八八は勿論米に因んだもの。100というキリがよい数字よりも、88の方が、酒田では特別の意味を持つと言うこと。一方で、100周年にも、110周年にも、記念誌を発行した。▼数字が意味を持つのではない。しかし、意味を持たせることが出来る。149年も151年も特別の数字だ。もしその年に、懸命の伝道がなされるならば。▼教団年鑑で各教会の創立記念日を調べ始めたら、眠れなくなった。礼拝出席一桁の教会が、140年の伝道史を持っている例もある。

「教団新報」、今号4673 ・74号を合併号とし、4675号は5月30日に発行致します。
本号は、特別号として発行、各教区総会にお届けします。乞うご購読。
総幹事 内藤留幸

小林貞夫 伝道150年記念行事 準備委員会委員長

いま、世界は同時不況に入ってしまった。第二次世界大恐慌だという人もある。全米第一の企業が倒産かと聞かされれば、事実として世界恐慌なのだろう。日本も例外ではない。
この時、教会に何が出来るか、何をしなければならないかが問われている。
第一次世界大恐慌は1929年に山場があった。年表には「失業者続出」と書き込まれている。会社・企業の倒産は相次ぎ、地方の出先銀行の倉庫は、敗戦の頃まで立っていた。人々の恨みをかいながら。
その頃、教会は全国的な伝道を展開したのである。
各教派が協力して「全国強化総動員運動」を二年間にわたって実施した。さらに賀川豊彦が主唱する「神の国運動」も連動し、各地で信仰が盛り上がった。二年間の受洗者は3万人だったと報告されている。
日下部教会は農村教会の一つだったが、この全国的な運動に参加し励んだ。1931年の受洗者は102名あり、筆者もその一人として幼児洗礼を受けている。
大不況で倒産が相次ぐなか、伝道に次ぐ伝道が行われたことになる。しかも1929年には宣教70年記念大会を実施している。
もはや、議論ではあるまい。「キリストこそ我が救い」である。この標語に立つ教会、牧師、信徒として結集し、伝道に次ぐ伝道を重ねようではないか。
その成果を問うのではない。が、日本伝道150年という節目を主が与えてくださった以上、必ず80年前のように祝福が与えられることを信じる。
われわれは、歴史を導く神を信じている。旧約からの生きた困難な歴史を主の元にあったと信じている。
第一次世界大恐慌の時に教会が起こした事実を、信じつつ再現させなければならない。祈りつつ励まねばならない。

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