日本基督教団におけるアウティング・人権侵害について
謝罪 報告および処分
日本基督教団総幹事 網中彰子
2022年5月、日本基督教団部落解放センター(日本基督教団事務局分室)において、元嘱託職員(以下、元職員)によるアウティング事件(以下、本件)が発生しました。本件発生後、部落解放センターおよび部落解放センター運営委員会内で解決のための協議を重ね、更に内部調査を行いました。しかし、結果として元職員の行為が「アウティング」であるかどうかの判断には至りませんでした。2023年4月に総幹事が交替し、この問題を総幹事預かりとし、外部の第三者機関(以下、第三者委員会)に調査を依頼し、2024年11月に調査結果が出ました。それに基づき、本件概略をここに説明申し上げます。
※第三者委員会 日本基督教団と利害関係が全くない方々によって組織されている。
〈第三者委員会設置の経緯〉
2022年5月、日本基督教団部落解放センター(日本基督教団事務局分室)において、職員としての守秘義務違反が発生しました。この対応を部落解放センター運営委員会が担うことになり、運営委員会での議論が続きました。2023年4月に網中彰子が総幹事として着任し、本件の経過を再確認する中で、執行機関である事務局の組織的な瑕疵があると判断いたしました。
大阪にある日本基督教団部落解放センターは日本基督教団事務局の分室であり、そこで働く職員については雇用者である総幹事が責任を負います。日本基督教団の執行機関である事務局として、本件に積極的に対応しなければならなかったにも関わらず、初動のところで関与できず、本件解決のために長い時間を要してしまったことを確認し、総幹事として再度検討し、これを部落解放センター運営委員会から総幹事預かりとすることを提案し、改めて本件について外部の第三者機関での調査を依頼し、検証を含めて対応してゆくことになりました。
第三者委員会の設置により、関係者へのヒアリング、状況分析が行われ、2024年11月に本件の調査結果が提出され、被害者の方、元職員、関係者でこれを共有しております。
〈調査結果〉
本件調査結果は、元職員による守秘義務違反行為はアウティングであることを認定しました。アウティングとは元来、性的指向や性自認等に関する情報等を本人の承諾なしに第三者に伝えてしまうことの意で使われてきたものですが、現在は性的指向や性自認等にかぎらず広く「機微な個人情報」を本人の同意なく第三者に開示することをアウティングと認定しています。
この調査結果に基づき、総幹事の謝罪文と元職員の謝罪文についての総幹事の見解を「教団新報」に掲載いたします。また、元職員については「日本基督教団事務局・出版局就業規則」第39条第1項(2)(3)に従って、遡って訓告処分とし、今後、教団からの指示があるまで、教団部落解放センター等の活動に関わることを禁止いたします。さらに、総幹事については「日本基督教団事務局管理職執務規程」第19条(4)に従って減給処分(3ヵ月の減給10%)といたします。
調査結果の詳細は被害者の方のプライバシーを守るために記しません。しかし、調査結果における執行機関としての日本基督教団及び議決機関としての部落解放センター運営委員会の過ちについての指摘を共有することにより、私どもの組織が問われていること、また、再発防止のための提言を報告します。
〈調査報告書 抜粋〉
1.アウティングについての基本的な理解の欠如
アウティングとは、本人の承諾なく、本人が公にしていない属性を他者に暴露する行為であり、ハラスメントでもある(厚労省のパワハラ防止法指針(令和2年厚生労働省告示5号)にも、パワハラの代表的な言動の一例として「労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」が挙げられている)。本人が具体的に開示を承諾していない相手であれば、開示した者にとって開示先が信頼関係がある相手であったり、特定の少数者が相手であったとしても、「アウティング」にあたる。
元職員にとっては既知の信頼できる相手であったとしても、それはアウティングに該当することを否定する事情にはならない。本件で関係者は被害者にとっては未知の第三者であり、アウティングに該当する。
「アウティング」に該当するかどうかは行為の客観面から判断されるものであり、行為者が主観的に善意であったとしても、それを理由に「アウティング」に該当しなくなるとか、行為の悪質さが減殺されるというものではない。
