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「それぞれの役目」
聖書箇所:「 アロンの姉である女預言者ミリアムが小太鼓を手に取ると、他の女たちも小太鼓を手に持ち、踊りながら彼女の後に続いた。ミリアムは彼らの音頭を取って歌った。主に向かって歌え。主は大いなる威光を現わし 馬と乗り手を海に投げ込まれた。」
出エジプト記15章20-21節
うふざと伝道所
島しづ子 牧師
イスラエルの民をエジプトから救い出したのはモーセでした。モーセが生まれた頃、エジプトの王ファラオは「生まれた男の子は一人残らずナイル川に投げ込め、女の子は生かしておけ」(出エジプト記1章15~22節)と命じました。ファラオはイスラエル人の男性が多くなって、エジプトに敵対したりすることを恐れたからでした。
そんな時期にモーセは密かに育てられました。(出エジプト記2章1~10節)モーセの親はモーセが生後三ヶ月経った時、モーセを防水加工した籠に入れてナイル川に流しました。運がよければ、生き延びて欲しいとの願いだったのでしょう。モーセはナイル川で水浴びをしていたファラオの娘に拾われました。
その一部始終を見守っていた少女がいました。モーセの姉でした。モーセの姉は王女に乳母を紹介すると言ってモーセの母を連れて行きました。王女はモーセの母にモーセの乳母としてモーセを育てるように委ねました。奇跡的な出来事でした。成人したモーセはファラオの娘の息子として育ちました。
その後、モーセは同胞であるイスラエルの民が理不尽に扱われていることに憤り、同胞を迫害していたエジプト人を殺してしまいます。モーセは逃亡者となり、ミディアンに逃れて失意の日々を送りました。
その地でモーセは羊飼いをしながら家庭を持ち、静かに暮らしていました。
ある日、神がモーセに現れて仕事を命じます。「エジプトにいるイスラエルの民が苦しんでいるから彼らを乳と蜜の流れる地に導き出しなさい。」という仕事でした。モーセは「わたしは何者でしょう」と戸惑います。神は「わたしは必ずあなたと共にいる」(出エジプト記3章12節)と言います。モーセが自分は弁が立たないと躊躇すると、神はあなたの兄アロンを伴わせると約束します。アロンは雄弁家であったようです。(4章14節)その後モーセとアロンは一緒に働きました。
その後、エジプト王ファラオに対して、モーセとアロンは奇跡を行いながら、長期にわたる交渉を重ねました。エジプトにとって不幸な出来事が重なり、やっとファラオはイスラエルの人々がエジプトを離れることを許可しました。
モーセとアロンに導かれた民は喜び勇んで出発しました。しかし貴重な労働力であるイスラエルの人々を失うことを残念に思ったファラオは、騎馬や馬車でイスラエルの民を海辺まで追いかけてきました。
その場面は印象的です。前には大海原、後方にはエジプト軍。その絶体絶命の時、モーセは杖を高く上げ、海に向かって手を差し伸べ、海を二つに分けました。イスラエルの民は海の乾いた所を渡りました。ファラオの軍隊が海に入った時、海の水は元に戻り、ファラオの全軍は全滅しました。
この奇跡を体験したモーセとイスラエルの民は神への感謝の歌を歌いました。その時にアロンの姉、モーセの姉でもあるミリアムが、小太鼓を手に取り、他の女たちもそれに従い、小太鼓を持ち、踊りながらミリアムの後に続きました。「主に向かって歌え。主は大いなる威光を現わし 馬と乗り手を海に投げ込まれた。」
この記事から、イスラエルの解放の旅に、モーセの姉ミリアム、兄アロンも一緒だったことがわかります。ナイル川に流されたモーセを見守っていた姉の名前はありませんが、その姉はミリアムだったかもしれません。ミリアムはモーセ兄弟の旅に同行し、女預言者として他の女性たちをリードしていたらしいことが分かります。
このように姉兄弟がそろって解放への旅を共にしていましたが、事件が起こります。
アロンとミリアムがモーセの主導権に対して不満を漏らしました。彼らは「主はモーセを通してのみ語られるというのか。我々を通しても語られるのではないか。」と言います。
