「キリストと教会に仕える」を主題に
共に礼拝をささげ、講演に聞き、交わり
「神様の圧倒的勝利だったEYEP(青年交流プログラム)でした。私は始まる前、不安でもがいていたんですけど、もう神様に負けました」。青年参加者の一人の声である。
台湾基督長老教会と日本基督教団との宣教協約に基づく青年交流プログラム、ユースミッション2012が8月18日~24日の日程で行われた。これまで、2年毎に、台湾へ日本の青年を派遣し、また台湾から青年を受け入れるということを行なってきた。日本での台湾の青年受け入れはオリンピックイヤーに当たる。今回が第3回目の開催となる。主題は「キリストと教会に仕える」。
今回、台湾からの参加者は男性3名、女性4名。80名以上の応募者の中から選抜された7名の参加を得た。迎える日本からの全日程参加者は4名、部分参加2名、そのうちの楊司弘兄と廣中佳実姉がプログラム全体を通じて通訳の任にあたった。
8月18日に、関空で台湾の青年たちを迎えた後、大阪教会で歓迎礼拝。礼拝の司式、説教は岡村恒牧師(教団常議員)。大阪教会の礼拝堂で共に神のみ言葉の前に額づくことからすべては始まる。
また、台湾に造詣の深い牧師との出会いに台湾の青年たちの緊張も解かれ、喜びも深まる。
礼拝の後、茶話会を終え、台湾の青年たちはそれぞれホームステイ先へ。ホームステイ受け入れは、向日町教会と洛北教会の人に担ってもらった。
翌19日の主の日の礼拝は、それぞれホームステイ先の教会へ出席。19日の午後に京都のパレスサイドホテルへ集合した。再度集まったメンバーは、改めて自己紹介。その後、3・11の震災後の原発事故をめぐる講演を、「避難者と支援者を結ぶみんなの会」代表である西川祐子さんより聞く。
その後、レセプションがホームステイ先のホストファミリーも交えて行われた。台湾青年たちより、クイズ形式によって台湾の紹介なども盛り込まれ和やかな時を過ごす。
表立ったプログラムではないが、ユースミッションのプログラム中、毎朝・毎晩青年たちによるシェアの時間を持っていた。日本の青年、台湾の青年、それぞれによる証し、恵みの振り返りの時を持ち、共に祈りを合わせる。それらの証しを通して、国を越えて青年特有の悩みや将来への夢があることを再認識させられる。神に祈り支えられていくことに望みをおいていきたいと、互いにやわらかな信仰に触れ合う貴重な時間を重ねていった。
さて、20日は京都御所を散策してから、同志社大学神学部を訪問。神学部チャペルにおいて水谷誠神学部長より建学の精神について聞く。台湾の青年たちからも、どんなカリキュラムで牧師になれるのかなど積極的な質問が出てきた。その後、京都市内観光。二条城から金閣寺、銀閣寺、清水寺と真夏の暑い京都市内の世界遺産を堪能する。
21日から23日は教団教育委員会も後援する「教会中高生・青年大会2012」に合流。軽井沢の恵みシャレーを会場に行われる。総参加数270名の中で、日本にも多くの青年キリスト者があることを台湾の青年たちに知ってもらうことができた。共に礼拝をささげ、講演に聞き、交わりの時を持つ。
この集会のなかで、台湾の青年たちが自分の国についてプレゼンテーションする時間があり、日本の青年たちにとっては台湾を身近なものとして知ることができた。また台湾のワーシップソングで集会全体を盛り上げてくれた。そこには青年大会のお客様ではなく、参加者としての彼らの姿があった。
台湾のある青年は「この交わりのなかにイエス様が共におられて、わたしたちを導いてくださっているのを見た」と語っていた。
青年大会終了後、碓氷峠へのハイキングを楽しみ、夕方高速バスで軽井沢から東京へ。
午後7時半、新宿に着いた一行をSCF(学生キリスト教友愛会)のメンバーが大きな旗を振りながら出迎えてくれるのを見て、バスの中でも歓声がわく。
(清藤淳報)
将来の働き人が生まれる希望も
青年大会の余韻と共に、新宿駅で清藤淳牧師を見送った一行は、荻窪の東京台湾教会で夕食をいただいた。また、日本での台湾教会の働きについて聞き、祈りを共にし、東京での宿舎である韓国YMCAに向かった。青年大会の疲れもなんのその、深夜まで交わりは続く。
翌24日は、SCFのメンバーと共に、三鷹市にあるジブリ美術館へ。台湾でも大人気のジブリ作品、台湾ユースの期待は予想以上のものであったが、日本ユース、いや、引率者も含めて大いに盛り上がっていた。その後、共に井の頭公園を散策、昼食後、中野のSCFに向かった。SCFメンバー手作りのカレーライスをいただき、共に黙想の時を。御言に心傾け、祈りを共にした。また、よき交わりを深めた。
最終日は、朝食後、ユースたちによってまとめられたビデオによる8日間の振り返りをもって、デボーションのときとした。
既に、別れのつらさを徐々に感じつつ、教育委員会担当幹事である野村和正牧師の牧する長原教会へと向かった。最後の礼拝を参加者である瀧山喜代美神学生の奨励によって守り、委員長の祝祷によって遣わされた。
礼拝後、羽田空港まで参加者一同で向かい、空港ロビーでもなお、別れを惜しんだ。
両国の歴史と、これからの課題は必ずしも易しいものではない。しかし、共に「キリストと教会に仕える」台湾と日本の若い仲間たちと出会い、参加者の中から近い将来の良い働き人が生み出されるのではないかと、希望に満ちた夢を見させられる8日間であった。
