インスタグラムアイコンツイッターアイコンyoutubeアイコンメールアイコン
日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
newaccount

【4719号】東北学院学科改組後も「Bコース」認定 第36総会期第10回教師検定委員会

2011年3月19日

 

第36総会期第10回教師検定委員会が、1月24日(月)~25日(火)、教団会議室において、委員7名全員が出席して行われた。

まず委員長・事務局報告において、第37回教団総会における昨秋の教師検定試験合格者承認について、また2011年春季教師検定試験の受験要綱送付と願書受付の状況について報告された。さらに、教師検定規則第4条変更に伴い、1年後に迫った変更規則に基づく試験実施に向けて、関係する3神学校との連絡について報告された。

次いで、2011年春季教師検定試験の準備を、以下のように進めた。

①学科試験および面接試験の日程と試験会場について確認した。個人面接は、受験者の居住地に配慮して、原則的に遠距離の方から行うこととした。

②補教師受験志願者58名と正教師受験志願者15名の受験資格を、個別に照合した上で確認した。

③他教派からの教師転入志願者について、提出書類により資格を審査し、学科試験と論文課題を決定した。

④事前に提出された、説教・釈義、神学論文等の採点結果を付き合わせ、合否判定、再提出等、それぞれを確定した。

⑤試験当日の学科試験問題を作成し、決定した。

⑥学科試験当日の委員の責任分担について相談し、確定した。

⑦受験費用援助に関して、申請書が提出された15件について検討し、承認した。

続いて、教師検定規則第4条変更に伴う試験実施の準備について確認し、2012年春季の該当する受験志願者に対し、各神学校において配慮ある指導をお願いする手紙を送付することとした。

最後に、東北学院大学学科改組(2011年4月)に伴うコース認定継続の申し出を受けて検討し、従来通り、いわゆる「Bコース」による受験として認定する方向を確認した。

春の試験は補教師試験の受験者が多数となる。試験を通しても、神の召しが真剣に問われ、確認されることを願いつつ、主の導きと祝福を祈るものである。

(東野尚志報)

 

1月31日(月)~2月1日(火)、教団会議室において今総会期第1回部落解放センター運営委員会が開催された。

出席者は30名。組織会がなされ、運営委員長に東谷誠(大阪教区)、書記に多田玲一(九州教区)が選出された。新しい運営委員が紹介され、毎回新しい運営委員が組織される度に確認してきた「運営委員の役割」が再確認された。常任運営委員会、活動委員会が組織され、また活動委員会や各担当も同時に承認された。また、新しく会計監査を担当する駒木和男監事(大阪教区)が紹介され、2名の会計監査監事が承認された。

定例の活動はこれまで通り継続されることが承認され、新しい予算が承認された。第11回全国会議の決算、報告書の作成が承認された。次回の全国会議開催地選定は継続審議となった。

今年6月から7月にかけて関東教区で開催される「部落解放関東教区キャラバン2011」の計画が関東教区の全面的な支援を受けて順調に進められていることが報告された。また、次回各教区総会でキャラバングッズを販売する計画が承認された。前回の四国キャラバンに続いて成功へと導かれるように決意を共有した。

センターの活動の強化を目指して、会計監査処理規程が承認され、さらに常任運営委員会のもとに「センター」見直し委員会が設置されることとなった。また、規約改正の件、第8回全国会議の報告の件などが前委員会から引き継がれた。

部落解放センター、各教区・支区取り組み報告と共に、性差別問題全国集会への参加報告、全国「同宗連」報告、NCCの報告など様々な取り組みについての報告が共有された。

活動献金の献金状況が報告された。年度末に向けて目標額が満たされるよう共に力を合わせることが確認された。

席上から提起され、「北村慈郎教師への戒規問題」について意見の交換をする場がもたれた。多くの委員から今回の戒規について反対の意見が出された。

次回委員会は7月5日(火)~6日(水)に教団会議室で開催の予定。

(多田玲一報)

 

