第36総会期第4回常議員会は、2月15日から2日間、教団会議室で30人全員が出席して開催された。
議事に入る前の点呼の冒頭、山北宣久議長は、「北村慈郎氏が常議員席に就いているが、教団新報4692号の公告で明らかなように、北村氏には戒規が適用・執行されている。
しかし、2月12日付で上告書を受理したので、施行細則6条により審判委員を選任し協議を行う。その決定が出るまで処分は保留となる。従って本日は従前通りの点呼を行いたい」と提案した。
これに対し、異論も出て意見が相次いだが、挙手多数で議長提案は承認され、点呼が行われた。
議事日程の件で山北議長は、「審判委員選任の件を追加議案として第2日目第1の議題として扱い、戒規適用に関する議論は総幹事報告で扱う」ことを提案し承認を得た。
総幹事報告では、当然のように、北村慈郎常議員に対する戒規適用問題が火を噴いた。戒規処分反対論では、「常議員は教団新報に掲載された公告だけしか知らず、北村氏本人も戒規申立書を見ていない」と資料開示・請求。「個人の資格で提訴したのを教師委員会が受理したのは適性か」との手続き上の疑義論。「先例集96は素晴らしい歯止めだった。一委員会だけで判断するのでなく、委員会は議長と話し合ったのか。教師委員会から特設委員会設立の申し出があって然るべきでなかったか」「未受洗者配餐の事実をどのようにして確定したか」など教師委の判断を問うものなど。
これに対し、戒規処分賛成論では、「本人の上告があった以上、重く受け止め、審判委の判断を待つべき」「教師委の判断の是非を常議員会で下せるとは教規は規定していない」「本人が発言・文書で認めている以上の事実はない」などで論議は平行線をたどった。
松井睦教師委員長は、09年7月31日の戒規適用申立書(代表者小林貞夫)受理以来、調査委員会を設けて調査・審議し、「北村氏は3度の面談要請にも『信仰職制委の回答が出るまで応じられない』として応じてくれなかった。調査委は北村氏の文書・発言を仔細に調査し、本年1月26日の委員会で北村氏が教規第135・136・138条・教憲第1条に違反しており、免職が相当だとして3分の2以上の賛意を得て決定した」と経緯を説明した。
これに対し、北村常議員は、「教師委員会とは理解が違う。申立書受理に対し、私と紅葉坂教会は質問書を教師委員会に出したが、その回答が『信仰職制委の答申に疑義があるなら、諮問したら』との回答を頂いたので、09年11月18日付で諮問した。私は『答申が出るまで面談は待って欲しい』と言ったのであって、『応じない』とは言っていない」と反論した。
阪神淡路大震災第2次募金を巡る兵庫教区との話し合いについて内藤留幸総幹事は、「09年12月14日、林邦夫教区議長らと話し合い、①第2次募金は総幹事の取り扱い事項であることを改めて確認②役割を終えたものは順次教団に返却するなど6点で合意を見た。5千900万円ほどあると思うが次回常議員会で報告する」と述べた。長時間費やした総幹事報告は挙手多数で承認された。
08年7月の信仰職制委員会の「伝道所について教規と実態との間に乖離がある」との答申を受け、第36総会期に設立された「伝道所の内容と位置づけに関する検討小委員会」が答申を行った。
第2種教会の条件を現行の「現住陪餐会員おおむね20名」から「おおむね10名」とし、この条件を満たさぬ場合でも「総会を行い役員会を組織する場合」第2種教会となることが出来るなどの教規変更案を含んだ答申で、佐々木美知夫委員長は「大部分の伝道所が教会として位置付けられることをねらった。全国215伝道所の現状と課題を勘案し、あえて教会論に踏み込まなかった」と説明した。答申は承認され、山北議長は「三役会で協議し、次のステップを常議員会に提案する」と語った。
幹事任用の件で、総務担当幹事に、藤盛勇紀氏(藤沢北)(任期10年4月から4年間)、嘱託幹事に大三島義孝氏(宣教担当・碑文谷)、加藤誠氏(世界宣教担当・静岡一番町)を新任。野村和正氏(宣教・教師検定担当)、道家紀一氏(教師・宣教研究所担当)、小林眞氏(同宗連担当・非常勤)(いずれも10年4月から1年間)を再任。今泉幹夫嘱託幹事(宣教担当)は09年12月退任した。
