▼妻が包丁で指を切ったので、家事を引き受ける。厨房のことは嫌いではない。普段から、出しゃばっては妻にうるさがられている。しかし、家事全般となると話は別だ。疲れが出たのか、5日目、刺身包丁を研いでいて左手中指をスライスしてしまった。▼左手中指、最も利用頻度の低い指のようだが、とても不自由だ。痛みも勿論だが、濡らしてはならないということで、顔も満足に洗えない。何故か、パソコンは打ち間違いばかりだ。殆ど右手ばかりを使っているような気がしていたが、必ずしもそうではない。左手中指にも役割はあるのだ。10本の指に、存在価値の差などはない、皆重要なのだということを思い知らされる。▼ところで、このコラムの主題は、「体は一つでも…」ということではない。それなら、一コリント12章に、卑近な体験談を付け加える必要はない。▼大量出血しながら自分で運転して駆け込んだ病院と、そこの医者のことを記したい。時間は、日曜日、大河ドラマが始まる頃。しかし、救急病院ではなくこの医院に向かった。近いこともあるが、実は、この個人医院は、年中無休、その看板も掲げていて、どんな時間でも嫌な顔をしないで診てくれる。何故か患者は少ない。▼一時間近くも掛け、丁寧に縫い合わせて貰った。一週間後、この医者が患部を診て、「わー良かった。ちゃんとくっついている。駄目かと思ったけどね」。この日は、何も治療をしていないとのことで、診察料無料。見立ても、技術も確かだ。しかし、商売っ気がない。皆無。そうすると、流行らないものらしい。病院も客商売だからということか。▼設備が整い、先端技術を誇る大病院もありがたいが、医療最前線は街の医院だと思う。教会も同じだ。教団・教区の役職や、神学博士の肩書きはなく、礼拝出席が少なくとも、伝道最前線は、街や村の一教会であり一牧師だ。
第36総会期第2回国際関係委員会が、7月9日(金)日本基督教団会議室において委員5名中4名の出席を得て開催された。扱われた内容は概ね以下のものである。
1.報告事項
①EMS(南西ドイツ宣教会)主催中東聖地巡礼の旅への参加者として2名を推薦し、後日EMSより2名の推薦が受理されたとの連絡を受けた。
②6月9日(水)~12日(土)に開催されたEMS宣教会議の報告を加藤誠幹事より受けた。
教会税の収入減の影響で、EMSの次年度の予算も大幅な減少が見込まれ、それに伴い、スタッフも削減される予定である。
③第37回総会報告書については、大津健一委員長が作成した原案を承認した。
2.協議事項
①書記選出に関する件 中道基夫委員長のドイツでの在外研究に伴い、委員長を書記の大津健一委員に交代したため、藤吉求理子委員を書記として選任した。
②2009年度国際関係委員会会計に関する件 大津健一委員長より「2009年度国際関係委員会会計報告」に基づき説明があり、協議した結果、原案通り承認した。
③エキュメニカル協力奨学金・奨学生選考に関する件 この制度は2008年から開始された。一年の予算は72万円である。従来は、候補者より2名を選出し奨学金を付与した。
今回は、5名の候補者が関係大学や関係施設より推薦された。協議の結果、従来通り2名を選考することが決定され、推薦文等の資料を委員が丁寧に読み合わせ、今年は、アジア学院と東京神学大学から各一名が選ばれた。
(藤吉求理子報)
第24回神学校等人権教育懇談会が2010年7月8日(木)午後1時から5時まで、教団会議室で行われた。
出席者は、7つの神学校・大学神学部からの代表8名と部落解放センター関係者3名の計11名。
まず、礼拝で懇談会が始められ、西南大学神学部の片山寛さんによって詩編130編のみ言葉から、差別の根源はどこにあるか等について心に問いかけるメッセージをいただいた。
その後、東谷誠さん(部落解放センター運営委員長)から挨拶があり、この懇談会を開き続けてきたことの意義や、神学校での人権教育を継続的に行っていくことの大切さについて語られた。
次のプログラムは、過去の人権教育懇談会で、参加者の間で交わされた質疑に対する発言について、その真意を確認する時間がもたれた。多くの時間がこのために割かれたことになるが、今後の懇談会の歩みのためには、必要な時間であった。
その後、同志社大学神学部の原誠さんにより、大学で人権教育がどのように行われているかについて、資料を用いて詳しく紹介してくださった。とても興味深いものであった。
同志社大学が、一神教学際研究センターを創設したことに関わり、どのようなカリキュラムが作れるか、総合大学の中にある神学部の課題、文科省からの要請に答えるための大変さ。人権に関わっては、学内に倫理審査室、ハラスメント防止のための委員会、クレーム・コミティー、人権教育懇談会(教職員対象)等の紹介があった。
