宣教共働について
高橋和人
教区総会資料には逝去者の名簿が載せられている。毎年五、六〇名の名前が数えられる。寡黙に教会を支えてきた人々である。
東北伝道が順調であった時代は限られていた。信仰の先達たちは風土との戦いにおいて、また経済的にも苦労を重ねてきた。さらに今日、東北は共同体を維持することができない限界集落を多く抱えている。寂れて行く町。しかし賑わいのあるところも、まねたものばかりで空疎である。教会はその中に命の実質のあるものとして立ってきた。
今、この教会を後の世代に繋いで行くことが急務である。東北教区はそのために2004年に機構改革を行った。教会の「共働」(共に働く。つまり教会の孤立をなくし互いが支え合うこと)を地区が主体となって進める。教区はそれを後押しするようにした。
教区独自に使うことのできる予算の半分にあたる規模の「宣教共働会計」を設立し、運営は地区長主体の宣教共働委員会が行う。常置委員会、宣教部委員会の人員も費用も削減した。地区が力を発揮するためと格差をなくするために再編成を行った。
動き出して5年。課題は多いが実りも見えてきている。実効あるものとするために今後も調整や改良をしていかなければならない。しかし、教会の生き生きした力は機構によって保証されるわけではない。主のいのちの言葉に結ばれていることが強められるよう願って止まない。
(東北教区総会議長)
9月7日~8日に第36総会期第3回宣教研究所委員会が開催された。
冒頭担当幹事が道家紀一幹事に代わったことが総幹事より報告された。
今回の委員会で協議された大きな課題の一つは「信仰問答」に関することであった。宣研では、今の教団には新たな信仰問答書が必要なのではないかという判断である。どのような信仰問答書かと言えば日本基督教団信仰告白に対応するところの信仰問答が必要とされるのではないかと考える。日本基督教団信仰告白自体が諸教会において、また所属の教師信徒においてしっかりと受け止められていくためである。そしてそのことが一人ひとりの信仰生活において力となっていくためである。日本基督教団信仰告白は簡易信条ではあるが、基本信条や福音主義教会の諸信仰告白を踏まえた充実した信仰告白である。もしその内容が教団内において充分に受け止められていないとするなら残念なことである。せっかく豊かな信仰告白が与えられているのであるから、その内容を信仰問答という形において深めていきたい。
教団には1959年に教団総会の議を経て出された「信仰問答」がある。この信仰問答は全く異なる経緯の中で出されたものであり、従って教団信仰告白に対応しているものではない。このように主旨を異にするものではあるが、それと本委員会が目指しているものとの位置づけを慎重に考えている。また、この作業は宣教研究所が研究機関としての自由な研究の範囲で始めたのであるが、それを教団の中でどのような形で表すかについては今後関係機関と協議しながら決定していきたい。
今回の委員会でもう一つ大きな課題は「宣教基本方策」に関することであった。これについは「宣教基礎理論」と共に数回にわたって議論を積み重ねて来ているものであるが、次第にその姿が見え始めている。これについては鋭意文書化の作業を進めているところであり、ある程度形が整ったところで問いたいと考えている。 (長谷川洋介報)
教育委員会の第3回委員会が、9月1日~2日、教団小会議室で開催された。各委員担当の部門の経過報告がなされたが、特に2008年クリスマス献金の「教会学校応援セット」を贈呈した教会を、委員が分担して問安した報告が感謝のうちになされた。困難な状況にありながらも、懸命に教会学校の活動を展開しようとしている一つ一つの歩みが、「クリスマス応援セット」の業をとおして、全国の教会(学校)に結ばれていることを、大きな喜びと共に知らされるものであった。またクリスマス献金をお献げした団体への問安も感謝のうちに報告された。2009年のクリスマス献金も準備が進められている。
8月31日に教団会議室で開催された「青年担当者会」の反省と展望が話し合われた。今回の「青年担当者会」は、山北宣久教団議長のメッセージによる開会礼拝をもって始められ、続いて学生・青年伝道にたずさわる宣教師のネイサン・ブラウンさん、東北教区センターエマオの大越美穂さん、学生キリスト教友愛会の野田沢さんの3人によって「青年伝道の現状と課題」について発題がなされた。続いて各教区の活動報告がなされ、青年活動の様々な可能性について分かち合うことができた。全国的なネットワーク作りを願いつつ全国の活動について情報発信をしていくことと、現在すでに取り組まれている台湾基督長老教会とのユースミッションの活動を、この交流を通して充実させていくことを教育委員会の当面の働きとする旨話し合われた。
教会教育セミナーと教区教育担当者会を、来年の3月9日(火)~10日(水)に東海教区(静岡)で開催する計画を進めている。教会教育セミナーは、特に開催地近隣の教会教育にたずさわっている方々に呼びかけ、教会教育の基本に立った学びを予定している。
