インスタグラムアイコンツイッターアイコンyoutubeアイコンメールアイコン
日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
other

使徒言行録13・42~52

2011年9月27日

13:42 パウロとバルナバが会堂を出るとき、人々は次の安息日にも同じことを話してくれるようにと頼んだ。
13:43 集会が終わってからも、多くのユダヤ人と神をあがめる改宗者とがついて来たので、二人は彼らと語り合い、神の恵みの下に生き続けるように勧めた。
13:44 次の安息日になると、ほとんど町中の人が主の言葉を聞こうとして集まって来た。
13:45 しかし、ユダヤ人はこの群衆を見てひどくねたみ、口汚くののしって、パウロの話すことに反対した。
13:46 そこで、パウロとバルナバは勇敢に語った。「神の言葉は、まずあなたがたに語られるはずでした。だがあなたがたはそれを拒み、自分自身を永遠の命を得るに値しない者にしている。見なさい、わたしたちは異邦人の方に行く。
13:47 主はわたしたちにこう命じておられるからです。『わたしは、あなたを異邦人の光と定めた、/あなたが、地の果てにまでも/救いをもたらすために。』」
13:48 異邦人たちはこれを聞いて喜び、主の言葉を賛美した。そして、永遠の命を得るように定められている人は皆、信仰に入った。
13:49 こうして、主の言葉はその地方全体に広まった。
13:50 ところが、ユダヤ人は、神をあがめる貴婦人たちや町のおもだった人々を扇動して、パウロとバルナバを迫害させ、その地方から二人を追い出した。
13:51 それで、二人は彼らに対して足の塵を払い落とし、イコニオンに行った。
13:52 他方、弟子たちは喜びと聖霊に満たされていた。

2011年9月26日

13:13 パウロとその一行は、パフォスから船出してパンフィリア州のペルゲに来たが、ヨハネは一行と別れてエルサレムに帰ってしまった。
13:14 パウロとバルナバはペルゲから進んで、ピシディア州のアンティオキアに到着した。そして、安息日に会堂に入って席に着いた。
13:15 律法と預言者の書が朗読された後、会堂長たちが人をよこして、「兄弟たち、何か会衆のために励ましのお言葉があれば、話してください」と言わせた。
13:16 そこで、パウロは立ち上がり、手で人々を制して言った。「イスラエルの人たち、ならびに神を畏れる方々、聞いてください。
13:17 この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し、民がエジプトの地に住んでいる間に、これを強大なものとし、高く上げた御腕をもってそこから導き出してくださいました。
13:18 神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び、
13:19 カナンの地では七つの民族を滅ぼし、その土地を彼らに相続させてくださったのです。
13:20 これは、約四百五十年にわたることでした。その後、神は預言者サムエルの時代まで、裁く者たちを任命なさいました。
13:21 後に人々が王を求めたので、神は四十年の間、ベニヤミン族の者で、キシュの子サウルをお与えになり、
13:22 それからまた、サウルを退けてダビデを王の位につけ、彼について次のように宣言なさいました。『わたしは、エッサイの子でわたしの心に適う者、ダビデを見いだした。彼はわたしの思うところをすべて行う。』
13:23 神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送ってくださったのです。
13:24 ヨハネは、イエスがおいでになる前に、イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝えました。
13:25 その生涯を終えようとするとき、ヨハネはこう言いました。『わたしを何者だと思っているのか。わたしは、あなたたちが期待しているような者ではない。その方はわたしの後から来られるが、わたしはその足の履物をお脱がせする値打ちもない。』
13:26 兄弟たち、アブラハムの子孫の方々、ならびにあなたがたの中にいて神を畏れる人たち、この救いの言葉はわたしたちに送られました。
13:27 エルサレムに住む人々やその指導者たちは、イエスを認めず、また、安息日ごとに読まれる預言者の言葉を理解せず、イエスを罪に定めることによって、その言葉を実現させたのです。
13:28 そして、死に当たる理由は何も見いだせなかったのに、イエスを死刑にするようにとピラトに求めました。
13:29 こうして、イエスについて書かれていることがすべて実現した後、人々はイエスを木から降ろし、墓に葬りました。
13:30 しかし、神はイエスを死者の中から復活させてくださったのです。
13:31 このイエスは、御自分と一緒にガリラヤからエルサレムに上った人々に、幾日にもわたって姿を現されました。その人たちは、今、民に対してイエスの証人となっています。
13:32 わたしたちも、先祖に与えられた約束について、あなたがたに福音を告げ知らせています。
13:33 つまり、神はイエスを復活させて、わたしたち子孫のためにその約束を果たしてくださったのです。それは詩編の第二編にも、/『あなたはわたしの子、/わたしは今日あなたを産んだ』/と書いてあるとおりです。
13:34 また、イエスを死者の中から復活させ、もはや朽ち果てることがないようになさったことについては、/『わたしは、ダビデに約束した/聖なる、確かな祝福をあなたたちに与える』/と言っておられます。
13:35 ですから、ほかの個所にも、/『あなたは、あなたの聖なる者を/朽ち果てるままにしてはおかれない』/と言われています。
13:36 ダビデは、彼の時代に神の計画に仕えた後、眠りについて、祖先の列に加えられ、朽ち果てました。
13:37 しかし、神が復活させたこの方は、朽ち果てることがなかったのです。
13:38 だから、兄弟たち、知っていただきたい。この方による罪の赦しが告げ知らされ、また、あなたがたがモーセの律法では義とされえなかったのに、
13:39 信じる者は皆、この方によって義とされるのです。
13:40 それで、預言者の書に言われていることが起こらないように、警戒しなさい。
13:41 『見よ、侮る者よ、驚け。滅び去れ。わたしは、お前たちの時代に一つの事を行う。人が詳しく説明しても、/お前たちにはとうてい信じられない事を。』」

