【4729・4730号】放射線の恐怖が襲う福島中通りの諸教会を訪ねて

放射線の恐怖の中で、礼拝を守り、子どもたちを守る《福島県中通り地方の諸教会伝道所》(以下教会と略)を6月28~29日、教団関係者一行4人で訪問した。全ての教会を訪ねることは日程的に無理があった。スケジュール調整は不可能と判断し、幾つかの重点取材教会には事前の連絡を入れたものの、他は、いきなり訪ねた。東北教区福島地区、いわき・郡山地区25教会の内、20が中通り地方にある。その内、11教会と他に教会関係施設で、現況を見聞きすること、聖書を朗読し祈ることが許された。 それぞれの町の被害程度も性格も違うし、地震に遭遇した教会員一人ひとりの生活も性格も違うのだから当然、教会毎に状況は多様だ。一方で、この地に住む人々は、《放射能汚染への危機感を、共有させられ》ている。これも所によって放射線数値が異なるし、自ずと危機感にも程度差がある。しかし、或る教会員が漏らしたように、一見平穏な日常が続いているようでありながら、「目に見えない不安・恐怖が、常に、ぴったりと背中に張り付いている」のだ。各地で放射線量の数字が問題になる。つい100日前までは、特殊な専門用語で一部の人にしか馴染みがなかったマイクロシーベルトという術語が、日常の言葉として、人々の会話の中を飛び交う。昼食を取った蕎麦屋でも、駅前の人混みでも。各地の線量はそれぞれに異なる。しかしどの地でも、これを深刻に受け止める人と、楽観する人とが存在する。年齢差が大きいとも言われる。中高年以上の人は、自分にとっては最重要なことではないと考えるが、若い人、特に小さい子どもを持つ人ほど、事柄を深刻なものとして受け止める。当然かも知れない。以下は或る牧師の見解。「しかし、中高年にも孫がいる。必ずしも、年齢に比例はしない。深刻に受け止める人と、楽観する人との差は、実は、深刻に受け止め、それに何らかの対応ができる人と、それができないからこそ、楽観的観測にしがみつきたい人との差ではないのか。より短絡的に言えば、避難可能な人と不可能な人との差ではないのか」。自主避難勧告が出ていない地域でも、多くの教会員が町を離れたと聞いた。大多数の、例え望んでも土地を離れることの出来ない者、避難先を持たない者は、どうしても、このことを批判的に受け止める。郷土を捨てて逃げ出した、教会を見捨てたという感想を持つ。町民の間に、そして《教会員の中にも、亀裂が》入る。「建物のことは、お金で何時かは解決が着く、この亀裂の方が深刻だ」と語る牧師。「自分はがまんできるし、この地に留まり働くことに使命を感じるが、そのために子どもを犠牲にはできない」と語る牧師。中学校では、防塵マスクを着ける派と着けない派とに、生徒が分裂しているという話さえ聞いた。あれほどの衝撃にも耐え忍び続け、世界から賞賛された人々の心がギスギスし、労りの心が反感や嫉妬や憎悪に変えられてしまうのに、100日という日数は、十分な数字なのだ。町を車で流した程度では、断定的なことは言えないが、意外な程にマスクを着けた人は少ない。遠慮が働くのだろうか。それとも、危機感を強めた人は、既に避難したか、或いは、外出を控えているのだろうか。中通り地方の諸教会には、幼稚園、保育園を併設する所が多い。ここでも、放射線が人々の心を射貫く。或る牧師は、「この地で子どもを集め続けていることは、子どもの命を危険に曝している犯罪行為への荷担なのではないか」と悩む。しかし、「今、この時、この地だからこそ、必要とされている」とも思う。《一人の人の心さえも二つに引き裂かれ》ているのだ。給食も含め「地元の食材は一切提供しない。食べない」と言う牧師と、「安全を確認しながら、積極的に地元の食材を入れている」という牧師。それぞれの話を聞いていると、それぞれに説得力があるように聞こえる。どちらにも肯きたくなる。しかし、二人の見解は真反対なのだ。どちらが正しい、間違っているなど、誰が言えるだろうか。会堂牧師館、教会員宅、この被害状況も様々だ。直接の地震被害だけではなく、放射線のこと、勤務していた工場の閉鎖など、《生活基盤の崩壊の方が》より深刻度が大きい。再建が、建物の再建のことを意味するのならば話は単純だが、個々の教会員の生活基盤の再建なくして、教会の真の復興はあり得ない。これは、イデオロギーではない。ごく実際的な意味でもそうなのだ。避難したり生活が破綻したりで、礼拝出席も献金も半減した教会がある。大抵の教会には、大きな蓄えなどはないから、即、牧師謝儀が出せない、教会の日常活動に支障が出るなど、目に見える故障が起こっている。福島教会のように会堂を取り壊さざるを得なかった教会があり、方針を定めるために脅えながら診断を待つ教会、そこで明らかになった被害状況と、修復・耐震化費用の数字に呆然とする教会がある。殆どの教会が、まだ具体的な再建計画を持つには至っていない。国レベルと同じ矛盾が、教会でも起こっている。教団・教区としては、個々の教会の被害実態が明らかになり、対応策が採られ、費用の全容が見えて来ないと、復旧のための援助額を決定しがたい。