赦しと正義
マーチー・デイヴィッド
(CGMBからの派遣宣教師)
人を赦した話ほど、キリスト者の心を暖めるものはない。コリー・テン・ブームは赦しについて聴衆に語る真っ只中で、腰を抜かす程驚いた。聴衆の中に、まさに自分たち家族が収容されていたナチ強制収容所、ラヴェンスブリュックの元看守がいたのだ。このエピソードを聞いて、その時コリーが陥ったジレンマを想像できない人はいないだろう。コリーが聴衆に向かって、赦しの大切さを雄弁に語った直後、ラヴェンスブリュックの元看守、今や洗礼を受けたばかりの元看守が近づいて来て、収容所での虐待を赦して欲しいと嘆願したのである。
コリーは立ちすくんだ―無防備な自分たちに残酷な仕打ちをした男を本当に赦せるのか―コリーは主イエスに従って生きると決心して久しいが、今「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか分からないのです」と主イエスのように祈ることができるだろうか?
結論から言って、結局コリーは神の御力により元看守を赦すことができた。そればかりか赦す過程で、アガぺー(愛)をもたらす赦しの驚くべき力を体験したのだった。
旧約聖書のヨセフも、自分をねたんで奴隷に売りとばした兄たちにエジプトで再会したとき同じようなジレンマに直面した。ヨセフは赦すことを選び取る中、弟を裏切った呵責から永らく砂漠同然であった家庭に旱天の慈雨が降り注ぐような癒しを目の当たりにしたのだ。
実践的な意味で、赦しは新約聖書の説く愛の中核をなしている。赦しこそが愛を、キリスト者特有のものとしている。愛してくれる人を愛し返すのは簡単だ。しかしキリスト者は自分を憎む人をも愛せよとの使命を帯びている。ありのままの感情が憎悪や仕返しを求めたとしても愛せよ、と命令されているのだ。このような愛(アガペー)を実践することは難しい。しかし人を癒し壊れた関係を劇的に修復する愛の威力を一旦知れば、従わざるを得なくなる。
コリーは、元看守の手を握って赦しを伝えた時ほど神の愛を強く感じたことはなかった、と話した。ヨセフの場合でも、赦しを示すことで家族全員の再会が果たされることになる。
以上は心温まる喜ばしい話である。しかし社会倫理問題に特に強い関心を持つキリスト者は、少し戸惑いを感じるかもしれない。赦しがたとえ心からのものであったとしても法的・倫理的な責任はそう簡単に解決できない、との疑問が湧いて来よう。これが愛の勝利、赦しの勝利なのだろうか?犠牲者への償い、罪人への懲罰は要求されないのか?
この点ではヨセフ物語が教訓となろう。兄たちは実のところ、弟を裏切った後、罪悪感と羞恥心に苛まれて長年に亘り辛酸を嘗めて来た。その上、兄たちは弟ヨセフに起こったことを父ヤコブに隠し通した。父に隠蔽し続ける罪悪感は並大抵でなく、父ヤコブの死後にも尾を引き、弟を恐れ続けることになった。兄たちは刑法に従って懲罰を受けた訳ではない。しかし脳裏に棲み付き悔い改めを求める良心の罰は殊更手厳しいものだった。
人間関係を一変させ軋轢を和解に変える赦しの力は、懲罰を伴う正義があって初めて機能する。エピソードの示す通り、罪人を救う神のご計画には、正義と愛(赦し)の両方が含まれる。一方では赦し(愛)が無ければ、正義を実行してもこの家族に癒しはもたらされなかっただろう。他方で正義(説明責任)が伴わねば、ヨセフの赦しによって心が暖まったとしても、人生を変える潜在力は限定されたであろう。愛のない正義は律法主義に陥り、正義の無い愛は感傷に留まるにすぎない。