長山信夫能登半島地震被災教会会堂等再建支援委員会委員長は、「2月12日現在、1億3千625万円(目標1億5千万円の91%)にまで迫ったが、委員会の任期は10月の教団総会までであり、七尾教会・羽咋教会の会堂建設のため、何としても目標を達成したい」と諸教会の一層の支援を訴えた。
(永井清陽報)
「裁判官みたいですね」と言われた。刑務所でクリスマス礼拝をささげたときのことである。
教誨師は16年間担っている。当初は試行錯誤で教誨を行った。前任者からの引継ぎがなく、また他の教誨師からの指導もないままに始めた職務である。最初の30分は讃美歌を歌い、聖書を輪読し、解説を含めた奨励を行う。後半の30分は懇談の時とし、感想を聞いたり質問を受けたりする。教誨を受ける皆さんは、自由にのびのびとお話するのであった。
最初に迎えたクリスマスは、いつもの教誨ではなく、クリスマスを体験してもらいたいとの思いが有り、ローソクを灯して、暗黒の世にイエス様が到来した喜びのメッセージとしたのであった。この時はガウンを着用したのである。クリスマスの礼拝が終わり、感想を聞いたとき、「裁判官みたいですね」と言われたのである。胸に突き刺さるものを感じた。そう、この人たちはガウンを着ている裁判官から刑の宣告を受け、服役する身になったのである。裁判官から刑の宣告を聞くかのごとく、クリスマスのメッセージを聞いたことになる。
配慮のないことであったと反省したのであった。
教誨を行いながら、出所したら礼拝出席を勧めている。何人かの皆さんも礼拝に出席することに希望を持っている。実際、その人たちが教会に行き、礼拝へと導かれたとき、講壇で説教をする裁判官を見るのであろうか。
(教団書記 鈴木伸治)
わが恩なんぢに足れり
笑顔の絶えない野坂さんは、小さい頃から成績優秀の人気者だった。そんな野坂さんを突然の病気が襲ったのは、女学校に入学してまもなくだった。体育の授業中に意識を失って倒れ、相当の時間を経て意識が回復してからも、猛烈な頭痛に苦しめられた。しばしば同様の発作が起こり、本人は癲癇と思ったが、医師の診断と病名は変遷し結局確定しなかった。ただし発作による危険を回避するため登校は控えざるを得ず、定期試験だけで成績を判定されたが、常に首席を占め続けていたとのこと。
自宅療養の毎日は、読書に費やされた。悶々とする日々の中で、叔父の所有する聖書を手にする。コリント後書12章「わが恩惠なんぢに足れり、わが能力は弱きうちに全うせらるればなり」の御言に捉えられた。60年以上過ぎた今でも、その箇所だけには栞がはさまれている。けれども戦時下、教会へ行くことは叶わなかった。
女学校卒業後は女子栄養学園に進学。クリスチャンである香川綾先生の熱心な指導に触れ、栄養士の資格も取得した。社会人となってからは様々な職場を経験し、感銘深い信仰者との出会いもあったが、受洗には至らなかった。やがて母校の女子栄養学園に勤務することとなり、学部新設申請、大学院設置申請等の業務を中心に28年間勤めた。そして最後の職場である武蔵丘短期大学でも設立申請を担当、開設校の最寄り駅がある東松山に居を定めた。
このことが人生に決定的転機をもたらした。東松山教会へと導かれ、50年間に亘る求道を経ての洗礼を受けた。「振り返れば自覚の有無にかかわらず、主の御手により最善を歩ませられてきた」と語る。若い時分は激しい性格で「闘牛場の牛」と称せられたそうだが、今は穏やかな「牧場の牛」と自称する。ガルニエ・オルガンの響く礼拝堂で一礼拝者として、心の平安を与えられて過ごす日々。その喜びが笑顔に溢れていた。
日本基督教団宣教委員会委員長 小出 望
◎日 時 2010年3月1日(月)午後2時~2日(火)午後3時
◎会 場 富士見町教会
◎主題講演 「今、日本基督教団の教会論を確認する-教憲に示された教会観-」
内藤留幸(教団総幹事)
◎講 演
①「礼拝と聖餐」
芳賀 力(東京神学大学教授・東村山教会)
②「職 制」
岡本知之(西宮教会)
2009年11月に発行しました『日本基督教団年鑑2010』の「正誤表」が出ました。ご希望の方は年鑑をお求めになった書店か教団事務局まで直接お申し込みください。
なお、4月以降は教団ホームページからもダウンロードできます。
日本基督教団事務局総務部
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