第35総会期教育委員会による第48回キリスト教教育主事認定試験(2009年3月)結果をめぐって意見が出されているが、当第36総会期教育委員会としては取り扱い得ない事柄であることを確認した。
(山畑謙報)
毎年8月の上旬に行っている部落解放青年ゼミですが、今年は参加者が参加しやすい日程を考え、25日~28日と8月の下旬に青年ゼミを行いました。おかげで気候にも恵まれ、それぞれが充実した学びと交わりの時を過ごすことができたように思います。
私自身は、今年は実行委員長という立場での参加で、やはりそれなりの責任を感じながらの日々ではありましたが、参加者皆に支えられ、おかげで今までで最も自分と向き合い自己を解放することのできた4日間となりました。
今年の青年ゼミは「『あわいこそ』へ入ろう ~ただいま解放中!~」をテーマに、皆で差別の現実と向き合いました。
「あわいこそ」とは、被差別部落に存在した(地域によっては今も存在しています!)、人がすれ違えない程の狭い道のことで、この道は狭い地域に密集して住むことを余儀なくされた部落の人々に対する差別を如実に表しています。私たちが青年ゼミを行った和泉の地では、住宅地や道路が整備され、もはや「あわいこそ」は見られなくなって、外見からは差別の現実が見えにくくなっていました。しかし、フィールドワークで少しでも街を歩けば、生々しい差別の現実が浮き彫りになってきます。たとえ街並みは変わっても、目に見えないところで依然として差別が続けられているのです。
そこには、「差別など存在しない」とか「まさか自分が差別などするはずがない、差別に関わっているはずがない」とか、変わりゆく街並みをいいことに、無意識に差別と向き合うことを避け、差別を生み出している責任から逃れようとする私たちの心理があるのではないでしょうか。こうした差別を無くしていくには、私たち一人一人が差別の現実から目を背けることなく真剣に向き合い、自身の心の内に潜んでいる差別の心、無関心の心から解き放たれていく必要があるのだと痛感させられました。
良い意味で自身が打ち砕かれ、また建て直されて、神様に差別からの解放のために用いていただく。そのような解放の輪をこれからも広げていきたいと考えています。
(北村智史報)
「学んだ事、出会った事のたったひとつの証しは、自らが変わる事、変えられていくという事だ」
(灰谷健次郎)
広島・平和記念資料館
9月7~9日にかけて広島及び岩国で教団社会委員会が開かれた。7日午後、広島駅到着後すぐに広島平和記念資料館に向かい原爆の実相を知る。そのあと久保まさかずさん(ピースリンク広島・呉・岩国、広島の歴史をみてまわる会)の案内で平和記念公園(爆心地)を碑めぐりを中心にフィールドワークする。原爆投下前の町並み復元図を見ながら今、立っているこの場所に人々のかけがえのない生活があり、家族がいて、それぞれの人生があったこと、そして原爆によって一瞬にしてその命が、生活が、家族が奪われてしまったことを思うと胸が張り裂けそうになる。「あの日」どれほど多くの人々が苦しみもだえながら水を求めて元安川に飛び込んだことだろうか。そして死体で埋もれたことだろうか。人々の無念や怒り、叫びが今も聞こえてくる。最後に「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という広島平和都市記念碑(原爆死没者慰霊碑)の前に立つ。国の為政者たちにこの言葉はどう響くのだろうか。私たち一人ひとり、勿論この社会委員会も、過ちを繰り返させないための声をあげていきたい。
岩国・米軍基地
2日目、一行は山陽本線で岩国へ。被爆地ヒロシマからわずか一時間弱の所に今も米軍基地が居座り続ける。凄まじい爆音をたてて戦闘機の発着訓練が繰り返され、米兵による事件・事故は後を絶たない。不平等な日米地位協定によって米兵は守られ、数多くの事件が闇から闇へと葬られ、いつも市民が泣き寝入りを強いられてきた。基地があるがゆえに岩国の人々の命と生活は絶えず脅かされ、理不尽な苦しみや痛みを負わされ続けてきた。
そして今、その米軍基地が「米軍再編」によって更に増強されようとしている。「騒音対策・安全対策」と偽り、海が埋め立てられて基地が拡張されてきた。その埋め立て土砂を得るために「良好な住宅開発を」と偽って市民の憩いの山の愛宕山が削り取られ、いざ蓋を開けてみれば米軍住宅という計画。あまりにも岩国市民をバカにした話だ。私たち岩国市民は、戦争の拠点としての街ではなく、平和な街を未来の子ども達に残したい一心で様々な圧力の中、日々精一杯の取り組みを続けている。「基地の街の問題を教会の外の社会の問題」として切り捨てる人も多くいる。けれどもそこに暮らす私たちにとっては生活の問題であり、命の問題である。基地の問題が社会委員会の課題となり、戦争責任を告白した日本基督教団の宣教の大切な課題の一つとなってくれることを切に願う。
(大川清報)
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