2月1日に第37総会期第1回宣教研究所委員会が開催された。今期の委員は《長》宮本義弘(沼津教会)、《書》長谷川洋介(石岡記念教会)、飯田敏勝(大曲教会)、上田光正(美竹教会)、熊江秀一(新津教会)、神代真砂実(東京神学大学)、寺田信一(海老名教会)で担当幹事は道家紀一、担当職員は新名知子である。
まず初めに宣教研究所規定に基づき活動を行うことを確認した。宣研の働きについては教団内にいまだに充分な認識があるとは言えず、資料収集やデータ収集をする機関と思われがちであるが、宣教研究所規定第3条には「この研究所は研究機関であり、本教団の宣教と教会形成に関する基本的、実際的問題を研究し、常議員会並びに諸委員会等に対して研究成果を報告して、教団の宣教活動を担う」と積極的な位置づけがあり、主の御前にこの責務を果たしたい。
続いて前期委員会よりの申し送り事項の確認を行った。前期委員会(第36総会期委員会)は「信仰の手引き」の作成に集中したために第35総会期委員会において取り組みが開始された①宣教基礎理論の策定、②宣教基本方策の策定には手が回らなかった。そのためこの2つは重要事項として今期委員会へ申し送られた。今期委員会においても、今後の教団の宣教を考える上で、これら2つのことは大きな意味を持つことを認めた。宣教基礎理論の策定については今期集中して取り組み、できるだけ早急に策定を終えたいと考える。
従来と状況が異なることは第1回常議員会において伝道方策検討委員会が設置されたことである。「宣教基本方策」の策定など、宣教方策については新しく設置された伝道方策検討委員会とも連絡を取りながら進める必要性があるように思う。その他に引き継ぐこととしては「信仰の手引き」を新任教師オリエンテーションにおいて配布すること、及び再版の責任を担うこととした。
第1回委員会に当たり、内藤留幸総幹事より期待と激励の言葉があったことを付け加える。
(長谷川洋介報)
2011年1月10日(月)、日本基督教団西千葉教会を会場にして、第18回千葉県信徒大会が開催された。45教会から234名の教職、信徒が集められ、会場は熱気に満ち溢れた。一つの教会から何十人もの参加者が与えられた教会もあったようである。大会のテーマは「つなげよう信仰の輪」。信仰の継承という縦のつながりと、教会同士の横のつながりを意識したテーマである。
大会は、第1部の礼拝からスタートした。説教者には日本基督教団総幹事の内藤留幸牧師が立てられた。礼拝ではヨシュア記24章14節~15節と、マルコによる福音書10章13節~16節の御言葉が朗読され、総幹事は説教の中で、それらの御言葉から、家庭、子どもについてを強く意識しながら、主に信仰の継承について、自身の豊富な牧会経験の中から、様々なケースを引き合いに出しながら熱く語っていった。
総幹事は、信仰の継承は現在の日本基督教団の重要課題であると語り、しかしながらそれは、財産など目に見えるものの継承ではなく、信仰という極めて不可視な事柄の継承であるがゆえ、非常に難しい課題であると指摘した。そしてそれだけに、どれほどそのことのために真剣な熱い祈りが捧げられているかを省みる必要があるのではないかと語った。説教中、真剣という言葉が何度も何度も繰り返し語られていたのが非常に印象的であった。
もう一つ総幹事が説教で強調したのが、信仰生活、教会生活、そして教会そのものが明るいものでなければならないということであった。人は、明るさと暗さのどちらをより好むであろうか。継承される側が信仰者の生活を見たときに、それが暗いものであったならば、それを継承したいと思えるだろうか。家庭で教会生活の愚痴ばかり聞かされたら、聞かされたものは教会に行きたいと思えるだろうかと訴えかけるような語りであった。
最後に、信仰の継承は、人間の小さな努力や、祈りによるところもあるが、やはり最終的には聖霊の働きによるものであり、人間の思いとは全く違った形で、全く違った所からそれがなされることもあるので、諦めないで祈り、語り、働き続けることが大切であると語り、説教は閉じられた。その熱い語りに聴衆は時を忘れて引き込まれている様子であった。その後献金が捧げられ、讃美と祈りが捧げられ、第1部の礼拝は終了した。
第2部は、教会の横のつながりを意識するプログラムであった。まず、会場内の信仰生活50年以上の人たちが覚えられ、千葉支区長の中村征一郎牧師によって祈りが捧げられた。正確な数字は不明であるが、おそらく会場内の40名前後の人たちが、信仰生活50年以上の人として覚えられたと思われる。
続いて、パワーポイントを使った教会紹介スライドショーが行われた。当日までに写真やイラストの提供があった千葉支区の各教会の姿が一教会ずつ映し出され、特に困難な状況にある教会などにはコメントが加えられ、会場はその課題を共有することができた。同じ支区といっても、実際に教会の姿を見たことがない教会は多いという現状があるのはどこの地域でも同様であると思われるが、このように、他の教会の姿を知ることができる試みは、支区内の横のつながりを再確認するという意味でも、有意義なものだったのではないだろうか。