つまりモーセばかりが神の言葉を取り次いでいることを不満に思ったのです。
これに対して神が三人を臨在の幕屋に呼び出し、言います。
―主はこれを聞かれた。モーセという人はこの地上のだれにもまさって謙遜であったーという解説の後、神が言います。「モーセは預言者以上の者であり、自分はモーセと直接話し、他の誰にも変わることのできない役目を担わせている。あなたたちは何故、畏れもせず わたしの僕モーセを非難するのか。」と。
そのときにミリアムは重い皮膚病にかかってしまい、七日間隔離されました。この病気を神からの裁きだと思ったアロンはモーセを通して神の癒しを頼みました。
ミリアムの皮膚病が神の裁きであったように扱われていますが、その解釈は間違いだと思います。私たちは受け入れがたいことが起こると神に裁かれているような気がしてしまいますが、そのことを通して生き方を振り返ることもできます。共同体はミリアムの病気のいやしを待ってまた旅を続けました。
ミリアムとアロンはそれぞれ彼ら自身の賜物で共同体に貢献していました。モーセの立場にとって代わる必要な無かったはずです。でもどこかでモーセを妬んでいたのかもしれません。私達にも、自分の立場を受け入れられない怒りがあります。階段を上って行って頂点に立たないと認められないような生き方を強いられてきたからではないでしょうか。
私には重度の身体障がいを持った娘がいました。娘が重い障がいを持った時、障がいを軽くするために一生けん命にリハビリし、階段を上って行こうともがいていました。階段を上るために自分も努力し、人一倍働きました。そういう生活が9年続き、娘は内面的には豊かに成長しましたが、外面的には何もできない状態のままでした。
私は怒りでいっぱいだったと思います。そんな時に私たち親子を大事にしてくれる人に出会いました。その人は車椅子に横たわる娘を見つめ、無言で語りかけました。娘を見つめる大きな身体から声が聴こえました。「陽子さん 一生懸命生きてきましたね。わたしはあなたを尊敬していますよ。神様もあなたを大事に思っていますからね。」
この言葉を聞いた時、私自身がこの言葉を聞きたかったのだと気が付きました。尊敬されたかった。そのためには階段を登らないとだめだと思っていました。ありのままの私たち親子を「尊敬していますよ」と接してくれた人たちに出会って、もう階段を登ろうとする生き方は止めようと思いました。
それからは、神様はひとりひとりを大事にして下さり、私たちはそれぞれ固有な働きや賜物を持って生きているのだと思いました。これからは自分自身の人生を生きよう、娘も娘自身の人生を生きている、それこそが大事だと思えるようになりました。
ミリアムもアロンもモーセもそれぞれの賜物に従って神様が用いて下さいました。ミリアムとアロンが不服を申し立てた時、神が「モーセは誰よりも謙遜であった」と語っていることが印象的です。私たちも見栄など張ることなく、謙遜であることが重要だと思います。誰かに比べてうらやむのではなく、自分に与えられている賜物を吟味しましょう。
まずみなさんが息をしていること、生きていることが神様からの贈り物です。私たちには神の作品として生き抜く機会が与えられています。
祈ります。
神さま、私たちはあなたの作品です。どうか自分自身の人生を生きさせてください。あなたの無条件の愛に感謝します。イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

困窮するひとりの命を
――古の預言者はガザに遣わされる――
