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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【4708号】宣教師からの声 番外編

2010年10月9日

 

カナダメソジスト教会の情熱的な伝道姿勢に学ぶ

-明治時代の女子教育と貧民救済-

阿久沢 紀雄

(東洋英和女学院元教頭・KNL編集委員)

♪赤い靴

作詞:野口雨情 作曲:本居長世

1.赤い靴 はいてた 女の子 異人さんに つれられて 行っちゃった

2.横浜の 埠頭(はとば)から 船に乗って 異人さんにつれられて 行っちゃった

 

この童謡のモデル佐野きみちゃんは、1908年(明治41年)東京の港区麻布に設立された『永坂孤女院』に預けられていた孤児でした。当時のきみちゃんを引き取って育ててくれる篤志家はいませんでした。そこで宣教師が本国に引き上げる際に里親となって、少女を連れていくことにしたのです。童謡の歌詞には『異人さんにつれられて行っちゃった』となっているのですが、実はきみちゃんは外国に行く前に病気のため天に召されてしまったのです。一人の少女の薄幸の生涯を知った作詞家の野口雨情が、アレンジし直して、今は外国に行き、幸せに暮らしているに違いないと歌詞を続けたのです。

この『永坂孤女院』こそカナダメソジスト教会から派遣された女性宣教師I.S.ブラックモア(東洋英和女学院3代目校長)が設立したのです。しかも、孤女院で具体的に保育にあたった女学生たちは、孤女院の近くにある東洋英和女学院のクリスチャンたちでした。

彼女たちはYWCAの前身の王女会のメンバーで、学院の標語『敬神と奉仕』を実践した心優しい生徒達でした。王女会会員はさらに麻布地域の貧困児童のための教育機関として『恵風学校』を設立してキリスト教の伝道と教育の奉仕に励んでいきました。仏教や儒教中心の日本社会にあって、キリスト教の奉仕活動は困難を窮めたと想像するのですが、女学生たちは確固たる信仰をカナダの宣教師によって育てられていたのです。

こうした社会の弱者への福祉活動の活動資金は王女会会員の献金では十分でなく、カナダ本国の多くの信者の厚い祈りと尊い献金が捧げられたことも忘れることはできません。

1873年カナダメソジスト教会は教職682名、信徒数70,684名でしたので、決して大きな教団ではありません。国内伝道のみならず外国にも宣教師を送り出す情熱的な伝道姿勢に日本のキリスト者は学ばなくてはなりません。

カックランと医師でもあるマクドナルドの2名の宣教師は1873年に来日し、東京・静岡・甲府を中心に伝道を展開していきました。当時の日本の女性が教育を受ける機会に恵まれないと分析し、教育を通じて宣教していくべき寄宿学校作りに力を注ぎ、カナダで公立の女学校の校長ミスカートメルを1882年(明治15年)最初の女性宣教師として派遣。1884年東洋英和女学院を設立させ、初代校長に就任させました。

さらに女性宣教師を次々と派遣し静岡英和や山梨英和のミッションスクールを開校していきました。派遣されてきた宣教師の信仰の厚さや能力も関係していると思うのですが、日本の伝道において大きな力強い歩みが可能であったのは、生きた主なる神様の祝福と導きのもと、メソジスト教会の綿密な使命感に満ちた計画が、そして宣教活動を支える教会員の情熱的な祈りがベースにあったからだと思うのです。

日本宣教150周年を迎えた私たち日本の教会は、カナダメソジスト教会の確固たる信仰と、日本での宣教活動が、教育と社会福祉という二本柱を通じて力強く実践されたことを学びかつ継承していくべきであると痛感させられているのです。

-Kyodan Newsletterより-

 

 

阿蘇敏文氏(百人町教会担任教師)

10731日、逝去。69歳。清津府(朝鮮)に生まれる。’68年青山学院大学院神学科を修了後弘前学院に赴任、’75年より’96年まで大久保集会(後の百人町教会)主任担任教師を務め、’76年より’81年までは女子学院にも勤務、’97年より百人町教会担任教師を務めた。遺族は妻・阿蘇道子さん。

山野忠男氏(白岡伝道所担任教師)

10816日、逝去。66歳。山口県に生まれる。’74年東京神学大大学院修了。’77年山口教会に赴任、埼玉和光教会、湯沢教会、福島荒井教会、日野原記念上尾栄光教会を経て、08年より白岡伝道所を牧会した。遺族は妻・山野裕子牧師。

 

36総会期第8回スイス・韓国協約(合同)委員会が、第6回三国間協議会実行委員会として、201076日に教団会議室で開催された。

以前から報告しているように、本実行委員会は、201175日(火)~8日(金)、都内のYMCAアジア青少年センターを会場に、「平和の絆-一つの体、一つの霊、一つの希望(エフェソ43~4)東アジアの平和のための私たちの責任とヴィジョン」の総合主題のもとで、「第3回日本・韓国・スイス三国間協議会」を開催することを目指して協議を続けている。英文による趣意書はすでに関係諸教会に発送ずみであり、返答をまっている段階である。