▼誰もが一度や二度は「さかだち」をした経験を持っていると思う。控えめに言っても、多くの人が何度も挑戦し、そして退けられている。その動機は、大抵健康問題にある。医者に勧められてという場合が殆どかも知れない。理屈では分かっていても、なかなか実行できない。体調不良の自覚があって、初めて、真剣に取り組むことになる。▼さて、覚悟を決めて、エイヤっとかけ声をかけても、最初からうまくはいかない。無理をしないで、少しずつ、少しずつだ。三日坊主に終わらないこと、継続することが、肝要だ。一ヶ月二ヶ月と続けられたら、次第に確かな効果が現れる。▼しかし、効果が出た時が、大きな危機だ。とりあえずの目標を達成する、体重が減る、体調が良いとなると、最初の必死な思いが、萎えてしまう。そして、目標を喪失し、気が付いたら元の木阿弥ということさえ。リバウンドだ。▼その時に、何かしら新しい動機付けがあったら、非常に効果的だ。例えば、チャリティーマラソンのような考え方だ。達成した数字に見合う金額を、災害被災者に献金するとか。誰かを応援することで、自分の応援団を作るのだ。▼ところで、逆立ちと酒断ちは、同音異義語だ。酒断ちも本来は断酒ではなく、何かしらの祈願のために行うものだった。

 

 

秋田桜教会・下浜教会

教団の課題の深奥には、地方の問題が

 

秋田桜教会の誕生

「自立した教会の使命は教会を生み出すことである」。秋田市の中心部にある秋田楢山教会(1888年創立)の開拓伝道への幻によって、秋田桜教会は生み出された。1983年、伝道に着手し、秋田駅東側、新興住宅地である桜市に家を借り、秋田楢山集会所が開設される。開拓伝道専任の牧師として、雲然俊美、真理子両牧師が赴任し、全力を投じる。土地を購入し、秋田楢山教会の会員115名の内、17名が桜市の集会に移ることを決意。1988年、秋田楢山教会百周年事業として、会堂を建て、伝道所が開設された。その後、受洗者および転入会者が与えられ、1990年5月に第二種教会設立式、秋田桜教会となる。俊美牧師は、「自分に与えられた思いによってではなく、教会の業の中で開拓伝道に用いられたことが良かったと思う」と振り返る。教会員一人ひとりの献身が牧師を支え、牧師の献身が教会を励ます時に、豊かな業が生まれて行くことを教えられる。この間、児童文庫を開き、多くの子どもたちが集められた。70名近い子どもが集まった時もあったという。また、パイプオルガンを導入し、コンサートを通して地域の伝道を展開している。現在は、現住陪餐会員42名の群れとなっている。礼拝出席は、朝夕の礼拝を合わせ30名程である。

 

献身の思いを与えられた時

教団書記に選ばれた主任担任教師、雲然俊美牧師について触れたい。

秋田で生まれ育ち、大学進学の際に故郷を離れ、茨城で学生生活を送った。世の不条理と、その原因を学問的に探究しようと、社会学を学んだ。

紛争の余韻が残る時代、統一原理の集会にも顔を出したことがあった。秋田に戻り就職する中、「聖書を用いている新興宗教に関わったのだから、キリスト教会では聖書がどのように語られているかを聞いてみたらどうか」との知人の勧めによって横手教会の門をたたき、主イエスと出会う。

信仰を与えられた時が、献身の思いを与えられた時でもあったと言う。それは、珍しいことなのかもしれないが、主イエス・キリストとの出会いとは即ち献身であり、ごく自然な成り行きだったのだそうだ。

神学校では旧約聖書を専攻。現在は教会の牧会と共に、原理問題にも取り組む。

四国の教会で育った真理子牧師とは神学校時代に出会った。卒業したら「秋田で」とは思っていなかったが、「地方で」というのは二人の暗黙の了解事項であったと言う。それ以来、二人三脚で主の福音を宣べ伝えている。

 

地方教会の現実と課題

人の流れは、地方から都市へと向かって行く。その勢いは近年顕著になっている。若者は上京し、教会を訪れる子どもの数も年々減少している。

秋田駅から教会まで、雪が積もる道を歩いてみた。車は数台走っているものの、人とすれ違うことはほとんどない。人口が増加している都市部の教会と同じように教勢が伸びることは困難、それどころか、現状維持も大変である。

秋田桜教会をはじめ、秋田市内の教会はまだ良いが、市外の教会が置かれている状況は更に厳しい。俊美牧師が兼牧する下浜教会を訪れた。秋田の市街地から車で40分程の農村地帯にある。農村伝道の幻によって建てられ、会員17名で始まった教会だが、現在は、教会員8名、礼拝出席4名程である。

牧師を呼ぶ体力はないが、かつては、牧師を招聘し、多くの子どもたちが集まっていたこともあったと言う。俊美牧師が、毎主日、秋田桜教会での主日礼拝を終えた後に、礼拝奉仕をしている。秋田桜教会の夕礼拝は真理子牧師が担当する。夫婦で牧会しているからこそ、出来ることだ。地方において、兼牧や協力牧会の体制を整えることは急務だと言う。

