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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【4688号】教区コラム 東京教区

2009年12月12日

東京教区の連帯金留保問題 長崎哲夫

東京教区総会が、「二〇〇九年度教区活動連帯金の納付を保留する」を決議したことについては、多くの批判がある。

それは十分聞くとしても、東京が教団17教区との「主にある真の連帯と共闘」を願っているものであることに些かも変わりはない。

何故我々がそう言うのか。

1994年第52回東京教区総会が決着させた三里塚教会問題を、一部常議員や他教区が常議員会等で公的に批判する。

②「教団とは一定の距離を置く」等と意味不明なことを言う沖縄教区が、教団一般会計の沖縄宣教連帯金や教区活動連帯金は、何も言わずに受け取っている事実。

1995117日の阪神淡路大震災の第2次募金等、兵庫教区がその会計報告を今だ明らかにせず、数千万円以上の教団財政を曖昧にさせている等が理由である。

①は、他教区の決議をどうしようとするのか。それを誰もが直接の問合せ無しにだ。正に、予断と偏見は直ちに止めるべきだ。

②は、しかし沖縄は、教団負担金は納めていると他からの文句。

聞けば、毎年度教団財務がそれと、宣教連帯金と教区活動連帯金とで相殺しているんだと。諸教会の献金であるべき教区負担金の、そんな扱い方も無かろうに。

③は、兵庫の誰がそうさせているのか。問題提起をよくする人たちも見て見ぬふりだ。これこそ批判されるべきではないか。それらの解決無しに、東京は現状復帰しようにも出来ぬのが現状だ。

(東京教区総会議長)

 

36総会期第3回世界宣教委員会が1030日、教団会議室で開かれた。

事務局を訪れる世界各地からの訪問者、各地に派遣されている宣教師についての報告や対応すべき状況、国内で活躍している宣教師の受け入れや働きについての報告、それに加えて6つの関係委員会の報告など、世界に開かれている教団の目と耳となって、そこで動いている人と出来事について適確な判断と行動が求められる。

今回、報告された事柄の中で、日本が開催国となるため準備を進めている韓国・スイス・日本の三国間協議会開催について、予定された日程を延期し20117月開催に向けて調整中であること、韓国協約委員会からは、宣教協約を結んでいる韓国三教団を9月に訪問したこと(新報4685号に既報)などが報告された。

また、日本伝道150年記念行事のために来賓として参加するアメリカ改革派教会の世界宣教局長アリセア・バエツ氏や、カナダ合同教会のアジア担当幹事のベルン・ハグノス氏らの来日に合わせて、宣教師派遣方針の確認など、重要案件について教団と協議したいとの申し出があること、また、125日に在日本インターボード宣教師社団の会議に合わせて多くの来訪者があることなどが報告された。

主な協議事項としては、1.バンデバーク宣教師の帰国により欠員になっていた宣教師支援委員会の委員としてネイサン・ブラウネル宣教師を充てること、2.バンクーバー日系人合同教会より宣教師派遣の要請があり、教団新報で公募し、1211日常任委員会において応募者の面接をしたうえ推薦することにしたこと、3.前総会期委員会より今会期中にカナダ・ドイツへの退任宣教師訪問ツアーを実施するようにとのことで、今年10月中に実施の予定であったが、「日本伝道150年記念」の行事、「スイス・韓国・日本三国間協議会」などの日程のことを考慮し、今会期中に行うことは無理であると判断し、この計画は中止することにした。

カナダ、ドイツともに熱く期待している退任宣教師がいるので、次期委員会に最優先事項として再度計画することを提案することとした。

(秋山徹報)

 

プロテスタント日本伝道150年北陸のつどいが、11月2日夜、金沢教会で開かれた。これは、中部教区の北陸側の教会と北陸学院で実行委員会(横井伸夫委員長)を作って準備し献金をささげ、中部教区も支援して開かれたもの。冷たい雨のなか富山、石川、福井の三県の諸教会から152人が参加した。

つどいでは、梅染信夫氏(北陸学院大学講師)と関川泰寛氏(東京神学大学教授)が講演した。

「北陸伝道のはじまり」と題して講演した梅染氏は、北陸伝道の「二人の恩人」として、トマス・ウィンとダニエル・マッケンジーの二人の宣教師の働きを紹介した。

米国長老教会の宣教師だったウィンは1877年に来日。「仏教王国」「真宗王国」ともいわれる北陸・金沢の状況を聞いて、「このような地方こそ、おのが生涯をささぐべきところである」と考え金沢で伝道を開始し、金沢・富山などに教会・講義所を立てた。さらに、婦人宣教師を招いて金沢女学校(北陸学院の前身)を開校させた。

