2・11は、国民の祝日に関する法律(以下、祝日法と記す)で、『建国記念の日』として「建国を偲び、国を愛する心を養う日」と規定されています。この日は神話上の人物神武天皇が即位したとされる日で、1874年以来『紀元節』として守られてきたものですが、1967年に『建国記念の日』として祝日に追加されました。
しかし、今日古代の歴史の専門家で、紀元前660年2月11日に、奈良の橿原に、強力な統一国家が建国され、天皇という祭祀と政治を司る大王が存在したと考える者はいません。また、統一国家の形成、天皇制の確立、天皇という尊称の使用は、紀元645年(一巳の変)から712年(日本書紀成立)の間に行われたと考えられています。建国を偲び、国を愛する心を養うと言いましても、神武天皇が列島の住民をどのように愛し、保護しようとしたのか明確でなく、わたしたちがこの国を愛するといっても、それがどのようなことなのか単純・単一ではありません。
このような中で、祝日法の改定によって2007年から、4月29日の昭和天皇の誕生日は「昭和の日」とされる等、国民の祝日には、天皇や皇族と関連して定められているものがあります。この意図は、天皇制が国民の日常生活から遊離しないようにということです。
1989年の学習指導要領改訂で日の丸掲揚・君が代斉唱が「望ましい」から「指導する」に変更されて以来、日の丸・君が代の強制的な押し付けがなされています。これは憲法19条で保障される「思想・良心の自由」及び20条の「信教の自由」を否定する行為です。この強制に信仰的・良心的理由から反対した公立学校の教職員たちが処分を受けました。まことに憂うべき事態です。神の事柄は政治的な事柄を相対化します。政治は真に人間を救うことはできません。
わたしたちは2・11を迎えるに当たって、教会の重要な宣教の課題としての「信仰の自由」を宣言すると共に、日本国憲法に保障された「信教の自由」が堅持されるよう発言していきたいと思います。各地での集会の上に、神の祝福を祈ります。
社会委員長 福井博文
日本キリスト教海外医療協力会 大江浩
切手から見える世界 使用済み切手運動45周年
JOCSは、2009年に「使用済み切手運動45周年」を迎えました。昨今は電子メール・宅配便など通信手段の激変の影響で、切手収集家の需要は根強いものの、年数トン単位の減少傾向が止まらず、大変厳しい状況にあります。10数年前は「集まりすぎて困った」のが、今は「集まらなくて困る」という逆転現象が起こっています。使用済み切手運動は今、皆様の協力が必要です。
先ず、使用済み切手運動30周年のときにJOCS会報「みんなで生きる」に寄稿された日本におけるこの運動の紹介者である故・住吉勝也医師の記事(抜粋)を紹介したいと思います。
「今から140年前、ドイツのビールフェルトという町にフリードリヒ・デュッセルマンという神父がいました。この町には癲癇の子どもが多く、彼は子ども達が街角で発作を起こして倒れたまま放置されているのを見かねては教会に収容し、町の人々の協力を得て食べ物を与え、看護しました。それがベーテル(神の家)の始まりです。しかし、やがて蓄えも無くなってしまい、手元に残ったのは僅かな古い切手だけでした。 イギリスのエリザベス女王に『私の財産は200枚足らずの使い古しの切手だけです。けれどもこの町では毎日5人もの子ども達が癲癇の発作で倒れているのに、その患者を運ぶ車もないのです。車だけでもイギリスの古くなったものをいただけないでしょうか』と手紙を書きました。すると女王は、新品の馬車を10台送ってくれました。それが、切手が物に変わった最初の記録だと言われています。」(JOCS「みんなで生きる」1994年7月号から抜粋)
日本キリスト者医科連盟の会員であった住吉医師は、岩村ドクターの活動を支えるため、1964年に「ネパールにBCGを送ろう」という全国キャンペーンを開始します。ヨーロッパからのアイデア輸入ではありますが、「切手収集家の趣味と実益」と「途上国の人々の命を支えるというボランティア精神」とが絶妙に結びついたユニークな運動の始まりです。多種多様な切手や消印の趣味、人によっては貼り絵にしたり、装飾に利用したりと、100人いれば100通りの「宝物」に変身する切手の世界は本当に深く豊かなものです。貧しく弱くされた子どもたちを救うこと、それが150年以上も前に始まったこの運動の原点です。
使用済み切手運動は年齢を問わない、誰でも気軽にできる国際協力ボランティアです。暮らしに根付き、そしてリサイクル・リユースの思想に則った「エコ」な教育的活動です。「捨てればゴミ・集めれば国際協力」「はさみ1本・切手1枚から始まる」「たかが切手・されど切手」などなど、色んな表現があるでしょう。確かに、誰かにとっては「用済み」の切手を、私が手に取ったとき、アジア・アフリカの草の根の人々の世界がつながる瞬間があります。
イマジン(想像)してみてください。世界各地で3秒に1人・1日3万人の子どもたちが5歳の誕生日を迎える前に神様の御許にいくことを。1分に1人の女性が出産時に命を落としていることを。世界約67億の人口のうち1日1ドル以下で暮らす最貧層の人々が約10億人もいることを。そのことに無関心ではいられません。私たちは何かしなければ、いえ「何かできる存在」です。一人の人間は家族と地域とそして世界につながっています。「みんなで生きる」一人ひとりとして、命を支えるボランティアに参加しませんか?