その後、千葉支区の諸活動として、能登半島地震被災教会救援金活動について、靖国問題に関する活動について、部落解放運動について、隠退教職支援の活動についてそれぞれアピールがなされたが、特に、カルト問題について千葉支区では身近な課題になっていることが報告された。
昼食を挟み、第3部はコンサートであった。チェリストでもある井上とも子牧師と、小薗江涼子氏のピアノによる演奏により、心癒されるときが与えられた。
最後は3名の信徒により閉会祈祷が捧げられ、全てのプログラムが終了した。
大会終了後、ある信徒が、「信仰を継承される側の若い人たちの参加が少なかったのは残念だったけれど、いろいろな意味で目を覚まさせられた会だった。このような会が全国各地で行われるようになれば、日本基督教団の伝道も、一歩進むのではないか」と語っていたのが強く印象に残った。
(小林信人報)
2011年2月1日、日韓教会交流史研究会が韓国・長老会神学大学と聖学院大学とによる共同研究会として開催された。この研究プロジェクトは両大学と長年にわたって深いかかわりをもつ、池明観(元東京女子大学教授)、康仁徳(元韓国統一省長官)両氏の共同提案から始まった。その提案趣旨には「日韓のキリスト教史を1910年を起点に、日韓関係の未来に向けて前向きに捉えなおす。北朝鮮、中国を視野に入れ、北東アジアのキリスト教会の交流と協力の基礎を築く。また研究の基礎に第二次世界大戦後に制定された日韓両国の憲法研究を置く」と記されている。
今回は第1回目として、先行研究の学びと検討を主眼とし、3名による講演発表がなされた。
最初に、「1910年までの日本側から見た日韓キリスト教会交流」との題で、原誠氏(同志社大学神学部教授)が講演、その当時の日本における各教派の教会指導者たちの発言を引用しつつ、「文明の梯子段」(鶴見俊輔)の枠組みの中で、日本のキリスト教会もこれに貢献し、国家から認知されることが最大の課題であった。したがって日本の支配力・統治力が拡大されていく韓国の中で、日本のキリスト教会がこの政策にコミットしないという選択肢は存在しなかったと述べ、ただひとり柏木義円の視点のみが出色であると結んだ。
二人目、松谷基和氏(早稲田大学研究助手)の講演は「日本組合教会の朝鮮伝道再考-組合教会に加盟した朝鮮教会・指導者の内的動機-」との題でなされた。
従来の研究では、組合教会による朝鮮総督府機密費の受領、またそれに象徴される植民地政策への協力側面を批判するものが大半であった。
それに対し、今回の発表では一次資料の綿密な分析に基づき、組合教会に加入した朝鮮教会の事情・動機が子細に分析された。そして、米国人宣教師からの独立を志向し、組合教会に加入することで、自らの教会の自治拡充と財政支援を獲得したという側面が提示された。
また、日韓キリスト教の関係史についての今後の研究にあたっては、両国教会の事情を分析することに加えて、欧米宣教師の影響をも視野に入れて検討することの必要性が力説された。
三人目は李致萬氏(長老会神学大学研究教授)が、「日本帝国主義の朝鮮キリスト教政策と朝鮮統治問題に対する日本プロテスタント教界の反応」と題して講演した。冒頭で本研究の主題に触れつつ、日韓のキリスト教の関係史については、両国教会の交流史に限定されるのでなく、教会と社会、政治、国際関係といったより広い視野のもとでの歴史が捉えられるべきであると強調された。
さらに日本の韓国統監府・朝鮮総督府のキリスト教政策について、時代を区分しながら概観し、内地と同様の施策を推し進めているようでありながら、注意深く観察すると現れてくる朝鮮総督府に特徴的な政策に、この時代のキリスト教政策を解く手がかりのあることが示唆された。
以上の発表を受け、コメンテーターおよび参加者との質疑応答がなされた。その内容としては、欧米ミッションとその宣教師の影響力と現地教会への関係をめぐる日韓両教会の相違について、また1945年以前の歴史事象へ現代的状況から評価をすることの意味と限界について、1919年「三・一運動」と教会のかかわりについて等、活発な意見交換がなされた。
また、研究会の中での「朝鮮」「日韓併合」の語の使用については、一次史料に即して議論するという学術研究の性格によるものであることが確認された。
なお当日40名ほどの出席者のうち、日本基督教団教師の参加者が10名を超え、この主題への関心の高さを窺わせた。
同研究会は3年間の研究プロジェクトとして企画されており、今後さらに1945年以降の両国デモクラシーと教会の関係について、さらに21世紀の北東アジアにおける教会の役割についても研究が進められることとなっている。
(新報編集部報)
思いを寄せ合い、祈り合い
秋に出された長期予報通り全国的に大雪となった今冬、十日町教会周辺は積雪が3メートルを超えました。過去10年で3回目ともなれば驚くほどのことではなくなりましたが、日課とは言え、毎日数時間にも及ぶ除雪作業は楽ではありません。