2011年9月25日

6:14 しかし、このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。この十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対してはりつけにされているのです。
6:15 割礼の有無は問題ではなく、大切なのは、新しく創造されることです。
6:16 このような原理に従って生きていく人の上に、つまり、神のイスラエルの上に平和と憐れみがあるように。
6:17 これからは、だれもわたしを煩わさないでほしい。わたしは、イエスの焼き印を身に受けているのです。
6:18 兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがたの霊と共にあるように、アーメン。

2011年9月24日

1952年生まれ。東京都建設局職員。三崎町教会員。

「9月に入りましたので、パンダも一段落つきました」。都立公園整備管理事務所は上野公園の中にある。動物園にパンダが来たため、来客の整理などにかり出されることもあった。18歳で鹿児島から上京して、ずっと都の建築職として歩んできた。
10年程前、八丈島に転勤になった。当時の八丈島は2つの教会が合併しようという時だった。「八丈島の一番激動の時を、過ごしたと思います」。客員で過ごそうと思っていたが「若い役員がほしい」と言われ転会を決意。招聘委員に加わり、小田島泉牧師を招き、2つの教会が合併。しかし合併直後、小田島牧師が召され、新たに牧師を招聘しなければならなくなった。招聘委員長の役を受けるも、転勤で内地に戻ることになる。内地に身を置きながら、現任の一之木幸男牧師を紹介され、招聘した。その後三崎町教会に籍を移し伊豆諸島伝道委員会に加わった。「島と関わりたい」という思い故だった。
3年前、今度は三宅島に転勤になった。「神様、何か仕組んでるんじゃないのか」そう思った。三宅島伝道所は有名無実。「今度は三宅島のために一肌脱いで下さい」と言われ島に向かった。2人の信徒と数ヶ月に1回集まって祈るようになった。牧師が訪れ聖礼典を執行するようになるなどその集会が発展し、それが今年6月の百周年記念の礼拝に結びついていった。「私ができることはやります」というスタンスで、大きな役割を果たした。
島での経験を通して信仰が成長し、気持ちが強くなったと感じている。「過酷な条件の中で教会を維持し、伝道を続け、信仰を継承していくには、伝道に対する意気込みがなければできないのです」。その伝道にかける意気込み、都会では持ち得ない精神力は島で育てられた。
今は自分のことを「大変な所に遣わされる存在」と思っていると言う。時が経っても島の教会の存在は薄くならない。それを自分も支える者であるという意識を強く持って歩んでいる。

「部落解放 関東教区キャラバン2011」を、2011年6月25日~7月4日迄、日本基督教団関東教区と部落解放センターの共催で開催しました。キャラバン隊4名(東谷誠、犬養光博、小糸健介、山口政隆)とセンター実習生(桝田翔希)の5名で関東教区内5県を部落差別がなくなることを願い、出会いを求め、研修とフィールドワークをして参りました。走行1、177キロ、22会場1、373名の参加者でありました。各地で恵み多き集会でありましたが、隊員3名に3ヶ所の報告をさせていただきます。