ウガンダを訪れて〝We Treat/Care, God/Jesus Heals〟
JOCSは、ワーカー派遣のもう一つの大切な働きとして、現地の医療従事者への奨学金支援を通して、「命を支える人」を支えています。現在7カ国74人(今年度実績)を支援しており、その現状視察のために、昨年10月にウガンダの奨学生とその所属団体を訪れる機会がありました。
JOCSは、ウガンダのUPMB(Uganda Protestant Medical Bureau)をパートナーとして、その加盟団体の保健医療スタッフを対象に毎年20名前後奨学金で支援しています。UPMBに加盟するプロテスタント系医療機関(約270)の80%は、地方の農村で、紛争や貧困にあえぐ地域にあります。JOCSとウガンダの関わりは、北川恵以子・元ワーカー(小児科医:2000?2005年)の派遣に始まり、奨学金支援も北川ワーカーがKiwoko病院にNICUを創設した時に開始されました。
ウガンダの人口は2990万人で、8割はキリスト教徒です。英国から1962年に独立しましたが、アミン大統領独裁下の激しい内戦によって「アフリカのキリング–フィールド」と呼ばれる虐殺の時代を過ごしました。周辺諸国(スーダン・コンゴ・ルワンダなど)も紛争の深い傷跡から癒されることなく、人々は紛争、貧困、そしてHIV/エイズの苦難にあります。
ウガンダでは、多くの奨学生との出会いに私たちの活動の意味を再確認した次第です。彼らは、少なからず自ら医療過疎の地域に生まれ育ち、家族や親類の病気や死に直面し、医療者を目指した人たちです。ここで何人かの奨学生のコメントをご紹介します。
「JOCSの奨学金は財政面だけでなく、大事なモラルサポート。私達は、(所属)病院の光である。JOCSがその光をもたらしてくれた」、「深刻なケースの子ども達ばかりだが彼らは特別な存在で、勇気付けられる。麻酔科は誰もやりたがらないので選んだ。やりがいを感じている。日々の仕事で疲弊気味の同僚を励ましたい。JOCSは夢を現実に変えてくれた」(子ども病院の麻酔科専門の看護師)、「深い感謝の応答として、ロールモデルとして身を粉にして働きたい」(看護学校長)etc。彼らの働きに励まされ、勇気を頂いた次第です。
訪れた病院には”We Care, God Heals〟(Kagando病院)や”We Treat, Jesus Heals〟(Kiwoko病院)という言葉が掲げられていました。「私たちが治療/ケアをする。しかし癒されるのは神様/主イエスである」という意味です。”We〟という言葉にスタッフ一人ひとりの働きがあり、神様が主のみが癒してくれる、という確信のもとに日々の活動に従事していることの証です。
カンパラにあるMengo病院(ウガンダ及び東アフリカ初のミッション病院)にはこう書かれていました。「病者を癒そうとすることは大変な仕事だ。渇いた魂に救いの水を注ぐことはさらに大きな仕事だ。しかしその二つを結びつけることは、人間が望みうる最も偉大な業なのだ」(Dr./Sir Albert Cook,CMS派遣のMengo病院の創設者)と。主に示された私たちの使命を改めて思わされます。
今回のウガンダ出張を契機として、「主の備えられた道を-ウガンダ医療宣教の記録」(イアン・クラーク著・飯田真知子訳:いのちのことば社)、「ウガンダに咲く花」(鈴木文治編著・コイノニア社)という2つの素晴らしい本に出会いました。私たちがウガンダや世界とのつながりの中で、「何故、何のために、何を為すべきか」を考えさせられ、主イエスが私たちに「誰のために、どのように生きるのか」を問いかけられていることを深く学びました。
▼正月2日3日、土日に当たったから、普段以上に忙しかったのだが、仕事の合間合間に、テレビをチラチラ。夜は、スポーツニュースをじっくり。もっぱら箱根駅伝。毎年のことだから、これまでだって見ていた筈だが、今年は特別に気持ちが入った。▼何とも酷な競技だと思う。長距離の難コースをひた走ることもそうだが