6年前の晩秋、新潟県中越地震の被災地となったこの地域は、まもなく訪れる本格的な降雪の季節に怯えていました。震災で傷ついた建物の補修は間に合うのか? 傷ついた家が豪雪に耐えられるのか? そんな不安が人々の心を支配していました。そもそも震災によって傷ついたのは目に見える建築物ばかりではなく、何よりも人々の心でした。ですから、皆が心に思うこと、考えること、想像する内容、それらがことごとく弱気な方向に向かっていること自体に恐れを抱きました。
そのような中、キリストを力強く証しする信徒の姿もありました。マイナス思考になり、嘆きや恨み言を繰り返す隣人に、「私は神さまが必要を満たしてくださると信じている。私たちは今こうして命を保たれ、仮住まいであろうとも寝食する場所が与えられているではありませんか」と励ますその姿、それによって元気づけられ明るい笑顔を取り戻す隣人の姿は、今でも私の記憶に鮮やかによみがえります。
しかし、残念ながら人々の不安は現実のものとなり、その冬は19年ぶりという豪雪になりました。そのため、震災後に引き続き、たくさんのボランティアが駆けつけてくださり、一緒に汗を流してくれました。
駆けつけてくださった皆さんが取り除いてくれたのは雪ばかりではなく、被災地を飲み込もうとした暗く重い空気であり、ともすれば私たちから生きる気力さえも奪おうとする邪悪な陰でした。決して目には見えない、けれども確かに私たちを包んだ光は、被災地を思う人々の祈りと励ましと共にもたらされたのでありました。
「もともと雪国なのだから、大雪だからと騒ぐことはない」そうおっしゃる信徒もいます。実はその通りで、急に豪雪地になったのではなく、元々豪雪地であり、これまでにも想像を絶する豪雪を経験してきた土地です。にもかかわらず、この地から他へ移住するどころか人々はこの地を愛し、「利雪・克雪」をスローガンに掲げ、発展させてきました。
私たちの教会は、そんな地域に宣教し、信仰を育んできた教会なのです。ですから、地域の人々と共に歩む教会にとって大雪は雪害ではなく「想定内」と言わねばなりませんし、事実積雪3メートルも想定内なのです。
あまりに降雪量が多いと、さすがに礼拝出席は減ります。夏場に比べ冬季は3割から4割減でしょうか。車で来られる方が他の方を送り迎えするシーンも増えます。猛吹雪の中、隣町の集会に行ったことや、代務を務めた教会に説教を録音したCDを届けるために吹雪の峠を何度も越えたりしました。不思議と、それらは苦労ではなく、逆に集会を持てる感謝や、御言葉を届ける喜びに満たされた楽しい記憶として残ります。
よくよく考えれば、北海道や東北北部の教会は同じような環境にあるでしょうし、沖縄なら日照りや台風といった厳しさに加え、米軍基地という人災まで押し付けられ、その辛さは私たちの比ではないでしょう。九州では家畜の伝染病で地域経済が打撃を受けた上、火山の噴火による降灰にまで苦しめられ、被災から17年を経た兵庫の方々の傷が癒えるのはいつになるのかと案じもします。他にも、水害や震災などはいつどこで起こるのかわからず、しかも全国どこにいても、大きな災害に襲われるリスクがあるのです。
だから、私たちは日頃から互いに思いを寄せ合い、祈りを合わせることが必要なのだと改めて思います。災害に遭ってかわいそう、なのではなく、自らの体が痛む感覚を養いたいのです。私たちはキリストにあって結ばれていると信じるからです。
窓の外は今も雪が降っています。でも、やがて来る暖かい春の陽を楽しみに、今はジッと耐えることにいたしましょう。
(新井純・十日町教会牧師)
▼学校新聞を編集発行する高校生男女は、ふとしたことから、郷土史の暗部とも言うべき出来事を調べ、探り出す。それは、物語の全編を通じて繰り返し現れるブレイクハートヒルの地名の由来。奴隷売買を含む市を盛り上げるために、黒人奴隷が出場する徒競走が行われた。丘の頂上に最初に駆け上がった者、一人だけに賞品が授与される。奴隷は二人三脚のように、二人ずつ足が繋がれているにもかかわらずだ。ルールはない。どんなに汚い手で競争相手を退けてもかまわない。賞品は自由。しかも当人ではなく、彼の末子の自由。▼奴隷たちは、子どもの自由と未来という崇高な目的のために、己の命も名誉も信仰も魂も、全てを犠牲として戦う。美しい目的のために、我が身を汚辱に染める。▼トマス.H.クックの『夏草の記憶…文春文庫』に描かれる一つのエピソードに過ぎないが、これが物語の全体の基調となっている。原題は、Breakheart Hill。▼感想も批評も言わない。ただ、身につまされる。▼「心の飢えは人の定めであり、人はそのむごい苦しみを、信じることで癒すのだ…同じ著者の『緋色の記憶』、文春文庫」。これも、感想も批評も言わない。▼私たちの教会のむごい苦しみは、どこに向かうのだろうか。信仰が、この苦しみを癒すのだろうか。
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