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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【4690・91号】主題や講演者の絞り込みなど詳細協議 第3回三国間協議会実行委員会

2010年1月30日

 

36総会期第5回スイス・韓国協約(合同)委員会は、第3回三国間協議会実行委員会として、2009121日、教団会議室で開かれた。

三国間協議会の難しさは、相手窓口が一つでないことだ。2カ国であり、更にそれぞれの国に23の窓口となる事務局があり、それらとの調整が求められるところにある。すでに、スイス側の都合によって、開催予定が2011年に順延している。それに基づいて日程の調整が続いており、7月第1週か第2週かの最終結論に達していない。協議会は、広く多くの方々の参加と理解を期待して、カンファレンス形式とすることは確認されている。

主題について、日本の「戦責告白」「憲法9条」をベースにし、「平和」の主題テーマを環境、少数民族などにつなげることなどが提案された。5日目以降の沖縄オプショナルツアーの日程・内容と費用については、現地関係者の具体的な相談をする。

主題や講演者の絞り込みについては、なるべく早い時期に主題趣意書の原案をつくり、各方面・教会に宛てて提案し、協議すべきことが確認された。

協議会開催中のアジア学院における現地研修は、今回の目玉の一つに数えられる。それは、アジア学院が戦責告白の実質化として農業に基づくコミュニティ形成の指導を行ってきていること、また人的構成が多宗教にわたり、紛争当事者民族出身者もいること、またドイツからのボランティアや韓国人スタッフも多数いることによる、内容の豊かさと掘り下げが期待される。同学院現地研修を3日目で全員参加とした場合と、4日目で部分参加とした場合の費用の違いがあるが、3日目に同学院研修をおくことで、4日目に学習経験をフィードバックすることが有意義であるとの点で意見が一致した。

通訳の問題に伴う、例えば宣教師の協力を仰ぐ可能性になどについても、いずれ具体的にお願いすることになるだろう。

(高田和彦報)

 

日本伝道150年を記念する集会が、東京山手教会、青山学院を会場に開かれ、大盛会であったことは、新報でも紹介した通り。しかし、集会・事業はそれが全てではない。全国各地で、様々な工夫のもとに、特色ある企画が持たれた。

その一つは、日本伝道会(代表・小島誠志松山番町教会牧師)主催による日本伝道150年記念四国大会、619日(金)~21日(日)、伊予の諸教会を舞台に展開された。舞台と言ったのは、今回の企画と講師の顔ぶれに依ったもの。各地で「証しと讃美と落語のつどい」を持った。そのタラントを披露したのは、落語家故露の五郎兵衛師匠の妻・明田川紗英さん、夫妻の次女・菅原早樹さん、長女・露のききょうさん(出番の順)。

そもそもは、10年間にわたり上方落語協会会長を務め、数々の賞に輝くなど、上方落語会の重鎮であり、世界福音伝道団栗東キリスト教会の会員である露の五郎兵衛さんを迎え、その話芸と信仰に触れるという企画だったが、彼の急逝により、計画は一端潰えた。

しかし、妻と娘たちが故人の遺志を継ぐようにして、四国伝道は実現された。信仰の種まきであり、また故人が遺したものの収穫でもあり、豊かな実りが与えられた。

舞台を提供したのは、日土(ひづち)教会(出席約50名)、新谷伝道所(出席約50名)、松山番町教会(出席約100名)、日土、新谷では、あらゆる機会を通じて、過去最高の出席者だったのではないかという声を聞いた。

演目(?)は、名前を上げた順に、証し「夫・露の五郎兵衛の生涯と信仰」、讃美「ミニコンサート《GOD BLESS  YOU》」、福音落語「教会根問(ねどい)」。

ききょうさんは、落語の枕で、テレビドラマでいろいろな脇役・端役を演じた経験を、おもしろおかしく披露し、NHKの「朝ドラ」にも出演予定であることを話していた。紗英さんの証しこそ、「朝ドラ」の原作に相応しいと思わせられる内容であった。家計を支えるために幼い時から働き、同時に本への憧れ、そして向学心を押さえきれずに、定時制高校に学んだ。貧しさにも試練にも病にも負けずに、倒れそうになっても、倒れてしまっても、投げ出すことなく立ち向かっていく姿に、惹き付けられた。証しを聞いた後で、著書「おかげさんで」を読んだが、一晩で一気に読み終え、もっとゆっくり味わって読むのだったと、何だかもったいないような気持ちになった。「五郎は生涯未完成?芸と病気とイエスさま」も、続けて読んでしまった。2冊の本に取り上げられているエピソードは、かなりの部分重なっている。一つの出来事を、夫婦それぞれの目で見直すようで、却って興味深かった。