私たちが恨みにしがみつき、傷つけた相手を赦すことができないがために、悪意がその構成員の間に募り、崩壊した人間関係を修復できないときは、学校・教会・教会組織・宣教師団体さえも、同じように苦しんでしまう。相手を不当に扱ったり、相手に不当に扱われたりした時、真摯な赦しや悔い改めによって、どれだけ多くのキリスト者間の問題が素早く解決できるだろうか。私たちの愛は、赦しという個人的な行為を通して初めて、内実を伴うものとなるのだ。
村島 宏氏(隠退教師)
昨年11月18日、逝去。73歳。東京都に生まれる。1959年、東京聖書学校卒業後、上井教会に赴任。’97年まで同教会を牧会し、その後’98年から2002年まで大牟田西山町教会牧師を務め、隠退した。遺族は息の義也さん。
教団財政の見直しを
岩﨑 隆
長引く構造的不況、これに追討ちをかけた金融危機。いま日本社会は破滅的である。非正規労働者と呼ばれる人たちの命の危機が現実の問題にもなっていて炊き出しで空腹を満たす人たちもいる。また自死者の数が年間3万人を超える年も続いている。どこを向いても暗くて悲しい話ばかりだ。
日本の教会も、この不況の影響をまともに受けている。また教会員の高齢化が進んで教会財政は逼迫し窮乏している。教会員の収入減が起これば教会や教区は、その連鎖の中に閉じ込められる。
神奈川教区も御多分に洩れずの状態である。例えば数年前から教区内の教職互助の募金目標は達成できずに、その存続さえもが危ぶまれている。その教職年金を支える献金依頼に応じられない教会の現実もある。このような状況の中で数年前から教区内の各委員会活動の予算は減額している。
一方、教師謝儀が減らされたり減らされそうな教師もいる。教会員の多くが年金生活に入れば仕方のないことだ。ないものはないからだ。
しかし教団への教区からの負担金は、このような状況の中から「仕送り」されている。だから教団財政は、以上の現状に鑑みて見直されるべきである。窮状にある全国の信徒一人一人の献金で賄っている教団の諸経費、特に管理職的な立場にいる人たちの人件費は、全国の教会の現状に合わせてもらえないだろうか。乏しさ、貧しさを分け合って欲しい。
(神奈川教区総会議長)
*ウェスレー合同メソジスト教会
西之園路子宣教師派遣式
カリフォルニア
サンノゼ
3月15日、西之園路子宣教師派遣式が佐々木美知夫教団副議長司式、小出望静岡草深教会牧師説教で同教会において執り行われた。
西之園宣教師は米国カルフォルニア州サンノゼのウェスレー合同メソジスト教会日語部に松下道成宣教師の後任として派遣される。同氏は東京神学大学を卒業し、清水教会、蒲原教会での牧会経験を約20年積んだ。
同教会は昨年創立113年を迎えた、北米日系人教会のなかでも長い歴史のある教会であり、第2次世界大戦の厳しい体験をも経て今日を迎えている。サンフランシスコから南へ車で約1時間、シリコンバレーを抜けたところにサンノゼは位置している。同教会には英語部と日語部があり、英語部礼拝には360人ほど、日語部礼拝には40人ほどが集う。英語部と日語部の宣教協力体制は磐石であり、世界各地の日系人教会の厳しい現状の中では恵まれた環境にある。
教団はサンフランシスコ・ベイエリアでは同教会以外に、パイン合同メソジスト教会、エルセリートのシカモア組合教会にも宣教師を派遣している。ベイエリアでの日系人伝道がこの3教会の共同伝道によって推進されることが期待されている。
小出牧師は西之園宣教師を支えることで、私たちもすべての人に福音を宣べ伝えよという命令に従い、全世界とつながることができると説いた。同宣教師の支援会が当日に正式に立ち上がり、活動が開始された。
西之園師はこの派遣を神の召しと確信し、新しいことを学びつつ伝道牧会に全力を尽くしたいと決意を力強く語った。
教団派遣宣教師は、9カ国に21名。西之園宣教師の派遣で女性は9名、43%となった。
*シカモア組合教会
佐原光児宣教師派遣式
カリフォルニア
エルセリート
