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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan

【4758号】支えられて今を 奥羽教区復興支援現況報告

2012年10月13日

年間22回の支援委員会を開催し
東日本大震災から一年半を経て

東日本大震災以降、教団全教区はじめ、在日大韓基督教会、大韓イエス教長老会などの多くの祈りにより支えられて歩むことができました。心から感謝いたします。
1年半となり、その状況と現状について報告する機会を与えられたことも感謝いたします。奥羽教区常置委員会は震災直後、直ちに常置委員会の下に緊急支援委員会を設置し、救援並びに支援を継続しています。支援委員会開催は常置委員会と共に昨年度22回に及びました。当初の救援物資の手配から、ボランティア受け入れ調整、さらには被災教会の信徒や教師を支える配慮を続けました。教会への配慮(説教者派遣など)は、現在も継続されています。
この1年半、各教会の事柄をまとめて報告します。

宮古教会

教区の斡旋により盛岡YMCAと提携し、ボランティア活動を継続中です。教会とYMCAの共働活動として双方了解し、教会は活動拠点や食事準備、宿泊を提供し、YMCAは活動のための人材の確保と作業工程の調整を行い、礼拝に出席し、そのとき教会員に対し、活動報告を毎週行っています。

救援物資の配布は礼拝堂を用いて実施されました(今日でも送られてきた物資は配布されています)。
炊出しも教会や仮設に出かけて行われ、昨年11月3日には仮設で運動会を計画するなど地域住民と共に歩むことが受け入れられました。仮設での調査に基づき、冬に向けて必要な暖房器具の要望があり、教区としてホットカーペットを配布するきっかけとなりました。仮設での傾聴活動がスタッフにより実施されています。仮設住宅の生活を支援するプログラムが、継続して実施されています(例:傾聴、仮設入居者のリフレッシュ旅行、餅つき、子どもリフレッシュスキー、サマーキャンプなど)。
YMCAは隣接地を借用し、事務所兼宿泊のためにプレハブ二階建を建てました(2012年7月より使用)。より積極的に仮設での活動を強化しています。
教会では2012年1月23日より牧師館の応急処置工事を始め、礼拝堂についても応急処置工事を7月には完了しました。
今後、計画としては教会とひかり幼稚園の協力により、復興構想を検討していくこととなっています。

新生釜石教会
教区からの斡旋(盛岡YMCAとの提携)は当初から断り、独自の活動が継続されてきました。コーディネーターが次々と替わり、一貫した活動とはなりませんでした。逆にあちこちの団体が関わり、教会を拠点としてボランティア活動が行われるようになりました。その一つが淀川キリスト教病院による医療ボランティアです。その働きは多くの被災者に寄り添うことをし、教会前のテントでの働きを有効なものとしていました。
しかし、9月以降ボランティアの数が減少し、教会前の赤テントも10月1日終了しました。テントを利用していた活動グループ間に意思疎通ができないままであったため、問題が表面化しました。活動グループ間の協議により、教会の意向に従うこととなりました。10月以降急激にボランティアが少なくなり、再度のボランティア要請が出されるなど行き違いが起こりました。そのため当初釜石市社会福祉協議会との連携ができていましたが、徐々に連携が難しくなりました。
救援物資は、当初礼拝堂の玄関脇の部屋で始まり、8月より白テントを利用して継続されました(礼拝堂の床をはがして応急処置工事に入ったため)。
ボランティア活動は北海教区、関東教区新潟地区、東京教区北支区、東京教区千葉支区、神奈川教区、兵庫教区などが主として協力されました。
2011年11月臨時総会を開き、礼拝堂の修復工事を行う決定をしましたが、さらに内容や予算について検討する必要があります。なお応急処置工事として玄関風除室を設置し、礼拝堂の壁の補修をしました。礼拝堂や牧師館の修復についても、意見の相違や考えの揺らぎがあり、教会員の一致したものに決定するまでに時間を要します。

大船渡教会
教区からの斡旋によりチャイルド・ファンド・ジャパンとの提携により、教会をボランティア活動の拠点とし大船渡市の社会福祉協議会につなぐ役割を果たしました。チャイルド・ファンド・ジャパンは遠野市に宿泊拠点を借り上げ、主に酪農学園大学の学生を毎週コンスタントに受け入れ、被災者の綿密な調査と仮設入居状況を掌握しました。牧師との連携を密にし、活動が活発に続けられました。ただし教会の意向として、避難所閉鎖を機会に教会での宿泊は大幅に縮小しました。仮設住宅での活動は牧師に引き継がれ、市の社会福祉協議会との協力のもとに必要な支援が行われました(傾聴、訪問)。
教区内での、支援物資配布は、礼拝堂の被害がなかったため一番活発に行うことができました。昨年5月中旬に入り、苦情の電話が届き、小売業の方の立ち上がりの邪魔になっていることを知らされました。教区としては、教会の役員会に規模の縮小と終了する時の検討を求めて、6月末で終了し、残り物資を8月半ばまで配布しました。
陸前高田の仮設、大船渡の仮設でホットカーペットを配布し、地域の傾聴活動と共に、韓国からの支援者による韓国デー(料理と舞踊)を実施しています。
2012年3月、震災後最初の受洗者が与えられ、4月には教会員の結婚式を行い、5月には教会創立記念礼拝を行いました。
創立50年、この間主イエス・キリストの恵みが注がれてきました。この教会は、教団総会の決議による「方式伝道」の一つである「東北地方特別開拓伝道」により伝道所が開設されました。しかし教団の機構改正(1968年)により支援が打ち切られ、その後の支援を奥羽教区が担い続けました。今も、教会員と歴代牧師の祈りが、この被災地にあっても、主の栄光を表しています。このたびの記念礼拝は、50周年でしたがこの被災状況から地区内や教区内の教会に祝会の案内をしませんでした。

千厩教会
礼拝堂・牧師館の柱の亀裂多し、危険建物、裏山の斜面に亀裂のため危険地域となりました。礼拝は信徒の自宅の広い部屋を利用しています。また裏の山(砂土による山)に亀裂が入り、市より退避勧告がありました。牧師家族は借家へ移転しました。梅雨の雨のため擁壁に一部ふくらみが見えるようになりました。
直接救援活動を行うことはありませんが、教会に届いた物資は、被災地から千厩地域に避難された方々に届けられました。
礼拝堂・牧師館は危険建物、土地は危険地帯となり、教会員との懇談の中で、移転地を確定し、臨時総会を開催しました。
2012年3月30日土地購入手続き完了。285坪1425万円(教区より1千万円)で取得しました。
今、礼拝堂・牧師館の建築準備を本格化しています(本格設計を基に工事請負業者を決定するなど)。教団救援対策本部には、現在の建物の取り壊しを含めた工事全般への協力を期待しています。
更に、教区内の関係施設の地震被害は、津波により壊滅となった釜石保育園はじめ、内陸部にある各施設も大きく被災しています。様々な支援が届けられていることは感謝です。
教区の配慮を継続するために常置委員会・緊急支援委員会は、各教会の主体的な活動を支援し、要望・要請にできうる限り応える準備を続けています。なお、ご加祷ください。
邑原宗男
(奥羽教区総会議長)

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