その中で、心に留まったことは、文科省が大学に倫理基準のより高いレベルにおいて作るように要請してきていることであった。アンケートにおける匿名性や利用の仕方の基準の高さ等に、驚かされた。
次に、今後の予定について話し合い、年2回開いていくことが提案された。
次回は2011年3月24日(木)に教団会議室で行い、各神学校に事前にアンケートを送付し、どのような人権教育(部落差別問題)がなされているかの資料を集めて、懇談会に臨むことになった。
(横山基生報/東京聖書学校)
解放の輪がどんどん広がって
2010年8月10日(火)~13日(金)にかけて、今年もまたいずみ教会で部落解放青年ゼミナールを行うことができました。
今回で13回目となる青年ゼミですが、回を追うごとにそこに集う仲間との絆が深まり、そこに新しい仲間も加わって、「解放」の輪がどんどんと広がっていくのを感じます。今年は7名の新しい参加者が与えられ、総勢46名の仲間がいずみの地に集まりました。部落差別問題と真剣に向き合い、その中での気づきや葛藤を互いに腹を割って話し合うこの時間は、今では自分にとって、自分を飾ることなく素のままで仲間と交わり合うことのできる貴重な時間となっています。
今回の青年ゼミで私の印象に強く残ったのは、実行委員会の仲間の一人が担当してくれた聖書研究と、解放同盟難波支部の方に案内していただいた芦原橋でのフィールドワークでした。聖書研究ではマタイによる福音書15章21~28節が取り上げられ、「解放」には差別される側の人間だけでなく、差別する側の人間も解き放たれていく必要があるということが発題者によって力強く語られ、「解放」のための新しい視点・気づきを与えられました。また、芦原橋のフィールドワークでは、結婚差別が、結婚する時だけでなく、その後も夫婦を苦しめて離婚に至らしめるという現実を伺い、また各居住者の事情を抜きに低所得者層しか公営住宅に残れなくなっている社会構造を目の前にして、差別から連鎖していく様々な抑圧の悲惨さに大きなショックを受けました。
今回の青年ゼミの中でも度々指摘のあったことですが、こうした痛みは実際に経験した者でないと本当には理解できないのかもしれません。しかし、そのことに引け目を感じ、人の痛みにノックし続けることを止めてしまうのではなく、その痛みのすべてを知ることができないまでも、そこに様々な痛みが連なって存在していることを知って関わっていこうと強く決意をさせられた青年ゼミでした。
最後になりましたが、今回の青年ゼミのためにお支え下さったお一人お一人に厚く感謝を申し上げます。
(北村智史報/第13回部落解放青年ゼミナール実行委員長)
ワーク・キャンプ(千葉)、献身修養会(高知)
新会堂の建築でペンキ塗り
千葉支区青年部ワーク・キャンプ
8月20日(金)~21日(土)、建築中の千葉北総伝道所を会場に、日本基督教団東京教区千葉支区青年部ワーク・キャンプが開催された。7教会から延べ14名の参加という、比較的小規模の集いであった。
ワーク・キャンプの名のとおり、頭を動かすのではなく、体を動かすことをプログラムの中心とする青年の集いであり、近年は、にじのいえを会場に行われていたため、にじのいえが閉鎖となった今年は、会場選びの段階から困難が予想された。
しかし、同じ千葉支区の千葉北総伝道所の大串眞牧師より、新会堂建築にぜひ支区の青年たちの助力を得たいとの申し出があり、会場選びは困難な思いをすることなくクリアされた。ただし、建築中の会堂が会場ということで、宿泊に関しては不可能であったことから、宿泊は鎌ヶ谷教会で、ということであった。
さて、作業の内容は、新会堂のペンキ塗り。初日の午前中に三々五々集合した青年たちは、開会祈祷会を済ませた後、準備をし、作業に移ることとなった。
予定では、早速ペンキ塗りということだったのだが、まずはその前の、養生からの作業となった。もちろんほとんどが初心者で、職人さんや、千葉北総伝道所の皆さんの指導の下、見よう見まねで作業を開始するのであった。
これまでも青年部のワーク・キャンプでは様々な作業を行ってきた。ペンキ塗りもしたことはあった。しかし考えてみれば、ちょっとした会堂修理ということではない、まったくまっさらな新会堂の建築、しかも、ペンキ塗りという大切な作業に、素人が手を出しても良いのかと思わないでもない。青年たちの作業を見つめていた千葉北総伝道所の皆さんは、内心冷や冷やしていたのではないかと今になって思うものである。
準備の段階ではあまり青年からそういう声は出なかったように思うのだが、青年も何か自分の腕に自信があったのだろうか、なかなか度胸のある青年たちである。それはともかく、体を動かすワーク・キャンプにしては、細かい緻密な神経を使う養生の作業が続き、1日目はペンキを触ることなく終了した。
