東日本大震災で被災された皆様に心からのお見舞いを申し上げます。教団でも数次に亘り対策会議を開催し、被災地支援の大綱を策定し、順次着手しております。
今後「新報」等にて詳細が報告されますので、皆様におかれましても何卒ご確認くださいますようお願い申し上げます。 さて震災発生以後、「風評被害」という言葉が様々な媒体において多用されるようになりました。
風評被害とは「存在しない原因・結果による噂被害」を意味しますが、最近この言葉が本来の意味とは異なって用いられるケースが相次いでいるように思います。
それは、政府やマスコミによる情報の隠蔽や誤魔化しが横行する中で、確かな根拠によって真実を指摘した者、またその意見を、「風評被害を流す者またその行為」として非難する風潮です。
「平安がないのに平安、平安」と言う偽りの預言者を重用し、真実を語る預言者を迫害する人間の心根は、今も同じであると思わざるを得ません。
レントゲン1回と1時間あたりの放射線量を比較して「大丈夫」という大学教授。年間20ミリシーベルトでも「大丈夫」という文部科学省(法律では年間1ミリシーベルト)。子どもを見殺しにするこの国の政府・マスコミは一体何を考えているのでしょうか。
真実を見極めつつ、子どもたちの命を守って行くことは、教会の為すべき重要な使命の一つです。皆で努力を結集致しましょう。 (教団副議長 岡本知之)
死を前にする隣人の言葉に聞くために
一人の医師との死別が、宍戸さんに死を前にした人々のために何かすることが出来ないかを考えさせるきっかけとなった。
大学卒業間近に、宍戸さんは難病を負い、命を取留めた後も長期治療を要した。病名すらわからなかった病だったが、原因を突き止め完治に導いてくれたのが先の医師だった。自分と同い年の医師が50歳を越えて間もなく逝去したことに大きなショックを受けた。
命を救ってくれた医師の死後、宍戸さんはホスピスでのボランティアを始める。死を目前に緩和ケアを受ける人々が語ることをベッドサイドで聞く奉仕である。このボランティアを通して、人に寄り添い、話に聞くことのできる自分を発見した。
死にゆく患者とその家族の側にいて、患者本人とこれを看取る家族の間に、死を受容するための時間差があることに気付かされる、と言う。多くの場合、患者本人は既に死を受容しており、家族は愛する者の死を受容するため直前まで揺れ続ける。本人も、家族も死について備えゆくことの大切さを思う、と言う。
日本の終末医療では霊的なケアが十分でない、と宍戸さんは思っている。緩和ケア病棟にチャプレンがいる病院は、キリスト教信仰に基づいて建てられた病院以外、ほとんど見られない。求める人に、霊における苦しみ、痛みを真実に和らげ、まことの慰めをお与えくださる方をこそ、お伝えしなくてはならないであろう。
死を前にした人々の言葉に聞く大切さに気付かされたことは、自死防止を目的に設立された電話相談にてボランティアすることにもつながった。このボランティアを通して、聖書の語る隣人がもっと大きな広がりを持っていることを知らされた、と言う。より多くの人々の言葉に聞くことができるよう、現在、この団体の広報委員として、多くのボランティアが応募されるよう訴えている。
主の御名を讃美いたします。
第37総会期、「伝道方策検討委員会」も設置され、伝道について審議の最中です。
伝道委員会でも委員会の務めの範囲内で諸計画を進めています。
その一環として、下記の計画をたてましたので、ご案内いたします。
伝道講演会
◎日時 2011年6月27日(月)午後6時30分~8時
◎場所 長野本郷教会
(電話026-241-4362)
◎講演 「今この時」-日本基督教団の伝道 -
◎講師 石橋秀雄牧師(日本基督教団総会議長)
後日、チラシを送付します。
ご予定もおありのことと思いますが、教会員の皆様にご出席をお勧めいただきたく、何卒よろしくお願いいたします。
2011年4月5日
伝道委員会委員長
米倉美佐男
担当幹事
大三島義孝
東日本大震災による被災教会の状況が明らかになって行く中で、能登半島地震被災教会の七尾教会会堂献堂式が、4月29日行われた。
献堂式には、内藤留幸総幹事、高橋潤・中部教区議長、疋田國磨呂–関東教区議長、富山、石川地区諸教会の教職・信徒、北陸学院関係者など県内外から125人が出席した。