24 すると、彼〔=イエス〕は言った、「アーメン、わたしはあなたたちに 言う、自分の故郷で受け入れられる預言者はひとりもいない 25 そこで、ま ことにわたしはあなたたちに言う、多くのやもめたちがエリヤの日々にイ スラエルにいた。そのとき、天が 3 年 6 ヶ月のあいだ閉じられ、大飢饉が 全地に起こった。26 すると、彼女らの誰のもとにもエリヤは遣わされるこ とはなく、シドン地方のサレプタのひとりのやもめの女性のもとにだけ 〔遣わされた〕。27 また、多くの〔律法に規定された〕皮膚病の者たちが預 言者エリシャの頃にイスラエルにいた。すると、彼らの誰も清められるこ とはなく、シリア人ナアマンだけが〔清められた〕」。28 すると、これらの ことを聞いていた会堂内の全ての者たちは怒りに満たされ、29 そして立ち 上がって、彼〔=イエス〕を町の外に追い出し、自分たちの町が建つ丘陵 の崖に彼を連れて行き、彼を突き落とそうとした。30 だが、彼自身は彼ら のあいだをすり抜けて、歩いて行った。
(ルカによる福音書 4 章 24−30 節[私訳])
引用したルカ福音書4章24−30節は、イエスがナザレの会堂で公生涯のデビューを飾る物語(4章16−30節)を締め括る場面です。ここに登場するイエスはひときわ煽動的です。いくら故郷のナザレとはいえ、イスラエルにおいて預言者が受け入れられない運命にあるのは昔からの定めであると言うだけでも、古の預言者を大切にする人々は怒り心頭に発しますが、自分を預言者になぞらえ、自分が受け入れられないのも預言者としての宿命であると宣言するイエスに怒髪天を衝くといった雰囲気が伝わってきます。そして、ルカが描くイエスはそこからさらに人々を煽ります。預言者エリヤとエリシャがイスラエルの地にではなく、異邦の地に遣わされた聖書(旧約聖書)の故事をわざわざ引き合いに出し、イスラエルの神が救済するのは、イスラエルの民ではなく、異邦の民なのだと断言しているからです。しかも、イエスはそれをユダヤ教の会堂で言っているのですから、詰め寄られるのも当たり前ですし、崖から突き落とされそうになるほどに、同郷の人たちの気持ちを逆撫でしているのです。
この場面を一読すると、公生涯の最初から全開で飛ばすイエスに驚きつつも、どこか飄々とした印象も受けます。取り囲まれて崖から突き落とされそうになっても、人々の間をすり抜けて、――走り去ったのではなく――歩いてどこかに行ってしまったのですから。イエスはどこだ、どこだと探している合間に、ゆっくりと歩いてイエスがいなくなってしまう描写はコントの一場面でもあるかのようです。しかし、イエスはそれから二度と故郷のナザレに戻ることはありませんでした。
この物語においてイエスとナザレの人たちを隔てたのは、地縁や民族の枠内で物事を完結させる故郷の人たちとそのような枠組みに囚われることのないイエスとの考え方や生き方の違いだったのですが、このような狭隘な民族主義が排外主義につながっていくことを批判するイエスの姿勢は、自国ファーストに突き進む現代世界をも射抜くものだと言えます(嶺重淑)。さらに、このテクストにおいてイエスは預言者エリヤとエリシャが異邦の困窮するひとりにだけ遣わされたことをとりわけ強調しています。このようにイエスが示す預言者の姿は、イスラエルによるガザの危機がレバノンやイランに広がることによって、世界の関心が原油問題、中東戦争、そして第三次世界大戦の危機に移り、ガザで今も続く惨劇が後ろに追いやられてしまう事態に否を突きつけているように思えるのです。
このようなガザの惨状とその状況を生み出し温存し続けてきたのは帝国主義と植民地主義という名のデモーニッシュな力であり、それはポストコロニアルと言われる状況においても、イスラエルによるガザの惨劇が象徴するように、そのデモーニッシュな相貌を露わにして猛り狂っています。確かに、イスラエルとレバノン、そしてイスラエルとイランの戦争を止めなくてはなりませんが、中東の危機を回避するためにも、まずイスラエルとガザの停戦が最優先であることは確かですし、それこそが世界の危機という名のもとに忘れられているガザの困窮するひとりの命を救うことにつながるからです。古の預言者が現代に甦るとすれば、その預言者はガザに遣わされるのではないでしょうか。(小林昭博/酪農学園大学教授・宗教主任、デザイン宗利淳一)
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