しかし、個々の教会としては、どの程度の援助金が得られるかが不明では、《再建計画が立てられない》。個々の教会にしろ、全教団的にしろ、復興・再建のビジョンがなければ事は進まないのは理解できるが、もう時間がない。一刻も早く、せめて、将来への確かな約束を届け、安心・希望を持って貰わなくてはならない。教団新報では、大震災後、三陸沿岸、福島浜通り、福島市周辺、栃木・群馬、千葉・茨城と6次に渡って、訪問取材を行って来た。今回は、これまでどのコースからも外れていた福島中通りの南地区を訪問するのが、主目的であった。ここでも、福島・郡山ほどではないにしろ、一帯に放射線レベルは高く、所謂ホットスポットとされる町村もある。また、白河周辺では、群発地震と言える程に、震度の大きい余震が続いた。第36総会期第6回宣教委員会が、昨年9月27~29日、福島県南にある諸教会・施設で開催された。教団新報11月6日号に、その報告が掲載されている。図らずも今回の訪問日程も、ほぼこれに重なった。しかし、その報告すべき内容は全く別物に変容してしまった。「先ず、牧人会『白河めぐみ学園・白河こひつじ学園』を訪ね、山下勝弘理事長から」ここまでは、全く同じ文章で通用する。しかし、そこで聞いた話は、専ら同じ牧人会の知的障害者厚生施設《『あだたら育成園』の甚大な地震被害》のことだった。30人の利用者がいる。施設の性質上、待ったなし、一日も早い復旧がなされなければならないが、「概算3億円の費用が要る。公的援助2億が期待できるが、残る1億は、何らかの募金・援助に頼るしかない」とのこと。山下理事長は、1968年の設立準備会発足以来、殆ど何もない所から、現在の11施設、諸事業を立ち上げて来た。その間には幾多の困難も障害もあった。しかし、「それに立ち向かう心構えも準備も、時間もあったが、この度は全く突然のこと、時間的余裕もない」と戸惑いを隠せない。ここでも、教団の支援が待ち望まれている。その後、ごく近隣にある川谷教会と保育園を訪ね、施設・設備の見学がてら近況を聞いた。新報にも載ったように「子ども子育て応援センターを通じての地域宣教」が新展開されている。豊かな自然の真っ直中にある木造平屋の素晴らしい建物施設、しかし、美しく整備された《庭に園児が入ることは》出来ない。放射線の不安が大きく、活動が様々制約される中でも、地元の食材を積極的に取り入れるなど、職員父母が心を合わせて、「負けるものか」と戦う姿が見られた。矢吹教会の岡村宣牧師から、「認定子ども園・ポプラの木」、鏡石伝道所が運営する「認定子ども園・ぶどうの木」を案内して貰い、更に須賀川教会の「栄光幼稚園、認定子ども園・オリーブの木」を見学した。4教会(矢吹教会、川谷教会、鏡石伝道所、須賀川教会)の伝道協力会における複数教会・複数施設の共働についての実践は、前述の新報に報告されている。ここでは、度重なる余震もあり、未だ真新しい施設建物や調度にも、軽微ではない地震被害があった。しかし、昨春赴任したばかりの岡村牧師は、被害状況を説明する以上に、工夫された施設・事業の展開を語ることに熱心だった。同行の内3名まで幼稚園・保育所の責任を持っており、これに耳を傾け、感心し頷く。建物、園庭、調度には「うらやましい」の声さえ。その一方、この事業をリードして来た須賀川教会の今野善郎牧師は、「疲れが溜まっており、ついつい、いらだった気持ちを職員に向けているかも知れない」と省みる。ここでも放射線被害の中で、いかに子どもたちの安全を守るかという《重大な課題がのしかかって》いる。郡山以南は、高齢化が余所よりも深刻な地域だ。教会は小規模で、かつてはその存続さえ危ぶまれていた。しかし、僅かこの10年程の間に、幼稚園・保育所を軸に、新しい福音宣教の力が湧き上がっている。園児たち、その母親、職員、関係者が、ここを通じて福音に出会う。一日も早く、日常を取り戻して、子どもたちが恵まれた園庭で自由に遊び、今野牧師、岡村牧師たちの伝道の幻が育っていく様を見たいものだ。同様のことは、川谷教会にも全く当て嵌まる。さて、最初の訪問地は白河教会、かつて新報4511号「人ひととき」に登場した内山幹男さんに再会する。彼は農民であり科学者、そして教会の会計役員。数々の、特に福祉に関わる発明があり、この普及とメンテナンスのために、全国を飛び回り、また科学雑誌に寄稿する。この度は、「簡単に手に入らないから、放射線測定器を自作した」と言う。たった一人、研究所も設備もスタッフも持たず、十分な材料さえなくとも、知識技術があれば、大抵のことは出来るのだ。国が悪い、電力会社が悪い。その通りだ。だからこそ、一人ひとりが立ち上がり、その上でこそ、力を合わせなくてはと、今更のように思う。この報告に、結論めいたものはない。記事掲載時には大震災から4ヶ月が経っている。全てのことが後手後手で、復旧は捗らない。まして、真の復興は、未だ端緒に着いたばかり、新報も、このことを追跡し、一緒に歩いて行くしかないと覚悟している。 (新報編集部報)

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