一方、マッケンジーは、カナダ・メソジスト教会の信徒説教者として来日し、旧制四高で教えながら、1890年のメソジスト教会金沢部の創設に尽力、その後宣教師となりメソジスト教会北陸部会長を15年務めて北陸の諸教会の礎を築いた。

梅染氏は、宣教師や信徒が受けた迫害の事例や、長老教会とメソジスト教会が互いを尊重し時には協力しながら伝道を進めた事例を挙げたうえで、「北陸の教会が立てられたのは人知をはるかに超えた主の伝道の力によるものだ」と結んだ。

「プロテスタント伝道の過去と未来」と題して講演した関川氏は、アウグスティヌスがマタイ28章19節の主の伝道命令に生涯従った、とした上で、「歴史は持っているだけでは何の役にも立たないが、主の伝道命令は、少しも色あせない」とし、「伝道は、三位一体の神の命令であり、この神の言葉に対する信頼ゆえの宣教であり讃美だ」と語った。そのうえで、「プロテスタント伝道150年の祝賀は、過去から未来へと私たちを接続させる意義を教える機会だ」と述べた。そして、「教会が御言葉の純粋な説教と聖礼典の正しい執行というしるしを帯びた信仰共同体である」というプロテスタント教会のアイデンティティを確認して一致協力する、伝道態勢形成の必要性を説き、さらに一人ひとりが伝道の業に参加する道を具体的に示した。最後に、「伝道する教会はますます伝道の主体である神をあがめ、神は再び教会員を各地に派遣して伝道の果実を刈り取らせる。この健やかな循環が日本伝道を導く」と力強く結んだ。

また、講演の合間には、北陸学院大学ハンドベルリンガーズや石川地区婦人有志によるシャロン・クワイヤによる讃美もささげられ、北陸の諸教会と学校全体で150年を記念し、主の伝道命令に応える決意を新たにする時となった。

(勇文人報)

 

 

 

日本基督教団日本伝道150年記念大会が、11月23日(月)青山学院講堂を会場に、『キリストこそ我が救い』の主題のもと開催された。出席者は、約1500名、聖歌隊等を加えると1600名、日本伝道の歴史に大きな印を刻む集会となった。「不振・低迷が指摘される日本伝道が新しい時代を切り開く分岐点となるのではないか」と、準備委員の一人がもらした。そのような期待を抱かされる熱気が会場に溢れていた。

10時からの午前の部、青山学院オルガニスト鷺晶子氏による奏楽が高らかに奏でられ、長崎哲夫東京教区議長の司式で礼拝が始められた。コリント一1章18~25節が朗読される。司式者の力の入った祈祷、更に韓国で最も歴史ある教会であるセムナン教会から海を越えて駆け付けたイェボン讃美隊60名による奉唱が、いやが上にも記念式典の雰囲気を盛り上げた。

説教は小島誠志前教団議長による「宣教という愚かな手段」。「人は上を目指すが、キリストは十字架への道、低きに下る道を歩まれた」と話を起こし、100匹の羊の譬えから、「主は迷子の羊が彷徨った茨や雑草だらけの、その同じ道を歩まれた」と語り、5000人のパンの出来事を挙げて、「『主はあなたがたの手で食べ物をあげなさい』と言われた。弱い者に、弱い者を通して語られるのが神の宣教の仕方である」と指摘し、更に、種蒔きの譬えを引いて、「無駄になった沢山の種がある。伝道は多くが失敗に終わるかも知れない。しかし、芽を出す種もある」と、ここでも「愚かな手段による伝道」について述べた。

沢山の聖句に触れ、深く鋭い解説を加えながら、会衆をキリストと共に歩む十字架への一本の道、真の伝道である道へと誘った。

取り分け、嵐に漕ぎ悩む弟子たちの小舟と、私たちの教団の姿とを重ねて、「嵐の中、逆風を突いて進み、ために漕ぎ悩むのが伝道だ。伝道に失敗してこそ、そこでキリストに出会うのだ」と大胆に語り、慰めと励ましを与えた。

1600名による讃美、そして日本基督教団信仰告白は、単に人数が多いと言うだけではなく、御言葉に出会い慰めと励ましを受けた者の、圧倒的な迫力をもって歌われ、唱和され、更に会衆互いの心を揺り動かした。

礼拝後は、山北宣久教団議長による感謝と激励の挨拶、国内外からの来賓による祝福の挨拶があった。

午後の部、1時30分~4時は、網中彰子ベテル教会牧師の司会により、記念式典が執り行われた。

青山学院大学聖歌隊による美しい奉唱の後、長くこのことのために時間と思いを捧げてきた小林貞夫記念行事準備委員会委員長が挨拶に立った。日本伝道150年に当たり教団が企画した三つの集会、①6月24日富士見町教会で行われた「創立記念礼拝」そこでの50年以上奉仕した教職の表彰、②11月22日東京山手教会で開催された、実に40年振りの全国信徒大会、そして③青山学院講堂でのこの日の集会を、感慨をもって振り返り、大きな恵みを与えられた喜び・感謝を、時に涙ぐみながら率直に披瀝した。