作業終了後、場所を変えて、千葉北総伝道所の皆さんと、青年たちとの合同のバーベキューが行われた。全ての準備を千葉北総伝道所の皆さんがしてくださり、青年たちをもてなしてくださった。
この後は、青年部のみの夜のプログラム。大きなお風呂で汗を流し、宿泊会場である鎌ヶ谷教会に移った。夜は青年らしい語らいのときや、青年のほとんどが、千葉支区J・S(中高生)修養会経験者であることから、過去のJ・S修養会の映像を見て楽しむひとときも与えられた。
2日目、養生の残りの作業をしつつ、いよいよ待ちに待ったペンキ塗りの作業が始まった。職人さんもびっくりだったかどうかは分からないが、なかなかの作業ぶりで、あっという間に会堂メインの礼拝堂の壁が白く塗り上げられていった。まだまだ塗り続けたい、そんなところであったが残念ながらタイムアップ。
閉会礼拝で、教会における奉仕について確認をし、祈りをもってワーク・キャンプの全てのプログラムが終了した。
今回の経験は、これからの青年たちの信仰生活の大きな財産となるだろう。この貴重な経験を神様に感謝し、宿泊場所を提供してくださった鎌ヶ谷教会、そして、青年部を快く受け入れてくださった千葉北総伝道所の皆さんに感謝を捧げ、報告を終わりとさせていただく。
(小林信人報)
青年たちは真剣に祈り求め
西日本教会青年同盟 夏の献身修養会
先日の日曜午後、教会の一室で過ごしていた高校生の一人が私に声をかけてきた。「先生…」、普段とは違う真剣なまなざしで、「洗礼を受けたいんですが」と言った。献身修養会に参加し確かな思いが与えられたようだった。私の心の中は、神の御業を見せていただいた思いでいっぱいだった。
8月10日(火)~12日(木)、高知東教会と清和学園を会場に西日本教会青年同盟第12回夏の献身修養会が行われた。決して大きな集まりではないが、地道に続けて来て春12回、夏12回の合計24回目を数える献身修養会となった。発足当時から変わらない主題は「キリストと教会に仕える」である。
今回講師のご労苦をとってくださったのは富山二番町教会の小宮山剛牧師。御自身の体験を通して二度にわたる講演をしてくださった。講演Ⅰは「生きておられる主」、講演Ⅱは「献身」という題で、ペトロやトマスを取り上げながら、裏切りや失敗、疑いや絶望をかかえる弟子たちを、主が召され用いられたことが語られた。弟子たちの姿に重ねられるように、講師ご自身のキリストに捉えられた経験、入信や献身の証しがなされ、信仰とは関係のないような出来事も含め、挫折や失敗さえ用いて神が人生を導いて来られたことが印象深く語られた。参加者一人ひとりも自分たちの歩みについて考える時となった。ある青年は、「私のこれまでの歩みも神さまの奇跡の連続だった…数え切れないほど神さまはしるしをくださっていたのだと実感させられました」と言った。
プログラムは、1日目が開会礼拝、講演Ⅰ、分団、夕食(バーベキュー)、教会紹介とレクリエーション、晩祷、近くの温泉に行き終了。
2日目は朝の礼拝、散歩、朝食、講演Ⅱ、分団、昼食、高知散策(高知教会見学とよさこい祭り)、夕食、そして夜の特別プログラム。全員が奉仕できるよう聖歌隊チームと紙芝居チームに分かれて準備。特別プログラムは賛美を中心に、聖歌隊の特別賛美、トマス現代版の紙芝居、就職を前にした学生、社会人として歩み出した者、神学生による証し、説教、祈りの時などが組み合わされたプログラムだった。
3日目は朝の礼拝、散歩、朝食、全体会の後、聖別会でそれぞれ献身修養会に参加して与えられた思いを語った。そして派遣の閉会礼拝。
青年層が決して多いとは言えない地方教会の中で、地域によっては教区や分区・地区の青年活動もない現状を憂い、青年たちに交わりが与えられ、求道者が洗礼へと導かれ、キリスト者の中から伝道献身者が起こされるようにとの祈りの内に、西日本教会青年同盟の歩みは始まった。「献身」を前面に強く打ち出す修養会として歩み続けてきた。「献身」を考える中で受洗、信徒として生涯をどうささげるかを青年たちは真剣に祈り求めている。修養会を終え、ある青年が「神さまに仕事を通して仕えていくのだという思いがはっきりされました」と言ってくれた。
この修養会の交わりの中から、召命を受け、それにお応えして献身する者が起こされるという神のすばらしい御業を目撃する恵みを与えられていることを心から感謝している。現在も東京神学大学在学中の者がいるし、すでに神学校を卒業して伝道者として歩んでいる者たちがいる。このような献身修養会が各地で行われることを願っている。
(小林克哉報)
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