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★新刊から
『キリストこそ我が救い-日本伝道150年の歩み』日本基督教団日本伝道一五〇年記念行事準備委員会=編
1959年の宣教100年から50年間を教団はどう歩んだのか。日本伝道に大きな足跡を刻むキリスト教学校と社会福祉事業の歩みとは。歴史を振り返り、日本伝道200年に向かって進むべき道を探る。*2730円
ここにおられるキリスト 筧 牧人 (伊予長浜教会牧師)
2004年に神学校を卒業し、愛媛県にある伊予長浜教会に伝道師として赴任した。伊予長浜教会に来て、愕然とした。人もお金も、そして伝道の可能性も何もない教会だと感じたからである。礼拝出席は10名にも満たず、財政的にも困難を極め、明日運営できなくなってもおかしくない状況であった。また、受洗者も長く生まれず、町自体も急激な過疎化で疲弊していた。私は何とかしなければならないと思い、我武者羅に頑張った。何よりも私自身が不安だった。真っ暗闇の中で、何か希望の光を手にとって見たいと思い、頑張った。しかし、その頑張りは空回りとなり、良い結果を生み出すどころか軋轢を生んだ。そして破綻がやってきた。私は二年目の夏に病になった。何も手につかなくなる病であった。そこで自分が「空っぽ」になってしまったと感じた。医者に診てもらうと共に、伊予長浜教会の代務者であった牧師に相談をした。その牧師は静かに話を聴いてくれた後、言った。「『汝ら静まりて我の神たるを知れ』だよ。全てをやめて、あなたの救いのために神の御言に聴きなさい。わかったように読むのではなく、求道者のように聖書を読みなさい」。私は聖書を貪るように読んだ。
聖書を読み進める中で、「心の貧しい人々は幸いである、天の国はその人たちのものである。」という言が私を捕らえた。それまで私は「心の貧しい者」とは自分とは違う、誰か別の人間だと思っていた。しかし「空っぽ」とされた今、この「貧しい者」こそ、一片の誇りも持ち合わせていない自分であることを知らされた。けれどもその私に、生ける神であるキリストが、御自分の贖いによって「天の国」を約束してくださっているのである。成し遂げてくださるのは私ではなくこの生ける神である。
私は不信仰の中で喘いでいた。この生ける神を私は全く信頼していなかったのである。それに気づいて、初めて周りを見回すことが出来るようになった。そうすると今まで考えていたことが全部間違っていたことがわかった。私は、伊予長浜教会が何もない教会だと思っていた。しかし違った。礼拝に必ず出席する10名弱の信仰者がいるのである。彼らの生活を冷静に思い出してみるならば、様々な事情を抱え、決して礼拝に毎週来ているのが当たり前ではない。けれども、毎週必ずいる。そこには人間の論理では説明できない神の奇跡があることを知った。神がその御力をもって招いてくださっている。それ以外には説明できないのである。神がこの者たちを愛しておられるからこそ、ここに教会が立ち、彼らが招かれている。
また、教会財政も不思議としかいえない仕方で満たされていた。それは10年先まで安心できるような満たされ方はしないが、マナが降る如く一日一日満たされるのである。それを私は「まぐれ」だと思っていた。しかし冷静に見るならば、それは神の奇跡であった。
伊予長浜教会は何もない教会どころか、キリストの生きて働いておられる「キリストの身体」であった。私はそれまで教会のために自分が「仕えてやっているのだ」と思っていた。しかしそうではなく、私のような「貧しい者」が生けるキリストの御力の下におらせていただいているのであることを知った。生けるキリストの存在を知って、私は不信仰をやめた。自分ではどうしようもないことを思い煩うのもやめた。全てを主であるこの方におまかせし、召されている福音の務めに専念することにした。伊予長浜教会は今もここにあり、奇跡は起こり続けている。