また、アウティング行為の危険性の背景は、それぞれの背景に差別や偏見が根強く残っており、そうしたことを伝えられることで、アウティングされた当人は、その偏見や差別で苦しめられることになる(2次被害)。
2.教団の組織的な問題点
今回のアウティング事件は、元職員の個人的な逸脱の問題のように見えるが、その発生の背景やその後の経緯から、教団組織の抱えている組織的要因、集団的特性が様々に絡んでいる。明確な人権侵害でありながら、かくも問題解決が長引いた原因を検討することが調査委員会の求められる最大のテーマである。理由は多岐にわたるが、最大の問題は、文字通り今回の事件の差別性を組織的な問題として認識できなかったことにある。
本件の経過から見える組織的な問題点を指摘する。組織の権限や命令系統に注目して大別すると、権限による上位と下位で厳密に構成される「ピラミッド型」のものと、中心と周辺で緩やかに構成される「フラット型=鍋蓋型」の組織がある。緩やかな連携組織の傾向が強い教団では、上位、下位の構造が緩く、権限に基づき適切に管理をするという観念が比較的薄い組織となっている。
ピラミッド組織は権限が上層部に集中するのに対して、フラット組織では上層部の権限が下層部に委譲され、構成員個人に裁量権が与えられ、そのためフラット組織では各構成員が主体的に意思決定でき、課題などへもスピーディに対応できる反面、全てが個人の責任で行われることから組織としての責任の所在があいまいになる。
部落解放センターは、部落解放問題を専門的に扱う専門家集団的な立場に置かれることで、教団本部とは距離のある独自の立ち位置となっており、教団の部落解放問題を扱う職能的な部門を構成しており、フラット組織の性格を有する。
こうした機能別組織は、前述したように各部門がそれぞれの職務に集中できるため、ノウハウの蓄積により専門性が発揮しやすいメリットがあり、独自の判断での機能的な動きが可能になる。しかし、その反面、各組織の職務が専門化しやすく、横のつながりが弱く、全体を俯瞰することができるマネジメント人材の育成が困難なデメリットも生まれやすくなる。
「皆平等」という仲間意識での仕事の進め方は、往々にして、ピラミッド型の上位下達による OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング) が機能せず、組織構成員の担当業務の進め方が独善的になりがちである。 そして、そうした職場経験の優位者は、自分の万能感を高めがちになる。これは一人教団だけの問題ではなく、組織一般としても陥りがちな傾向であることから、あらためて教団組織の危機管理の問題として考えて行く必要がある。
今回は、フラットな組織のデメリットが最大限に表出してしまった事件であると言わざるを得ない。つまり、部落解放センターが教団の部落差別問題を一元的に管理することによって、教団が当事者性を失ってしまい、差別問題を部落解放センター任せにしてきた教団自体が、絶えず差別と向き合うという課題をないがしろにしてきたことへのツケともいうべき事態である。
3.本件人権侵害性についての調査委員会の判断
アウティングが認定された上で、教団は各構成員に対し、職場環境配慮義務を負っている。アウティングが被害者の自死をもたらした事例もあり、アウティングが死に至りうるほどに本人の精神的不調をもたらすものであることは知られている(2015年一橋大学自死事件)。従って、教団は、構成員が他人のプライバシーに関わる機微な情報を取得した場合には、当該情報を適切に管理する義務がある。それにもかかわらず、教団の情報管理体制が不十分であることによってアウティングが生じてしまった場合は、教団自身がその職場環境配慮義務に違反したとして、アウティング被害を受けた者に対して直接的に損害賠償責任を負う可能性もあると考えられるところである(民法415条)。本件が、精神のみならず、生命をも侵害しうるほど重大なものであることを改めて共通の理解とする必要がある。今回の事件が生み出した被害者への多大な痛みへの配慮をもって、時間の経過がもたらす苦しみに思いを馳せ、一刻も早い解決を使命として認識すべきであった。
本件は、行為者の主観(悪意や故意)にかかわらず、いわゆる「アウティング」に該当する。アウティングの内容は被害者のプライバシーに関わることで詳細は避けるが、極めて深刻なものであり、行動と精神の自由の制限を余儀なくされる。また、この問題が多くのマイノリティが差別から自身を解放しようとする当事者にとっても、重大な問題を投げかけるものであり、人によっては大きく傷つけられることにも繋がることに留意すべきである。