加藤誠幹事は、6月に開催された西南ドイツ宣教会(EMS)宣教協議会にも出席したが、韓国三教会およびミッション21(スイス)のほとんどの幹事が欠席したため、予定していた三国間協議会のための事前打合せは空振りに終った。

私たちは遠からぬ時期に事態が通常化することを願うと同時に、三国間協議会の成功を期して予定通りに準備を進めることを確認した。

協議事項としては、すでに大枠が決まっている協議会日程の中で、日本側が担当するワーキンググループの具体的な主題について協議し、「憲法九条」「女性の人権」そして「教団戦責告白」の3つを候補とすることにした。発題者の人選および打診はこれから行う。プログラム内容以外には、費用についての検討と並んで、各教区への参加アピール文書の文案および発送時期について検討し、いくつかのことを決定した。

今後は、関係諸教会とのより緊密な折衝と、主催者側の積極的な働きかけが重要になるだろう。

(廣石望報)

 

36総会期第6回社会委員会は、830日から31日までの2日間、沖縄の読谷教会で開催された。

1日目は、午前10時から釜土達雄委員による開会礼拝で始められ、続いて具志堅篤牧師及び芳澤弘和牧師から普天間基地移設問題について、概略次のように学んだ。

普天間基地は住宅の密集地にあり危険である。騒音被害も大きい。日本の政府は基地を造り、地域振興のための補助金は出しても、生産手段の導入はしない。沖縄の教会員には家族を沖縄戦で失った人が多い。天皇を守るため沖縄の者は犠牲にされた。ベトナム戦争に関しては加害者意識がある。移設の話は199594日の少女暴行事件を契機に始まったが、その後15年間迷走している。基地を辺野古に移設することは自分たちの意志ではない。

午後からは、現地の若い教師方の協力を得て、辺野古のキャンプ・シュワブ、辺野古漁港を訪れ、テントに泊まり込んで反対を訴える人の話を聞き、帰路、普天間基地を嘉数高台から見学し説明を聞いた。

2日目は、午後2時から原田史郎委員の解説によって社会活動基本方針を検討した。午後445分から委員会を行い、第5回委員会議事録を一部修正し承認、教務・業務報告、会計報告、常議員会報告、宣教委員会報告、日本キリスト教社会事業同盟報告、日本キリスト教保育所同盟報告、靖国・天皇制問題小委員会の報告を受けて承認した。

協議では、以下のことを決定した。『社会委員会通信』第47号を11月頃に発行する。次期委員会へ①『社会活動基本方針』の検討(字句訂正等)を継続する、②キ保同及び社事同との連携を深める、③靖国・天皇制問題小委員会の継続を求める、④死刑制度の問題、自殺の問題、DV及び幼児虐待の問題、基地の問題等、いのちを大切にする課題を継続して扱うことを申し送る。「靖国・天皇制問題小委員会の活動に関する要望」については、要望として受け止め、次期委員会へ伝える。

協議のあと黙祷をもって委員会を終了した。尚、委員会は、台風7号のために足止めを受け、翌朝解散した。

(福井博文報)

 

36回総会期第5回靖国・天皇制問題小委員会が、201096日(月)~7日(火)、日本キリスト教会館4階会議室で開催された。芳澤信委員による開会礼拝の後、報告・協議が行われた。

委員会1日目において、栗原清委員による発題「靖国神社について」がなされ、委員による質疑応答がなされた。靖国神社の成立史、またどのように神社の管理運営が行われているのか、祭儀は具体的にどのようなものが行われているのかなどを共に学んだ。そこではあらためて、靖国神社で祀られている「英霊/神」は、信仰の対象ではないことが確認された。信仰の対象とは、神であれ仏であれ相手に自己を託し、祈願する対象である。しかし靖国神社の場合、そこでは逆に人間が神(とされた対象)を慰め、神が怒って祟りを起こさないようにと機嫌をとるという心性が垣間見られる。それは戦争に対する後ろめたさの表れであり、責任問題にはっきりと目を向けることなく、後ろめたさを、祀って慰めて「やる」という上からの目線により誤魔化しているに過ぎないということが改めて認識された。

委員会の2日目には、西中国教区・靖国神社問題特別委員会より当小委員会宛に提出された「靖国・天皇制問題小委員会の活動に関する要望」を受けての、当小委員会のあり方の再確認が行われた。

1. 信仰告白共同体としての日本基督教団の形成に寄与する働きを目指す。

2. 1の大前提のもとに教団成立時から今日までの「教会と国家」の関係をどのように理解してきたかを検証する。

3. 1,2を踏まえて「靖国・天皇制問題」を教会の課題、信徒の課題としていくために委員会として協議しながら担う。

4. 当委員会の担っている課題と検証の成果を、社会委員会を経て教団に提言、各個教会に発信する。

5. NCC靖国神社問題委員会の働きで協力できることについては積極的に協力する。

以上の小委員会の働きをあらためて認識しつつ、次期の小委員会へと引き継いでゆくことが再確認された。次回、第6回委員会で今期の総まとめを学び行う予定である。

(沼田和也報)

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