釜土達雄牧師は説教で、「会堂を求める信徒の祈りに主は応え、許して下さった。だが、建物は神にとって必要だったのではない。今日の御言葉(列王記上9・1?5)で、神はソロモンの宮殿に住むといわれたのではなく、『聖別し、わたしの名を置く』といわれた。キリストの教会といわれるが、会堂は、集り祈るため私たちに必要だった。主はこれを良しとして、建てさせて下さった。会堂を父なる神に献げ、正しい礼拝を守り抜く決心をしたい」と力強く述べた。
新装成った会堂は、鉄筋コンクリート2階建て延べ313㎡、総工費5800万円。春の陽光に映える綺麗な会堂が誕生したが、旧会堂と同じデザインのため、久方ぶりに訪れる人は、旧会堂を改修したかと思う人がいるかもしれない。
07年3月25日の能登半島地震で七尾市は震度6強だったが、会堂は一見、被害軽微に見えた。ところが、専門家の診断は、ブロック造りで亀裂・歪みが生じ、次の大地震には倒壊必至のため建て替えだった。七尾教会は、1908年、能登半島伝道の拠点として設立された歴史ある教会だが、市の繁華街一本杉通りの当初の地から、1961年、現在の小丸山公園そばに移り、瀟洒な会堂を建設した。以来50年、厳しい状況の中で教会を支え伝道を続けて来た人たちには、旧会堂への愛着絶ち難く、「建て直すなら同じデザインにしよう」でまとまった。ランプシェードも古いものをそのまま使った。今回の工事で、隣接の付属幼稚園一部を改修し、教会2階が幼稚園と連結して集会室となり、献堂式終了後ここに会場を移して、祝いの会が始まった。
挨拶に立った内藤総幹事は、「立派に再建された会堂は、七尾教会の喜びだけでなく、祈りのこもった献金を献げた全国の信徒にとっても大きな喜びだ。献堂式の最中、いろいろな思いが錯綜していた。地震、津波、原発事故の3重苦に苛まれた東日本大震災で被災した教会と信徒のことである。何らかの被害を受けた教会は70にのぼる。復興にはかなりの年月を要するだろうが、七尾教会の再建は、東日本大震災の被災教会にとって大きな励みになるだろう」と述べた。
続いて立った高橋・中部教区議長は、「能登の伝道の灯火を消してはならないという願いが、全国に響いてここまで導かれた。祈りの力があると宝がついてくることを今日実感した。主のみわざを見るために、これから祈りを結集して東日本大震災の復興に力を合わせて行きたい」と挨拶した。
「羽咋教会出身という立場からここに駆けつけた」と前置きした疋田・関東教区議長は、「中越、能登半島地震と相次いだ大地震で、神はあらゆる境遇に対する道を与えて下さることを実感した。東日本大震災は、レントの中の大地震だった。主はその苦しみを十字架に背負って下さる。復活の主を私たちは戴いている。教団が力を合わせて東日本大震災の復興に尽して行きたい」と述べ、出席者の誰もが七尾の喜びを東日本大震災につなげようと誓い合った。
能登半島地震被災教会でただ一つ残っている羽咋教会会堂の再建は、イースター翌日、工事が始まり今年度中に完成。来春に献堂式が行われる。
(永井清陽報)
西村 哲氏(隠退教師)
11年1月23日、逝去。84歳。福井県に生まれる。’53年同志社大学を卒業、同年旭東教会に赴任、舞鶴青葉教会、松山城南高校を経て、’96年まで長崎外語短期大学の宗教主任を勤め、07年隠退した。遺族は息・西村真人さん。
中島 渼(なみ)子氏(隠退教師)
11年4月10日、逝去。95歳。富山県に生まれる。’35年バプテスト女子神学校を卒業、’58年小諸教会に赴任、’77年まで牧会し、隠退した。遺族は息・中島弘光さん。
上 良康氏(無任所教師)
11年4月17日、逝去。97歳。鹿児島県に生まれる。’41年日本神学校を卒業、’42年両国教会に赴任、’47年より’98年まで(旧名・和田本町教会)十貫坂教会を牧会した。遺族は妹・上齋(いつき)さん。
赤阪英一氏(無任所教師)
11年4月18日、逝去。78歳。東京都に生まれる。’57年同志社大学大学院を修了、同年飫肥教会に赴任、’61年より’78年まで近江八幡教会を牧会した。遺族は妻・赤阪信子さん。
梅田憲章氏(札幌中央教会主任担任教師)
11年4月22日、逝去。68歳。北海道に生まれる。06年東京神学大学大学院修了、同年札幌中央教会に赴任。遺族は妻・梅田悦子さん。
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