多くの人、家庭、地域社会が捨ててしまったもの、忘れてしまったものが、上方芸人の世界に残っていることに、清涼感を覚えた。清貧という死語を、思い出した。

一家で最初に信仰に目覚めた早樹さんの讃美は、なるほど牧師夫人(滋賀県の栗東教会)、讃美が同時に証しであり、最も困難と言われる家族伝道が実ったことに納得がいった。

両親の著作また本人の証しに垣間見られる早樹さんの物語は、なかなかにドラマチックだ。若い時に女優を志願したそうだが、人生そして信仰生活を、ドラマチックに熱演していると映った。

女優・落語家として活躍しているのが、双子の姉の露のききょうさん、福音落語というものを過去耳にする機会がなかった。最初、違和感を覚えないでもなかった。異質なものを二つ無理に結び付けて、破綻しないものかしらと危惧した。しかし、観客(?)の評判も上々、自分の信仰を客観的にしかも余裕をもって振り返るという、得難い機会を与えられた。

寄席のない地方のこと、生の落語を初めて聞いたという人が多かった。初めて、福音を聞く人にも、落語は有効かも知れない。

既に記した五郎兵衛師匠の本には、常打ちの寄席がなかった大阪で、かつて島之内教会を会場に「島之内寄席」が打たれていたことに触れられている。

21日(日)には、この企画に参加した牧師たちが、それぞれ伊予長浜教会、松山番町教会、小月教会で説教を担当、特別伝道礼拝が守られた。

 

 

主なる神に礼拝を献げることから新しい年をはじめる教会や、地区、支区は多いことと思う。西南支区も、毎年11日に新年礼拝を献げてきた。支区内にはそれぞれの教会で新年の礼拝を献げる教会もある。そのような教会の多くも各教会での礼拝を終えて午後2時からの支区新年礼拝に集ってくる。

東京教区西南支区は、渋谷、世田谷両区と港区の一部にまたがる伝道地域に45教会、5600名の現住陪餐会員、3200人の人たちが毎主日に礼拝を献げている。渋谷という町を中心に、おもに山手線沿線、銀座線、半蔵門線、日比谷線といった地下鉄沿線、田園都市線、京王線、小田急線沿線に教会が広がっている。支区の集会は、自ずと各線のターミナル駅となる渋谷駅周辺の教会が会場となることが多い。

今年の新年礼拝も、渋谷の中心に建つ東京山手教会が会場となった。昨年11月には、この東京山手教会を会場として、950名の人々が集まり日本伝道150年を記念して信徒大会が開かれた。そのときの熱気をまだ会堂が残しているような中で、また御子の御降誕に感謝を献げたクリスマスの喜びが続いている中で、新たな年を迎えて、過ぐる年に主が与えてくださった大きな恵みに感謝し、またこれからはじまる新しい年の歩みに主の御守りを祈りつつ新年礼拝を献げた。

新年礼拝では、支区内諸教会牧師、教務教師たちが召されて説教者として立てられる。今年は、中渋谷教会牧師であり、また副支区長である及川信牧師が説教者として奉仕した。説教題は実にストレートに「罪を赦していただきなさい」。

キリストが洗礼を命じられる大伝道命令と、エマオでの聖餐の食卓、そして聖霊降臨によって弟子たちが教会とされて、ペトロが大胆に説教を語ったことのつながりを、罪の赦しを基点として力強く解き明かした。

西南支区の新年礼拝では、聖餐を守り続けてきた。教会が礼拝会場となる場合は、会場教会が聖餐準備をし、青山学院、恵泉女学園、東洋英和女学院といった支区内のキリスト教学校を会場とする場合は、近隣教会が協力して聖餐器具を持ち寄り聖餐準備をしてこの食卓を守ってきた。