また、「アウティング」は、社会的差別により計り知れない苦痛と恐怖、行動の制約を受けてきた被害者の「自己情報コントロール権」を侵害するものとして、いかなる例外もなく許容できないものである。したがって、マジョリティの価値観に基づいてアウティングか否かの基準を立てること自体に重大な人権侵害性があると考えるものである。
結論と提言
アウティングを未然に防ぐために一人一人出来ることは非常にシンプルである。それは「本人に確認をする」というだけのことである。どの範囲にまで、どのような事実を伝えても良いのかを確認することである。そして、それを怠って、アウティングをすれば、その責任が問われるということである。
もし、アウティングを起こしてしまった場合には、まず本人への説明と謝罪、伝えてしまった人への事情の説明とそれ以上に広がらないような対処、再発防止策などを策定することであり、これも極めて単純なことである。問題は、こんな単純なことが出来なかった背景は、すでに指摘してきたように、自らの過ちを認められない、謝罪を認めない元職員の姿勢とその姿勢を許容してしまっている教団の組織風土がある。組織風土を変える即効的な手段はなく、長い目で組織文化を変えていくことが求められる。従って、中長期的に様々な制度改革を行いながら、継続的に組織文化を変えるための努力が必要である。
〈再発防止策について〉
日本基督教団は、この調査結果を真摯に受け入れ、被害者の方の損なわれた権利の回復と、このような事態を引き起こした主体として、信頼回復のためになすべきことを早急に検討しなければならない。
調査結果にある「今回申告された事態は、「差別」と「自己情報コントロール権の侵害」が、周囲の意図するか否かにかかわらず惹起される社会的要因と人間の心理構造にも起因するものである。したがって、謝罪は何が問題であったのか、それを繰り返さない対処を具体的に講じていくことを明らかにし、関係当事者との信頼を回復するものでなければならない。この取り組みは、決して容易なものではないが、関係者全体で、この取り組みの価値の重要性が共有されることを心より期待する。」に基づき、再発防止のための施策検討に取り組むこととする。
⑴研修の実施 組織として繰り返し学び、気づきの機会となる研修を用意することが必要である。
⑵当事者の処分 組織として加害者である元職員の非を認め、当事者への謝罪をすることが筋であるが、そのためには元職員の処分が前提となる。元職員の今後の処遇が被害者に及ぼす影響も考えられること、組織としての厳しい姿勢が伝わらない限り、組織全体として問題点を共有することができず、再発防止ができないと思われるからである。 (抜粋ここまで)
以下、調査報告書をもとに総幹事としての見解を述べます。
このような事態に至る背景には、組織および個人の日常の慢心があると言わざるを得ません。被差別部落解放、差別問題等の活動に関わる己の判断、部落解放センターという組織が間違うはずがないという、ある種の驕りと怠慢が、今回の事件を引き起こしました。
調査報告書で指摘されたひとつひとつは、加害者及び日本基督教団という組織への厳しい提言です。これらに向き合い、被害者の方への深いお詫びと共に、私どもが内側に抱える諸課題に取り組み、関係当事者との関係修復に努めて参ります。
誰もが憶測や情報不足、理解不足により、誤った認識に陥ります。それにより隣人を深く傷つけてしまいます。罪人たる所以です。しかし主の十字架の贖いにより、その罪を赦されるからこそ、その過ちに気づき、繰り返さぬよう自らを省み悔い改めることで、また自由にされると信じます。個々人は欠けの多い器であることを自覚しつつ、信仰者としてそれぞれの賜物を捧げて部落差別解放、および、あらゆる差別の課題に取り組んでいかねばなりません。
調査報告書に指摘された再発防止策として、当面、次の2点について実施して参ります。
①教団事務局・出版局・年金局・部落解放センターで毎年行われるハラスメント研修会を、より広く各教区、教会・伝道所へ開かれたものにし、人権意識を喚起してゆく。
②新任教師オリエンテーションで、必ずハラスメント研修を行う。
