【4744号】人ひととき 布施 英雄さん ウェスレーの騎士を目指して

1924年生まれ。社会福祉法人愛隣団・財団法人共愛館理事長、キリスト教社会事業同盟顧問、頌栄教会員。

終戦間もないある日のこと「教会ではパンと葡萄酒が出て、歌も歌える」と聞き、仲間を誘って4人で出掛けた。パンと葡萄酒はダメだったが、気分よく讃美歌を歌えた。みんな優しくて、居心地がよくて、教会に行くのが楽しくなった。生齧りの信仰だったが洗礼も授けられ、念願のパンと葡萄酒に与れた。日曜学校の小学科を担当し、開拓伝道にも参加した。
1949年、大学の建築科に進むと決めたころ、ボランティアを頼まれて行ったのが社会事業施設の愛隣団。創立者のサンビー宣教師が、奉仕によって主に仕える「日本のウェスレーの騎士団」になぞらえて命名した。意義深い働きだが、自分の人生とは別の世界だと感じていた。
そのとき「上野で収容した浮浪児たちが、ベッドの上でなく下に潜って寝ている。そのほうが安心して眠れるという。その心が悲しい。立派な施設より、深く届く愛でしか救えない」と聞こえてきた。この言葉が胸に刺さった。
ある日、眞鍋頼一牧師に呼ばれた。「君、社会事業をやらんかね」。突然のことで困惑しつつも有難く受け止め、社会事業に携わる人生がスタートした。昼は乳幼児、入所の母子や地域のお年寄りの世話、夜はクラブ、事務・会計に各種修理、庭の草刈りや溝浚い、何でもした。日曜日の朝は日曜学校、伝道集会も担当した。
8年後、次男に充分な医療も受けさせられず4歳で亡くした。「神様、悪かったとすれば私です、この子じゃない!」。しかし、その葬儀を司式する眞鍋牧師の目にかすかに光るものがあったのを見た。先生も米国で長男・長女を一歳半で、日本で次女・三女を娘盛りに亡くした。それでも神に仕え、人に仕え続けた。「そうだ! 私も次男にしてあげられなかったことを、社会の子どもたちにしてあげよう、それに人生を賭けよう」と思ったとき、不思議な嬉しさが胸に広がった。
「私は常にロマ書12章9節に教えられ、励まされ、鍛えられながら、歩んでこられた幸せを心から感謝している」。

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