【4946・47号】信仰告白、教憲・教規に基づく教師論を言葉に

「日本基督教団の教師論」承認に至る経緯

教師養成制度検討委員長 菅原 力

37総会期第3回常議員会(2011年7月開催)は、議長提案により「教師養成制度検討会議」を設置した。検討会議の設置は、日本基督教団における教師養成制度について、これまでの歩みを振り返り、教団の教師養成の現状と課題を検討し、将来の教師養成に向けて提言を作成することを目的としてのことであった。同検討会議は2総会期にわたり検討を重ね、「答申書」としてまとめ、常議員会に提出した。答申書を受け、39総会期第1回常議員会(2014年11月開催)は答申書の具体化を進めるべく「教師養成制度検討委員会」の設置を可決した。同委員会は、答申書に基づく議論を深めるとともに、教団関係神学校を訪問し、教団の教師養成に関する協議を重ねた。神学校との協議の中で同委員会が受けとめてきたことの一つは、教団は教団立神学校および認可神学校に対して、どのような教師の養成を望むのかを示してこなかった、ということであった。それは教団が日本基督教団の教師像を公にしてこなかった、ということである。同委員会は今後の神学校との関係を考えるうえで、また教団の教師養成を考えるうえで、「教団の教師論」を言葉にすることの重要性を受けとめ、委員会として取り組むこととし、検討を重ねた。それは、教団としての教師像を示している日本基督教団信仰告白、教憲・教規に基づく教師論に他ならない。同委員会は41総会期第9回常議員会(2020年10月開催)に日本基督教団信仰告白・教憲に基づく「日本基督教団の教師論」をまとめ、報告した。「教規」における教師論に関しては、今後の課題として残されている。この報告は常議員会で承認されたが、教団三役はこの「教師論」をその内容の重要性に鑑み、議長よりこれを議案として常議員会に提案することとした。

41総会期第11回常議員会(2021年2月開催)は議長より提案された「日本基督教団の教師論」承認に関する件を可決した。

 

日本基督教団の教師論

1.日本基督教団とはどのような教会か

1.1.「日本基督教団信仰告白」(以下教団信仰告白とする)は第一段において、聖書についての告白から始まる。それにより、日本基督教団(以下教団とする)は福音主義教会の伝統を継承しつつ、聖書を「教会の拠るべき唯一の正典なり」と告白し、教団が聖書の基の上に建てられる教会であることを明らかにしている。さらに第二段においてイエス・キリストにおいて啓示され、聖書において証言される神、すなわち三位一体なる神と、 イエス・キリストの救いのわざ、すなわちその贖罪のわざについて告白する。続く第三段においては、義認と聖化は神の恵みのわざであることを告白し、第二段、第三段を貫くのは、神の主権に基づく恵みのわざであることを告白している。

第四段において、教会についての告白がなされる。すなわち、教会は、キリストの体であり、神の救いの御業への参与へと召された者の集いであるとの告白である。教会は、公の礼拝をまもり、福音を正しく宣べ伝え、聖礼典を執り行い、愛のわざに励みつつ、主の再臨を待ち望む。そのすべては、神の主権に基づく救いのわざの中で、御手のうちに進められるわざに他ならない。

 

1.2.この教団信仰告白に立って、わたしたちは日本基督教団教憲(以下教憲とする)を受け取る。

教憲前文第一段において、「聖なる公同教会」について語られる。「神は万国万民のうちからキリストに在って聖意(みこころ)に適う者等を召して、これを聖別し、恩寵と真理とをあらわして、聖霊による交わりに与らしめたもう。これがすなわち聖なる公同教会である。」

教会は、神が一人一人を「キリストに在って」召し、聖別することによって、神の目的のために選び分かたれている共同体である。教会は人間の決断によって結成された団体ではなく、神の招集に拠る共同体である。神は、イエス・キリストにおいて成就した恩寵と真理とを教会においてあらわし、聖霊による父なる神と子なる神との交わりに与らしめ給う。これがすなわち聖なる公同の教会である。

 