◇公募◇
《ドイツ・教会大会》
◎ミュンヘンで開催のエキュメニカル教会大会に教団を代表して出席
◎日 程 5月12日~16日
◎募 集 教団の信徒又は教職、2名
◎自己負担 往復旅費
◎先方負担 宿泊費
◎応募期限 3月19日(必着)、書類選考あり
《EMS中東聖地巡礼の旅》
◎他宗教・他教派との対話
◎日 程 10月9日?23日
◎場 所 レバノン~シリア~
ヨルダン~イスラエル
◎自己負担 往復旅費と7万円
◎締 切 3月19日(必着)、
EMSにて書類選考あり
◎問合先 国際関係委員会
(℡03-3202-0544)
お詫び・訂正
4692号3面のハイチ大地震被災者救援募金のお願い中、郵便振替番号に間違いがありました。正しくは、
00150-2-593699
になります。お詫びして、訂正させていただきます。
髙井哲也氏(無任所教師)
09年4月9日、逝去。76歳。北海道に生まれる。’58年農村伝道神学校を卒業、同年天童教会に赴任、’61年から’69年まで周防教会を牧会した。遺族は、妻・好子さん。
川谷威郎氏(隠退教師)
09年11月25日、逝去。80歳。高知県に生まれる。’56年同志社大学大学院神学部を卒業、同年石橋教会に赴任、京都丸太町教会、旭川六条教会、札幌北光教会を経て、’87年千里聖愛教会を牧会し、06年に隠退した。遺族は、妻・和子さん。
塩澤庄司氏(隠退教師)
09年12月7日、逝去。96歳。山梨県に生まれる。’37年日本聖書学校を卒業、’40年鶴岡教会に赴任、’47年酒田暁星教会を牧会し、’88年隠退した。遺族は、息・寛司さん。
村川政勝氏(原町教会牧師)
10年1月4日、逝去。59歳。北海道に生まれる。’74年日本聖書神学校を卒業とともに信徒伝道者として倶知安教会に仕え、’77年教師として就任、坂出冨士見町教会、北見望ヶ丘教会、岡山教会を経て、02年より原町教会を牧会した。遺族は、妻・朏鷺子さん。
塚本彰夫氏(隠退教師)
10年1月22日、逝去。85歳。京都府に生まれる。’49年同志社大学神学部を卒業、同年舞鶴青葉教会に赴任、京都丸太町教会、石橋教会を経て、’71年より米国デンバーのシンプソン合同メソジスト教会、ホノルルのウェスレー合同メソジスト教会で宣教、’88年隠退した。遺族は、妻・麗子さん。
教師謝儀互助はどうなるの
邑原宗男
奥羽教区は、教区の宣教協力の重要事項として1989年度より教師謝儀互助制度を実施した。実施に先立ち、常置委員会は数年にわたって検討を重ね、そこで出された意見を元に、教師謝儀互助委員会を設置して集中的に検討させた上で教区総会に提案した。教区総会は再度検討するよう常置委員会に差し戻した。またまた検討を重ね、当時参考にしようとしていた他教区の制度に取り入れられていた申請方式をやめ、提出された謝儀実額調査書による算定方式とした。そこには誰でも遠慮なく互助の対象となり得ることを目的としている。20年間には、何度となく制度の見直しを繰り返し、その度ごとに出来得る限りの検討をし、少しでもよい制度に変更・改訂を行いながら維持してきた。
この制度の財源は、教師による互助負担金、信徒による教師謝儀互助献金、教区経常会計繰入金、特別献金である。教区経常会計繰入金とは、教区活動連帯金と剰余金である。今、財務委員会が検討しても、検討しきれない状況が起こっている。奥羽教区は、所謂「受け入れ教区」であるからだ。教区活動連帯金の減額は教師謝儀互助会計を直接圧迫する。
今日まで教団全体の祈りが、教区内の教会・伝道所に実感として届いていた。毎年、教区総会には詳しい報告があり、状況を知ることができた。しかし、今年度の報告にはどのように報告すべきか苦慮。更に今、一番苦慮しているのは次年度の財源確保である。
(奥羽教区総会議長)
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