また、都市部以上に土地に根差した伝道を展開することが求められる。いのちの電話、大学での講師、ボランティア団体での講演、様々な委員等、活動の幅は広い。それらのつながりから教会を訪れる人も多いと言う。

伝道者として赴任した際、自分の中に伝道の進め方についての思いや計画があった。得意のギターを用いて青年伝道を試みたりもした。しかし、自分の思い通りに進んだことは殆どない。遣わされた土地で、教会を訪れる、様々な重荷や課題を負う人々と向かい合う中で、自分では想像もしていなかったような形で用いられ、伝道が進められて行ったそうだ。

自分から進めようとする計画によってではなく、自分の方へとやって来る与えられた課題と、一生懸命、向かい合って来た結果として今があると言う。

 

教団書記として

俊美牧師に、地方教会に仕えている者として教団書記の務めを担うことについての抱負を聞いた。書記に指名されたのは、驚きだった。しかし、開拓伝道の業に仕える中、常に他教会との協力を大切にし、地区、教区、教団を重んじて来たことを振り返りつつ、教団の働きに仕えられることは喜びであり、教会員も応援していると言う。何よりも先ず、議長、副議長を支えることに専念したいと語る。また、次のような点にも触れた。都市部の教会が地方教会の苦労を分かっていないのではないかとの思いを抱いてしまうような、心ない言葉を聞くことがある。何気ない言葉の中に無関心を感じることがある。この無関心の中に、都市と地方の距離が生まれるのだろう。教団の課題の深奥には、地方の問題(地方と都市の関係から来る問題と言っても良いだろう)が少なからずあると言う。地方の教会と都市の教会が益々良い関係を築き、更に豊かに、主のご委託に応えられるようになればとの願いは強い。そのためにも、信仰の一致を確立しつつ、伝道へ向けた協力関係を一層深められる教団になるよう仕えて行きたいと語る。

 

共に祈りを合わせつつ

教会では毎週木曜日の昼と夜に祈祷会が持たれている。昼の祈祷会に出席し、8名の出席者と共に御言葉に聞き、祈りを合わせた。祈りの中心は、日本基督教団が、主の体なる教会として、豊かに用いられて行くこと、そして、そのために仕える俊美牧師の働きが導かれることであった。小さな証しをする機会も与えられた。突然訪れた者を温かく受け入れ、その語る言葉に耳を傾け、それぞれの思いを吐露してくださった信徒の皆さんの姿の中に、地方教会の温もりを感じる。果たして、同じような思いをもって、地方から来る若者を都市の教会が迎え入れてきただろうかと自らを省みつつ秋田を後にした。

(嶋田恵悟報)

2011年3月5日

 

昨年の夏に開催された同志社神学協議会において、会衆派から見た教団の構造を「団子とそれを貫く串」とするモデルが提示され、参加者全員から、ほぼ異論なく受け入れられた(と思う)。

団子が各個教会であり、それを貫く串によって、その一体性が確保されているという意味である。

会衆派の伝統に立つ者の一人として、私もこのモデルに異存はない。ではこの串とは何か。私見では、それは教憲・教規以外には無いであろう。会衆派の伝統に立つ教会(また信徒)と雖(いえど)も、共有するルールは順守しなければならない。小学生でもわかる理屈である。

同時に、教団にはこのルール遵守のみが求められるのであって、個人の思想や政治的決断に関する事柄を「総会決議」によって拘束し、就中何らかの「方針」を過半数で採択することによって、各個教会に「体質改善」を迫るなどということは、会衆派の伝統から見た時に、あってはならない暴挙である。 私個人としては、キリスト者が社会の様々な構造的暴力と戦うことは当然の使命であり、信仰告白の血肉化であるとすら考えるが、それはキリスト者個々の自由な決断と責任において担われるべきものであり、決して他者から強制されるものであってはならない。

教団総会は少人数で法定事項のみを扱い、空いた年に「教団大会」を開催して、政治的オピニオンへの信徒間の自由な連帯をはかることが最善の道であろう。それがわたしに与えられた幻である。

(教団副議長 岡本知之)

PageTOP
日本基督教団 
〒169-0051 東京都新宿区西早稲田2-3-18-31
Copyright (c) 2007-2026
The United Church of Christ in Japan