東京信徒会の編集になる「イエス・キリストを証しする『時代の証言者たち』」と題した記念映像を観て、150年の歩みを支えた先達たちに思いを向けされられた。

次は、橋本徹氏(国際基督教大学理事長、聖ヶ丘教会員、元富士銀行頭取)の講演「伝道における信徒の役割」を聴いた。氏は50分の講演の前半で、郷里・母教会である岡山県高梁の伝道の歴史を縷々述べ、そこで働いた人々、大きな影響を与えた指導者たちを数え上げた。後半は、その土地・教会で育まれた自分の信仰について語った。淡々とした語り口にも、郷里、教会、人々への熱き思いが伝わった。一つの伝道が拓かれ、教会が建てられ、そして100年を越えて歴史が積み上げられる時、そこには多くの人々の信仰生活が織り込まれる。奇跡とも見える出来事が重ねられ、そして今、橋本徹という一人の信仰者につながっているのだということを噛み締めさせられた。

東洋英和女学院高等部ハンドベル部による奉鐘に続いては、加藤常昭氏による講演「こころを高く上げよう!」。哀歌3章40~42節とローマ15章14~21節を引きながら、「讃美歌の『こころを高く上げよう!』とは、十字架の前に引き立てられる殉教者の心のことだ」と語り、日本伝道に向かう私たちの姿勢について根本から問い直し、「数字合わせや票読みでは何も変わらない」「伝道とは外に出ることだ」と内側に向かいがちな教団の現況を突いた。

特に、「天安門事件が起こった時に、迫害され苦しむ人々のために祈ったか、アフガンのためには、イラクのためには」と厳しく指摘した。時に「遺言」を口にし、涙を滲ませて語った。最前列の椅子席から身を乗り出して聞き入る山北議長に、伝道の幻、教会の未来を訴え、託するかのようにさえ見えた。

佐々木美知夫教団副議長のリードのもとに、公同教会の信仰を表白し、別記5項目の、信仰の根本の根本が、大会宣言として会衆一同によって唱和された。

大杉弘常議員他2名の祈祷、会衆一同の主の祈りをもって、感動に満ちた大会は閉じられた。

(新報編集部報)

 

◆日本伝道150年記念大会宣言◆

2009年11月23日

一、
イエスをキリストと信ず。

一、
聖書を神の言葉と信ず。

一、
キリストの体なる教会を信ず。

一、
福音の恵みに与った者として、礼拝を守り、聖書を読み、祈る霊的な信仰生活に励む。

一、
神の救いに与った者として、日本伝道に励む。

※宣言文のみ抜粋、前文は省略。

 

 

福音に共にあずかる

 

プロテスタント日本伝道150年を記念する記念大会と信徒大会が1122日・23日の両日開催された。両大会合わせ2500人を超える記録的な出席者となった。讃美の歌声は会場を揺るがし、大会はこれまでの150年間の主のご恩寵とお導きに感謝し、これを更なる福音宣教の機会として、200年に向けて伝道に奮起することを誓い合った。

 

150年記念信徒大会は、1122日午後6時から東京山手教会で開催され、北海道から沖縄まで全国166教会から950人が出席した。4階から6階までの広い会堂も埋まり、23階ロビーのTV中継を見守る人も出た盛況で、讃美の歌声の熱気は、身震いを覚えるほどだった。

1部開会礼拝で、「福音に共にあずかる」と題して説教した山北宣久教団総会議長は、「日本におけるプロテスタント伝道は信徒の手によって切り開かれた」と、150年に先立って沖縄に渡来したベッテルハイム、150年前のヘボン、シモンズ、フルベッキらが信徒だったと述べ、「新約聖書の最初の殉教者は信徒のステファノだが、日本のプロテスタント伝道最初の殉教者も信徒の市川栄之助だった」と余り語られることのない日本人殉教者のエピソードから説き起こした。

古本業を営んでいた市川は、来日したダニエル・グリーン宣教師の日本語の教師になったが、ヘボン訳の聖書を携行しているところを逮捕・投獄され、激しい拷問を受けて1年半後の1872年(明治511月、37歳の生涯を閉じた。

グリーン宣教師は世界にその不当さを強く訴えたが、折しもフルベッキ提唱による伊藤博文、岩倉具視らの欧米使節団が、信教の自由のない日本に対し欧米列強が非難を強めていることを知り、東京に打電したことが、明治6年のキリシタン禁制高札の撤去、日曜日を休日とする太政官令に繋がった。