(岸憲秀報)
6:1 太陽の下に、次のような不幸があって、人間を大きく支配しているのをわたしは見た。
6:2 ある人に神は富、財宝、名誉を与え、この人の望むところは何ひとつ欠けていなかった。しかし神は、彼がそれを自ら享受することを許されなかったので、他人がそれを得ることになった。これまた空しく、大いに不幸なことだ。
6:3 人が百人の子を持ち、長寿を全うしたとする。しかし、長生きしながら、財産に満足もせず/死んで葬儀もしてもらえなかったなら/流産の子の方が好運だとわたしは言おう。
6:4 その子は空しく生まれ、闇の中に去り/その名は闇に隠される。
6:5 太陽の光を見ることも知ることもない。しかし、その子の方が安らかだ。
6:6 たとえ、千年の長寿を二度繰り返したとしても、幸福でなかったなら、何になろう。すべてのものは同じひとつの所に行くのだから。
6:7 人の労苦はすべて口のためだが/それでも食欲は満たされない。
6:8 賢者は愚者にまさる益を得ようか。人生の歩き方を知っていることが/貧しい人に何かの益となろうか。
6:9 欲望が行きすぎるよりも/目の前に見えているものが良い。これまた空しく、風を追うようなことだ。
6:10 これまでに存在したものは/すべて、名前を与えられている。人間とは何ものなのかも知られている。自分より強いものを訴えることはできない。
6:11 言葉が多ければ空しさも増すものだ。人間にとって、それが何になろう。
6:12 短く空しい人生の日々を、影のように過ごす人間にとって、幸福とは何かを誰が知ろう。人間、その一生の後はどうなるのかを教えてくれるものは、太陽の下にはいない。
5:1 焦って口を開き、心せいて/神の前に言葉を出そうとするな。神は天にいまし、あなたは地上にいる。言葉数を少なくせよ。
5:2 夢を見るのは悩みごとが多いから。愚者の声と知れるのは口数が多いから。
5:3 神に願をかけたら/誓いを果たすのを遅らせてはならない。愚か者は神に喜ばれない。願をかけたら、誓いを果たせ。
5:4 願をかけておきながら誓いを果たさないなら/願をかけないほうがよい。
5:5 口が身を滅ぼすことにならないように。使者に「あれは間違いでした」などと言うな。神はその声を聞いて怒り/あなたの手の業を滅ぼされるであろう。
5:6 夢や空想が多いと饒舌になる。神を畏れ敬え。
5:7 貧しい人が虐げられていることや、不正な裁き、正義の欠如などがこの国にあるのを見ても、驚くな。なぜなら/身分の高い者が、身分の高い者をかばい/更に身分の高い者が両者をかばうのだから。
5:8 何にもまして国にとって益となるのは/王が耕地を大切にすること。
5:9 銀を愛する者は銀に飽くことなく/富を愛する者は収益に満足しない。これまた空しいことだ。
5:10 財産が増せば、それを食らう者も増す。持ち主は眺めているばかりで、何の得もない。
5:11 働く者の眠りは快い/満腹していても、飢えていても。金持ちは食べ飽きていて眠れない。
5:12 太陽の下に、大きな不幸があるのを見た。富の管理が悪くて持ち主が損をしている。
5:13 下手に使ってその富を失い/息子が生まれても、彼の手には何もない。
5:14 人は、裸で母の胎を出たように、裸で帰る。来た時の姿で、行くのだ。労苦の結果を何ひとつ持って行くわけではない。
5:15 これまた、大いに不幸なことだ。来た時と同じように、行かざるをえない。風を追って労苦して、何になろうか。
5:16 その一生の間、食べることさえ闇の中。悩み、患い、怒りは尽きない。
4:1 わたしは改めて、太陽の下に行われる虐げのすべてを見た。見よ、虐げられる人の涙を。彼らを慰める者はない。見よ、虐げる者の手にある力を。彼らを慰める者はない。
4:2 既に死んだ人を、幸いだと言おう。更に生きて行かなければならない人よりは幸いだ。
4:3 いや、その両者よりも幸福なのは、生まれて来なかった者だ。太陽の下に起こる悪い業を見ていないのだから。
4:4 人間が才知を尽くして労苦するのは、仲間に対して競争心を燃やしているからだということも分かった。これまた空しく、風を追うようなことだ。
4:5 愚か者は手をつかねてその身を食いつぶす。
4:6 片手を満たして、憩いを得るのは/両手を満たして、なお労苦するよりも良い。それは風を追うようなことだ。
4:7 わたしは改めて/太陽の下に空しいことがあるのを見た。
4:8 ひとりの男があった。友も息子も兄弟もない。際限もなく労苦し、彼の目は富に飽くことがない。「自分の魂に快いものを欠いてまで/誰のために労苦するのか」と思いもしない。これまた空しく、不幸なことだ。
4:9 ひとりよりもふたりが良い。共に労苦すれば、その報いは良い。
4:10 倒れれば、ひとりがその友を助け起こす。倒れても起こしてくれる友のない人は不幸だ。
4:11 更に、ふたりで寝れば暖かいが/ひとりでどうして暖まれようか。
4:12 ひとりが攻められれば、ふたりでこれに対する。三つよりの糸は切れにくい。
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