、何より、たすきリレーだということだ。大きく遅れたり、ましてブレーキをかけてしまえば、自分一人の失敗では済まない。チーム全体の、予選等も含めた一年間の努力が全て潰えてしまう。シードを失えば、次の年の戦略にも大きく影響する。ゴールを目指して、ふらふらになりながらも、必死に走る学生の姿には、誰もが感動を覚えないではいられない。▼このたすきリレーに、どうしても教会の姿を重ねてしまう。箱根は2日間、往復217・7キロだそうだ。山坂もある過酷なレースだが、教会のたすきリレーは、過去二千年続いている。山坂も箱根の比では無いかも知れない。箱根は往復5区づつ、計10区をつなぐ。教会の歴史は、一体何人のランナーによ って受け継がれて来たのだろう。▼たすきリレーでは、一人ひとりが走るが、しかし団体競技だ。信仰も決して個人プレイではない。そこには当然ながら確固としたルールもコースも存在する。
エフェソの信徒への手紙2章14~22節
隔ての壁を取り壊し 保科隆
平和への期待は破れ
「自分はそれまでは生きられないと思うけれども、君たちは21世紀まで生きる人たちだから」と教室で生徒たちに語った高校の教師の言葉と顔を思い出します。1960年代の中頃のことでした。米ソ対立の中で生じたキューバ危機の少し後だったと記憶しています。その後、ベトナム戦争が激化しました。今にして思うと、あの時の教師の言葉には21世紀になればもっと平和な時代がくるとの思いや期待が入り混じっていたように思います。
21世紀も今年は2010年を迎えています。1989年のベルリンの壁の崩壊からすでに20年が過ぎました。壁の崩壊で米ソ対立の冷戦の時代は終わりましたが、あのころと比べてどれだけ世界は平和になっているのかと考えます。つい先日もアメリカで飛行機の爆破のテロ未遂事件がありました。世界だけでなく、もっと小さな単位の各家庭はどうでしょうか。親子兄弟の間に平和があるでしょうか。創世記4章のカインとアベルの兄弟殺しのような、兄弟の間に憎しみがあり殺しあうような出来事も多いように思います。親と子の間にも同じようなことがあります。それでは一人ひとりの心の中は、と考えます。60年代中頃と比べて、心の中は平安になっているでしょうか。必ずしも平安であるとは言えません。「殺す相手は誰でもよかった」などという無差別の殺人事件が、ここ数年の間に何件か起きています。自分でも抑えられないような激しい敵意や憎しみが心の中に深く秘められてさらに渦を巻いており、それをぶつけるのに相手を選びません。だれしもがそのような得体のしれない敵意と憎しみの対象になりかねないのです。
キリストは私たちの平和
さて、そのような世界や各家庭や個人の心のありようを思いながら、聖書の御言葉に耳を傾けてみたいのです。「実に、キリストは私たちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。」(エフェソ2章14~16節)と書かれています。ここの箇所とその先の17節まで主語は「キリスト」です。つまり、ここに書かれていることは、すべてキリストが何をなさったのかについてです。
まず、「キリストは私たちの平和であります」と書かれています。なぜでしょうか。それは、キリストが敵対している二つのものを一つにし、御自分の肉においてお互いの間にある敵意という隔ての壁を取り壊してくださったからです。そこにキリストの平和が与えられています。「二つのもの」とは、ここでは少し難しいかもしれませんが、ユダヤ人と異邦人の二つのものと考えられています。ユダヤ人は律法を持っていましたが、持っていない異邦人をさげすんでおりました。そして、お互いの間には長い間敵意が存在していたのです。具体的にはヘロデ時代のエルサレムの神殿の構造に示されています。神殿内部の異邦人の庭と婦人の庭と呼ばれる間には垣根がありました。そして、婦人の庭の入口には異邦人に対する禁札が建てられており、そこには「異邦人は神殿の周囲にめぐらされた垣より中に入ってはならない。これを犯す者は死をもって罰せられる」と書かれていたと言われています。また、パウロが捕らえられたのも、パウロが「ギリシア人を境内に連れ込んで、この聖なる場所を汚してしまった」(使徒言行録21章28節)ことによると記されています。それらの出来事はまさに二つのもの、すなわちユダヤ人と異邦人の間にあった越えることのできない隔ての壁の存在を示しており、もし誰かが越えようとすれば、その結果は死があるのみでした。