前文第二段において、見えない教会、見える教会が語られる。聖なる公同教会は、見えない教会であると 同時に、今ここに地上の教会として存在する。「主イエス・キリストをその隅の首石(おやいし)とし」とは、世にある見える教会が人の目には欠け多いものであっても、主権者キリストの支配のもとに置かれているということである。「使徒と預言者との基の上に建てられ」とは旧新約聖書の言葉の上に立つ教会との意であり、「代々主の恩寵と真理とを継承し」、イエス・キリストを唯一証しする福音を宣べ伝え、聖礼典を守り、主の再臨を待ち望み、神のみ旨を成しとげること、それが公同教会であると語られる。

教団信仰告白に言い表される我は「聖なる公同の教会」を信ずとは、この第二段で現された公同教会を信じ、教会形成を目指すことに他ならない。

 

前文第三段においては、教団という教会の成立について語られる。教団成立以前に存在していた「福音主義教会およびその他の伝統をもつ教会」が1941年6月24日「くすしき摂理のもとに御霊のたもう一致によって、おのおのその歴史的特質を尊重しつつ聖なる公同教会の交わりに入るに至った」。その背後には、国家の宗教団体統制の意思があり、国家の権力、圧力が働いていた事実がある。それにも拘らず、日本基督教団という教会は、神によって召された者の集いであり、神のわざによるものである。すなわち、神の召しが、国家の意思を越えて働いていると受け止め、一つの教会として、その使命を果たさせるのは、教会の主権者である神であることを語っている。「おのおのその歴史的特質を尊重しつつ聖なる公同教会の交わりに入るに至った」とは、教団成立時における出来事を語るだけではない。

教団成立前よりの諸教会の歴史的特質を尊重しつつ、一つの信仰告白に立つ教会として、その特質を公同教会としての歩みにおいて活かし、用い、教団という一つ教会に仕え、貢献すべきものとして受けとめるという、教団の現在と将来に関わる事柄として語られる。前文全体を貰き、教憲は教団が公同教会に連なる一つの教会であることを表明している。

 

1.3.教憲前文を受け、第1条においては、日本基督教団という教会の「本旨」が語られる。本旨とは根本の目的と使命である。教団はイエス・キリストを土台とする、キリストの体なる教会であり、教団信仰告白を告白し、教憲教規に立ち、公同教会の権能を行使し、その存立の使命を達成することをもって「本旨」とする。イエス・キリストを首と仰ぎ、キリストヘの信仰を告白する教会に、主の権能である公同教会の権能行使が託される。すなわちその権能行使とは、「聖旨を成しとげる」ことであり、日本基督教団の教会としての「存立の使命を達成する こと」に他ならない。

 

2.日本基督教団の教師論

上記の教団信仰告白、教憲に立ち、日本基督教団の教師像を以下に記す。

⑴日本基督教団の教師は、教団信仰告白で告白され、教憲において言いあらわされた公同教会の一つ の教会である日本基督教団に神により召されて、イエス・キリストの体なる教会に仕える者である。

⑵日本基督教団の教師は、日本基督教団信仰告白を告白する者である。

⑶日本基督教団の教師は、日本基督教団教憲教規に立ち、教憲の示す公同教会を信じ、教会に仕える者である。

⑷日本基督教団の教師は、教会が神の主権的なわざによるものであることを信じ、神に召され、正規の手続きを経て献身した者である。

⑸日本基督教団の教師は、見えない教会を信じ、かつ見える教会がキリストの支配のもとに置かれていることを信じ、仕える者である。

⑹日本基督教団の教師は、諸教会の歴史的特質を尊重しつつ、その特質を公同教会としての歩みのために活かし貢献せしめ、仕える者である。

⑺日本基督教団の教師は、日本基督教団の教会としての存立の使命を達成することに仕える者である。

⑻日本基督教団の教師は、公の礼拝を守り、福音を正しく宣べ伝え、バプテスマと聖餐との聖礼典を執り行い、愛のわざに励みつつ、主の再び来たり給うことを待ち望む主の教会に仕える者である。

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