この再発防止策だけでは不十分とのご意見があることは承知しており、総幹事として関係各部署と早急に検討を進め、より広く共有できる再発防止策を講じる努力を続けて参ります。
本件は、元職員の個人的な人権侵害に留まらず、日本基督教団の組織をも問われております。
互いの存在を敬い大切にするという基本の内実が、非常に意識の低いものであったという事実を真摯に受け止め、元職員だけでなく、部落解放センターに関わる者、また日本基督教団に属するもの全てが、個人の尊厳や人権に対する意識を今以上に自らの内側に問い、また共に学びつつ、その歩みを深めてゆかねばならないと考えております。
主の御前に深く懺悔し、日本基督教団の全ての教会・伝道所、関係者の皆さまにご理解賜りたく、総幹事として、ここに見解を記します。以上
2025年5月30日
元職員の謝罪文について
日本基督教団
総幹事 網中彰子
部落解放センターにおけるアウティングについて、行為者である元職員は、自らの行為について被害者の方へ謝罪文を提出しましたが、その内容は自らの過ちについての認識の不十分さから、真の謝罪と言うに至らず、未だ被害者の方に受け入れていただける状況にありません。被害者の方への謝罪の言葉はあるものの、自らの行為についての十分な認識、理解に欠けており、真の悔い改めに至っておりません。
自らを省み、過ちを認めるに至る道は厳しいものではありますが、それを遙かに超えて被害者の方の苦しみがあることを知らねばなりません。「調査報告書」に記されたことを認識し、問われていることを理解し、それらを受け入れることで、心からの謝罪が必ず与えられることを、元職員が気づくことができるよう、雇用責任者である総幹事として繰り返し促しつつ、真の謝罪に至るよう求めてゆく所存です。
また、なお時間を有することを被害者の方に改めて深くお詫び申し上げますと共に、教団内でこの事態を共有するために「教団新報」への至らない報告を掲載することを被害者の方が苦渋の中でご理解くださったご温情に感謝申し上げます。
謝罪文
2022年5月、部落解放センター(日本基督教団事務局大阪分室)において、当時職員として勤務していた者による「アウティング(暴露行為)」という重大な人権侵害が起きました。
「本人の同意なく、本人の秘匿している情報を他者に開示する行為」であるアウティングにより、被害者の方に多大な恐怖、ご不安と、なにより人として自由に生きる当たり前の権利を奪い、計り知れないほどの深い傷を負わせてしまいましたことを雇用責任者として深くお詫びし、心より謝罪申し上げます。誠に申し訳ございませんでした。また、私どもの対応の遅さから、被害者の方に長い時間、苦痛の時を被らせてしまいましたことを、重ねてお詫び申し上げます。
この件について、第三者による調査委員会に調査を委ね、そのことは被害者の方にとっては遅きに失する対応であったと存じますが、調査結果を受け、私どもは組織としての対応の過ちを深く認識いたしました。調査結果における、とりわけ日本基督教団の対応の過ちについて教団新報に公表し、日本基督教団全体でこれを共有し、再発防止のための方策を検討して参ります。
加害者の人権研修プログラムを含め、部落解放センターをはじめとする日本基督教団の各組織において改めて人権問題全般についての研修を重ね、これらを広く共有すべく努めて参ります。
日本基督教団に属する者全てが、命の尊さ、他者への敬意、プライバシーを重んじ、人格を傷つけることのないよう、主の前にあって謙遜に学びを続け、恐れず自らを省み、人権侵害のない世を目指す者として祈り、歩んで参ります。
2025年3月12日
日本基督教団総幹事 網中彰子
処分
日本基督教団事務局管理職執務規定第19条(4)に従って、網中彰子総幹事を第20条(2)の減給処分とする。減給は3ヵ月、基本給の10%とする。
※第19条(4)部下に対して必要な指示、注意、指導を怠ったと認められたとき。
2025年5月30日
日本基督教団総会議長 雲然俊美
処分
日本基督教団事務局・出版局就業規則および諸規則、第39条第1項(2)(3)に基づき日本基督教団部落解放センター(事務局分室)の元職員を、2022年11月に遡って訓告処分とする。
※第39条第1項(2)事務局、出版局の名誉を毀損し、または職員の体面を傷つけたとき
(3)故意または重大な過失により、事務局、出版局に損害を与えたとき
さらに、総幹事からの指示があるまで、教団部落解放センター等の活動に関わることを禁止する。
2025年5月30日
日本基督教団総幹事 網中彰子