新年礼拝には400名ほどの会衆が集まる。教団内でこの規模の聖餐が守られるのは、教団総会で守られる聖餐に次ぐ大きさではないだろうか。聖餐司式は会場教会牧師が執り行うことが通例である。今回の会場教会の長崎哲夫牧師は、洗礼を授けられた者が聖餐に与ることを明らかに告知したうえで聖餐を執行した。これだけのキリスト者たちが聖餐に与る様子は壮観である。

渋谷はご存じのように文化、商業の町であり、多くの若者たちが集う町である。東京山手教会の前を多くの人々が行き交う。礼拝の間も公園通りを大きな音楽で宣伝する車が行き来する。一駅隣りには明治神宮があり、同じ日に日本一の数の参拝者が訪れる。

これらまだ教会に足を踏み入れたことのない人々に比べるならば400人ほどの会衆などいかばかりであろうか、とも思われる。しかし御言葉によって、聖餐によって、天につながる希望、神の国の希望を聞き、味わうことは、たとえ量的比較では小さいとしても、信仰によって受け取ることは比較できないほど大きい。天において開かれる食卓がどれほど大きいものであるか、との思いである。

天の食卓が開かれるまで、キリストが十字架においてひとつの欠けもなく果たしてくださった罪の赦しを、主が宣べ伝えるようにと命じてくださった神の国の福音を、この町に、日本に、アジアに、世界に宣べ伝えてゆく志を日本伝道151年の年、最初の日に新たにした礼拝であった。

(渡邊義彦報)

▼「明治の最初は和魂洋才、大正はデモクラシー、戦後はアメリカ援助、日本伝道は、常に〈グリコのおまけ〉で勝負してきた。しかし所詮おまけはおまけ、長続きし歴史を作るには至らない。今また、伝道不振だからと、新しいおまけを開発することに躍起になっているように見える。しかし、今度こそおまけではなく、本質で戦わなくてはならない。おまけの通用しない今こそ、千載一遇の伝道機会だ」。或る教区の研修会で、素晴らしい説教に出会い、心を揺り動かされる思いがした。ため息とともにアーメンと言った。▼旅行先の土産物屋で、小さなパンダのお菓子が目に入った。3㎝程の透明な小袋に丸いチョコが二つ、目鼻が付けられ、それでパンダの姿形になっている。なかなか可愛い。値段も高くない。▼教会学校今年最初の礼拝、出席シールはパンダ。出席簿の脇に皿を置き、何の説明もなく、かのパンダのお菓子を盛った。登校してきた生徒たちが、悲鳴めいた声を出して喜ぶ。上級生の子が、「シールを貼ったら一個パンダが貰えるよ」。勝手にルールが出来た。礼拝中に食べる子は、勿論一人もいない。▼冬休み中のこと、普段より出席が少ない。礼拝後、「もう一個ずつ取ってもいいよ」。みんな大喜び。▼心から感動した説教の主旨と真反対のことをしてしまった。

 

ルカによる福音書44044

神の国の福音を告げる 山北宣久

 

混沌を神の秩序に

新年にまず聖書を手にする。

その最初に目にするみ言葉、それは創世記 1 章。  「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。」

改めて深い思いに満たされ「初めに」立ち帰らせつつ新たに遣わされる決意に至らしめられる。

この聖句に日本基督教団を重ねた先人がいる。北森嘉蔵牧師である。「教会制度の確立」という本の中でこう語った。

「教団のことを考えるようになって創世記一章一~二の御言葉は身につまされ実感させられている。教団は神のつくられた教会だと信じている。しかし闇と混沌とが無くなってはいない。天地創造のあとに闇と混沌とがある。

問題は闇と混沌を現状肯定するのではなく、混沌を神の秩序にもたらすことである。」(前掲本 1  4  6 頁)

 

神の秩序

では神の秩序とは何であろうか。それは今日教団の聖書日課たる箇所に明確に記されている。 「神の国の福音を告げ知らせなければならない。」ということだ。(ルカ4章43節)

「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。」との主イエスの教えのもとに生かされて生きる私たちは「神の国」と「神の義」の楕円を描きつつ、教会を形成することをもって神の秩序をもたらすのである。