3月30日(月)米国カリフォルニア州エルセリートのシカモア組合教会に今春赴く佐原光児宣教師の派遣式が執り行なわれた。
司式は木下宣世・世界宣教委員長、説教は「佐原光児宣教師を支える会」代表の上林順一郎・吾妻教会牧師が担当した。会場はスコットホール(早稲田教会)。キリストを賛美する歌声が建物の外にまで鳴り響く、胸の透く礼拝であった。
佐原光児宣教師は同志社大学神学部を卒業後、これまで東京教区霊南坂教会の担任教師を務めた。米国では森田喜基宣教師の後任となる。赴任先のシカモア組合教会は、組合教会とドイツ改革派教会が合同したアメリカ合同教会(UCC)に所属する。1904年、米国における排日感情高まる中で日本人留学生4人が核となり創立された。同宣教師は戦前・戦中に差別・偏見の辛酸を嘗めた日系人の歴史に触れ、世界の平和を考えたい、と抱負を語った。
シカモア教会はサンフランシスコ・ベイエリアに位置する。北方にはワインで有名なナパバレーがある、と派遣式後の茶話会で話題になった。しかし南方のシリコンバレーでは、昨今の経済不況により帰国する邦人が少なくないため、環境は厳しい。さりとて派遣式説教にあった通り、伝道は数でなく質。参加した霊南坂教会員は異口同音に同宣教師の説教がとても印象に残っていると励ましの言葉を述べた。
サンフランシスコ近郊で教団派遣宣教師は3名体制となっている。今年3月15日に派遣式を行ったばかりの西之園路子宣教師(サンノゼ)、3年前に赴任した藤浪敦子宣教師(サンフランシスコ)が同僚となる。海外での牧会は国内とは異なる困難な課題も多いが、ここでは互いに支えあう体制が恵みとして与えられている。
新委員会組織、倉橋康夫委員長 教師検定委員会
第36総会期の第1回教師検定委員会が、3月26日(木)~27日(金)、教団会議室において、委員7名全員が出席して行われた。2009年春季教師検定試験は、準備の都合上、前総会期の委員会が担当したので、今回が新委員による最初の委員会となった。
最初に各委員が自己紹介を行い、今期は3名の委員が交代して新しい委員を迎えたため、まず、教規と教師検定規則等に基づき、当委員会の任務について確認した。その上で、委員の互選により、委員長には都合三期目となる倉橋康夫委員、書記には二期目となる東野尚志委員が選出された。
委員会関係の諸報告を確認し、前委員会からの申し送り事項についての確認と検討を行った。
神学校での学びを経ずに受験する人たちのため、神学の基礎的な科目については受験者の所属教会牧師に指導していただくように要請すること、またそのような受験者へのガイダンスを丁寧に行うこと、従来いわゆる「Cコースの手引書」として出されていたものを、改めて、「教師検定試験受験者の手引き」として整え直すこと等の課題について確認した。
さらに、前総会期の常議員会で教師検定規則第四条が改正されたことを受けて、教師委員会を介し、関係神学校との懇談・協議を行いながら、教師検定試験実施の具体的な改善を進めていくことについて、申し送り事項を了解した。
次いで当委員会の今期の方針について検討し、上記の具体的課題を視野に入れて前期のものに若干の修正を加えて決定された。基本的には、「主の召命に応えて日本基督教団の宣教を担い、主の教会に仕える教師を送り出すために、教憲教規に基づき、教師検定規則に則って教師検定試験を実施する」ということである。
続いて2009年秋季教師検定試験の準備を行い、各科目の担当者を決めるとともに、試験日程や提出物の課題等を決定した。
教師検定の実務を担う委員会として、その責任の重さを深く受け止めながら、主の助けと導きを求める祈りをもって、閉会した。
(東野尚志報)
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