【4731号】キリストと教会に仕える 北海道で夏の青年修養会

求道・信仰について濃密な語りあい

8月11~13日、北海道・北広島教会を会場として「キリストと教会に仕える」有志の会主催、青年夏の修養会が開催された。遡ること30年以上前より、札幌周辺にある複数教会が合同の青年プログラムを行ってきた。その交わりをふまえた上で、今回はより広く道内全域の教会へ呼びかけ、修養会開催の運びとなった。また一昨年、プロテスタント日本伝道150年記念大会・献身修養会に北海道からも参加者があり、ぜひ北日本の地でも献身修養会を開催したいとの願いと幻が、教会青年と教職の間に起こされ、今回の開催へと至ったものである。日本基督教団内の有志伝道団体である日本伝道会(小島誠志代表)と全国教会青年同盟(林田秀彦理事長)も計画に賛同し、協力した。

帰るべき場所をもつ人生

講師として、小林克哉牧師(西中国教区・呉平安教会、教団伝道委員)が招かれた。師は北海道出身の伝道者である。小樽聖十字教会で求道・受洗やがて召命を受けて神学校へ進み、卒業後は呉の地で牧師として務めを与えられ、西日本教会青年同盟の設立に参加した。「キリストと教会に仕える」自らの歩みを振り返りつつ、聖書からのメッセージをときにユーモラスに、ときに熱く、修養会参加者へと語った。第1日目の講演は、ルカによる福音書15章11~32節に基づき、「帰るべき場所をもつ人生-教会に仕える-」とのテーマで語られた。
この聖書箇所で父親は神を表し、兄と弟は私たち人間を表す。人間は本来、神の許にいるべき存在として示されている。弟息子は父のもとを離れて生きることを願ったが、しかし彼の財産はすべて父から与えられたものであった。人は何一つ自分で手に入れたものはなく、神から与えられて生かされている存在である。弟息子は父から離れた生活で「自由?」を満喫するが、与えられたものを無駄遣いし、自分の思い通りに生きた結果、生活は破綻した。弟息子は、父親から離れた生活で自分自身を見失った。そして求めた「自由?」が、かえって不自由であることに気づいた。そこで初めて「我に返って」自分の本来あるべきところ、「帰るべき場所」が父親のもとであると知ることになる。自分に帰る資格(救われる権利)などないと知りつつ帰ってきた弟息子を、父親は走り寄り抱きしめて大歓迎する。神の喜びは、見失われていた者が立ち帰ることにより大きなものになった。「死んでいた者が生き返る」すなわち新しい命に生きる者とされる。立ち帰った弟息子は、父親のもとで喜びをもって仕え、働いたであろう。帰るべき場所=教会の礼拝は、そこで仕えて生きていく場所を示している。そして罪人である人間は、自らの力で人生を完成させることは出来ない。神に支えられてこそ、私たち人間の歩みは確かなものとされる、と結ばれた。

人生の沖にこぎ出す

2日目はルカによる福音書5章1~11節により「キリストに仕える-人生の沖にこぎ出す-」と題して講演がなされた。ペトロたちの召命記事とされる箇所であるが、神の言葉を聞こうと多くの人々が押し寄せている中で、当初ペトロにとってそれは他人事に過ぎなかった。そして彼は、一晩中働いて雑魚一匹取れなかった虚しさを抱えていた。私たちの人生にはどんなに努力してもうまくいかない時がある。それでも明日に向かって生きていかねばならないと、網を繕って明日への備えをしていた。主イエスはそんなペトロに無理強いするかのように舟を出させる。そこで御言葉を一番近くで聞く経験をする。さらに主イエスは、今いる浅瀬から「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」とペトロに言われた。人は自分の経験の中で行動したがるが、そうした浅瀬から自分で立つことのできない沖へ出ていくよう勧められる。自分の経験や知識を超え、神の約束の中で漕ぎ出してごらんと主イエスは言われる。半信半疑だったかもしれないが、主イエスのお言葉に従ってみたとき、信じられない大漁を経験することになった。この出来事を一人でなく、仲間と共に経験する、そこに教会の姿がある。ペトロは大漁が自分の力でないことを知らされた。自分の経験や知識を打ち砕かれるとき人は、聖なる神を礼拝せずにはいられなくなる。そしてイエス・キリストに捉えられ、人生のステップアップへと導かれ、人間をとる漁師になる。私たちの人生にとって、究極的には、自分の計画や考えが問題なのではない。それ以上に神のお考えとご計画が重大であり、御心を求める祈りがそこに与えられる。一人ひとりへ迫るように力のこもった講演が語られた。

伝道スピリットに思いをはせつつ

2日目午後には、車に分乗して浦臼へ向かい、「北海道とキリスト教」の歴史を学ぶ時間をもった。1893年、武市安哉らが高知より移住し、信仰と教育による新しく理想的な社会共同体の建設をめざして聖園農場を開設した。後には、北見で北光社の経営にかかわっていた坂本直寛(坂本龍馬の甥)らも合流し、日本近代史とキリスト教の関わりについて、様々な遺産と課題を今に伝えている場所である。聖園農場ゆかりの場所や、記念館の展示を見学した。さらに先達たちの伝道スピリットに思いをはせつつ、武市安哉の墓前で祈り、聖園教会前で記念撮影した。信仰に基づく社会共同体の形成という彼らの理想は、その後の日本の辿った歴史と社会的現実の中にあって変遷を余儀なくされていった。けれども一つ確かなことは、彼らの存在の中核にあったキリスト教信仰、それによって立てられた教会は現存し、今なお地域に主の福音を伝えている。時代の隔たりを超えて、福音伝道に燃えるスピリットが21世紀の私たちにも委ねられていることを確認するひとときとなった。このほかにも紙幅の関係で紹介できないが、開閉会の礼拝はじめキャンドル・サービス、早天礼拝などあらゆる機会に「キリストと教会に仕える」との主題について御言葉に聞き、また教会で文字通り寝食を共にする中で、求道につき信仰について濃密に語りあう修養会となった。「こんなにも多くの牧師に囲まれ、教会に生きるという現実が身近になった」「悩みを抱えていたが、牧師たちのコミカルなやり取りに我慢できず吹き出してしまった。主によって明るさと希望を与えられた」「キリストにある人生を求めて、真剣に教会へ通いたい」これらは参加者の語った感想の一部である。北海道の地で開催された修養会は、参加したすべての者にとって、献身・再献身の恵みのときとなった。
(松本周報)


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