しかし、聖書はそのような二つの間の「隔ての壁を取り壊し」と語ります。どのようにして壁は取り壊されたのでしょうか。「御自分の肉において」すなわち、キリストの十字架において、ということです。したがって、キリストの十字架において二つの間にあった隔ての壁が取り壊されたというのです。16節に、「十字架を通して」「十字架によって」と二度も十字架という言葉が用いられているのはそのことを示しています。
十字架こそが平和への道
「規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました」(15節)とはどのようなことでしょうか。この当時の律法は細かく分かれていて、手を洗うにしても、食事の時に皿を洗うにしても、どのようにするのかが細かく決められていました。まさに、規則と戒律ずくめの生活だったのです。
しかし、そのような規則と戒律ずくめの律法は、キリストの肉において、すなわち十字架によって廃棄されたのです。「十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ」(16節)とも書かれています。一つの体とは、ただ個人としての体であるだけでなく、キリストの体としての教会でもあります。教会には、ユダヤ人も日本人のような異邦人もいるのです。
また同時に、「一人の新しい人に造り上げて平和を実現し」(15節)とある通り、新しい人にさせられた体でもあります。そして、そこには神との和解があるのです。
だからこそ、聖書が語っている平和は、誰がどのようにしてもたらしたものであるのか、をはっきりと知っておく必要があります。その平和は、キリストが御自身の十字架を通して成し遂げて下さったものであり、そこには、神の御子のただ一度だけの犠牲があるのです。御子キリストの犠牲によってもたらされた平和です。
私共にとって平和についての学びをすることも、平和について議論をすることも大切ですが、キリストの十字架によって人間同士の間にある敵意という隔ての壁が取り壊されていなければ、人間の努力だけではどうすることも出来ないのです。キリストの十字架を信じること、そこから平和の道が開かれるのではないでしょうか。
平和ということでいつも思い浮かぶ御言葉があります。マタイによる福音書5章9節に「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」と書かれています。争いを好む人は誰もいませんし、争いがあったならばそこから逃げ出したくなります。争うのはもうこりごりと思います。しかし、主イエスは言われます。争いのある中に「平和を実現する人たちは幸いである」と。だから私共は、主イエスの語られる平和を実現するために用いられたい、と切に祈ります。
(仙台東一番丁教会牧師)
西早稲田にある日本基督教団事務局は教団の教務執行機関で、管理責任者として総幹事が立てられています。
総幹事の任務は教規50条に定められています。まず、教団の最高決議機関である教団総会と常議員会の議決事項の執行に当たるほか、両会議の審議に必要な調査を行い、予算案の編成や諸議案の整備などに当たります。その他教団の3つの業務機関(出版局・年金局・部落解放センター)と宣教研究所を所轄し、教団の教務の円滑な遂行をはかります。
その総幹事の教務執行を助ける幹事は、総幹事の推薦に基づき常議員会の議を経て教団総会議長が任用します。幹事は事務局内でそれぞれ担当部門の仕事をします。
事務局には総幹事室(主として広報担当)のほか総務・財務・宣教・世界宣教の4部門があり、そこに幹事(現在6名)とその補佐役の職員(現十数名)が配属されています。その主たる仕事は教団の決議機関である6つの常設委員会(宣教・予算決算・世界宣教・教師・信仰職制・教師検定)と3つの常設専門委員会(伝道・教育・社会)のほか8つの小委員会と常議員会が設置した7つの特設委員会に係わり、決議の執行に当たるほか必要とする調査・資料の整備に当たります。
その他教団諸教会や教区の教務一般、宗教法人関係業務、内外諸教会・諸団体との渉外に関する事項なども事務局の担う大切な役割です。
(教団総幹事 内藤留幸)
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