「一粒の種は地に落ちて多くの実を結ぶ。市川栄之助は正に一粒の種であり、そうした人に福音が告げられることによって伝道は担われて来た」。「すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです」(コリント一922)と聖書にあるが、なぜパウロは、「すべての人を救うため」といわなかったのか。

「福音はすべての人に対して語られる。だが、応答する人はごくわずかだ。その厳しさに耐えてなお、福音の種は蒔き続けられる。希望をもって営々と種を蒔き続け、主のご委託に応えて行く。そうした人々によって伝道は担われて来たし担われて行く」。

「国語辞典は『愛』で始まり『腕力』で終わるが、神の世界は、『愛』で始まり『愛、主イエスの復活の愛』で完成する。「与えなさい。そうすれば与えられる」とのキリストの教えのとおり、福音を伝えれば、福音にあずかるものとなれる。だから伝道は常に教会形成に向かう。福音に共にあずかる者となろう」と山北議長は力強く結んだ。

2部は、「イエス・キリストを証しする-時代の証言者たち」の記念映像。ベッテルハイム、ヘボン、シモンズ、フルベッキら宣教師、初期のミッション・スクール、教会、クラーク、クラークに学んだ内村鑑三、新渡戸稲造などの貴重な写真をちりばめて、150年の伝道の歴史を手際よくまとめてある。15分間の短編だが、諸集会・教会などで用いられればと願う。

 

いつまでも続く教会

 

3部は交わり。まず「地域の宣教の歴史の素顔」と題して5教会製作の映像が上演された。「にじのいえと信仰の歩み」代々木中部教会、「プロテスタント宣教発祥の地で今、新たに福音宣教が始まる」千葉北総伝道所、「阿佐ヶ谷教会85年のアルバム」阿佐ヶ谷教会、「エステラ・フィンチーその知られざる信仰の生涯」マザーオブヨコスカ顕彰会、「いつまでも続く教会」経堂北教会。

地域の中で教会がどのようにして成長し、大きくなって来たかが分かり勇気づけられた。米財閥カーネギーの養女となりながら、伝道のため来日し、40歳で日本に帰化し、関東大震災の翌年、横須賀市民として生涯を閉じたエステラ・フィンチについては大いに啓発されられた。

続いて各教区1人の出席者が1分間スピーチ。突発的な所要でFAX参加となった東中国を含め、北海道から沖縄まで全国17教区の代表が、教区、教会、個人のこと内容は様々だったが、いずれも熱い心に溢れ会場から大きな拍手を浴びた。

その後、大会イメージ・ソング、「いつまでも続く教会」が発表された。経堂北教会が97年、クリスマスに上演したCSミュージカルの主題歌(作詞・綱川めぐみ、作曲・内藤慎也)で、85年から毎年創作ミュージカルを上演している経堂北教会CS13作目の作品。大橋ゆり姉(経堂北教会会員・二期会会員)の指導で、CS生徒・教師、聖歌隊などで編成した合唱団を先導役に会場が「いつまでも続けて行こう この教会」と高らかに唱和した。

記念信徒大会は、東京信徒会が中心になって企画し、実行委員会が今年3月以来、21回の委員会を開いて準備して来たもので、挨拶に立った鈴木功男実行委員長は、「1年前の東京信徒会で持ち上がった話がここに結実した。150年に感謝すると共に、200年に繋ぐために奮起しよう」と力強く述べ、3時間に及んだ大会を締めくくった。

(永井清陽報)

◆お互いの心を燃やした

 

日本基督教団の歴史に、間違いなく残るであろう全国信徒の集りが、1122日の夜、東京山手教会で持たれた。日本伝道150年記念信徒大会の内容骨子は次の通り。

一部 開会礼拝

二部 記念映像 イエス・キリストを証しする-時代の証言者たち-

三部 交わりの時 映像による各教会の伝道史/1分間スピーチ(17教区より)/大会ソング発表と合唱/大会宣言の発表

信徒大会には、幾つものエポックがあった。

東京信徒会が21回の実行委員会を重ねて大会の企画、呼び掛け、準備、実行の総てを行ったことが第一。文字通り、信徒の手作りだった。

次は、参加者が多かったこと。東京山手教会を950名が埋めつくした。「主の集りが、満員札止め」と言った人が居た。特に、沖縄から参加した7名には盛大な拍手が送られた。

第三は、皆が喜んでいたこと。信徒の交流が、教区内中心になっていたので、大きくなった輪は、旧き友人を見いだし、新しい交流を生んだ。時間を越えてお茶を楽しんだ。

「一に伝道、二に伝道、三,四がなくて、五に伝道」 昔の教会が掲げた思いが、お互いの心を燃やした。

(小林貞夫日本伝道150年記念行事準備委員長)

 

 

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