その「神の国」とは「神が支配しているという事実、神の支配が貫徹している生きた状態」と私たちは受止めている。

この神の国は静的なものではなく、動的な、ダイナミックな状況でとらえられるものだ。主ご自身、同じルカ福音書の中でこう語られたと記されている。

「わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。」(1120節)

従って、神の国というのは、人間による人間の支配が打ち破られ、神様の愛だけが支配する状態といって良いであろう。

 

動と静

神の国は動的、ダイナミックなものであって静的な世界でないと語ったが、その動的なものに与るために静的世界に入り、そこを通過することは必須である。このバランスは大切だ。

42節にはこうある。

「朝になると、イエスは人里離れた所へ出て行かれた。」動的に立ち向かう時こそ退くことが必要だ。

すり切れるような日々の歩みを目に見えない神との交わりによって取戻して行かれた主イエスの姿において教団の教会の、そして私たちのあるべき姿を示されるではないか。

ジョン・ウェスレーはいみじくも語った。

「神との交わりを持ち、信仰の木が下に伸びて行くなら、上に伸びる部分についてあまり心配しなくてもよい。下に成長するとともに上にも成長するから。」

 

三つの働き

人里離れた所にて神との交わりに力を得て激しい歩みを展開された主イエスは三つの働きを使命・命の使い方とされたことが分かる。「いやされた」(40節)、「福音を告げ知らせ」(43節)、「宣教された」(口語訳「教えを説かれた」)(44節)

病のいやし、福音の宣べ伝え、教えを説く、つまり奉仕、伝道、教育を福音宣教の内容とし、それを教団、教会の使命としてきた。

この三つはまさに三位一体である。つまり宣べ伝えるということの中にいやし、教えるということがある。教育的伝道、医療伝道というふうに、すべての業が福音伝道、つまり神の愛による支配、神の国の福音を告げ知らせ、混沌を神の秩序にもたらすことにするのである。

 

私あっての主

42節の後半に「群衆はイエスを捜し回ってそのそばまで来ると、自分たちから離れて行かないようにと、しきりに引き止めた。」とある。

なるほど人々はイエスと一緒に居続けたいと思った。自分の所に主イエスを何とかとめておきたいと思った。

しかし、それは病のいやしという自分たちの利益のためだけであった。

イエスを利用してまで自分の幸福を確保しておきたいという自己中心性をはしなくもあらわしているが、その点をはっきりさせるために主は言われた。

「ほかの町にも神の国の福音を告げ知らせなければならない。わたしはそのために遣わされたのだ。」

神共にいますという神の国の福音はいつも、いつでも、誰にでも伝えられなくてはならない。

生に於ても、死に於てこそ神の愛の支配はあらゆる人にも及び、死と滅びより導き出す。

このことをこそ宣べ伝える、伝道していく、このことにあって、いやしも教えも意味を持つこととなるのだ。

伝道から切り離された教育、神の愛を伝えることを目指さないいやしや奉仕の業は永続性をもたない、このことを主は明確にされる。であるからして主はいやしをなされるにしても、神の愛の発露、そうせざるを得ないゆえにという熱き心のあらわれとしてそれをなした。そのことは40節の後半の言葉からも充分に伺い知ることができる。

「イエスは一人一人に手を置いていやされた。」

いろいろな病気に悩む沢山の病人を一挙にいやしたとは書かれていない。その一人一人に手を置いたのである。

群衆、集団を相手にして行かれた主イエスは、その中にいる一人一人を大切にし、丁寧に相対された。

キルケゴールは「五千人の給食」に触れて「主は五千人を一度に愛したのではなく、一人を五千回愛したのだ」と言った。

一人一人を受容れ愛する、それが福音的ということだろう。

 

神の国を告げる

主イエスはこうして神の国の福音を告げ知らせることを使命としておられたことが明確にされる。

そして主に従う教団は主の使命を我が使命としていく。人間の力による支配があらゆる領域を圧しているやに思える中で、神の支配としての神の国を告げ知らせていく教団、そして教会でありたい。

「日本のゆくえ」との題で矢内原忠雄は語った。

「雑草に押しつぶされないで、雑草が亡んだあとに萌え出る。そこに美しい春の山、春の野が現出する。こういうのが神の国の地上における形成課程の方式である。終りの希望をもってしっかり生きていきたい」。

かくありたい。

(教団総会議長・ 聖ヶ丘教会牧師)

 

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