足尾銅山フィールドワーク
犬養光博

予定表に足尾研修とあったので、もう一度田中正造のことが学べる、と楽しみにしていましたが、全く違っていました。足尾銅山跡、強制連行されて来た朝鮮人や中国人の慰霊碑、そして年月が経ち,多くの人々が必死に植樹をしたにも関わらず、未だにあらわになっている裸の山。
古川鉱業所は筑豊でも大きな炭坑を経営し、有名になった日向墓地は古川鉱業所大峰炭坑に強制連行された朝鮮人の墓です。
筑豊では山本作兵衛さんの絵がユネスコの記憶の世界遺産に登録されたのですが、足尾銅山は「負の遺産」ではなく、日本近代化に貢献した、という視点で世界遺産を狙っているのに驚きました。
「ここに朝鮮人の集落がありました」、案内してくださった平山正道先生(四條町教会)の手の先を見ました。そこは、前は川、三方は山に囲まれた天然の隔離地でした。それにしてもあちこちにキャンプ地や研修所が出来て、子どもたちが沢山やってくると聞きました。何を研修するのでしょう。
誰かがきちんと説明してくれなければ、過去の歴史はどんどん消されているのは筑豊も同じでした。
事実が消されるという意味では、足尾銅山に来る前に急いで立ち寄った日光東照宮の参道の両側に植えられている杉の並木が、被差別部落の所だけ抜けている、と聞いてびっくりしました。何万という参拝者の誰がそのことに気付くでしょう。
また、当日の夜、桐生東部教会でもたれた集会では田中正造と被差別部落のことが話題になり安田耕一さんが、今解っていることを語って下さいましたが、まだまだ解らないことが多い、と言われました。掘り起こさなければならないと思います。

佐渡フィールドワーク
山口政隆

部落解放キャラバンの4日目から6日目の間、私達キャラバン隊は佐渡島に滞在しました。キャラバンが始まり、手探りの中で毎日集会を行い、得がたい経験をしながらもそれをなかなか消化しきれずに行程を続けていた私達にとっては船で海を渡って訪れるということは一時の休息であり、解放の時間でもありました。
訪れた佐渡教会では荒井真理牧師と三村修牧師にとても暖かく、真摯に迎えてもらい、特に初日の夜に出して頂いた食事では佐渡の名産品を扱った料理が並べられ、一体これを作るのにどれだけ時間を費やしてくれたのだろうかと思うと、感謝の念を抱かずにおれませんでした。佐渡の地ではフィールドワークと集会を行わせて頂きました。佐渡島の歴史を教えて頂き、金山の跡地などを巡りましたが、やはり印象に残っているのはそこにもあった被差別部落の地域を訪れた時でした。地域の中の一人暮らしをしているおばあさんの家を訪問しましたが私達が訪れた瞬間、パッと明るい笑顔を見せて迎えてくれました。彼女から語ってくれたのはこの地域の辺りだけ道が狭く、消防車や霊柩車が入ってこれないということと、子や孫が帰ってきてくれてもこの家には泊まらず、近くのホテルに宿をとってしまうということでした。「建物があっても、人間はいない」とつぶやいていたのが忘れられません。
それでもおばあさんは市に道を広くしてもらえるよう今も訴えています。その姿に僕はここにも解放運動はあるのだと知らされ力づけられました。
佐渡教会では「命」「神さま」という言葉が日常的に使われていました。それはやはり厳しい自然の中で暮らしていると当たり前に出て来る言葉なのでしょう。私達は日本の広さを知ると同時にこの命、神さまを大切にすることが運動の大事な原点であるということを教えられ、出逢えたことに感謝し、次の場所である新潟へと向かいました。

狭山フィールドワーク
小糸健介

キャラバンもいよいよ最終日を迎えることとなった7月4日月曜日、午前中キャラバン隊メンバーと有志で向かった先は、部落差別が引き起こした最大の冤罪事件と言える「狭山事件」の現場とされる場所へのフィールドワークであった。

警察の執拗な取り調べに屈して嘘の「自白」をさせられた石川一雄さんが事件当日動いたとされる足取りを追う中で、改めて実際こんな動き方をするわけないのに警察の創作によって冤罪の物語が作られてしまったのだと実感させられた。
また、最寄り駅をはじめとして道路なども次々と整備や舗装がされていて、事件当日の面影を残すものがほとんどなくなってしまっていることにも、事件の風化を望む者たちの影が見え隠れする、そのような思いを抱かせた。そんな中で、当時の家が再現された作りとなっている狭山裁判闘争基地本部で石川一雄さんとお会いすることができ、お話を聞いた後に一句作ってくださった。「苦難故 涙は涸れずに 川となり 司法に激流となって攻め入らん」狭山事件の再審がなされ、石川一雄さんの無罪が証明される日が来ることを心から願わずにはいられない。
午後から会場を狭山教会に移し、みんな集まれ、部落解放関東教区キャラバン2011完走礼拝がもたれた。キャラバン隊5人がそれぞれ写真と歌を織り交ぜながら今回のキャラバンでまわった各地についての報告を行った。
そして再び石川一雄さんからのお話を伺う機会が与えられ、参加者一同は熱心に耳を傾けていた。石川さんのお連れ合いからも力強い話を聞くことができ、皆で支えていくことの大切さを改めて思わされた。
キャラバンも幕を閉じることとなった。

PageTOP
日本基督教団 
〒169-0051 東京都新宿区西早稲田2-3-18-31
Copyright (c) 2007-2026
The United Church of Christ in Japan